第1974話 七つの大罪 ――穴――
『暴食の罪』から現れた超弩級戦艦。そんな超弩級戦艦を取り逃す事になってしまったカイトは、それが蟻の一穴となる事を危惧し追撃を仕掛ける。
が、超弩級戦艦が繰り出した人型兵器により追撃は失敗に終わり、ラエリア軍による包囲網に穴が生まれる事になってしまっていた。そうして道中の敵を可能な限り討伐しながら全速力で超弩級戦艦を追いかけたカイト達は、包囲網に出来た穴へとたどり着いていた。
「これは……」
「一体どんだけ積んでたの……?」
たどり着いた場所で見えたのは、百を優に上回る人型兵器の群れとそれと戦うラエリアの飛空艇艦隊。更にその戦闘や『暴食の罪』に引き寄せられる魔物の群れと、そんな魔物の群れと戦う<<守護者>>だ。しかもどうやらあの超弩級戦艦が積んでいたのは人型兵器だけではなく、無数の小型艇も積んでいたらしい。魔物達を護衛する小型艇の姿も散見されていた。
「考えたって無駄よ。潰せば問題無いもの」
「たしかにな……ホタル。お前は遠距離支援を引き続き頼む」
「了解」
カイトの指示を受けて、ホタルが降下し狙撃ポイントを探索。そちらへと移動していく。そうしてその場に巨大な砲台を設営し、一抱えもあるような巨大な銃を構えた。先程から何度となくカイト達の支援を行っている、支援用の縮退砲だった。威力は高いがその分持ち運びが出来ないのが難点だったが、火力支援には丁度よかった。
「良し……じゃあ、やるか」
「ええ……各個撃破で?」
「それで良い」
カイトはカナタの言葉に一つ頷くと、自らも刀を構える。おそらく超巨大戦艦を一気に狙う事は無理だろう。カイトは現状を考えてそう判断する。何より、あの重力場による防御フィールドの存在だ。いくらカイトでも高重力場の中では動きは鈍る。
鈍った所に攻撃を食らえば流石に防ぐしかない。後何体あの超弩級戦艦の中に人型兵器が残っているかはわからないが、出ているのが全てではないはずだ。やるだけ無駄だろう。
「取り敢えず……あの群れだけでもなんとかするか」
「どうする?」
「流石に接近戦は遠慮したい」
ユリィの問い掛けに、カイトは弓を取り出して矢をつがえる。魔物の群れの付近では数体の<<守護者>>が交戦を繰り広げており、そこかしこで閃光と爆炎が迸っていた。これの中に乗り込むのは、カイトとしても中々やりたくないらしい。というわけで、矢をつがえたカイトとはしっかりと狙いを定める。
「ふぅ……はっ!」
一息と共に放たれた矢は流星の如く飛翔し、一秒と掛からず魔物の群れの前に到着する。そうして到着したと同時に、矢が弾け飛び無数に分裂した。一撃一撃は大した威力ではないが、足を止めるには十分だ。そして足を止めさえすれば、後は<<守護者>>が切り捨てる。が、そうして魔物へと肉薄しようとした途端、その間にまるで自身を盾にするかの様に小型艇が割り込んで、物理的にその行動を阻害する。
「っと……流石は、か」
やはり一筋縄ではいかないか。カイトは自身の支援が一切の意味をもたらさない事を見て、わずかに苦笑いを浮かべる。とはいえ、これでも小型艇の数は一機減ったのだ。無論、他にも同じ様に自身を盾にした小型艇は撃墜させられている。わずかだが、一歩一歩終局へ近づいていると考えるべきだろう。が、やはりそうは問屋が卸さないらしい。
「カイト。あれ」
「……なるほどね……内部に生産工場でも備えてるのかっての」
撃破された数と同数の小型艇が、超弩級戦艦の背面にある肉塊から飛び出してくる。どうやら破壊しても破壊しても、こうやって補給され続けてきたらしい。一向に魔物の数が減らせないわけであった。
「が……それがわかってんなら!」
今度は超巨大戦艦の背面にある肉塊に向けて、カイトは矢を放つ。それは当然の如くに重力場に阻まれ、急減速を掛けた。が、それにカイトは笑みを浮かべて、楽しげに笑う。
「織り込み済みだ」
重力の影響を受けるのは、質量を持つが故。そして当然、いくら高重力になろうとこの重力場は防御用だ。故にブラックホールとなるはずはなく、質量を限りなくゼロに近づけてやれば影響は少なくできる。
