第1974話 七つの大罪 ――共闘――
酒呑童子の力を解き放った事で狂気に冒される事になった瞬。そんな彼は僅かな時間で数千の魔物を討伐すると、そのまま勢いに乗ってさらなる獲物を漁色する。そんな彼が『暴食の罪』に汚染された竜種を討伐し、次の獲物を探そうとしたその時。彼の暴走を危惧したリィルにより、なんとか正気を取り戻す事になっていた。
「ふぅ……」
「瞬。調子はどうですか?」
「実際問題として、かなりきつい」
リィルの問いかけに、瞬は荒れ狂う力の奔流に耐えながら苦い顔で答える。この時彼は理解していなかったが、酒呑童子の力を開放する事は即ち<<原初の魂>>を二重に開放しているに等しく、ランクSの冒険者でも一握りしか出来ないほどの大技だったらしかった。
しかも、島津豊久と酒呑童子という日本でも有数の猛者だ。現在の彼の戦闘力は爆発的な増大を見せており、今ならバーンタインらエネフィアの最上位層だろうと肩を並べる事が出来るほどだった。無論、その力はあまりに強大すぎて暴走という危険性も孕んでいた。
「ぐっ……」
一瞬、目の前が真紅に包まれる。それは破壊衝動の顕現。あまりに濃密な力が可視化していたのだ。そんな彼に、リィルが告げる。
「瞬。落ち着きなさい。暴れ狂う力を抑え込むではなく、受け入れ宥めるのです」
「わかって……いるが……くっ。おぉ!」
少し散らさねばどうにもならない。瞬は自らの体内で暴れ狂う鬼の力に耐えかねて、右腕を突き出した。そんな彼の腕から真紅の光が迸り、遥か彼方まで飛んでいく。
「……」
「はぁ……すまん。少し気を抜けば一気に暴走しそうになる」
「い、いえ……」
明らかに今の瞬は自分より遥かに強い。リィルは若干頬を引き攣らせながら、遥か彼方に消えた真紅の閃光の通り過ぎた跡を見る。閃光の通り抜けた場所は綺麗サッパリ何もかもが跡形もなく消し飛んでいた。中にはランクSの魔物も居た様子だったが、そんなものはお構いなしだった。そうして、そんな二人の視線の先に、先の二つ首の竜種にも似た魔物が再びずるりとこぼれ落ちる。
「む……」
「……行きましょう」
「ああ」
先程とは違い暴れ狂う力に流されてはいないが、それ故にこそ瞬の戦闘力は先程より随分と落ちてしまっている。一体で十分良い勝負になるだろう事が予想された。そうして落下する二人であったが、そんな二人が見たのは二つ首は二つ首だったが、左右で色も形も違う二つの首を持つ歪な竜種だった。
「……これは……」
「……おぞましい。合成獣……にも近い……でしょうか」
こちらに気付いた魔物に瞬は顔を顰め、リィルもまた顔を顰める。先の二つ首の竜があくまでも二つ首の竜を素体とした魔物だったとするのなら、この歪な二つ首の竜は明らかに幾つかの魔物を混ぜ合わせて出来た合成獣にも似ていた。どうやら、一筋縄ではいかないらしい。
「……瞬。左を。右は私が」
「わかった」
槍と刀を左右に構え、瞬はいつでも移動出来る様に準備する。どうやら酒呑童子の意識も顕在化した事で、片手に刀が無いと落ち着かなくなってしまったらしい。若干特異な戦闘スタイルになってしまったが、槍が無いと今度は瞬自身の意識が飛びかねないとは後の彼の言葉だった。
「ふぅ……」
意識的とはいえ、敵を見定めたからだろう。瞬は自身の中の鬼の力が指向性を持ち、自らの言う事を聞いてくれているのを理解する。
が、同時にそれ故にこそ鬼の力は今すぐに敵を食らえと命じており、逸る気持ちを宥めるのに精一杯だった。というわけで、瞬はその鬼の力を宥める事も兼ねて、敵をしっかりと認識する事にした。
(……向かって左側が……赤色。鋭利な様子。右は……緑色。いや、エメラルドグリーンか? どうでも良いか。形状は流線型……腕は……黒? これもまた別の魔物……か? 安直だが、『ドラゴン・キメラ』という所か)
やはりリィルの言う通り、合成獣に近いのかもしれない。瞬は歪な二つ首の竜の情報を確認しながら、そう思う。
(にしても……確か合成獣は無理なんじゃなかったか。どういう原理なんだ?)
