第1982話 七つの大罪 ――再戦――
少しだけ、話は逸れる。カイトが訝しんだ『暴食の罪』がエネフィアに取り付かない理由。それは当然の事であるが、きちんと存在している。それは簡単に言えば、カイトを警戒しての事だった。
(……)
言葉もなく、明白な意識もなく。『暴食の罪』はただ本能に従い他を取り込む。『暴食の罪』とはそんな魔物であるが、明白な意識がなかろうとある種の意識に似たなにかは確かにあった。
(……蒼)
おそらくカイトを筆頭にした人では到底理解出来ない不明瞭な意識の中、『暴食の罪』はただ『蒼』を警戒する。そうして、無数の意思を取り込んだ事で混濁し混沌とした意識の中で、かつて取り込んだ者たちの記憶が記録として呼び起こされた。
『取り込みたきゃ、取り込め!』
『くたばれ、化け物!』
自らに侵食されながら、決して抵抗を諦めなかった星よりはるかに小さき者たち。抵抗力なぞ星よりはるかに小さいにも関わらず、星よりはるかに強い力で抗った意思。それが、『蒼』の光に触発されて確たる力を持つ。
『……まだ、くたばらねぇか』
『いい加減、諦めろ』
『ここは、お前が生きてちゃいけない世界だ』
それを言えば、俺達もだけどな。取り込まれた意思達は自らという確固たる柱を失いながらも、決して『暴食の罪』に取り込まれる事なくエネフィアからその存在を遠ざける。そんな意思の奔流に、『暴食の罪』はかつて見た『モノ』を思い出した。
(……蒼……はるか彼方の蒼き光……)
蒼き神。はるか彼方から自らを滅ぼす蒼き神。その存在が感じていた感情を、『暴食の罪』は覚えていた。そして、その感情を抱かせてはならない、と考えていた。
(蒼の中……紅き光……黒き焔……)
数多の仲間を、数多の仲間の仲間を、家族を食われ、それでも残る大切な者たちを守るべく戦う全ての者の希望を背負い、宇宙の深淵に立つ蒼き者。それを、『暴食の罪』は目と感覚で感じていた。そうして、恐怖を思い出す。
『……』
全ての願いを、全ての祈りを束ね、宇宙の深淵に虹色の太陽が生れ出る。神にある祈りを、願いを束ね自らの力とする能力。それを使い、カイトは数兆の人の祈りを自らの物としたのだ。そして、それは『暴食の罪』の中からも放たれていた。
(俺達の……力を……)
(私達の……願いを……)
(理解不能……)
取り込むばかりだった『暴食の罪』は、逆に自ら放たれる力の奔流に困惑し、恐怖する。一方的な捕食者が、一方的に奪われるのだ。そうして、『暴食の罪』は恐怖に負けて蒼き光へ向けて触手を伸ばす。
『取り込めると……思うか』
厳かで、力強い声が無音の中に響き渡る。
『どれだけの生命を貴様が取り込んだかは知らん……が、この数には敵うまい』
虹が動く。虹の中の『人』が動く。
『さぁ……始めようぜ。お前の為に作られた、お前を滅ぼすだけの魔術。それが効く領域まで、神が相手をしてやる』
神が、腕を振る。そして虹が伸びる。恐怖の中、『暴食の罪』は自らの触手が消し飛ぶ様を見る。そうして虹が直撃した瞬間、自らの中から力の奔流が向こうへと奔る。
『……』
おそらく星一つ分の質量にも相当する領域が削られる。それに、蒼き神はただなにかを想う様に手を握る。あの衝突の瞬間。彼は確かに散っていった仲間達の鼓動を感じたのだ。
『そうか……お前ら、まだ戦ってるのか』
獰猛に。荒々しい様子で蒼き神は笑う。が、その目には、涙があった。歓喜なのか、悲しみなのか。それは、『暴食の罪』にはわからない。が、わかった事がある。彼から放たれる圧力が先程よりはるかに荒々しく、そして強固な物に変わったのだ。
『生きとし生けるもの全ての願いと、死せる全ての者たちの全ての祈り……オレを縁とし、繋ぎ合わせる。貴様が全てを食らうのなら、こちらは全てを束ねよう』
