第1972話 七つの大罪 ――狂――
かつての戦いにおいてどこかの星で『暴食の罪』が取り込んだらしい厄災種の一体『混沌の獣』。その出現を受けてカイトは契約者としての力を出し惜しみ無く使用し、ものの数分で消し飛ばす。
そうして、彼らが再び『リーナイト』へ向けて移動し始めた一方、その頃。『リーナイト』では無数の『暴食の罪』に侵食された魔物達と無数の<<守護者>>と冒険者達の連合が壮絶な戦いを繰り広げていた。
「はぁ……」
そんな中。瞬は何度目かになる<<鬼島津>>の停止を行って休憩を取っていた。と言ってももちろん、完全に停止したわけではない。いつでも動かせる様に、謂わばアイドリングストップ状態だった。
「アル、ルーファウス。そっちはどうだ?」
『こっちは……結構キツいかな』
『こちらもだ……今ばかりは、貴様と同じ体格だという事が有り難い』
『ほんと、僕もそう思うよ……』
本当に疲れているらしい。瞬は何時もなら言い争うアルとルーファウスの二人が一切の言い争いもなく背を預け合い休んでいる様子を想像し、そう思う。そして実際、二人は現在背中合わせに座って休んでいた。
「はぁ……面倒だな。上に投げられん」
こういう時、やはり瞬としては上空に槍を投げるのが一番やりやすい。そして元々が槍投げである以上、しっくりこないのだ。
「やはりこういう時、飛べた方が楽……なんだろうか」
「楽かどうかってのぁ、その時々によっちまうぜ、瞬」
「バーンタインさん」
「あぁ、座っとけ。お前さんはどうにも礼儀正しすぎる時があってなんねぇな」
思わず癖で立ち上がって頭を下げようとした瞬に、バーンタインが笑って手でそれを制止する。まぁ、瞬も疲れていたと言う所だろう。正常に頭が動いていない様子だった。そうして、そんな彼が瞬の近くに腰掛ける。
「休憩ですか?」
「流石に俺も休憩取る。叔父貴達みたく、馬鹿げた力はねぇからな……あれだけの大怪我して、また戻ってるそうだ」
「戻る? どうやってですか?」
「……そりゃ、おめぇ……あれぶっ飛ばしてだろう」
「……」
乾いた笑いを浮かべるバーンタインに、瞬もまた彼方を埋め尽くす無数の魔物達を見る。はっきり言って、現在『リーナイト』は水も漏らさぬ様相を呈していた。正直、誰もが諦めずに戦っている最大の理由はもう逃げられないから、と言っても良かった。これを、抜けてくるというのである。
「こういう時に飛べた方が楽か、ってのは流石に俺も判断に困る。上に行ったらその時点で……なぁ?」
「あ、あはははは……」
引きつった笑いを浮かべるバーンタインに、瞬もまた笑う。実際、数時間前までは飛空術で戦っていた冒険者達もあまりの多さに耐えかね、地上での戦いを選んでいた。なにせ空中だと360度全周囲から攻撃されるのだ。普通は戦えない。そうして適度に話をした二人であったが、少し休んだ所で再度立ち上がる。
「行くぞ、瞬。今のお前さんなら、もう行けるだろ」
「はい」
バーンタインの言葉に一つ頷いて立ち上がった瞬は、再び槍を編み出し一つ構える。そうして槍を構えた彼は、赤錆色の光に包まれた。
「良し」
「展開、随分と早くなったもんだ」
「遅いと死にますからね」
「はははは。そうだな……ふんっ」
瞬の言葉に笑いながら、バーンタインが灼熱に包まれる。そうして、彼が業火を纏いながら飛翔した。
「……飛んだら、とか言いながら結局あの人飛ぶな……」
まぁ、飛んだら飛んだで行く先々で魔物を消し炭にするから問題は無いんだろうが。瞬は火の玉となって空中の魔物を消し飛ばしていくバーンタインを見ながら、若干呆れた様にため息を吐いた。そんな彼だが、やはり彼も<<鬼島津>>を展開している以上は時間が限られる。故に、彼は即座に地面を蹴った。まずはこの場を埋め尽くす上空の魔物を少しでも削らないと、話にならない。
