第1977話 七つの大罪 ――帰還――
『暴食の罪』により生み出された、厄災種をミックスする事で出来た『厄災の獣』。それは本来厄災種一体を遥かに上回る戦闘力を持っていたものの、唯一カイトが対等と認める英雄であるレックスの前には雑魚と何ら変わりない状態で、惨敗を期す事になる。そうして、『厄災の獣』が消し飛んだ後。レックスは改めて息を吐いた。
「ふぅ……ちょっと街から遠ざかっちまったかな」
ちょっと。おそらくここに『リーナイト』の者が居れば正気を疑うだろう。なにせ彼は『厄災の獣』との戦いで街から三キロ以上も離れていたのである。が、彼にとってこの程度はちょっとでしかなかった。
「さて……これで結構温まったかな」
ゴキゴキ、と首を鳴らし、レックスは楽しげに笑う。久方ぶりに友と会えるのだ。嬉しくて仕方がなかった。そしてそれ故にこそ、彼は自身を取り囲む無数の魔物の群れが見えていなかった。
「よーし。さっさとあいつの顔を拝みに行ってやるかー」
神々しい闘気を纏い、レックスが地面を蹴る。その彼の闘気は並の魔物を触れただけで消し飛ばし、正しく鎧袖一触という言葉に相応しい状況だった。そうして、彼は数キロ先の魔物まで消し飛ばしながら、『リーナイト』へと戻っていくのだった。
さて、レックスが『リーナイト』を離れ『準備運動』をしていた一方、その頃。カイトはカイトで一直線に『リーナイト』に向けて帰還していた。が、そんな彼はやはり気付いていたらしい。
「……」
「どしたの? 急に黙り込んで……」
「……どこかのバカが、どこかのバカを呼びやがったらしい」
ユリィの問いかけに、カイトは獰猛な顔で答える。この闘気。わからない筈がなかった。そしてその証拠とでも言わんばかりに、『暴食の罪』からは『厄災の獣』が生まれ彼の所へとやってきていたのだ。
「はぁ!」
現れた『厄災の獣』に向けて、カイトは笑いながら二振りの大太刀を振るい切り刻む。そうして、サイコロステーキの様に細切れになった『厄災の獣』に向けて、カイトから莫大な魔力が融通されたユリィが即座に極光を放った。
「<<極光波>>!」
ユリィの小さな手から放たれた極光が、『厄災の獣』の残骸を一撃で消し飛ばす。そうして一息で『厄災の獣』を消し飛ばした二人は、一切後ろを振り返る事なく前へと突き進む。
『にぃ!』
「ソレイユか! まだ無事だな!」
『うん! にぃにぃと一緒に殲滅やってる! で、結構力使っちゃってるけど大丈夫!? 私介してにぃにぃにも融通しちゃってるんだけど!』
「モチのロンだ! バンバン使ってけ!」
流石にこの状況だ。カイトは何時もは閉じている魔力のレイラインを全開放しており、使える者には無制限で使わせていた。が、やはりそれ故にこそソレイユも気になったらしい。
無論流石にそうなると如何に馬鹿げた魔力保有量を誇る彼でも減っていくわけであるが、別に問題は無かった。なお、フロドに何故ソレイユが魔力を融通出来るかというと、兄妹だからである。実質、カイトはフロドとソレイユの二人の魔力を一人で賄っているようなものだった。と、そんな彼の前に、無数の魔物の群れが産み落とされる。
「ソレイユ!」
『はーい!』
生まれ落ちて隊列を整えようとした瞬間、カイトの要請を受けたソレイユが声を上げて無数の矢を放つ。そうして放たれた矢は一瞬で無数の光条となり、カイトの行く手を阻む無数の魔物を切り裂いていった。
「大盤振る舞いしてやる」
ぐっ、と足に力を込めると同時。カイトは無数の武器を生み出して、まるで弓を引き絞る様に力を溜める。そうして彼が<<縮地>>で移動すると同時に、同じ速度で無数の武器が『リーナイト』とは逆側から魔物の群れを切り裂いていった。
「ファイア! ……何!?」
<<縮地>>で移動した先に居た魔物の群れに向けて魔力の光条を放ち消し飛ばしたユリィが、それと同時に響き渡った轟音と吹き飛んだ『暴食の罪』に目を見開く。それに、カイトが笑った。
