第1970話 七つの大罪 ――第二幕――
かつてジーンであった魔物に腹を貫かれ、前後不覚の状態に陥ったカイト。彼は朦朧とする意識のなか、ジーンや彼の兄妹達の事を思い出していた。そんな彼であったが、目を覚ましたのは野戦病院の個室だった。個室なのはバーンタインの手配であったが、同時に彼の怪我がひどかった事もあった。
「ここ……は……」
「叔父貴。目ぇ覚めましたかい」
「ばーん……たいん……?」
一体、何があったのか。カイトは衝撃で何故ここに自分が居て、バーンタインが心配そうに自分を見ているか理解出来ず僅かな困惑を露わにする。と、そんな所に、耳慣れた声が響いた。
「カイト!」
「ゆりぃ……? おれは……っ!」
「あ、ごめん!」
ずきり。ユリィが抱きついた衝撃で自らの腹に走った鈍痛に、カイトが僅かに顔を顰める。
「いっつぅ……」
「あぁ、叔父貴。まだ寝てませんと」
「……っ! そうだ。現状は? 何がどうなった? ジーンの奴は?」
「ジーン……ですか?」
「っ……」
怪訝そうなバーンタインの顔で、カイトは自身が見たのが彼を素体とした魔物である事を思い出す。そうして、数度頭を振ってユリィの頭を撫ぜて安心させる。
「悪い……大昔の仲間がまさか出て来るとは思わなくてな」
「そりゃ、三百年前の?」
「いや、もっと前だ。オレがオレじゃない頃のな……ちっ……迂闊だった。あの戦艦が出て来る以上、そうなる可能性もあった」
はぁ。しくじった、とばかりにカイトは頭を抱える。そうして、彼は改めてバーンタインに問いかけた。
「それで、現状は?」
「へい……とりあえず現状としてはなんとか、という所です」
「どれぐらい経過した?」
「二時間、って所です。俺も偶然、手傷を負ったんで戻ってたんですが……」
「そうか……」
やっちまった。カイトはこの非常事態に油断した自身の迂闊さを呪う。が、呪っても呪いきれない。そうして、彼はベッドから飛び降りる。
「そっちは、行けるか?」
「へい。叔父貴の怪我よりはマシでさぁ」
「そうか……土手っ腹に風穴か。ったく……派手にやってくれちまって」
カイトは包帯でぐるぐる巻きにされた腹を一つ叩く。鈍痛が走ったが、それが気付け薬になってくれた。そうして、彼は自らの感覚を確かめる様に手を数度握りしめる。
「良し……ユリィ。艦隊の指揮は?」
「そっちは問題無いよ。というより、かなりヤバいって感じだから、遠巻きに射掛けてって感じ」
「ま、そうなるか」
なにせ異世界の艦隊だ。どういう原理で今のこれが起きているかは定かではないが、本来のスペックは今の比ではない。喩え半減していたとて、十分にエネフィアの艦隊には危険だった。そうして、そんな彼女の言葉を聞きながらカイトは医務室の外に出て、空を仰ぐ。
「……第三艦隊所属三番艦。第五特殊飛行中隊……サンサンマル宇宙連隊所属の特殊艦……はっ。まさか三回も殺される事になるとは、な」
「三回?」
「あいつとの一度目の戦いの時に、あの三つの戦艦は轟沈してる報告が来てた。残骸を取り込んで、復元したか」
「……最悪だね」
死んでも取り込まれ、強引に蘇生されて戦わされる。魂がそこにあるのか否かはわからないが、到底自分がそうなりたいと思える事はなかった。そうして、彼は空を仰ぎ見ながら、バーンタインに告げた。
「バーンタイン。巨大な人型兵器は見たか?」
「魔導鎧の事ですか?」
「いや……まぁ、似た様な物ではあるが」
カイトが思い出すのは、あの当時の自身が駆った魔導機に似たコンセプトの巨大人型兵器だ。当然の事であるが、あれも取り込まれていた。
「それなら、まだ見てやせん」
「そうか……出て来るだろう。が、お前なら問題はない。個々の戦闘力ならエネフィア上位層はあの当時の奴らより強い。今なら十分、問題はない」
「へい……では、俺も一旦指揮に入ります」
「任せる。こちらも部隊の指揮に戻る。何かがあったら連絡を」
「へい」
カイトの言葉に、バーンタインが地面を蹴って炎を纏い飛んでいく。その道中でもののついでとばかりに魔物の群れを吹き飛ばしていた。
「……オレも行くか。先輩、オレだ」
『カイト? 大丈夫なのか?』
「土手っ腹に風穴はいつもの事だ。後がキツいが、今は寝てる場合じゃない」
『お前が言うと本当の事に思えるな……』
「本当だ。スカサハの姉貴にも一度やられてる」
冗談と思っているらしい瞬に対して、カイトは笑いながら包帯を撫ぜる。激戦で何度風穴を空けられたか、なぞ考えるだけ無駄なほどに大怪我は負ってきた。今更気にした所でどうにもならない。
「これから戦線に復帰する。そちらに被害は?」
『なんとか、お前の指示に従っているからか大きな被害は出ていない。おそらく、なんだろうが』
「……そうか」
やはりそう動くか。カイトは地面を駆けて飛ぶ準備をしながら、『暴食の罪』の意図が復活にある事を理解する。かつて星々より更に巨大になった『暴食の罪』は肥大化ではなく、自身を倒そうとする者たちへの攻撃を主眼としていた。
