第1971話 七つの大罪 ――守護せし者たち――
時は遡り、カイトがまだ『もう一人のカイト』でしかなかった頃。その末期の事だ。ようやく世界の大半が正常な運行を行いはじめ、カイトも待機の時間が長くなった頃。世界達はカイトを交え改めて今後の対策を話し合っていた。
『……<<守護者>>システム……』
「ああ。今回の一件でわかった事がある。明らかにオレ一人では手が足りない」
『『『……』』』
それは尤もだ。カイトの指摘に対して、世界達は揃って同意する。先に言われていた事であるが、そもそも<<守護者>>とは<<七つの大罪>>の出現を受けてカイトを模して作られた存在だ。故にこの時代にはまだ<<守護者>>は存在していなかった。
「故に、世界のシステム側としてなにか守る為の……そうだな。小規模な案件にも適切に対応出来る力を抑えた存在が必要だ」
『……何か手はあるのか?』
『それに、実装するとなるとまた時間が掛かる事になるが』
「別にこれについては難しく考えているつもりはない。それに時間は問題にはならない」
世界達の問いかけに対して、カイトは自身の考えを語っていく。それは言うまでもなく、自身を模した存在として構築する事だ。これに、世界達は揃って賛同を示した。
『なるほど……』
『貴様を模した存在であるのなら、確かに有用性・有益性は認められる』
なにせこの永きに渡る異変をたった一人で解決し、あの<<七つの大罪>>のような正真正銘世界そのものを破壊しかねない魔物達を倒してきたのだ。その有益性や有用性は他のどんな存在より確かで、実証もされていた。
『……わかった。であれば、早速取り掛かろう』
「どれぐらい時間が必要だ?」
『周辺への影響。経時変化などを調べるのに一千年という所か』
「わかった」
すでにこの当時、カイトは数億ではない月日を経ていた。故に一千年程度の月日は問題にはならず、特段の感慨もなく受け入れるだけだった。そうして、一千年。気付けば、<<守護者>>が出来上がっていた。
「……これと、戦ってみろと」
『出来上がりはしたが、戦闘力がどの程度のものか確かめる必要がある』
「確かにな」
作る様に提案したのはカイトその人であったが、どの様に、そしてどの程度の実力を持たさせるのか、というのは全て世界におまかせしていた。
そもそもいくらこの時代のカイトが世界の代行をしていようと、世界の全てを理解しているわけではない。処理出来る情報量は人のそれと変わらない。彼はあくまでも破壊の代行者。言うなれば破壊神に他ならない。そして同時に、この当時の彼こそが最強の中の最強だった。
「……」
<<守護者>>と戦い、その全てを撃破してみせたカイトは特段の感慨もなくその残骸を見下ろす。特段の興味も無かったが、性能評価の試験である以上はその評価を下す必要はあった。
「……戦闘力としてはまぁまぁ、か。平均的に宇宙への進出を考え出す文明程度なら、百体居れば十分に星を傷付けず殲滅可能だろう。が……それ以上の文明相手にこの程度が通用するとは思えんな」
『問題は無い。これはクラス2。異常が最初期に発見された場合に使うものだ。周囲に最も被害の出さない物でしかない』
「……なるほど。それなら、これで十分だろう」
異常の程度がどの程度か、というのはその事件に応じてとなる。なのである程度の力は持たせていたが、あまりに持たせすぎると破壊し過ぎるか。カイトは自身の過去の事を思い出し、これが最適解だろう、と判断する。
「それで」
『次だ』
「いや、次は良い。凡そ次の段階、その次の段階……最終段階までの凡その予想は出来た。次の段階でキロ級。その次で星。最後には銀河系さえ一太刀に出来る存在……そして、その最後には」
その最後には。はるか未来のカイトが語ったその先を、ここでカイトが口にする。これは当然、彼は知っている。が、秘匿事項として語らなかったのだ。
「世界さえ滅ぼす存在か。妥当な結論だ」
『今回の一件において、世界に波及される可能性は一切無くすべきと判断した』
