第1976話 七つの大罪 ――クラス3――
事態の進行を受けて現れたクラス3<<守護者>>。その力を用いて包囲網に穴を空けた超巨大戦艦を討ち滅ぼすと、カイトは即座に包囲網の再構築に取り掛かる。そうして包囲網の再構築が行われるのを見ながら、カイトは大剣を地面に突き立て停止するクラス3<<守護者>>を見た。
「……」
「もう終わり?」
「いや、そういう事じゃない」
機能を停止している様にも見えるほどに動きを見せないクラス3<<守護者>>を見て問いかけたユリィの問いかけに、カイトは一つ首を振る。あの程度の攻撃では通用しないらしく、<<守護者>>の装甲には一切の傷が付いていなかった。無論、人型兵器を踏み潰した足も同様だ。あの巨大な人型兵器の動力炉の爆発を受けても無傷。それが、クラス3の<<守護者>>の実力だった。そんな所に、シャルロットが舞い降りる。
「力を溜めているのよ」
「わかるの?」
「これでも女神よ……そっちの半端者も分かる様子だけれど」
「ええ……なんとなく、だけれど」
シャルロットの問いかけに、カナタは改めて<<守護者>>を見ながら一つ頷いた。クラス3の<<守護者>>は現在、カイトから提供された知識を持っている。それを活用し、基本的な戦略を構築していた。が、その結果今の状況では自身では『暴食の罪』に立ち向かう事が難しいと判断。力を溜める事にした、というわけである。
「下僕」
「ああ……頼む」
「ええ」
以心伝心。シャルロットの手短な言葉に、カイトは一つ頷いてシャーナらが乗る飛空艇を守る様に円陣を組むマクダウェル艦隊に背を向ける。今更、どこかに逃げようと一緒だ。ならばここでシャルロットが守りに就き、とした方が良い。
「ホタル……大丈夫か?」
『……若干ですが、損傷が見受けられます。が、継続しての戦闘は可能』
「やめておけ。現状、そんな楽な状況じゃない。お前でも取り込まれるし、お前が取り込まれると面倒だ。お前はシャルの指示に従え」
『了解』
カイトの指示に対して、ホタルが了承を示す。この時の彼女の状況をカイトは知らないが、どうやら重力場砲による余波での高重力に対抗するべく飛空術を使っていたそうなのだが、それでもあまりの出力に若干彼女の身体が耐えられなかったらしい。
精密な姿勢制御はしていたので腕がもげたりする事は起きなかったが、それ故にこそギアに負荷が掛かりすぎて近接戦闘は難しい状態になっていたとの事であった。
「ふぅ……」
後は、なんとかやるしかないか。カイトはかなり入り込まれただろう魔物を考え、わずかに苦い顔で残り時間を考える。と、そんな所に。念話が響いた。
『……カイト。聞こえておるな?』
「先生」
『かかかかか。但馬守が本気になられた様子でのう。これでは儂が勝てるかどうか……ま、そりゃ良いか』
わずかに驚いた様子のカイトに、武蔵が楽しげで少し獰猛な笑みを浮かべる。そうして、彼が告げた。
『何やら巨大な飛空艇が消えた方向から魔物がぎょうさん来ておったんじゃが……全て片付けておいたぞ』
『……この程度、特段の問題にもならん』
「宗矩殿……ありがとうございます。これで、首の皮一枚で繋がった」
どこか物足りなさを滲ませる宗矩の声に、カイトは一つ礼を述べる。どうやら自分も責任の一端はある、と本気でやってくれていたらしい。ものの気づいて数分後には群れが壊滅していたとの事であった。
「さて……戻るしかないか」
これで穴は防げたが、どうしても全てをなんとかできるわけではない。故にすぐにでも戻って戦う必要があった。と、そんな時だ。背後で天を衝く巨大な鈍い光が上がった。
「何?」
「なんだ? 司令部。何が起きている?」
『何が? 何がとはなんでしょう』
驚いたカイトが『リーナイト』にある司令部に問いかけると、カイトの問いかけに『リーナイト』側が困惑気味に首を傾げる。
「あの光だ。天を衝く巨大な光だ……そちらからは見えないのか?」
