第1972話 七つの大罪 ――上空の戦い――
かつて知己を得たジーンなる青年の遺骸を利用した魔物により深手を負ったカイト。そんな彼は二時間もの間医務室で意識不明に陥っていたものの、意識を取り戻すや即座に戦線に復帰していた。
復帰した彼は誰も上に上がっていないのを利用して『暴食の罪』の上に回り込むと、そこで魔物の群れと壮絶な戦闘を行っていた<<守護者>>に契約者の権限を利用して招集を掛け、『暴食の罪』に呼び寄せられる無数の魔物の掃討を行わせる事にする。
そうして『暴食の罪』に汚染された魔物たちをユリィと共にある程度殲滅させた彼であったが、そんな彼を危険人物と認識した『暴食の罪』との間で壮絶な砲撃戦を開始する事になっていた。
「っ」
「魔導機!?」
ずるり、と這い出る様に現れた人の形をした巨大な機械の鎧に、ユリィが思わず目を見開く。その形状は言うまでもなく、魔導機に似ていた。かつての世界でカイトも使っていた機械人形。巨大人型兵器だった。
それは砲撃を行う『暴食の罪』の背から飛び上がると、砲撃を器用に交わしながら骨と肉で出来たような気味の悪い大剣を取り出した。
「こっちくんな!」
そんな人型兵器に向けて、ユリィが魔術による砲撃を敢行する。そんな砲撃を受けて人型兵器は一瞬だけ勢いを緩めるも、背面に取り付けられた飛翔機にも似た器官が変形。巨大なブースターにも似た形に変貌し、虹のような輝きを放出し一気に押し切った。
「っ!」
「ちぃ!」
自身の攻撃を真正面から押し切られ驚きを隠せないユリィに、カイトは彼女を抱いて即座にその場から飛び退いた。そうして、その直後。彼らの居た位置を大剣が振り下ろし、乱気流が二人を襲う。
「ぐっ!」
「きゃあ!」
乱気流に煽られ、一瞬だけ姿勢を崩した瞬間。人型兵器が今度は薙ぎ払う様に二人を狙う。が、その直後だ。はるか彼方の山の上から、一筋の光条が迸って人型兵器の同体を真っ二つにする。
『マスター』
「ホタルか! すまん! 一葉達は!?」
『シャーナ様、レイシア皇女の護衛を』
「それなら良い!」
現状、最悪と言うしかないのが現状だ。どこにどんな魔物が現れてもおかしくない。最悪は『暴食の罪』に引き寄せられ厄災種が現れる可能性だってあるのだ。
シャーナとシアの二人はマクダウェル家の最重要人物。この二人の護衛を離れる事なく待機を選択した三人の選択は正しかった。
「お前の狙撃の腕なら、『暴食の罪』に命中させずに近くの魔物を倒せるはずだ! <<守護者>>が倒し損ねた魔物を消滅させろ! 決して『暴食の罪』に取り込ませるな!」
『了解』
兎にも角にも、『暴食の罪』に餌を与えればそれだけでタイムリミットが短くなるのだ。一体でも多くの魔物をこちらで討伐し成長を食い止め、そして一体でも多くの『暴食の罪』に汚染された魔物を破壊しタイムリミットを伸ばすしか手はなかった。そうして迸る光条を見ながら、カイトは改めて前を向く。
「っ……」
「カイト。まだ行ける?」
「なんとか、か。流石にキツいがな」
なにか妙な力が込められちまってたか。カイトは自身の腹の傷が中々癒えない事を受け、そう判断する。一応鎮痛の魔術は効果がある様子だが、それも若干低減している様子だった。鈍い痛みがあった。と、そんなわけで僅かに走る鈍い痛みに堪える彼へと、『暴食の罪』の背に生えた砲台が再度火を吹いた。
「ちっ! 次から次に!」
壊しても壊しても生えてくる砲台に、カイトが苛立たしげに再度武器を放つ。そうして、『暴食の罪』の背で爆発が起きる。といってもこれはカイトが起こしたものではない。『暴食の罪』の砲台が誘爆したのだ。
「!?」
爆炎を切り裂いて、一直線に巨大な人型兵器がカイトへと肉薄する。どうやら爆発は起きたのではなく、意図的に引き起こされたものなのだろう。これに、カイトは即座に大剣を合わせて斬撃こそ防いだものの、衝撃で吹き飛ばされそうになる。が、その瞬間。ユリィが魔糸を人型兵器に巻き付けて、急制動を掛けた。