『であれば、一つ滅ぼして全てを守る』
「当然だ」
カルネアデスの板。カイトはそれをして来たものだからこそ、世界達の判断を妥当なものだと判断する。そこに一切の慈悲はなく、一切の容赦もない。それ以外の全てを守る為に少数を犠牲にする。それが、何時如何なる時でも世界の結論だ。それを他の誰よりも、カイトは理解していた。
『……然れば、先の問いは如何に?』
「……一体一体の戦闘力は見た。集団戦闘における評価を下す」
『『『……』』』
当然といえば当然のカイトの言葉に、世界達は一度僅かな沈黙を見せる。そうして、世界の一つが語る。
『基本的な性能として、<<守護者>>に集団戦闘での規定プログラムは組み込んでいない。その都度その都度で情報を収集し、最適解を導き出す』
『その上で、必要に応じて集団戦闘を行わせる。それまでは各個撃破されても問題はない』
『異変は我らにも詳細が掴めん。それ故の異変だ。故に規定のプログラムを組んだ場合、それ以外に対応出来ない可能性がある。また、それ故に対応されてしまう可能性もある』
「まぁ……確かにそうか」
所詮<<守護者>>は世界が生み出している白血球のような物。損失は前提だ。資源は有限だが、破壊されれば世界に還る様に設定されている<<守護者>>はいくら破壊されても問題はない様に設計されている。
<<守護者>>の総数を減らす唯一の手段は封印しかないが、一つの世界で封印出来る総量より世界が生み出せる<<守護者>>の数の方が遥かに上だ。そして当然、封印も非常に難しい。
それがクラス3以上ともなると、封印さえ不可能というしかない。ならば、情報収集の間に数体いや、数十体破壊されようとも問題はなかった。しかも破壊されても破壊された部品は世界に還り、即座に次の<<守護者>>に再利用される。総数が減る事もなかった。
「だが、その情報収集の間になにか統率を取る方法は無いのか」
『……? 何をするつもりだ』
「必要になったら、手駒として使う。これまで手が足りなかった事は幾度となくある。ならば、こいつらを使えるのなら丁度よい」
『『『……』』』
そもそもの話として、<<守護者>>を作る事になったのは異変が終わった後の事とカイトから手が足りない、という要請を受けての事だ。
まぁ、そんな彼がすでに世界のシステムにも近い存在として自己を定義し、終わる事なぞ考えていない点はあったが、それでも世界側も今後もカイトを頼らねばならない可能性は考慮していた。そうして、少しの後。世界の一つがカイトへと告げる。
『……考えてはみたが、それは中々に厳しい』
『統率を取る事が出来るという事は即ち、操る方法が存在してしまうという事だ』
『それは危険だ』
「……ふむ……」
確かに、それもそうか。世界達の反論に、カイトは僅かに険しい顔で同意を示す。が、それから更にその意見に反論する世界などの提案があり、一つの結論が出る事になった。
「……なるほど」
『ああ……』
『世界のシステム側からの許可があれば、操れる』
「確かに、契約者なら……」
世界の守護者を操れても不可思議な事はないだろう。カイトは世界の一つからの提案に対して、なるほど、と感心した様に頷いた。契約者であるのなら操れる様にする。これが、結論だった。
この契約者、というのは言うまでもなく大精霊の契約者だ。世界側のシステム管理者が認めたのなら、有事には<<守護者>>を操れる。世界側としても安心だし、どんな世界でも人々には大精霊の契約者は世界の守護者にも近いという認識がある。誰も不思議には思わないだろう。
「後はクラス1の<<監視者>>か」
『クラス1に戦闘力が無い場合がある。その場合には必要となる可能性が考えられる』
「そうだな」
後年カイトが言っていた事であるが、クラス1の<<守護者>>は人々の中に紛れ込み異変の調査を行う事もある。なので<<守護者>>でありながらも戦闘力が無かったり、自身の使命を認識していない事さえあるのだ。ならば<<守護者>>を操れないと万が一の時に困る事があるかもしれない。世界の想定は十分に起こり得た。