『はい……あ、待ってください。報告が……あの巨大な魔物から出てる……?』
「なんのつもりだ……?」
見たことのない現象に、カイトが困惑げに顔を顰める。が、どう考えても碌な予感はしなかった。そうして、直後。鈍色の光が強烈に強まり、天高くで弾け飛ぶ。
「「「っ!?」」」
光が弾けた瞬間、周囲の全員が一斉に顔を顰める。威力こそ無いものの妙な衝撃が一同へと襲いかかったのだ。
「何だ……これ……」
「嫌な感じ……」
おぞましい。そうとしか言い様のない気配が、周囲へと漂った。と、その次の瞬間だ。いきなり『暴食の罪』に向かっていた魔物達が凶暴化し、包囲網を遮二無二突破せんとし始めた。
「凶暴化!?」
「いや……違う」
驚き声を荒げるユリィに対して、カイトははるか彼方からも呼び寄せられる魔物を見て思わず顔を青ざめる。
「セントエルモの火……宇宙から魔物を呼び寄せる気だ」
「……前のあれ?」
「ああ」
エネフィアにおいては一度だけ確認された、宇宙の魔物。超巨大な魔物だ。それを呼び寄せ吸収すれば、間違いなくとんでもない量の魔力やらを吸収する事ができるだろう。今のままでは限界があると悟り、更に遠くから良質な餌を呼び寄せる事にしたというわけだった。と、そんな閃光を受けて、今まで止まっていた<<守護者>>がゆっくりと動き出す。
『……纏え』
「……」
「どうしたの?」
告げられた一言は、どうやらカイトにしか聞こえなかったらしい。ユリィが訝しげな様子を見せていた。
「どうやら、<<守護者>>が力を貸してくれるらしい。魔導機も無く宇宙の魔物との戦いは出来んからな」
「力を貸して? どういう事?」
「<<守護者>>の特殊能力の一つというか……機能の一つだ。クラス3以上の<<守護者>>は魔導機と同じ使い方ができる。所詮、<<守護者>>はシステム。限界以上の力は出せん」
「その穴を埋める為に、ね」
カイトの言葉にユリィがなるほど、と巨大な<<守護者>>を見る。そうして、カイトは一つ頷いた。
「ユリィ。カナタと共にこちらを任せる。少しでも敵を減らしてくれ」
「行くの?」
「オレ以外に誰が宇宙で戦えると?」
「だねー」
考えるまでも無い事だ。そもそもエネフィアの誰も宇宙で戦った事はない。唯一カナタぐらいはした事があるかも、という所だが彼女でも成層圏ぐらいが限界だろう。それ以上になるとした事が無い可能性は高かった。そうして、カイトはこの状況で必要な者に声を掛けた。
「アイギス!」
『イエス! って、呼ばれたので応えたんですが、なんですか?』
「出番だ。ホタル、操艦はお前がやれ。アイギスにはこちらを手伝ってもらう」
『はい?』
『了解』
困惑気味なアイギスに対して、ホタルの判断に迷いはない。そもそもアイギスは戦闘向きではない。一応戦えないではないが、やはり性質などから補佐に向いている。そしてここまでの流れがわかっていない以上、こうなるのは当然だろう。そうして、直後。カイトは<<守護者>>の内部へと召喚された。
「……」
「な、なんですか、ここ!? って、マスター?」
「<<守護者>>の内部だ。操作系はおそらく魔導機と同じはずだ」
「は、はぁ……あ、本当」
カイトの言葉にアイギスはひとまずコンソールらしき物に触れてみて、基本的な操縦系統が魔導機と同一である事を即座に理解する。
「で、あの……これでどうするんですか?」
「宇宙に出て戦う」
「え?」
困惑気味なアイギスへと、カイトは現状を伝えていく。そうして、彼は改めて現状を問いかける。
「了解しました。それで、これと」
「ああ……アイギス。<<守護者>>の出力はどのぐらいだ?」
「イエス……わっ……凄い。生体に近いはずなのに、出力の限界値なんかが数値化され……され……」
数値化されていく。そう言おうとしたらしいアイギスであったが、表示される出力などを見て思わず頬を引き攣らせていく。
