第1977話 七つの大罪 ―宇宙の海で―――
超巨大戦艦の空けた包囲網の穴を埋めるべく、『暴食の罪』から遠く離れ包囲網の穴にて戦いを繰り広げたカイト。そんな彼らはクラス3<<守護者>>の助力と灯里の奮闘により、なんとか穴を埋める事に成功する。が、そんな彼らが一安心したと同時に『暴食の罪』により放たれた鈍色の閃光。それは遠く宇宙から魔物を呼び寄せる呼び水だった。
そんな呼び水を受け、カイトは<<守護者>>の要請を受けてクラス3<<守護者>>以降の<<守護者>>に備わる搭乗能力を使用し、<<守護者>>の操縦者としてアイギスと共に宇宙に戦場を移していた。
「速度尚も上昇中……最高速度に到達……? 最高速度より更に先。思考による加速? なる機能が<<守護者>>より提示。どうしますか?」
「使用しろ。戦場はあまりに広すぎる。移動速度が上がるのなら限界まで上げろ」
「イエス」
<<守護者>>にどんな機能が備わっているかは、まだアイギスにも全てはわかっていない。なにせ<<守護者>>には様々な機能がある。当然だ。『暴食の罪』のような奴らとさえ戦える様になっているのだ。例えば吸収・同化の無効化など現代文明では到底不可能な領域の概念的な機能が備わっていた。
それらを全て理解し活用する、というのは一朝一夕になんとかなるものではなかった。というわけで、アイギスはさらなる加速として<<守護者>>が提示した機能を展開する。
「……速度変わらず」
「原因は?」
「ノー。不明です……機能解析。解析結果確認……どうやらイメージする事で移動する概念的な移動の模様」
「つまりは?」
「ぶっちゃければ、そこに自分が居るという認識をする事で飛翔する機能ですね。物理加速より転移術に近いかと。ただし、実空間を移動しますので転移術のような障壁の無力化などはありません」
「なるほど」
であれば、敵や場所のイメージをすれば良いわけか。カイトはアイギスのざっくりとした説明をそう理解する。本来こういった事は魔術師の得意分野となるわけであるが、彼が出来ない道理はない。故に、彼は一度だけ目を閉じて今の状況をまっさらにして、改めてモニターに表示される敵影をしっかりと認識する。
(イメージしろ。そこに自分が居る姿を。そしてそれを正しい物として世界側に出力させろ)
どういう原理でこれが成し得るのか。それは不明だが、世界側に結果を出力させる事はカイトにとって慣れ親しんだ物と言える。神陰流も同じだからだ。故に彼は自身が敵の前に居るイメージを強固にイメージ。それを<<守護者>>が読み取って、世界へとそれが正しい認識であると思い込ませる。
「「っ!?」」
明らかに今までとは違う加速を見せた。カイトとアイギスはまるで次元が歪んで引っ張られているかのような猛烈な速度で移動する<<守護者>>の中で目を見開く。そうして、アイギスが慌てて解析を開始した。
「<<守護者>>、さらなる加速を開始! 光速の10%まで到達! 更に加速!」
「っ! 接敵まで何秒だ!」
「十秒! 九、八、七……」
覚悟をしている時間さえ無いのか。カイトはアイギスのカウントダウンを聞きながら、腰にある刀へと手を当てる。そうして、たった十秒なぞあっという間に終わりを迎えた。
「ゼロ! 急減速!」
「ぐっ! アイギス! 次回以降は減速しての停止にしてくれ!」
「イ、イエス! 早急にプログラムを作成します!」
光速の10%を超えた速度で移動する物体が急停止したのだ。一応急制動での衝撃については<<守護者>>がなんとかしてくれていたが、それでも急制動の衝撃を完璧に殺しきれたわけではなかった。が、その効果は絶大で、地球と月ほどの距離をたった十秒で駆け抜けていた。
というわけで、カイトは唐突に現れた数百メートルの巨人に反応出来ない様子の数百メートルの魔物の群れに向けて、一気に虚空を蹴った。
「ふぅ……はぁ!」
ざんっ。<<守護者>>の手に持った巨大な刀で、カイトは目の前の一体をなで斬りにする。が、そうして切り裂いた彼が驚きを浮かべた。
「こりゃ……」
「マスターの出力でも耐えられる以上、ぶっ飛んでるだろうとは思いましたが」
