第1983話 七つの大罪 ――突撃――
宇宙での戦いを終えて、エネフィアへと帰還したカイト。そんな彼はアイギスに<<守護者>>のコントロールを預けると、単身<<守護者>>から分離して改めて『暴食の罪』を見た。
「……デカイな、相変わらず」
もう笑うしかない。カイトはおそらく小さな島より遥かに巨大化した『暴食の罪』を見て、深くため息を吐いた。と、そんな彼に、無数の『暴食の罪』に汚染された魔物が殺到する。
「はぁ……お生憎様だが、下からなら別に問題は無いんだよ」
まるで胡乱げに、カイトは腕を上げて無数の武器を顕現。そのまま振り下ろす動きに合わせて、殺到する魔物達に向けて投射する。そうして殲滅戦を開始した彼の肩に、ユリィが舞い降りた。
「よいしょ。おかえりー」
「っと……ただいま。状況は?」
「ゆっくり戦線押し下げられてるかな。あ、後ホタルは結構重傷。メンテナンスポッドに入らせた」
「あちゃぁ……まぁ、ホタルには艦隊の操作を任せるから問題はないか」
アイギスはアイギスで<<守護者>>を操って固定砲台化して魔物の掃討を行っている。何時もとは逆になっているが、どちらも近接戦闘ではなく艦隊や機体を操っての戦闘に近い。どちらも動かないといえば動かないので、問題はないだろう。
「で、灯里さんは?」
「あっちもあっちで重傷。ぶっちゃけ、処置遅かったら脳に後遺症残るレベル。灯里の使える魔術の領域思いっきり超過しちゃってる。後で一回お説教しといた方が良いかもねー」
「オーケイ。そっちはみっちり叱っておこう。ま、灯里さんの事だから理論武装してきてるんだろうが……」
「それはそれ。これはこれ、と」
「イグザクトリー」
灯里がカイトの為に無茶するのもいつもの事だし、カイトが彼女の為に無茶をするのも何時もの事だ。そしてお互いにそうした後は説教をかますのがいつもの事なのだ。なら、今回も何時も通りそうするだけである。とはいえ、そのためにも、エネフィアを守りきらねばならなかった。
「さて……」
「十五キロ。一気に突破……中々にキツいかな」
「弾は大量に用意しとかないと、後で泣く事になるな」
「カイトー。融通よろ」
「あいよぅ」
ここから先の突撃に備え、カイトとユリィは入念に準備運動を行う。ここから先、止まったら最後無数の魔物に包囲されてタコ殴りだ。一気に突破しかない。そうして、カイトの周辺に億千万の武器が生み出される。
「大盤振る舞いだ。ここまでの数を一度に出したのは、久しぶりだぞ」
「私見たこと無いなー」
「地球で何回か、だからな」
周囲数キロに渡って顕現した武器の群れの中。カイトとユリィは楽しげに笑い合う。そうして、カイトの手の動きに合わせて無数の武器がまるで壁の様に彼の前後に整列した。
「はーい、ユリィさん」
「はーい。はいっ、位置についてよーい……ドーン!」
「はっ!」
ユリィの号令に合わせて、クラウチングスタートの様に虚空を蹴ったカイトがソニックブームを纏い一気に加速。一歩で数百メートルを突破して、更に次の一歩でさらなる加速を加える。そうしてたった二歩で一キロと少しを踏破した彼の前に、無数の魔物の群れが立ちはだかった。
「邪魔だ!」
「ふっとべ!」
カイトとユリィが同時に手を前に突き出すと、武器で出来た壁が渦を巻いて魔物の群れを切り刻んでいく。そして壊れた武器は即座に魔力になり消滅し、外側に新たな武器が生み出される。それを繰り返し魔物の群れを殲滅していくわけであるが、そんな二人の前に百メートル級の巨人のような巨大な魔物が現れた。
「カイト! デカイの! 何あれ!?」
「見えてる! 昔見た事あるな! 確かどっかの惑星で出たデカイのだ! 食ったみたいだな! ま、星も食われてたけど!」
ユリィの問いかけに答えながら、カイトは両手を引いて一瞬だけ力を溜めて、左右同時に前へと突き出す。その手の動きに合わせて一面に展開していた武器の壁が動き、わずかに厚みが生まれる。そうして無数の武器が巨大な魔物へと所狭しと突き刺さり、一気に押し込んだ。
「おぉおおおおおお!」