「はぁ!」
こういう時、やはり刀が便利だな。瞬は日本刀を回転斬りの様に振り回し、一振りで無数の斬撃を生んで空中の魔物を切り伏せる。槍が得意なのは突き。それに対して刀が得意なのは切り払いだ。この場合、範囲を殲滅するので刀がちょうどよかった。そうして空中の魔物を一掃し、彼は再び地面に着地する。
「はぁ……アル、ルーファウス。そっちの切り札とやらはどうなんだ?」
『もう少し、らしいけど』
『手間取ってるそうだ』
「出来るだけ、早く頼む」
着地するなり、瞬は無数の魔物に包囲される。すでに数百の魔物を斬り伏せてきたが、一向に減る様子がなかった。そして何より厄介なのは、その中に『暴食の罪』に侵食された冒険者まで居た事だ。
「あぁ……」
「あー……」
「ちっ……またか」
『暴食の罪』の肉塊に侵食され剣と一体化した元冒険者達を見ながら、瞬は顔を顰める。
『無慈悲である事が慈悲である事もある』
源次綱の声が、瞬の脳裏で再生される。その意味を、彼はしっかりと理解してた。
(……殺してやるのが、情けか)
戦士としての本能が、瞬にもまたあの者たちはもう救えないと認識させていた。彼らを侵食する肉塊は冒険者達の肉体と一体化しており、引き剥がそうにも引き剥がせない様子だった。
おそらく見えないだけで防具の内側の肉体にも根を張っており、コアさえ侵食している可能性は高かった。そうして、彼はわずかに抱く罪悪感に豊久の力で蓋をする。
「はぁ!」
戦国時代を生き抜いた武士の精神を以って、侵食された元冒険者を一撃で貫いた。そうして、貫いた冒険者に向けて本気の雷撃を叩き込む。
「おぉおおおおおお!」
雄叫びと共に雷撃が元冒険者の内側から迸り、元冒険者が灰燼と化す。その瞬間、瞬は元冒険者がわずかに笑ったのを見た。
「……」
やはりか。瞬は何度目かになる討伐に、一瞬だけ黙祷を捧げる。彼らは間違いなく殺される事を望んでいる。そんな彼に酒呑童子が問いかける。
『より、力が必要か?』
「……ああ」
彼らを苦しまぬ様に、そして一瞬で殺せる様な力が要る。なら、今ばかりは酒呑童子の力さえ借りたかった。そんな彼の決意に、酒呑童子が笑う。
『……良いだろう。ただし、気を付けろ。御しきれねば、食らうは味方ぞ』
雷が弾け飛び、地獄の業火が舞い踊る。そうして、瞬は眼前に幻影の酒呑童子を見た。
『……』
酒呑童子が歩く。そうして、彼が通り過ぎた瞬間、自身の姿が更に変貌し抗いきれない力が迸るのを、瞬は自覚した。
「……」
赤い。視界全てを埋め尽くす真紅。思考が灼熱し、暴力的なまでの力が自身を食らう。瞬は暴力的な力に意識が飲まれるのを、理解した。
『「おぉおおおおおおおおおお!」』
「「「!?」」」
大気どころか次元さえ揺れ動きかねないほどの雄叫びが、『リーナイト』全域へと迸る。それは低ランクの魔物を素体とした魔物達を雄叫びだけで消し飛ばし、全ての者たちの動きを止めた。
そうして、片方しかなかった鬼の角が二つになり刀が大鉈のような大太刀へと変貌し、武者鎧が歴戦の戦士が使い古したかのような荒々しさを得る。更に彼の髪は長くなり、まるで鬼神のような銀の輝きを得た。
「……がぁああああああああああ!」
鉈のような大太刀を、瞬が振るう。それはかつて酒呑童子が使った二振りの大太刀。それは一息で数百の魔物を灰燼に帰す。
「……」
ゆらり。まるで揺らめく様に、瞬が消える。そうして、彼は街の中央。ユニオン本部の屋根の上に立つ。
「……」
街の中央とは即ち、『暴食の罪』のど真ん中の真下だ。故に無数の魔物が瞬に気付いて、殺到する。それに、瞬は大鉈のような大太刀を思いっきり振りかぶった。
「はぁあああああああああああ!」
「一撃で……」
「なんだ、あいつ……」
「凄い……」