飛びすぎだろう。アイギスの観測結果を見ながら、カイトは思わず笑うしかなかった。アイギスの観測結果によると、どうやら今の一撃で百キロは斬撃が飛んだらしい。宇宙空間である事などを加味したとしても、あまりに巨大な斬撃だった。なお、その結果一体だけ切り裂くつもりが余波で三体ほど纏めて消し飛んだらしいが、後で倒すので別に問題はないだろう。
「まぁ、良い……それならそれで使いやすい。操縦性も十分。オレの動きに追従してくれる」
くるんくるん、と刀を遊ぶ様に回しながら、カイトは<<守護者>>の操縦性に関して称賛を述べる。まぁ、これは彼が単に動いて戦っているだけだから、という所はあるが、それでも魔導機よりも遥かに上の追従性を見せていた。故に、彼は魔導機では困難な<<縮地>>を使用し、距離を取る。
「ふぅ……」
ここまでの追従性を見せるのだ。ならば、出来るはずだ。カイトは高揚感を収めて精神を整える。そうして、世界の流れを読み取って<<転>>による斬撃を放ってみた。
「……うそ」
「ほぉ……これでも出来るか。流石に一発が限界だが」
超巨大な斬撃が生じ、カイトが上機嫌に笑う。斬撃という結論だけを生じさせたのだ。とはいえ、やはり超巨大な<<守護者>>で超巨大な斬撃が放たれるのだ。今の彼では練度が足りずに一回しか出来ない様子だった。
まぁ、そういっても。本来魔導機などの超巨大物体に乗り込んだ状態で何かしらの技を使う事そのものが困難なのだ。その中でも最高峰の難易度を誇るという<<転>>が使えるという事は、この<<守護者>>の追従性とカイトの技術の高さが伺い知れた。
「とはいえ……これなら、これ一本でここは十分だな」
ちゃきんっ。カイトは自身が生身ですると同じ様に、巨大な刀を鞘へと納刀する。そうして、一つ呼吸を整えて、彼は何時もの通りに戦う事にした。
「<<八百万閃刃>>」
一呼吸の後。カイトの口決と共に、無数の刃が巨大な魔物の群れへと襲いかかる。それは<<守護者>>の巨体から生み出されたに相応しい巨大な斬撃で、数百メートル級の魔物の群れが展開する数キロに渡ってを細切れにしてみせた。
「生命反応……残ゼロ。敵、壊滅です」
「おし……次だ」
「イエス……次の敵影、エネフィアを中心として六時の方向。ここより距離五十万キロ」
「了解した」
月より遠いが、今の<<守護者>>なら問題なく一分も掛からず突破出来る距離だ。が、そのためにもまずは敵を認識する必要があった。
「アイギス。敵影を表示させろ」
「イエス……表示」
「っ……どうやら、新しい奴が来たみたいだな」
見えたのは、人型にも近い巨大な魔物。剣などは持っていなかったが、拳がありなにかを掴めるような様子があった。とはいえ、完全に人型ではなく、下半身は蛇に近かった。
敢えて創作物などに当てはめれば、ナーガなどの半人半蛇という所だろう。無論、そいつ一体だけではなくワーム型の魔物も数十体居た。
「どうしますか?」
「一息に潰したい所だが……」
どうするか。カイトはアイギスの問いかけにわずかに考える。おそらくあの半人半蛇の魔物はワーム型の魔物より随分と強いだろう。そう思う。それ故に可能なら先手必勝で倒したい所ではあった。が、それが可能かどうか。そこが何より気になる所だった。と、そうして僅かな思考を巡らせる最中。再度エネフィアに巨大な鈍色の閃光が上がった。
「っ!?」
「閃光、第二波炸裂! 魔物の群れ、一気に加速しました!」
「ちぃ! 考える時間くれっての!」
どうやら戦略を考えている暇も無いらしい。カイトは苛立たしげに背面の飛翔機に似た噴出孔から虹色のフレアを迸らせ、加速を開始する。そうして加速を開始しながら、カイトはアイギスに告げた。
「さっきも言ったが、減速は気を付けてくれ!」
「イエス! 戦闘については!」
「初手で周囲の雑魚を潰す! 可能なら中心の奴にも先制ダメージを与える」
「イエス!」
<<守護者>>の魔力で編み出した無数の武器を周囲に追従させ、カイトは一気に加速する。そうして二十秒足らずで五十万キロを一気に飛翔し、その速度のまま半透明の武器を解き放つ。