両手を突き出したまま、カイトは一気に虚空を蹴って巨人を押す。そうして押し込んである程度飛ばした所で、唐突に爆発が起きて巨人が吹き飛んだ。これだけの巨体だ。人一人通れる穴を作った所でさしたるダメージにはならない。故に敢えて全身に突き立て、小規模な爆発を無数に起こして消し飛ばしたのである。
「はい、次!」
「カイト! 端っこ少し借りる!」
「おう!」
ユリィの言葉に、カイトは武器の端の数百本のコントロールを彼女へと委譲。自身は先の巨人への攻撃で消し飛んだ数千本を再度編みだす。それに対して、ユリィはカイトから渡された数百の武器を一斉に側面に展開。壁の隙間から入ってこようとする鳥型の魔物の群れに向けて一斉に発射した。
「良し!」
「じゃあ、飛ばすぞ!」
左右の魔物も消し飛んで、ひとまずの安全が確保された所でカイトが再度虚空を蹴って加速する。と、そうして再度の加速を見せた彼らへの前の肉の天井に、無数の砲台が生えてくる。
「っ!」
「壊す!?」
「無視!」
降り注ぐ無数の砲撃に対して、カイトは前後の武器の壁の上部の一部を盾へと変換。即席の天井を生み出すと、そのまま一気に前進する。今更砲撃を気にしていられる時間も余裕も無い。そうして突き進む二人であったが、そんな二人の前に今度は数百の人型兵器と数十の戦艦が現れた。
「ちっ!」
「流石にこれは一気には無理!?」
「無理だな!」
数キロに渡って展開された『暴食の罪』に侵食された軍勢を前に、カイトはその場で立ち止まる。そうして狭めていた武器の壁の幅を一気に広くして、円形の防御壁を創り出す。それに、ユリィが電撃や火炎などの各種属性を纏わせる。
「ファイア!」
「で、発射したは良いけどどうすんの!?」
「良い手がある!」
無数の武器を雨あられの様に全方位へと投射しながら、カイトは指をスナップして号令を送る。そうして発せられた信号を受けて、こちらも数百の<<守護者>>が顕現する。
「え、これやばくない!?」
「安心しろ! 現状だ! クラス2までなら無限に呼び出せる!」
「マジ!?」
笑うカイトに、ユリィは思わず目を見開く。とはいえ、事実この<<守護者>>達はエネフィアに居た個体を呼び寄せたのではなく、カイトの号令を受けて世界側が顕現させた新しい個体だ。
今のこの状況下でなら、かつてラエリアの旧文明を壊滅させた数を遥かに上回る<<守護者>>を自由自在に呼び寄せる事が出来たのである。そうして、カイトが地面に着地して剣を掲げた。
「魚鱗陣、展開!」
カイトの号令に合わせて一瞬で<<守護者>>が整列し、無数の人型兵器と戦艦の軍勢へと相対する。とはいえ、曲がりなりにも<<守護者>>。『暴食の罪』に汚染されていようと、否。それ故にこそ基礎は人が作った物が勝てる道理は無い。意思の無い兵器はゴーレムや機械と変わらない。魔力を使う魔道具との相性は最悪なのだ。
「突撃せよ!」
カイトの号令と共に無数の<<守護者>>が『暴食の罪』に侵食された軍勢へと肉薄し、一気に撃破していく。そうして開始された戦いを尻目に、カイトは数十体の<<守護者>>を更に操って上空へと突撃させ、こちらに砲撃を降り注がせる砲台を破壊させる。
「壊すの?」
「うざい事には変わりないからな」
「ふーん……で、ここからは?」
「もちろん、更にベットだ」
ユリィの問いかけに、カイトは再度指をスナップさせて数十体の<<守護者>>を顕現。<<守護者>>の軍勢と『暴食の罪』に侵食された軍勢の戦いを尻目に再度地面を蹴って加速する。
とはいえ、今度は数十の<<守護者>>が直接的な援護として二人の周囲に追従する。流石に武器を生み出している時間が無かったので、生み出す間の代替として<<守護者>>を使ったのである。
「豪華だねー。<<守護者>>護衛にって」
「契約者の特権だ。こういった有事にゃ最大の戦力になるからな」
カイトは世界のシステム側の存在であるが故に顕現とその解除を繰り返し転移にも似た動きで敵を殲滅していく<<守護者>>を見ながら、再度億千万の武器を生み出していく。そんな彼に、ユリィが問いかけた。
「というか、武器創るなら<<守護者>>に全部護衛させれば?」