瞬は歪な二つ首の竜を見ながら、ふとした疑問を得る。合成獣。一応ティナ曰く、遺伝子工学を利用すれば擬似的に出来ないわけではない、という事だ。
が、生きている二つの存在を混ぜ合わせる合成は不可能らしい。二つの魂を一つの入れ物に入れる事による弊害で遠からず自壊してしまう、との事だ。それ以外にもコアが過剰になったりする関係で自壊してしまうらしく、魔物の合成も無理らしい。そうして、そんな事を考える彼へとリィルが小さく合図を送った。
「っ!」
リィルの合図に合わせて、瞬が虚空を蹴って『ドラゴン・キメラ』へと一気に肉薄する。そうして超高速で接近する彼に対して、『ドラゴン・キメラ』は左の赤い首から炎を吐いた。
「っ! だが!」
今の俺にこの程度は効かない。瞬は炎に向かって真正面から刀を振るい、真っ二つに両断する。そうして切り裂かれた後、その合間をリィルが突破した。
「はぁ!」
火炎を突き抜け、リィルが赤い首の口腔目掛けて槍を放つ。そんな刺突が届く直前。もう片方の緑色の首が業風を吐いた。
「くっ!」
「リィル!」
「問題ありません!」
どうやら業風は単なる風だったらしい。咄嗟に受け身を取った事もあって、リィルは怪我一つ負った様子はなかった。というわけで、そんな彼女の無事を確認すると、瞬が更に前に出る。
「これでも食らえ!」
前に出た瞬は、酒呑童子の力を得た事で手に入れた莫大な力を背景に槍の先から光条を放つ。これに、『ドラゴン・キメラ』は二つの首から<<竜の伊吹>>を同時に放って火炎の渦巻を創り出し、光条と真正面から撃ち合った。
「くっ……」
どうやら単なる出力でなら、さほど変わらないらしい。瞬は片手で槍を支えながら、わずかに顔を顰める。そんな撃ち合いであるが、唐突に終わりを迎えた。
「はぁああああああああ!」
雄叫びを上げて、火の玉となったリィルが『ドラゴン・キメラ』へと突っ込んで吹き飛ばす。それに、瞬は即座に槍の光条を止めて虚空を蹴って追撃する。そうして虚空を蹴って追撃する彼であるが、その前に『ドラゴン・キメラ』が虚空に爪を立て、黒煙を上げながら急減速。姿勢を変えて、瞬の方を向いた。
「っ!」
どうする。一瞬、瞬は逡巡する。が、彼はそのまま行くと決めて、黒煙の中に突っ込んだ。
「ぐ!?」
『ドラゴン・キメラ』が生み出した黒煙に突入し、瞬は肌に鋭い痛みを知覚する。そうして、彼は追撃を諦め背後に跳んだ。
「ちぃ! リィル! 黒煙に気を付けろ! 毒だ!」
「っ!」
瞬に続いて直進しようとしていたリィルが即座に停止する。そうして、彼女は突進しようとしていた勢いを利用して、槍を振り回して風を巻き起こす。
「はぁ! 瞬!」
「ああ!」
リィルの巻き起こした業風により吹き飛んだ黒煙を見て、背後に跳んだ瞬が虚空に着地すると同時に一気に『ドラゴン・キメラ』へと肉薄する。それに、『ドラゴン・キメラ』は姿勢を立て直し終えると両腕の黒い爪を振るい黒い刃を放った。
「っ」
おそらくこの黒刃も毒素を含んでいる。瞬は先程の黒煙を鑑みて、そう判断。槍を突き出し、前面に光条を若干だが放つ。
「はぁ!」
瞬の光条により、黒刃が弾け飛ぶ。余波で若干瞬にも黒い飛沫が掛かり若干の痛みが走ったが、今の彼の肉体はこの程度の毒素を物ともしない。故に彼は更に虚空を蹴って、前に出る。これに、『ドラゴン・キメラ』は大きく右手を振りかぶり、黒い爪を彼へと放つ。
「っ」
流石にこれを直撃すれば、今の瞬でも致命傷は避けられない。故に彼は左手の刀を振るい、片手一つで爪を食い止める。そうして右手一つで槍を突き出して、『ドラゴン・キメラ』の障壁に向けてゼロ距離から光条を放った。
「食らえっ!」
「瞬!」
「っ!」
光条の発射と同時。リィルの声が響いて、瞬は生存本能に従い光条の反動を利用してその場から強引に離脱する。そうして、直後。瞬の居た所を炎が舐めた。
