第1978話 七つの大罪 ――現状確認――
数多の魔物を撃破して、幾重にも張られた包囲網を突破して。カイトとユリィは遂に『リーナイト』へと帰還する。そうして帰還した二人はまず、ユニオン本部と冒険部の面々に状況の確認を行う事になっていた。というわけで、暦とアリスの二人に合流したカイトの一方、ユリィはというとユニオン本部に入ってレヴィと合流していた。
「レヴィー。こっちどう?」
「ああ、ユリィか。貴様はあいも変わらず元気そうか」
「そっちも、何時もの調子取り戻せてるみたいだね」
現れたユリィに、レヴィが少しだけほくそ笑む。相変わらずフードを被ったままの彼女であるが、やはり奮起した結果だろう。何時ものようなどこか偉そうで超然とした態度に戻っていた。
「それで、現状か。まぁ、カイトから聞いているとは思うが、やはり死者数は思う以上に少ない。何より、カイトの所が全員生存しているぐらいだしな。無論、それ以外にも多くの者が無事の様子だ」
「そ……で、他になにか変わった事は?」
「一つ。賢者リルが現れた」
「リルさんが?」
レヴィからの情報に、ユリィが思わず目を見開いた。とはいえ、これは考えればわかろうものだ。
「彼女とてこのエネフィアに住まうものだ。状況を考えれば、不思議はない。それに何より、彼女の弟子もこの場に居る。救援に来てくれたようだ」
「なるほどね……今は?」
「ティナの所に居る。また、彼女の弟子が所属するギルドは<<魔術師の工房>>の拠点の防衛に入っている」
「まぁ、それは良いかな」
どうせルミオ達の所はカイト達の指揮下には無いのだ。ならリルの指示に従わせるのが一番良いだろう。それに何より、メイとラムの二人はリルの弟子だ。彼女の助手としても動けるだろう。そしてそこらを考えた場合、ルミオらもその手伝いに動くのが一番最適と考えられた。
「で……総じて現状は?」
「聞きたいか?」
「聞かなくてもわかるけど、聞かないと始まらないからどうぞー」
笑うレヴィに、ユリィが楽しげに笑う。それを受け、レヴィは現状を語った。
「まず、ラエリアの総戦力の八割がこの場に集まっている。後は……大陸間同盟が思い切った決断をした」
「思い切った決断?」
「ああ……各国で封印された『転移門』が開かれる。後一時間後、世界中から戦力が集まる」
「うそぉ……」
大陸間同盟によくそんな決断が下せたものだ。まさかの言葉に、ユリィは驚きを隠せないでいた。封印された『転移門』というのは、三百年前の大戦で<<死魔将>>らが使った『転移門』だ。
が、それ故にこそ世界中でこれは封印措置が取られており、各国厳重な管理が行われていた。国によっては解析さえ禁止という措置が取られている。それの、封印を解いたという。が、これにレヴィは心底ため息を吐いた。
「はぁ……苦労したがな。説得に二時間も要した。最終的には『リーナイト』の現状をリアルタイムで見せて、決定した形だ」
「あー……これはねぇ……ぶっちゃけ、カイト居ても悪夢超えてるもんねー……」
まぁ、たった数時間で無数の<<守護者>>が出た挙げ句、人類が到底想像もしていなかったクラス3<<守護者>>まで出て来たのだ。
たった数体でさえ国が滅びるクラス2<<守護者>>が大挙して押し寄せている上、これである。その時点で各国本当にエネフィアが滅びるかもしれない事態、と認識したらしい。無論、レガドも間に合わない。あれは一日二日耐えられる事が前提だ。となると、もう封じられた『転移門』を使う以外誰も良い手を出せなかった。
「で、ギリギリで総戦力終結出来そうは良いんだけど。封印解くは良いけど、『転移門』はどこにあるの?」
「ここだ……『転移門』の一つはここにある」
「ここに? あったっけ」
「無かった。ただ、どこかの首と胴体が分かれたボケ老人共が近くに置いておきたくない、もしくは管理したくない、という恐怖だけでこちらに押し付けた」