故にカイトは矢を物理的な性質を持たせてはいたものの、鏃に特殊な魔石を使用していたのである。そうして、重力により矢が落下した直後、鏃の先から魔力の光線が放たれる。
「何あれ!?」
「何!?」
一直線に進んだ光線は、超弩級戦艦の背面の肉塊まで後少しの所まで肉薄するも内側から現れた妙な輝きを放つ魔石に衝突。その全てがその中へと取り込まれた。
「カイト、あれ何!?」
「知らん! 見た事無いぞ!?」
あんな物があるとは聞いた事がないし、何よりその性質が理解不能だ。が、これはすでにカイトが見知った超弩級戦艦ではない。倒した今でさえどんな性質があるか全てはわかっていない。とはいえ、分かる事が一つだけある。
「ってことは……」
「あれを破壊しないと遠距離攻撃無効化?」
「最悪だな……」
あの奇妙な魔石が何か、というのはわからないが。少なくとも最悪だという事は理解出来た。しかもあの魔石の性質がわからない所為で、下手に攻撃も出来ない。下手に攻撃してもし万が一敵に有利になるものだった場合、痛い目ではすまないからだ。
「ちっ……とりあえず重力場をなんとかする手を考えるまで、このままか」
「その前に……来るよ!」
「あいよ!」
当然だが、今のカイトは自分達の母艦に対する敵対者だ。しかも一番の危険人物である事ぐらい、今までで十分理解出来ていただろう。故に彼が攻撃したのを確認するや人型兵器の群れは一斉に彼の方を向いて、雨あられの如くに魔銃や魔導砲から砲撃を開始した。それに、カイトは無数の武器を編み出して一気に投射。その全てを相殺していく。
「で、相殺出来たは良いものの……」
「どうするか、だね」
「それな」
自身の武器と魔弾の破壊により舞い散る閃光を見ながら、カイトはユリィと共に手を考える。が、結局の所、結論としてはこれしかなかった。
「遠距離が無理な以上、近距離しかない。そして近距離は高重力場で足止めされて狙い撃ち、と」
「どうしたもんか、だね」
「はてさて……」
どうしたものか。カイトは苦味を浮かべながら、次の一手を考える。と、そんな所に。通信が入ってきた。
『カイト、若干苦戦中ー?』
「灯里さん!?」
『はいはーい。灯里さんです……で、凡そ聞いたんだけど』
「どこから。誰から」
『あ、私ほら今レイシア皇女とかシャーナ様とかと一緒に居るじゃん。だからそっちルートで』
そもそもカイトはこの一件が始まる前に灯里をティナに預け、そのティナはカイトと共に<<対魔王封印>>に捕らえられる前には艦隊の総指揮を執り、その後はユリィにマクダウェル艦隊の総指揮を引き継いでいた。となると、灯里もまたユリィと共にマクダウェル艦隊に乗っており、シアと共にシャーナと合流し、そのまま一緒だったという事なのだろう。
とはいえ、それならそれで助かったと言える。このエネフィアで誰が一番重力について詳しいか、と言われれば間違いなく彼女だ。その助言は傾聴に値する。
「そうか……で、どうすりゃ良いんだ?」
『あー、うん。ごめん。まず怒られんの承知で言うわ。今、そっち向かってる。というか、今ギリその戦艦見えてる。でかいね、それ』
「は?」
どこかやばいかなー、という様子を見せながら告げられた言葉に、カイトが思わず目を見開く。そうしてカイトも言われて見てみれば、遠くで砲撃戦を繰り広げる艦隊の数隻はマクダウェル艦隊の所属で、旗艦もあった。が、それより驚きだったのは、あるはずのない船まであったことだ。
「シャーナ様の飛空艇!?」
『はい』
「シャーナ様!? 何を!?」
聞こえてきたシャーナの声に、カイトが思わず声を荒げる。何故彼女までここに。疑問が尽きなかった。
『レイシア皇女の撤退支援の為、こちらも帝都を離れ出ていたのです。そして状況を聞き、この船にしか出来ないことがあると判断しました』
「出来ない事?」
『そ……この船に積んである計測器。重力場測定器ね』
カイトの問いかけに、灯里が告げる。どうやら彼女はシアが率いるマクダウェル艦隊旗艦ではなく、シャーナの乗る飛空艇に乗っているらしい。そうして、そんな彼女が告げた。