「ちっ!」
「ですが!」
瞬が引いたと同時。炎であればほぼ無効化に近い状態のリィルが入れ替わる様に肉薄。先に瞬の光条により薄くなった障壁に向けて、強撃を放った。流石の『ドラゴン・キメラ』も炎の中を無策に突っ込んでくるとは思っていなかった様子で、まともに受けるしかなかったらしい。『ドラゴン・キメラ』の障壁が砕け散る。
「瞬!」
「ああ!」
リィルの言葉を受けて、瞬が両手で槍を構える。そうして、彼お得意の投槍を放った。
「おぉおおおおおおおお!」
雄叫びと共に放たれた瞬の槍がソニックブームを纏い、一直線に『ドラゴン・キメラ』へと肉薄する。そうして、リィルがその場を飛び退いた次の瞬間に彼の槍が障壁の切れ目から『ドラゴン・キメラ』へと直撃した。
「良し!」
「いえ、まだです!」
「なにっ!?」
胴体を貫いて彼方へと消えていった槍を見て、瞬が思わず目を見開いた。そんな彼の前で胴体の穴は『暴食の罪』の肉塊らしき物体で埋められていき、まるで最初からそうだったかの様に完全に再生する。唯一残ったのは、障壁の切れ目ぐらいだろう。
『ガァアアアアアア!』
思わず目を見開いて動きを止めた瞬へと、『ドラゴン・キメラ』が二つの首から炎と風の竜巻を放つ。
「くっ!」
「瞬!」
強風と業火に煽られ、瞬が思わず顔を顰める。とはいえ、幸いな事に元々火の加護のおかげで並外れた火属性への耐性を得ていた事と、上手く守りを固められた事でなんとか障壁を破られる事なく耐えられた。
「問題無い!」
「そのようで!」
ひとまずこちらも立て直す。瞬に向けて追撃の黒刃を放とうとした『ドラゴン・キメラ』に向けてリィルが割って入り黒刃を放つのを阻害し、その間に瞬は一呼吸入れて呼吸を整える。そうして、彼は再度虚空を蹴って『ドラゴン・キメラ』へと肉薄した。
「はぁ!」
「たぁ!」
瞬とリィルが同時に、槍を放つ。これに『ドラゴン・キメラ』もまた左右の黒い爪を振るい、両方同時に受け止めた。そうして鍔迫り合いが起きたと同時に、『ドラゴン・キメラ』が再度両口に力を溜めて炎と風を蓄積する。
「「っ」」
まずい。眼前に見える二色の閃光に、瞬とリィルが思わず顔を顰める。が、ここで瞬は思わず力を解き放った。
「おぉおおお!」
雄叫びと共に、瞬の力が増大する。それは流石に『ドラゴン・キメラ』としても予想外の強さで、思いっきり彼と鍔迫り合いをしていた黒い爪が砕け散った。
「はぁ!」
気合一閃、瞬が槍を振るい『ドラゴン・キメラ』の右腕を弾け飛ばす。そうして、彼は咄嗟に刀を取り出すと、両手でそれを構えた。そんな彼の脳裏に、酒呑童子が見た光景が一瞬だけ通り過ぎる。
『はっ』
『ふっ』
無数の頼光の剣戟に対して、酒呑童子もまた無数の剣戟を放って対応する。攻撃には攻撃を。それで全てを防げるあたり、どちらもぶっ飛んでいると言うしかなかった。
「おぉおおおおおおおお!」
かつての記憶を頼みに、瞬は大鉈のような大太刀でシッチャカメッチャカに『ドラゴン・キメラ』を切り裂いていく。再生するのなら、再生出来ないほどに細切れにしてしまえば良い。そんな考えだった。と、そんな彼は更に念の為、と今度は頼光の子孫としての力を解き放つ。
「<<雷よ>>!」
雷の加護を展開し、瞬は刀に雷を宿す。そうして、酒呑童子の連撃に頼光の雷が宿り、一太刀一太刀に宿った雷の力により『ドラゴン・キメラ』が消し飛んでいく。
「……ふぅ」
数百の斬撃を放ち、瞬が流れた汗を拭う。咄嗟に導かれる様に放った剣戟だったが、無意識的だったがゆえに上手くいったらしかった。そうして、瞬とリィルはなんとか『ドラゴン・キメラ』の討伐に成功するのだった。
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