「おいおい……飛ばしすぎだぜ、ダチ公……」
「何が起きてるの?」
「言ったろ? バカがバカ呼んだって……」
楽しげに、カイトが笑う。が、その彼の目端には、涙があった。そうして、彼の姿がまるでレックスに呼応する様に変貌を遂げた。
「ひゃあ! どしたの!?」
「……この姿になったか……ま、当然か」
かつてラエリア内紛でカイトが成った、『もう一人のカイト』と融合した姿。長い髪を持ち、更に少しだけ大人になった姿だ。それに変貌したカイトを見てユリィが彼の耳を引っ掴んで、息を大きく吸い込んだ。
「人の話聞けぇええええええええええ!」
「ぴぎゃっ!」
「良い!? まず相棒に説明する! 一人なにかわかった顔しない!」
「は、はいっ!」
やはり姿形が変わろうと、カイトとユリィなのである。先程までの荒々しい顔はどこへやら、何時ものカイトの顔でびくっと飛び跳ねて事情の説明を行った。
「……彼が?」
「ああ……この闘気。奴しかいない」
分かるのだ。喩え身体が知らなくとも。喩え見たことがなかろうとも。魂が覚えている。そう言わんばかりに、カイトは目を閉じて胸に手を当てる。
「そうだろう? ダチ公」
ぐっ、と握りしめた拳を、カイトは自身とは正反対の遥か彼方で戦うレックスの方へと向ける。そんなカイトに、ユリィが神妙な顔をしていた。
「……」
「……大丈夫だって。お前の事、なんとも思っちゃいないからさ」
「それはそれでどうか、と思うなー」
どこか決意を促すようなカイトの言葉に、ユリィがため息を吐いた。とはいえ、それで意は決したらしおい。
「良し。行こう」
「おう」
ユリィの言葉に促され、カイトが再度地面を蹴る。そうして幾度かの魔物の群れを『リーナイト』の冒険者達の支援を受けながら突破し、二人は遂に『リーナイト』へとたどり着いた。
「これは……」
「もう廃墟だねー」
「流石にしょうがないさ。それでも、地下は無事そうだしな」
帰還した二人が見たものは、ボロボロになって廃墟というより更地というしかない『リーナイト』の状況だ。と言ってもそれでも作戦総司令部であるユニオン本部は原型を留めていたし、街の各所にある重要拠点はどうやら戦士たちの一時的な休憩所として利用されているのか防備も厳重で無事ではあった。とはいえ、そんな状況を見て、ユリィは一つ訝しむ。
「……妙に生存者多い?」
「と言うより、奴が生かしてるんだ」
ユリィの疑問に対して、カイトは『暴食の罪』を見上げる。先にバーンタインが言っていたが、『暴食の罪』の現在の目的は冒険者達を自身のエネルギーとして取り込む事だ。
なので殺してしまっては死体のエネルギーとしてしか得られないため、自身が侵食した魔物達にはなるべく殺さない様に指示を出していた。カイトやその近辺は限られた例外という所だろう。なので彼の傍で戦うユリィが訝しんだのも無理はない。
「とはいえ……そろそろ本気で刈り取りに来るだろうな」
すでに戦闘開始から八時間以上。どこかしこでも疲労が見て取れた。そして『暴食の罪』も良い塩梅に肥大化出来ており、星を取り込めるほどになるまで後少しという所だろう。であれば、『暴食の罪』が本格的に『収穫』を開始しても不思議はなかった。
「……とりあえず、どうする?」
「ひとまず、冒険部の所に戻る。状況を確認しておかんとな」
「りょーかい。なら私は本部に行ってくるよ」
「頼む」
この距離なら、もう通信機が使えるだろう。カイトとユリィは耳のヘッドセットに手を当てて起動すると、各々が行くべき先に居るだろう人物へと繋ぐ。
「先輩方。誰か居たら、返事してくれ」
『……天音かい?』
「ああ、藤堂先輩。ご無事でしたか」
どうやらカイトの連絡に最初に応じてくれたのは藤堂だったらしい。見知った相手の無事にカイトは僅かな安堵を浮かべる。そうして、そんな彼が現状を問いかけた。