神が再度、腕を振る。無数の虹が迸る。それに、『暴食の罪』は我武者羅に触手を伸ばし膜を張り、わずかでも食い止めようと苦心する。が、そんな『暴食の罪』に、取り込んだ意思達があざ笑うかの様に動きを見せる。
(もう終わりだ)
(動かせると思うな)
(俺達も『暴食の罪』の一部)
(私達は自らの死を願う。祈る)
自らが思うように動かない。取り込んだ、もはや何者でも失くなった意思達が邪魔をする。その理解不能な現象に、『暴食の罪』は恐怖を強くする。
『おぉおおおおおおおお!』
まるで死者達の祈りと願いに呼応する様に、蒼き神が雄叫びを上げて無数の蒼き虹を放つ。それは尋常ではない速度で、『暴食の罪』を削っていく。
『……』
再生が思う様に出来ない。『暴食の罪』は自らが取り込んだ意思達の力が邪魔をして、思うように再生出来ない事を理解する。そうして、数時間。一度は銀河系さえ優に飲み込むほどに肥大化した『暴食の罪』は、気付けば太陽系ほどにまでなっていた。
『『『……終わりだ、化け物』』』
蒼き神と共に、自らの内側から声が響く。戦いの中、仲間を守る為に突撃した者たちは何をしようとしていたか知っていた。故に、『暴食の罪』もまた何が起きるかを知っていた。そうして、太陽系サイズまで縮んだ『暴食の罪』に向けて、蒼き神は最後の一撃を打ち込んだ。
『……お前が奪った全ての生命。この世界に返してもらうぞ』
食らった全てが、吐き出される。『暴食の罪』は自らから全てが奪われていくのを理解する。そうして、『暴食の罪』は無に包まれる。それを、遠き世界で思い出す。
(……星を取り込むには……まだ早い)
あの蒼き光はかつてよりも随分と弱々しくなったが、それでも無策に太刀打ち出来る相手ではない。『暴食の罪』はそう判断する。そうして、『暴食の罪』は更に力を蓄えるべく魔物を吸収し続ける事になるのだった。
まさか自らに対抗する為とは知らず『暴食の罪』の力で宇宙から呼び寄せられる魔物を討伐するべく、宇宙に出て戦いを繰り広げていたカイト。
そんな彼であったが、自身の妨害に対してカウンターとして繰り出された要塞の破壊を終えると、魔物の討伐を<<守護者>>の大軍勢に任せ自身は再びエネフィアへと帰還する。そうして、帰還の途上にあった彼は時乃の支援を受け、僅かな休息を得ていた。
「……マスター」
「……ん」
「お加減のほどは?」
「悪くない。少なくとも失った体力と魔力ぐらいは回復した」
流石は時乃という所だろう。おそらく数分という所だったが、時が歪んだおかげでカイトとしては二時間程度の休息を得られていた。現状なら十分すぎる休憩時間だった。そうして、椅子が傾いてモニターが見える位置へと移動する。
「お前の方は?」
「少しだけ休ませて頂きました。幸い、こちらは観測だけでしたのでオートで十分な所も多く、これで問題ありません」
「そうか……無理はするな。帰還後はホタルと共にウチの艦隊を操ってくれ」
「イエス」
カイトの言葉に、アイギスが一つ頷いた。帰還後、とりあえずやるべきなのは『暴食の罪』の肥大化を抑える事だ。そうなってくるとメインの敵はこのクラス3<<守護者>>よりも遥かに小さい魔物が主となる。
ある程度留まって戦えるのなら良いが、流石にそれは悪手だ。となると、アイギスは艦隊を操って砲撃戦。カイトは先と同じ様に各所を転戦し敵を減らしていくしかなかった。
「さて……」
ゴキゴキ、と首を鳴らし、カイトは改めてエネフィアを見る。数分の内にすでにエネフィアはかなり近くなっており、それに合わせて『暴食の罪』もはっきりと見える様になっていた。
「マスター。一応<<守護者>>なら敵に吸収されずに攻撃が可能かと思われますが」
「ま、可能だがね。どうするつもりだ?」
「急降下からのアッパーで若干なりとも打ち上げられないかと」
「不可能……じゃないがな。流石にキツいだろう」
