第1981話 七つの大罪 ――帰還――
『暴食の罪』に汚染された要塞の内部で起きていた半人半蛇の機体との戦い。それはカイトにより『暴食の罪』に汚染され生体ユニットにされてしまった女性を消し飛ばす事で決着が着いた。そうして、戦いの後。カイトは動力炉が消し飛んだ事でわずかに力をなくした要塞の中で、再度人型兵器の群れと戦いを繰り広げていた。
「コアを吹き飛ばせば楽になると思ったんですが!」
「なるわけねぇよな!」
「イエス! これだけ巨大な要塞です! 動力炉が一つでは無いでしょうからね!」
殺到する無数の人型兵器に向けて再度弾幕を張って対応する。そうして無数の人型兵器に追撃されながらも、二人はなんとか突入した穴から外へと脱出した。
「はぁ……」
「マスター。若干ですが砲撃の勢いが弱まっています。更に、障壁の強度も低下。今なら狙撃も可能かと」
「ってことは、人型兵器の増援も少しはましになりそうか」
「イエス。かと」
要塞から距離を取りながら、二人はわずかに緩まった弾幕に僅かな安堵を浮かべる。と、安堵した瞬間だ。要塞の側面に取り付けられていた一番大きな砲台から閃光が発射された。
「とぉ! 油断大敵!」
「マスター! 今の一撃で補助の動力炉と思われる反応を確認! モニターに表示します!」
「了解! りょ……多すぎんか!?」
モニターに表示されていく補助の動力炉の数に、カイトが思わず声を荒げる。少なくとも見えただけでも十は下らない。
「そりゃ、こんだけ巨大なんですから、数十はあるでしょう! 現在判明している補助の数から考え、各砲台につき十五! 総計およそ五十!」
「まじか」
おそらくこれを誘爆させたりはさせられないだろう。カイトは引きつった笑いを浮かべながら、連結型ライフルを取り出す。
「アイギス。なにか一気に破壊出来る良い手は? 可能なら誘爆させられればベストだ。要塞を跡形もなく消し飛ばしたい」
「ノー。あれば進言します」
「だろうな……動力炉を全て狙撃する。近付いてくる人型兵器は頼む」
「イエス」
結局、一つ一つ潰すしかないのか。カイトはため息を吐きながら、可視化した動力炉の光点に向けてライフル型の照準を合わせる。そうして、彼は放たれる砲撃の嵐を抜けながら全ての補助の動力炉を狙撃していく事になるのだった。
さて、カイトとアイギスが半人半蛇の機体を破壊しておよそ一時間。その頃についに、要塞は大爆発を起こす事になる。
「これで、最後!」
流石に大半の動力炉を破壊されては、要塞もその機能を停止するしかなかったらしい。人型兵器の増援も砲撃の雨もすでに止まっており、最後の方はただ機械的に動力炉を狙撃するだけだった。
「ふぅ……」
「動力炉に命中……エネルギー反応停止。回復の兆候無し。完全に機能を停止した模様」
「ったく……手こずらせやがって。途中、破壊した動力炉まで復活させられたときはどうなるか、って思ったぞ……」
「メインが復活しなくて良かったですねー」
「まったくだ」
アイギスの言葉にカイトも心底同意する。これでメインの動力炉が復活させられれば、下手をするとまたあの半人半蛇の機体と再戦だ。<<守護者>>も決して小さくない傷を負っているので、ここからの事を考えれば再戦はしたくなかった。
「で、マスター。これどうしますか?」
「消し飛ばす。残しておいて万が一復活のきっかけになられても困る」
「イエス……<<守護者>>の出力上昇。腹部砲門、開きます」
「良し……はぁ!」
カイトは気合を入れて、<<守護者>>の出力に自身の力を上乗せする。そうして極光が<<守護者>>を包み込む。
「照準合わせ」
「……照準合わせ良し。一発でいけます」
「オーケイ。ファイア!」