「っ! これに反応するか!」
ワーム型の魔物が半透明の武器の雨に串刺しにされたのに対して、半人半蛇の魔物はその大半を前面に展開した障壁で食い止めて、その拳で破砕する。とはいえ、障壁にはひび割れが生じており、一気に仕留められる様に思われた。
「なら、直接やるまでだ!」
制動をかけても尚制止していない<<守護者>>を操って、カイトは刀を一瞬で大剣へと変更。そのまま回転を掛けて、一気に斬りかかる。が、そんな切りかかりに対して、半人半蛇の魔物の腹が唐突に開き、光条が吹き出した。
「!?」
「シールド展開!」
剣戟が放たれる直前に放たれた光条に、アイギスが咄嗟にコントロールを奪取。前面に障壁を展開して、姿勢を固定。衝撃を受け流せる様に。そうして一瞬の後に訪れた巨大な光条の障壁を全て受け流した。が、受け流しても光条を真正面から受けたのは事実だ。故にその勢いの大半を受ける事となり、思いっきり吹き飛ばされる事になった。
「つぅ! ちぃ! やる!」
「敵障壁、再生を確認! 合わせて第二撃、来ます!」
「距離は!?」
「距離3000!」
「今の一撃でか!」
「イエス!」
たった一撃で三キロも吹き飛ばされ、カイトが盛大に舌打ちする。やはり敵の巨大さに見合った威力があの光条には込められており、宇宙空間という減速する要因の少ない場所である事も相まって、これほどの距離を吹き飛ばされたらしい。そうして飛来する第二波を前に、カイトは即座に手を打った。
「弓!」
「イエス!」
「……はっ」
一瞬で顕現した弓を手に、カイトは真正面から光条へと向かい合う。そうして一瞬で弓に矢をつがえ、矢を放った。
「敵レーザ、消滅! が、だめです! 距離がありすぎます!」
「そんなもんわかってる!」
弓を投げ捨て、カイトは即座に虚空を蹴る。なにもない宇宙空間では間近に見えるが、実際には三キロも先なのだ。なのでいくら高速の矢だろうと避ける事は容易で、悠々と半人半蛇の魔物に避けられていた。しかもその上に両手から魔弾を生み出し、こちらに牽制まで放っていた。それに、カイトは即座に取り回しの良い片手剣を取り出させる。が、それだけに留まらず、<<守護者>>である事を活かしてそれに魔術を刻み込む。
「アル・アジフ!」
『了解』
しゅぼんっ、と蒼炎を上げて、片手剣の形が変わる。そうして生まれたのは、偃月刀の刃に似た剣だ。
「<<バルザイの偃月刀>>!」
<<バルザイの偃月刀>>。それは地球のクトゥルフ神話に刻まれた武器の一つだ。そうしてカイトはそれに幾つかの魔術を刻み込み、一気に投ずる。それに、今度はアル・アジフが魔術を展開した。
『<<ニトクリスの鏡>>による無限増殖を付与……後は好きにしてくれ』
「あいさ」
無数に分裂した<<バルザイの偃月刀>>により牽制に対抗する様に牽制を放ち、カイトは一直線に突き進む。そうして、迫りくる鏡像に向けて魔弾を乱射する半人半蛇の魔物へ、あっという間に肉薄した。
「出力と反応速度は悪くなかったな」
「イエス。少し手間取りましたねー」
「しゃーない。宇宙にゃ未知がいっぱいだ」
ずどん。先程光条が放たれた腹の穴に手を突っ込んで、カイトはアイギスと一瞬だけ会話を交わす。そうして、その会話と合わせて<<守護者>>の手のひらから魔力の光条が迸り、半人半蛇の魔物を上半身と下半身に真っ二つに引き裂いた。
「逃すか!」
真っ二つに吹き飛んだ上半身と下半身に対して、カイトはそれが吹き飛ぶより前に鎖を放ち確保。魔力を流し込んで、消し飛ばす。
「ふぅ……次は?」
「続々、集まってます。で、マスター。一つご報告が」
「なんだ?」
「ワームホールみたいなの作れるみたいなんですけど、どうしましょう」
「ほぉ……決まってる」
そんな楽しいものがあるなら、使わない道理がない。アイギスの問いかけに、カイトは楽しげにそう口にする。そうして、二人は宇宙からエネフィアに向けて突き進む超巨大な魔物の群れを片付けていくのだった。
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