「どうした?」
「……魔力の許容量、ウチの新型の魔導機の数十倍はあります。しかも内蔵の動力炉まで……どんな動力炉積んだらこんな出力になるんでしょうか……」
「さてな。そこらは世界が肝いりで作ったもんだ。通常の魔導炉やらと同じに考えるべきじゃないだろうさ……で、別に問題にゃならんだろうが。大気圏離脱は?」
「イエス。マスターの力無しでも余裕です」
そもそもこの<<守護者>>は宇宙で戦う為に作られた<<守護者>>だ。なので大気圏離脱能力は基本性能として保有されているらしく、出力もそれに見合った領域らしかった。
「良し……じゃあ、行くか」
「イエス!」
「おし!」
「って、ちょっと待った!」
「おとととと……なんだよ、急に」
いざ行かん、と気合を入れたカイトであったが、アイギスの急な制止に思わずたたらを踏む。そうしてそんな彼女が告げたのは、重要な事だった。
「マスター。操作は?」
「問題ない。普通に動くと同様で動ける」
「イエス……武器のリストのご確認は?」
「必要無い。お前に一任する。伊達に<<武器使い>>と呼ばれてるわけじゃない。最適な物とオレが告げた物を出してくれ。が、デフォルトには刀をセットしておいてくれ」
「イエス……セッティング、完了。いけます」
確かにこれから戦いであるのなら、武器と操作の確認は必須だっただろう。勢いだけで乗り切れる局面ではない。そうしてアイギスが武器の呼び出しなどを最適化した所で、改めて頷いた。
「良し……発進!」
ぶんっ。まるで消える様に静かに、それでいて音速を超過した速度でカイトとアイギスを内部に取り込んだ<<守護者>>が飛翔する。そうして、ものの数秒で宇宙空間へと飛び出した。
「っ……現在位置確認します。現在位置……エネフィアから200キロ。宇宙空間です……後マスター。これ欲しいです。一瞬で一千キロ解析とか凄いです」
「頑張って解析しろ。解析出来た分は持ち帰れ」
「イエス!」
楽しげに、アイギスがカイトの言葉に応じて片手間に計測器の解析を開始する。改めて言うまでもない事だが、<<守護者>>の計器類は全てエネフィアで作られたものではない。なので技術的な互換性は無い。
なのでどういう原理で行っているかはさっぱり不明ではあったが、少なくとも使用するアイギスの感覚としては今のカイトの専用機に搭載されているレーダー類に比べて数世代どころか数十世代は先の性能を持っている、との事であった。
「で、アイギス。解析は良いが、敵影は?」
「イエス……敵影確認。数……三十。距離……最低で二十万キロ。更にセントエルモの火に呼び寄せられた魔物が大挙して押し寄せています」
「了解」
とりあえずやるしかないよな。カイトは<<守護者>>の中で首を鳴らし気合を入れる。二十万キロ先に敵の集団が居るらしい。そうしてアイギスの指示を受けたコクピットの中のモニターに、魔物の群れが拡大表示された。
「でかいな」
「以前交戦したワーム型の魔物と同程度です。一直線にこちらに向かっている模様」
「速度は?」
「時速一千キロ。尚も加速中」
どこまで加速するかはわからないが、毎秒単位で加速しているらしい。宇宙空間である事もあって、空気抵抗などはない。やろうとすればどこまでも加速できるだろう。まだまだ距離がある、と油断するわけにはいかなかった。そうして、カイトが一度深呼吸をした。
「ふぅ……アイギス。<<守護者>>が最高速度に達するまでの時間は?」
「イエス……じゅ、十秒で行ける模様」
「良し……最高速に到達後、敵とすれ違う少し前に急減速を掛ける。タイミングは任せる」
「イエス」
カイトに指示にアイギスが一つ了承を示す。そうして、二人は<<守護者>>を駆って宇宙の暗闇の中を突き進む事になるのだった。
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