カイトの掛け声と共に、<<守護者>>の腹部から極光が発射される。そうして要塞の中央。丁度半人半蛇の機体があったあたりの所で、極光が弾け飛んだ。
「……要塞、完全消滅」
「はぁ……こんなもんか」
流石にあれだけ巨大な要塞を一息に破壊したのだ。流石のカイトも数時間に及ぶ戦いで若干疲労が見え隠れしていた。特に彼の場合、腹に風穴を空けられたのだ。中津国の時より敵としては雑魚が多かったものの、状況は遥かに悪かった。とはいえ、だからといって休んでいられる時間は無い。
「マスター。エネフィア太陽系の外。何かが顕現しつつあります」
「……クラス4だ。あの領域になると、顕現にも時間が必要になる……笑えるほどのデカさだろ?」
「ぶっちゃけ、計測器の不具合を疑いたいですねー」
カイトの乾いた笑いに対して、アイギスもまた乾いた笑いを浮かべる。現在時点でどうやら地球の月ぐらいの大きさがあったらしい。本当に顕現した場合、冗談無しで星を両断出来そうだった。とはいえ、そのおかげで幸いな事があった。
「アイギス。通信機の機能に<<守護者>>同士を繋ぐリンクがある筈だ。それを起動してくれ」
「イエス……ありました。起動します」
「良し……オリジナルより<<守護者>>へ。オリジネーター権限を発動。待機命令の出ている個体については全て現地での名称・エネフィアへと向かう魔物を掃討せよ」
起動した通信機の機能を使い、カイトはエネフィア周辺にて万が一『暴食の罪』がエネフィアを食らい尽くす事が起きた場合に待機していた個体全てへと命令する。
流石にこれ以上『暴食の罪』に呼び寄せられる魔物の相手をしてはいられない。が、誰かが食い止めねばならないのもまた事実だ。時間経過により<<守護者>>が顕現しているというのなら、それを有り難く戦力として使わせて貰うだけだった。そうして、彼の命令を受けて<<守護者>>が一斉に顕現。エネフィアの太陽系全体へ散っていき、魔物との交戦を開始した。
「これは……」
「<<守護者>>に宇宙の魔物の討伐は任せた」
「いえ、そういう問題じゃないですよ!? なんですか、この多さ! そして大きさ!」
まさに空間を割って出て来るとしか言い様のないクラス3<<守護者>>の大軍に、アイギスは思わず声を荒げる。クラス2が大量発生した時点で、旧文明はどうしようもなくなったのだ。なのに、今はもはやそれを遥かに上回る数と戦闘力を持つクラス3が現れていた。おそらく、最低でも千は下らない数だった。
「大半クラス3だ。状況が状況だからな。クラス2じゃすでに無理と判断されてるみたいだ……これじゃ、エネフィアがどうなっている事やら。ま、クラス2も雑魚掃討用にいるみたいだが」
「……」
おそらく、クラス3とクラス2を合わせれば万単位の<<守護者>>が顕現している。アイギスは各種の計測装置を操っていればこそ、数値的に現れる報告に言葉を失う。しかもこの上でクラス4まで顕現しつつあるのだ。正直、彼女の常識から大きく外れた状況と言うしかなかった。
「……戻るぞ。いつまでもここでのんびりしてたら、帰る家がなくなっちまう」
「……イエス」
これだけやって、まだ『暴食の罪』の討伐にまでたどり着けていない。そんな状況だ。アイギスの声が若干硬くなったのは、仕方がない事だった。そうして、二人は改めて<<守護者>>をエネフィアへと向ける。
「『暴食の罪』が……」
「でかくなったもんだ」
エネフィアの方を向いて見えたのは、カイト達が宇宙に出る時より更に肥大化した『暴食の罪』の姿だ。この規模だ。おそらくすでに近隣の村や街からも見えるだろう規模になりつつあった。
「アイギス。計測装置でどれぐらいの大きさになったか分かるか?」
「イエス……概算ですが、ざっと30キロ。そろそろヤバい……は通り越してもうどうしようもない領域に達しつつあります」