かつて大陸間会議でも言われていたが、大大老達は当時<<死魔将>>により多大な被害を被った。彼らが唯一利害関係を忘れ手を貸してくれるだろう状況があったとすればこれだけ、と言えるほどに恐怖していたのである。
故に、生き残った奴らが来るかもしれない『転移門』は何より忘れたい存在だったらしく、最も戦力が整っている冒険者ユニオンだからこそ、と持ち上げて押し付けたのであった。というわけで、その当時を思い出したのかレヴィが笑う。
「珍しく奴らの采配が役に立った。おかげで、総戦力で事に当たれる」
「あはははは……で、こっちだけど」
「良い。報告は聞いた。真紅の光が立ち上り、一瞬で周囲三キロの敵が全滅した、とな。勇者カイトが帰ってきた、と思った奴も居るほどだ……勘違いはそのままにさせたがな。今は嘘でも効果がある方が良い」
「ま、実際事実だし……良いんじゃない?」
「ああ……はぁ……なんとか、これで勝ちが見えてきた。後はタイムリミットに間に合ってくれる事を祈るだけだ」
かすかではあるが見え始めた勝機に、レヴィが疲れた様にため息を吐いた。どれか一つでも歯車が狂えば、エネフィアは滅ぶ。そう言い切れる状況だったのが、今ではなんとかなるかも、と彼女には思えるほどだった。もちろん、油断したりどこかで一つでも歯車が狂えば終わる状況に変わりはないが。
「さて……後は本当にエネフィアの地力が勝つか、奴が食らうのが早いか……」
「本当に、総力戦だね」
「ああ……はぁ」
本当に厄介な事になっている。レヴィは再度、深くため息を吐く。どれだけ倒しても、敵の数は減らない。それどころか増える一方だ。いつまで耐えられるかは、本当にわからなかった。
「……ユリィ」
「何?」
「若干、封印を解くと言っておけ。今は少しでも力が欲しい」
「りょーかい。でも気を付けてね」
「わかっている。私は貴様が思う以上に賢いつもりだ」
ユリィの言葉に、レヴィが笑う。そもそも彼女は軍師として知られているが、実際は<<死魔将>>達とさえ戦えるほどの猛者だ。本気でやれば、並以上の戦果を上げられた。
ただそうすると指揮を取れる者が居なくなるので、というだけであった。が、その指揮ももう必要がなくなりつつあった。もう誰もがただ『暴食の罪』には手を出さず、ひたすらに『暴食の罪』に侵食された魔物を狩り続ければ良いだけと理解したからだ。
「……さて」
ユリィがカイトの所へと向かうのを見送って、レヴィがわずかにほくそ笑んで拳を握りしめる。そうして、彼女は無数の蒼い光球を生み出した。
「あまり派手にやりすぎると、後で面倒だが……今ばかりは、躊躇ってもいられんか」
意を決して、レヴィが無数の蒼い光球を踊らせる。そうして彼女はユニオン本部を中心として、一人最後の砦の防衛線を構築するのだった。
さて、レヴィが戦いを開始した一方、その頃。カイトはというと、冒険部と<<暁>>や彼らを中心とした冒険者達の拠点の一つにまで帰ってきていた。そうして拠点の中を歩くわけであるが、暦が興味深い様子でカイトの髪に触れる。
「にしても……先輩。少し髪長くないですか? 女性でもそこまで長い方は滅多にいませんよ?」
「しゃーない。なにせこの時代、オレ髪切ろうとか思わなかったからなぁ……」
「にしては、手入れされている様に見えるのですが……」
カイトのボヤキに対して、アリスが不思議そうに首を傾げる。まぁ、実際彼の髪はサラサラだし、きちんと手入れを怠っていない艶もあった。決して伸び放題というわけではなかった。
「魔術の媒体に使うからな。手入れはしてた」
「「あー……」」
やはり毛髪や体毛というのは魔術の媒体としても使える。なのでこの時代のカイトも自身の髪を媒体にした魔術を使うため、伸ばしていたそうだ。そして手入れをしていたのは、まだ彼の心がまともだった頃の名残り、という所だろう。と、そんな彼の言葉に納得したアリスが、ふと口を開く。
「……でも似合ってるのではないでしょうか」