「お返しだ!」
急制動を仕掛けられ急停止した直後。カイトが弓を構え矢を放つ。それは人型兵器の腹を貫いて、真っ二つにして破片を撒き散らしながら落下させた。
「はぁ……サンキュ」
「ううん……でも、どうやらもっと来るみたい」
「……はっ。第三艦隊のドリル付きに、第九特戦隊の広域速射型……巫山戯るのもいい加減にしろよ」
どれもこれもかつての戦いにおいてエース級や特別機と言われた者たちの乗機。そんな名残のある人型兵器を見て、カイトは苛立ちと呆れを滲ませた笑いを浮かべる。そうして、腕がドリルになった人型兵器が一気にカイトへと直進する。
「つぅ!」
火花を上げて、カイトの障壁にドリルが激突する。その直後。巨大な砲台を担いだ人型兵器がその砲口から巨大な光弾を放った。
「どっち向けて撃って……って、そういう!」
「任せる!」
「あいさ!」
明後日の方向に向けて放たれた光弾は明後日の方向に少し進んだ所で炸裂すると、無数の光条に別れてカイト達の方へと向かってきたのだ。それを受けて、ユリィもまた同じ様に追尾するレーザにも似た魔術を展開する。
「<<追尾の矢>>!」
「はぁ!」
ドリル付きのドリルをカイトが打ち上げ、無数に分裂した光条の全てをユリィが撃ち落とす。そうして、カイトが距離を取って武器を生み出し、ドリル付きへと投げ放つ。が、その大半は『暴食の罪』の砲撃により撃ち落とされ、残る幾ばくかもドリル付きのドリルにより粉砕される。そうして、ドリル付きが余勢をかってそのままカイトへと肉薄する。
「ちぃ!」
『苦戦中かしら』
「見ての通り!」
「なら、私の出番ね……はぁ!」
距離を取ったカイトと入れ替わる様に、カナタがドリル付きの腹を目掛けていつぞやの大太刀を振るい真っ二つに両断する。そうして、彼女が楽しげに舌なめずりした。
「ふふ……上の方がなにかおもしろい事になっていそう、と思って来てみたけれど……こっちの方が食いでがありそうな奴が沢山ね」
「どうやら、そうなりつつあるみたいだな」
カナタと背を合わせ、カイトは続々と生まれくる無数の人型兵器に苦笑する。下に比べて数こそ少ないが、こちらは完全に質を重視した様子だった。続々と生まれくるその全てが、かつてエース級と言われていたり何隻もの戦艦を轟沈させたような危険な魔物ばかりだった。そうして、カイトが背のカナタに問いかける。
「カナタ……本日のおめかしは?」
「仕上がったばかりの新品。まさかこれを初手で出すとは思わなかった専用の一品よ。まぁ、これしか間に合わなかった、と言えばそれまでなのだけど」
どこか楽しげに、カナタが語る。その彼女の語りに、ユリィが後ろを振り向いた。そうして見えたのは、かつて彼女がカイトとの戦いで見せた<<堕天使の羽衣>>の改良系。
ティナが回収した後、一番の汎用性があるこの鎧をベースに改良を加える事にしたとの事であった。なので一番最初に完成したのが、彼女のこの<<堕天使の羽衣>>だったのである。
「黒いドレス?」
「ええ……<<堕天使の羽衣>>バージョン・セカンド……<<堕天使の礼装>>。その試作段階」
カナタはまるでドレス会場でくるりと回る様に優雅に黒い戦装束の裾を上げて、カーテシーでお辞儀する。前は完全に金属の鎧だったが、今回からはスカートの様に布地も使われる様になっていた。
魔術や魔力に対する防御力を高めると共に、万が一の場合には一度限りの防壁代わりになってくれるスグレモノだ。とはいえ、これでも試作段階だそうだ。
先に言われている通り、これは彼女の切り札。父のヴァールハイトが丹精込めて作り上げた一品物だ。なのでそれに敬意を表してこれに手を加える事で様々な発展型を作り、最後にこれに改良を加え完成とするつもりだそうである。