「ふむ……」
やはり最初に予測を立てた通り、若干だが肥大化の速度が遅いな。カイトはもはや目視でも捉えられるほどに肥大化した『暴食の罪』を見て、内心にそう思う。これがもし最盛期だった場合、今頃エネフィアが取り込まれていても不思議はない。が、それ以外にも彼にはなにか気になる事があったらしい。
(何故今尚エネフィアに食いつかん? まぁ、確かに下手に取り付いて星を食おうとしたら、逆に星の浄化作用で消し飛ぶ事になりかねん、ってのは分かる。それにしても妙に遅いな……)
先に道化師も言っていた事であったが、もし『暴食の罪』がエネフィアに食いつけばその時点でゲームオーバーになりかねない。それを防ぐ為に道化師は宗矩になるべく上空に投げる様に指示していたし、その性質を更に詳しく知るカイトとしても正しく思えた。
が、それにしたって未だに取り付く素振りを見せない事には違和感を感じさせた。と、そんな事を考えるカイトに、アイギスが問いかける。
「マスター。何か気になる事でも? それとも流石にお疲れですか? それでしたら一旦巡航速度にして、休憩を取られるべきかと」
「疲れている事は疲れているが……奴がエネフィアに食いつかん事が気になってな」
「確か無機物も有機物も食らう、でしたっけ」
カイトの言葉にアイギスもまた、『暴食の罪』の性質を改めて思い出す。何もかもを食らい尽くすからこその『暴食の罪』。その名に恥じぬ性質を有していると言えるだろう。これに、カイトもまた頷いた。
「ああ……とはいえ、お前なら分かるだろうが……星の浄化作用を上回れない間は奴も流石にエネフィアに取り付こうとは思わん。浄化されちまうからな」
「星の浄化能力、甘くないですもんね」
「ああ」
星の浄化能力。それは『暴食の罪』の様に、星に取り付いて星のエネルギー、例えば地脈などのエネルギーを取り込もうとする相手に対しての力だ。
今では<<守護者>>が有名になってしまってあまり一般的ではないが、星にも自身を傷付ける相手に対する対抗力があったのである。
とはいえ、それだって限度があり、そして限度があればこその<<守護者>>であり、そしてかつての戦いだ。遠からず『暴食の罪』が星の浄化能力を上回るだろう。
「確かマスターはかつて『暴食の罪』を滅ぼした際に仕掛けられた魔術が今も効力を発揮しているのでは、と考えられていました。それが影響しているのでは?」
「……確かにな。可能性としてはあり得るか」
よく考えれば、確かにその可能性もあったか。カイトは自身の感じる違和感が、かつてと今の差を見直してみれば普通かもしれない、と考える。そうして、一旦はそれで納得した彼はコンソールを操って椅子をその場に顕現させた。
「……アイギス。少し休む。大気圏突入前になったら、教えてくれ」
「イエス。巡航速度で帰還します」
「頼む……時乃。何分なら時を歪められる?」
アイギスの言葉に頷いて、カイトは椅子を少し倒して眠りやすいような状態へと持っていく。そうして、そんな彼の問いかけに時乃が告げた。
『一……いや、二時間程度かのう。流石に現在のエネフィア近辺は世界側のシステムが強固に働いておる。それが限度じゃ』
「それで十分だ……アイギス。お前も可能な所で休息を取っておけ。まだ長丁場は続くからな」
「イエス」
椅子に腰掛け、カイトは目を閉じてアイギスの返答に頷いた。流石に足掛け数時間もぶっ続けて戦い続けたのだ。すでに残り時間は半分を切っているが、だからこそ休める所で休まねばならなかった。そうして、彼は失った魔力と体力、精神力を回復する為の短い眠りに就く事になるのだった。
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