「先輩。状況はどうですか?」
『なんとか、かな。全員生きているらしいよ……詳しくは知らないけれど。一条がバーンタインさんに聞いた話だと、『暴食の罪』は生かして吸収しようとしているから、死傷者は異常なほどに少ない、だそうだ』
「ええ。それで間違いありません。他の生命体を食らう事で肥大化する事が今の奴の目的です……とはいえ、それ故にこそ全員無事で良かった」
『君も、無事で良かったよ。天ヶ瀬がかなり心配していたからね』
「……」
藤堂の言葉に、カイトはわずかに苦笑する。状況が状況なので仕方がなかったが、暦には少し心配を掛けてしまった。それを思い出したらしい。そうして、彼が口を開いた。
「……埋め合わせはしますよ。今は?」
『詳しくは……君の方がわかりそうなものだけどね』
「ええ」
言うが早いか、カイトは暦の姿を見つけ出す。元々彼女との間にも魔力のレイラインは出来ているのだ。なら、この程度は余裕だった。そうして、彼は冒険部本陣へ戻るついで――基本は冒険部で固まって行動しているため――もあって暦の背後を狙う魔物を一撃で消し飛ばす。
「はっ」
「っ! ありがとうございます!」
「構わんさ……っと」
「ひゃあ!? なんですか、急に!?」
唐突にお姫様抱っこされた事に、暦が思わず怒った様に暴れる。どうやらカイトと気付いていないらしい。それに、カイトは笑った。
「おーい、暦ちゃん。オレだ、オレ」
「オレ?……先輩!? なんですか、その格好!?」
まぁ、出ていった時は見知った姿なのに、大きく変貌して帰ってくれば、いくら暦でも仰天するのも仕方がない。思わずカイトが怪我をしていたのも忘れるほどに驚いていた様子だった。
「色々とあんだよ……無事だな?」
「はい」
「よろしい……アリスも無事か?」
「はい……えっと……カイト……さん? ですよね?」
やはりアリスもアリスでカイトがカイトである確証が持てないらしい。暦が彼をカイトと認識していたし、本能が彼をカイトと認めていたのでカイトと認識していたが、やはり変貌していたが故に認識が追いついていない様子だった。
「ああ……ルーの奴の前世が知ってるオレと一体化しててな。今はこの姿だ」
「ああ、例の……」
そう言えば兄さんが言っていたっけ。アリスは教国での事を思い出し、なるほど、と一つ頷いた。すでに『リーナイト』ではランクSの冒険者以外にも無数の冒険者達が<<原初の魂>>を解放して戦っており、単にカイトもその一人という認識でしかなかった。
「とりあえず、二人共。一度一緒に本陣へ戻ろう。見た限り、大分と魔力を消耗しているみたいだからな」
「先輩は大丈夫なんですか?」
「オレ? 問題あるわけあるかよ」
なにせ世界最大の魔力保有量なのだ。それで何か不足があるわけがない。とはいえ、暦が聞きたかったのは、それではなかった。
「いえ、その……怪我の方は……」
「……ああ、これか。まぁ、問題はない。問題はあるが、今はそんな事を気にしてられる状況でもない」
暦の問いかけに、カイトは少し困り顔で笑う。あれだけ大立ち回りをしていたカイトであるが、当然土手っ腹に空いた風穴は完治しているわけではない。
単に魔力を受肉させ空いた穴を埋めて、擬似的に治癒している様に見せているだけだ。それとて本来は動かない事が前提で出来る事だ。彼の莫大な魔力を背景に強引に動かせる様にしているだけで、重体には違いなかった。
「アリス」
「はい。カイトさん。ひとまず本陣で応急手当を」
「……ああ、わかったよ」
一瞬だけどうするか悩んだカイトであったが、アリスと暦の心配そうな視線に状況確認をしている間ぐらいなら、と応じる事にしたらしい。そうして、彼はアリスと暦の二人を連れて一度冒険部の面々が休憩するのに使う建物へと向かう事にするのだった。
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