あまりに凄まじい剣戟に、『リーナイト』の冒険者達が思わず絶句する。たった二発。たった二発の斬撃で、一千近くの魔物が消し飛んだのだ。とはいえ、それ故にこそ彼の身を案ずる者たちが居た。
『瞬!? それだけの魔力を消耗して大丈夫なのですか!?』
『瞬! 少し急ぎすぎだよ!』
『瞬殿!?』
三者三様に、瞬の身を案ずる声が通信機を介して彼の耳に届く。が、それに瞬はなんの反応も示さなかった。
「ぁぁ……あぁ……」
熱病にうなされる様に、瞬の口から音が溢れる。そうして、彼が消えた。
「……」
壊せ。潰せ。殺せ。強烈な破壊衝動が、瞬を支配する。その破壊衝動に促され、瞬は魔物の群れの中に移動する。そうして幾千幾万の魔物の群れの中、彼が狂ったような笑みを浮かべた。
「あぁ………ああぁ……」
なんて脆い。ただ大太刀を振るうだけで消し飛ぶ魔物の群れに、瞬が狂気の笑みを浮かべる。そうして無数の魔刃が迸り、魔物達を灰燼へと帰していく。
「AHAHAははははははは!」
瞬の狂ったような笑い声が、『リーナイト』上空に響き渡る。そんな彼の前に、竜種が元になっただろう魔物が現れる。
「……」
現れた肉塊に侵された竜に、瞬は笑い声を止めて視線を向ける。そうして、その視線をまるで喧嘩を売られたと認識したかの様に、竜が突進する。が、その次の瞬間。無数の肉塊になって落下していった。
「……なんて脆い」
この程度か。ただ撫でたつもりだったんだが。瞬はまるでつまらなさげに、細切れになった魔物を一瞥する。と、そんな彼の周囲に、今度は数十メートルもあろうかという巨大な二つ首の竜の魔物が五体現れた。
「……」
さっきよりも更に強い。瞬は見ただけで、この魔物がランクSに匹敵する魔物だと理解する。そうして、そんな二つ首の竜が計十個の頭から<<竜の伊吹>>を放った。それに、瞬は一切の動きを見せなかった。
「瞬!?」
防御の姿勢も回避の動きも見せなかった瞬に、リィルが思わず声を上げる。そうして閃光が彼を包んで、数秒。一切の傷を負わない彼が閃光の中から現れた。
「……この程度か?」
一切の挑発でもなく、ただ事実確認。瞬の言葉には一切の感情が無く、ただ事実を事実として問いかけている様子があった。そのあまりの寒々しさに、竜種達が思わずのけぞった。意思が無くとも、本能はある。その本能が理解したのだ。この『鬼』には決して勝てない、と。
「……そうか」
畏怖する魔物に、瞬はただ事実を認識するだけだ。そうして、これで終わりならお前らの生命もまたこれで終わり、と彼が斬撃を放った。
「……」
一太刀で数十の魔物と共に二つ首の竜を纏めて消し飛ばし、瞬は次の獲物を漁色する。目に映る全てが、獲物。そんな様子さえあった。そうして彼が再度消えそうになった直前。リィルが彼の頭を思いっきり叩いた。
「ぐっ!」
「いつっぅ!」
「ぐっ……リィル! 何をするんだ!?」
「何をするんだ、ではありません! 少し落ち着きなさい!」
若干涙目で手を振るうリィル――瞬の防御力が上がっていた所為で逆に痛めたらしい――が、瞬へと怒声を上げる。そんな彼女の言葉に、瞬が周囲を見回した。
「……ここは……」
「突き進みすぎです! 戻りなさい!」
「あ、あぁ……」
一体自分が何をしたのだろうか。瞬はリィルの剣幕に恐れ慄く。彼女がここまで怒る事は非常に稀だった。が、それ故にこそリィルは畏怖していた。
(今の瞬……間違いなく街さえ滅ぼしかねなかった)
偶然、空中に誰も居なかったからこそ被害が出なかっただけ。リィルは瞬の一幕を思い出し、そう理解していた。何か良くない事が、瞬に起きようとしている。それを、彼女は理解した。が、今はそれを解き明かす時間は無い。故にリィルは自身が瞬の抑えとなる事として、彼と共に戦いを続ける事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