そうして、こんな議論が加えられながら<<守護者>>に改良が行われていく事更に数千年。世界の異変を巡るカイトの孤独な旅路の終わりと共に、<<守護者>>もまた完成する。
「……」
精神は摩耗し、記憶は数多の悲劇に塗り潰され。カイトは無感動に無感情に完成した<<守護者>>を見る。そんな彼の見守る中、<<守護者>>が初の出陣となった。
世界は無数で広大だ。故にどこかの世界の誰かが知らないだけで、常にどこかの世界の片隅では大小の区別はあれ<<守護者>>が出るような異変が起きていたのである。そうして、<<守護者>>の完成によりカイトは完全にお役御免となり、元いた世界に戻される事になるのだった。
それから、カイトの主観にて数百年。そんな<<守護者>>達が出る戦場の一つに、カイトは舞い戻っていた。
「我が身許へ集え、世界を守りし守護者達よ! 我は汝らのオリジナル! かつて世界を代行せし者なり!」
カイトの号令と共に、<<守護者>>が彼の所へと集結し隊列を組む。かつてカイトが言っていた、契約者による権限で<<守護者>>を指揮下に加えたのである。このために、彼は『暴食の罪』の上に出たのだ。
「守護者達に命ずる! 『暴食の罪』を守る魔物は一切を無視し、散開! 奴におびき寄せられる魔物を滅せよ! 範囲は奴を中心として10キロ! 邪魔する者は全て切り捨てて良い! 奴の殲滅にのみ注力しろ!」
カイトの号令を受け、<<守護者>>が三々五々に散っていく。これまたかつて言われていたが、<<守護者>>が集団戦闘を開始するのは情報の収集が終わってからだ。なので今はまだ情報収集中だったのだが、カイトよりの指示が入った事でそちらが優先される事になったのである。
「良し……これで餌を更に減らせる」
時に消える様に超高速で移動し、時に集団で一気に跳躍する様に転移し。その場を一斉に離れた<<守護者>>を尻目に、カイトはそれを追撃しようとする『暴食の罪』に汚染された魔物の群れを見る。このままでは、被害が拡大していくだけだ。周囲はすでにラエリア軍による包囲網が敷かれていたが、それも危ないだろう。
「ユリィ。悪いが、少しだけ頼む」
「はいさ」
自身にも向かってくる『暴食の罪』に汚染された魔物の群れの対処をユリィに任せながら、カイトは一度だけ意識を集中して世界の流れに耳を澄ませる。そうして、大いなる流れの中にある一つの流れを見つけ出す。
「……神陰流・重」
一息に、カイトが斬撃を発生させる。それは巨大な世界の流れを巻き込んで放たれ、散っていく『暴食の罪』に汚染された魔物たちを一太刀で粉微塵にしてのけた。石舟斎らのような格上相手に使うのなら三奥義全てを使う必要があったが、不完全でも良いのなら素の状態でも出来たらしい。
「……ふぅ」
弓道の残心の様に、カイトは小さく息を吐く。おそらくこの戦場でこれが出来るのはこれが最後だろう。カイトはここからの事を考えて、そう思う。確かに素の状態でも放てるが、それはあくまでも放てるだけかつ準備にもこの様に時間が必要になる。無闇矢鱈に連発出来るものではない。
とはいえ、それでも問題はない。これで追撃部隊は壊滅だし、そうなると『暴食の罪』も新たな魔物を生むしかない。
「カイト。次、来るよ」
「ああ……くっ」
「どうしたの?」
「見ろよ、遂に砲台生やしやがった。なんなんだ、あいつ」
『暴食の罪』の背なのか腹なのかまったくわからない部分から生えてきた金属の砲台に、カイトが思わず笑う。『暴食の罪』が何なのか、さっぱりだった。が、どうやらカイトの事を危険人物として認識はしていたらしい。砲口は全て、彼を向いていた。
「ユリィ。敵の一メートルの所で上に頼む。取り込まれると面倒だ」
「あいさ」
無数の砲口に対して、カイトもまた無数の武器を創造する。そうして、『暴食の罪』の上で誰にも知られる事なく、カイトは壮絶な砲撃戦を開始する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