「基本性能は前と一緒。でも出力調整が出来る様になったスグレモノ……さらに」
ぶんっ。カナタは母の形見である大太刀に力を込める。すると彼女の大太刀の刀身が伸びていき、こちらに照準を合わせエネルギーを蓄積していた先の砲台を担いだ人型兵器を貫いた。
「お母様の大太刀もこの通り、修繕されて万全の状態よ」
「えぐぅ……」
大太刀を突き刺してぐりぐりと抉る様に弄ぶカナタに、ユリィが僅かに頬を引き攣らせる。そうして、彼女はまるでゴミでも払う様に吹き飛ばし、また別の人型兵器へと激突させる。
「はっ」
カナタはまるで優雅な動きで、二体の人型兵器を纏めて一刀両断に切り捨てる。どうやらカイトとの戦いの折りにはきちんとした修繕が受けられていなかった事から、切れ味が随分と落ちてしまっていたらしい。それを村正親子の手により修繕した結果、この通り元来の抜群の切れ味を取り戻したとの事であった。それを今ばかりはカイトは頼もしく思う。
「……心強いな。カナタ。わかっていると思うが、取り込まれたくなければあいつには決して近付くな。ティナ達が魔術を開発するまでの辛抱だ」
「ええ……ああ、そうだ。貴方の女神様からの伝言よ」
「シャルからか」
どうやらこの事態を受けて、シャルロットも動いていたようだ。カイトはそういえば随分とタイムリミットが近付きつつある事を改めて認識する。すでに戦いの開始から三時間か四時間が経過しつつある。日はとっぷりと落ちていた。
「後少し、月夜が全てを満たすまで耐えなさい、との事よ」
「りょーかい」
とどのつまり、夜になって月が中空を照らし出すまで頑張れよ、って事ね。カイトはシャルロットの言葉をそう理解する。実際、これで良いらしい。
如何に彼女でもこの相手を前に何時もの状態で戦えるとは思っていない。なのでこれ以上悪化した場合に備えて、強大な魔物が現れた場合に対応出来る様に力を溜めているとの事である。実際、この調子だと彼女の出番はそう遠くないだろう。カイトはそう思う。
「……良し。行くぞ!」
段々とこちらの戦力も整いつつあるのだ。ならばもう少しぐらい力を振るっても問題はないだろう。そう思い気合を入れたカイトが虚空を蹴る。そうして無数の人型兵器の中に突っ込んだ。
「はぁ!」
とりあえず、目についた一体を大剣で切り捨てる。この状況だ。逐一技で切るより力技で強引に叩き切った方が良いと判断したらしい。本当に力任せの一撃だった。
まぁ、彼の場合往々にして問題になるのは体力や魔力より精神力だ。どれだけ戦闘を続ける事が出来るかはそこに掛かっている。なので精神に負担となる細かな操作が必要な細かい技は敢えて使わない様にしていた。
「あら……まだまだ元気かしら。なら、私も!」
力技で切り捨てたカイトを見て、カナタの顔に獰猛な笑みが浮かぶ。彼女にも取り込まれた人型兵器達がかなり強力な戦闘力を持っている事は理解出来ていた。なのでそれと戦えるのが嬉しいのだろう。カイトに負けじと一太刀で数体纏めて敵を切り裂いた。そんな彼女を尻目に、カイトは無数の武器を生み出す。
「ユリィ!」
「はいさ! 貫通力増大の魔法陣、展開!」
カイトの要請を以心伝心と理解していたユリィが、無数の魔法陣を生み出す。流石にこれだけの数だ。しかも性能もかなり高い。貫通力を高めた攻撃で一気に数を減らすつもりだった。
そうして、貫通力の高められた無数の武器により無数の人型兵器が砕かれ貫かれ、落下していく。が、それでも全ては倒せないし、何より高速での挙動が出来る機体も居るらしい。回避する機体まであった。
「その程度で避けられたと思って!?」
回避した機体に対して、カナタが一瞬で肉薄し一刀両断に両断する。そうして、それからしばらくの間三人でかつての人型兵器を徹底的に破壊していく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