『重力場の偏向があった、ってのは包囲網を再構築する際に聞いてる……それを破るには重力場砲しかないかなー、ってのが私の考え』
「無理だろ」
『うん、そのままだと無理』
そのままだと。そう告げた灯里の言葉に、カイトは彼女がなにか攻略法を考えついているのだろう、と理解してそのまま聞く事にする。
『シャーナ様の力で重力場砲を増強して、その重力場と逆位相にぶつけんの。まぁ、完璧は無理だけど、ある程度の減衰はできるはず。後は、そこに攻撃突っ込めば良いだけ。あんたの力ならなんとか出来んでしょ』
「原理は分かるが……重力場砲は? あれは試作の旗艦にしか乗っけてないだろ」
『ホタルちゃん、居る?』
『はい』
灯里の問いかけを受けて、通信の中にホタルの声が響く。そうしてそれを確認し、灯里が告げた。
『縮退砲、モード変更出来たでしょ? 重力場偏向モードに』
『可能ですが……あのフィールドを破るには出力が足りません』
『あははは。わかってる……あーんまやりたくないんだけど、この船の主砲に直結して増幅させるわ』
『……不可能ではないかと思われます。マスター、どうされますか?』
どうやら論理的には、不可能ではないらしい。カイトはホタルの問いかけからそう判断する。が、その前にどうしても聞いておく必要がある事があった。
「まぁ……作戦そのものについては許可しよう。が……灯里さん」
『なにー?』
「あんた、何した?」
『……』
カイトのわずかに怒りの乗った問いかけに、灯里が一瞬だけ揺れる。何か妙に彼女特有の声の力強さが無かったのだ。それを気付かぬほど、彼は灯里を知らないわけではない。故に、彼女が告げる。
『怒られる事』
「……言え」
『あはは……ちょっと計算するのに脳酷使しただけよ』
「やっぱりか」
そもそも主砲に直結して増幅させる、と言うは良いがそんな簡単にできる事ではない。ティナをして優れた科学者と言わしめ<<無冠の部隊>>にティナ肝いりで所属してもらっている灯里だ。それがわからないはずがない。
であれば、なにか手は考えていると思っていた。が、それをどう考えてもなにか裏技を使わなければこの短時間でなんとかできるとは到底思えなかったのだ。
『はぁ……流石にヤバいわ。ぶっちゃけ、鼻血止まんない』
「……おい」
『わかってる……でも、今これしか手が無いでしょ。文句なら後で聞くわ』
自身の言葉に対して、灯里はどこか弱々しげながらも何時もの風を覗かせる。それにカイトがなにかを言おうとしたが、その前にユリィがとんとん、と頬をつつく。
「カイト。灯里だから」
「……はぁ……あまり、無茶してくれんなよ。あんたになにかがあったらオレが嫌だ……三柴のおじさんにもなんて言えば良いかわからん」
『あははは。このまま後遺症残ったら貰ってもらっちゃおっか』
「今更だ。光里さんの事もあるしな……どうせなら姉妹纏めて面倒見てやるさ」
『っ』
一瞬、灯里が顔を真っ赤にした様子があった。これはカイトが再度エネフィアに来た時から決めていた事だった。彼の守ろうとする中に灯里が入っていないはずがない。
故に彼女になにかがあった場合は、その一切を自分が責任を持つつもりだったのである。それが、家族としての彼の覚悟だった。そうして、そんな彼が覚悟を決めたからこその獰猛であり、そして朗らかな笑みを浮かべる。
「……後はこっちでやってやる。そっちは任せた」
『……』
「どしたー?」
『な、なんでもないわよー! さ、ホタルちゃんこっちに』
『了解です』
後は、待つだけ。カイトはホタルが灯里の乗るシャーナの飛空艇に移動するのを見ながら、自身は単身無数の人型兵器が動かない様に猛烈な勢いで武器の投射を再開する。
そうして、重力場砲の準備が整うまでの間、彼は<<守護者>>と共に人型兵器の攻撃を食い止めながら、近付く魔物の討伐を行っていく事になるのだった。
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