アイギスの提案に、カイトは笑って首を振る。可能ならやりたい所ではあるが、可能かと問われれば首を横に振るしかなかった。
「流石に<<守護者>>でも奴を大きく打ち上げるには出力が足りん。もし万が一吹き飛ばしが引き金になって、落下を早めても面倒だ。現状維持が一番といえば、一番だろう」
「……イエス」
カイトの返答に対して、アイギスは少し考えた後に一つ頷く。確かにカイトの指摘も正しくはあり、それが懸念と言われれば彼女にも懸念だった。そうして、そんな事を話し合う間にも<<守護者>>はエネフィアの大気圏に近付いていき、灼熱に包まれる。
「「……」」
後数分もすれば、再び『暴食の罪』との戦いだ。カイトとアイギスは無言でそれを待ち構える。そうして、あっという間に数分は過ぎ去って『暴食の罪』の巨大な大地が眼前に広がる事となる。
「もう取り込めそう……ですね」
「だな……レヴィ。オレだ」
『カイトか。どうした?』
「エネフィアに帰還した。出て来たデカイ要塞は破壊した。問題はない。それと、宇宙からの奴らは<<守護者>>の軍勢に任せた。ランク3が中心だ。問題はないだろう」
『そうか』
とりあえず、宇宙からの増援が無い事を報告しておこう。そんなカイトの報告にレヴィは一つ頷いた。そうして、彼女がカイトへと現状を報告する。
『こちらだが……なんとか決壊は避けられている、という所か。流石にそろそろ厳しいがな』
「しゃーない。これだ」
レヴィの報告に対して、カイトは思わず笑う。が、その笑いには苦味が多く乗っており、仕方がない、と心の底から思っている様子だった。まぁ、無理もない。なにせ『暴食の罪』はすでに人の手に負える領域ではない。絶望に何時陥っても不思議はないのだ。まだ戦えているだけ、十分だった。
「……クラス3は何体出ている?」
『もう五体を超えた。そいつを含め、だが』
「被害は?」
『幸い、貴様の統率のおかげでなんとかだ』
「そうか」
なんとか。つまり出ていないわけではないのだろうが、それでも最悪の事態には至っていないという事でもあった。それにカイトは安堵を浮かべる。
『そのおかげ、だろうな。まだこちらも持ちこたえられている。<<守護者>>が共に戦ってくれている、というのは何よりも希望になっている様子だ。特に戦闘の中心となっている『リーナイト』に多くの<<守護者>>が集まっている事で、『リーナイト』が一番持ちこたえられている様子だ。不思議な事にな』
「そうか」
やはり中心となる『リーナイト』には多くの『暴食の罪』に汚染された魔物が産み落とされている。故に<<守護者>>もそれに合わせるかの様に大量に顕現している様子で、その多さ故に折れていない様子らしかった。そうして、そんな会話と同時に<<守護者>>が地上に着地する。
「これから<<守護者>>と分離してそちらに戻る……戻れるかは知らんがな」
『期待している』
目の前にはおよそ二十キロに渡る肉の天井だ。無論、その下には無数の魔物達が居て、そこかしこで<<守護者>>と戦いを繰り広げていた。その中を、突破しなければならないのだ。普通は無理だ。が、それはあくまでも普通であって、普通でないカイトなら無理ではない。
「アイギス。艦隊はなるべく遠ざけろ」
「イエス。この子、借りたいですが」
「……オリジネーター権限で、許可する」
「出来るんですか!?」
「流石にこうなっちゃ、ためらっちゃいられない。ここから戻るのに支援も欲しいしな」
カイトは若干苦笑気味に、裏技を使用してアイギスに<<守護者>>の操作許可を預ける。流石に近接戦闘は出来ないだろうが、それでも強力な砲台にはなるだろう。そうして、カイトは<<守護者>>から離脱して単身外に出るのだった。
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