「あんまりバカスカ率いてても無駄だ。逆に多いと見つかりやすくもなるからな」
「なるほど、たしかにね……でも、意味無いと思うけどなー」
カイトの言葉に頷いたユリィは、こちらを常に監視する巨大な目を見てそう笑う。この肉の天井の下に入った時から、常に二人は監視されていた。まぁ、『暴食の罪』がカイトを何よりも警戒している事を考えれば、当然といえば当然の反応だっただろう。そしてまるでその言葉に応ずる様に、ずるりと一体の魔物が生まれ落ちる。
「おぉ……」
「あらぁ……」
まー、居るでしょうね。カイトもユリィも生まれ落ちた魔物を見知っていればこそ、特に驚きは浮かべなかった。それどころかもう呆れるのも通り越して、感心した様子さえある。というわけで、二人はならんでうんうん、と頷きながら口を開く。
「厄災種、出ちゃいますかー」
「星取り込んでるんだから、当然こいつらも取り込んでるよなー」
生まれ落ちたのは、肉塊に侵食されてはいたものの厄災種の一体『混沌の獣』。中国の四凶という四体の妖怪の一体の名を冠する魔物だった。
とはいえ、これはその中国の饕餮――身体は羊で爪は虎、顔は人など、キメラのような妖怪――に比べ更にごちゃまぜ感が強く、もはやどの部位がどの生物を模しているのか、とわからない様相だった。唯一共通点として言えるのは、四足歩行だという事ぐらいだろう。そうして、その四足の足を踏みしめて、『混沌の獣』がカイトへと襲いかかった。
「何時もなら遊んでやりたいんだが」
「流石に今はその時間無いよね!」
襲いかかってきた『混沌の獣』に向けて、ユリィが雷撃を叩き込んで撃墜する。そうしてそれを見ながら、カイトは指をスナップさせて<<守護者>>を周辺に展開。他の魔物達に邪魔されない様に援護させつつ、地面へと墜落した『混沌の獣』へと急降下して大上段に大剣を振り下ろした。
「おぉ!」
「っ! 避けるな!」
カイトの大上段の一撃が直撃する直前。猫のような器用さでくるりと反転してその場を離脱した『混沌の獣』の足元に向けて水弾を放ち、足元を沼に変える。そうして唐突にぬかるんだ足場に、『混沌の獣』が思わず姿勢を崩した。そこに、カイトが地面を蹴って一瞬で肉薄する。
「はぁ!」
気合一閃、カイトが突進の勢いを上乗せした居合斬りを放つ。しかしその斬撃は『混沌の獣』の油に塗れた毛皮に阻まれ、さほどの痛痒はもたらさなかった。とはいえ、それで十分だ。
「<<土よ>>!」
吹き飛んでいく『混沌の獣』の進路上に、カイトは土の契約者としての力を使い巨大な壁を生み出した。その上で、彼は更に契約者としての力を行使する。
「土の契約者として命ずる! 大地よ! その縛りよりかの獣を解き放て! 続けて水の契約者として命ずる! かの獣の皮を塗らせし油を滅せよ!」
カイトの立て続けの命令を受け、地面の摩擦で減速する筈の『混沌の獣』の速度が一切減速しなくなり、更にその毛皮の油が一瞬だけ消滅する。そうして契約者としての力を行使し受け身も取らせず『混沌の獣』を岩壁に激突させたカイトが、続けて告げる。
「我、大精霊の友として願い奉る! 我が友に全ての力を授けよ!」
誰も見ていない上、この状況だ。カイトとしても出し惜しみなしで一気に決めるつもりだった。というより、そうでもしないと厄災種相手に速攻なぞ出来ないのだから仕方がない。そうして、彼の願いを受けて大精霊達の加護が全てユリィへと付与される。
「よっしゃ! 久方ぶりの必殺技だぁ!」
全ての大精霊の力を付与されたユリィが手を突き出し、その後ろにカイトが彼女を抱き止める様に支えとなる。
「<<極大螺旋呪法>>!」
ユリィの手から、八色の光が螺旋を描く様に発射される。それはあまりの事態に上手く体勢を立て直せていない『混沌の獣』を飲み込んで、消し飛ばした。
「良し……行くぞ」
「ん」
消し飛んだ『混沌の獣』を一切見る事なく、カイトは再び小型化したユリィを乗せて地面を蹴る。そうして、二人は再度『リーナイト』へ向けて突撃を開始するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