「そうか? まぁ、この長さの時代が長かったからな。オレとしちゃ、実は違和感無い」
やはりカイトの認識としては男としてここまで長い髪はどうかな、と思わなくもないらしい。アリスの言葉に若干だが嬉しそうな顔を見せる。そんな彼に、暦が首をかしげる。
「長いって……どれぐらいです?」
「ん? んー……少なくとも人の一生よりは長い」
「どれぐらいですかー」
「さぁねー」
楽しげに、カイトは膨れてみせる暦に笑う。今まで地獄のような戦いを繰り広げていたのだ。少しぐらい、精神を休ませてやろうという判断だった。とはいえ、そんな事を話しながら拠点とも野戦病院とも取れる中を歩いていき、中央の拠点までたどり着いた。
そこに居たのは、丁度休んでいた瞬だった。道中藤堂から瞬が中央でバーンタインらと一緒に休んでいる事を聞いていたのである。他にもアルやルーファウス、リィルらも一緒だ。これは完全に偶然だが、カイトとしては丁度良かった。
「うん……? カイト……か?」
「ああ。色々とあってな。今はこの姿だ」
「そ、そうか……」
物凄い妙な姿だ。非常に長い髪を棚引かせるカイトに、瞬は思わず引きつった笑いを浮かべる。やはりいくら長めとはいえ何時もの彼を見慣れていればこそ、この姿は不思議に思えたらしい。もしこれが古馴染み達に見られていれば大爆笑されただろう。そしてそんな彼の姿に、ルーファウスとアルの二人が立ち上がった。
「「団長」」
「……お前ら……じゃないよな。バカを呼んだのは」
「「はい」」
バカ。その言葉が誰を指し示すかは、アルにもルーファウスにも明白だった。故に彼らはまるで楽しげに笑うだけだ。それでこそカイトである、と。と、その二人の様子でバーンタインがカイトに気がついたらしい。閉じていた目を開き、驚きを露わにした。
「……叔父貴……ですかい?」
「おう……無事だな?」
「へ、へい……てっきり、あの赤い男が叔父貴とばかり」
どうやらレヴィが言っていた噂の元凶の一人はバーンタインだったらしい。長い蒼い髪を棚引かせるカイトに驚きを浮かべていた。まぁ、完全に遠目だったし、あれだけの戦闘力だ。誰しもがカイトと思っても不思議はない。というわけで、そんな彼にカイトは笑った。
「まさか……あれはどこかのバカがどこかのバカを呼んだだけだ」
「お知り合い……なんですか?」
「まさか。見たことも聞いた事もないな」
楽しげに、カイトはバーンタインの言葉に嘯いた。そんな彼の視線の先には、やはりこちらも疲れたのか休むセレスティアの姿があった。
「……君が、あいつを呼んだのか?」
「……はい」
「そうか」
楽しげに、そして懐かしげにカイトは頷いた。別に文句を言うつもりは一切ない。現状ボロボロのカイトにとって、レックスという男の増援は何よりも頼りになるものだ。他の誰よりも、他の何よりも、それこそエネフィア全土の腕利き達の増援より、ただ一人彼の増援がカイトにとっては心強かった。その一方、セレスティアはカイトを見てただ目端に涙を浮かべていた。
「あの……その姿は」
「……分かるだろう? 流石にこの姿でわからない、は無いと思いたいな」
「では、やはり……」
ずっとはぐらかされ続けていたが、やっぱりそうなのか。セレスティアは只々場違いな感動を得る。カイトこそが、自分達が何度となく寝物語に聞かされた伝説の勇者。そして自身が対応する伝説の英雄。それが、目の前に居るのだ。感動も無理なかったのかもしれない。そうして、そんな彼女にカイトが笑う。
「……一つ、言っておく……ありがとよ。あのバカを呼んでくれて。正直、負けるかもしれない、って思った。だが……あいつが居る以上、負けられない。いや、負けない」
遥か彼方から来る真紅の光に、カイトは往年の覇気を身に纏う。そうして、遂に蒼き勇者と紅き英雄が会合するのだった。
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