それ故増援は今よりも遥かに激しかったし、同時に出て来る魔物達の戦闘力や大きさも今とは比較にならないものだった。無論、今もひどいといえばひどいが、同時にまだ目も当てられない領域ではない。十分に対応可能な程度で、完全復活には程遠い事がはっきりとカイトには見て取れた。そうして地面を蹴って急ぎ冒険部への合流を目指すカイトに、ユリィが小声で問いかける。
「ねぇ、カイト。夢の中でなにかうなされてたけど、なにかあった?」
「……古い夢を見てた。オレの土手っ腹に風穴を空けた奴の、な」
どこか懐かしげで、どこか辛そうな顔でカイトは笑う。そんな彼は一度だけ目を閉じて、最後に残った残滓を呼び起こす。
『……ここに、残るんだな?』
『ええ……もう私も良い歳だもの。この子達の事もあるし』
『そうか……』
『……ごめんなさい』
『なんで謝るんだ。元々、そうだって言ったのはオレだろ?』
結局なのであるが、ジーンの妹はあの後数個の世界をカイトと共に巡ったものの、その最後の世界に骨を埋める覚悟を決めたらしい。と言っても、それまでに二十年近く連れ添っており、体力的な限界もかなり近かった。
その最後の世界で色々とあり、孤児院を経営する事になったそうだ。カイトもその世界で異変を解決五に数年間は共に居たが、そこで次の世界へ移動する事になり、一人旅立っていったのであった。
「……」
ちゃりん。カイトは古ぼけたネックレスを取り出して、ロケットを開く。中には『もう一人のカイト』と共に、三人の兄妹が写っていた。その一人は、言うまでもなくジーンだった。そんな彼に、ユリィが問いかける。
「……助けられる?」
「無理だし、無駄だ……もうあいつはあいつでない。殺してやるのが、せめてもの慈悲だ」
何より、あそこに魂はない。肉の器。単なるそれだけだ。ただ、ジーンの皮を被ったなにか醜悪な肉塊。それと同じ反応を見せようと、それに過ぎないのだ。だがそれでも、カイトの顔には僅かな悲しみが浮かんでいた。
「……はぁ……」
何度目だろうか。友を、仲間をこの手で殺めるのは。終わったと思っていた絶望。それがゆっくりと、自身の背後に忍び寄っていた。それに気付かず、いや、目を背けていたのかもしれない。カイトはそう思う。そうして、道中ほぼ無意識レベルで肉塊に侵された魔物達を切り裂き、カイトは冒険部の所へと帰り着く。
「先輩!」
「っと……暦。悪いな、心配を掛けた」
「いえ……って、ごめんなさい!」
やはり心配だったのだろう。自身の帰還を見るなり抱きついてきた暦であったが、カイトの身体から漂う薬の匂いと見え隠れする包帯に、慌てて彼から離れる。そうして、彼は改めて現状を確認した。
「誰か、現状の報告を」
「あ、はい。現状ですが、今輪番制で戦闘を行っています。一条先輩の指示で<<暁>>を中心として動いているので、指揮系統もそちらに」
「そうか……それで良いだろう」
元々最初は<<対魔王封印>>。次にジーンによって土手っ腹に風穴を空けられるという不測の事態により、カイトは冒険部の指揮を離れざるを得なかった。
なので指揮はもっぱら瞬や藤堂ら部長連に預けられる事になり、そうなるとやはり中心に立つのは瞬だろう。そんな彼は自身がこのような非常時に完璧な指揮を執れない事を知っている結果、こうなったのである。何より、彼自身が当初は源次綱との戦いに忙しく、指揮も執れない状況だった。仕方がない。そのままの流れで、という所だろう。そうして報告を受けたカイトは、改めて指示を出す。
「なら、指揮系統についてはそのままで。が、細かい指示についてはこちらから出す。基本、大まかな方針は<<暁>>に合わせ、という所だ」
「あ……え、もう戦うつもりなのか?」
「当たり前だ。ここで止まってたら、なんで帰ってきたかわからんからな」
カイトは本陣となっていた一角に詰めていた冒険部の冒険者の言葉に、少しだけ気丈に笑う。若干痛いが、やるしかなかった。
「……ふぅ」
傷は深く、血は流しすぎた。幸い休んだ事で石舟斎との戦いの影響は無いし、精神力としては十分に漲っている。問題は無い。そうして、カイトは自らの横に居るユリィに一つ視線を向ける。
「……」
「……」
行こう。うん。二人は無言で、頷き合う。そうして、カイトが地面を蹴った。
「っ」
地面を蹴ったカイトは一足で大きく飛ぶと、そのまま一気に『暴食の罪』へと直進する。その狙いは、『暴食の罪』の周囲にとどまって呼び寄せられる魔物を討伐されない様にする無数の魔物達だ。
「いけっ!」
無数の武器をカイトが投じ、その数倍の数の魔物が落下していく。それを横目に、カイトは更に虚空を蹴る。
「カイト! 前! というか、横も後ろも!」
「後ろは任せる!」
「あいさ! 魔力融通よろしく!」
ユリィの言葉を聞くまでもなく、カイトはすでに気配で敵の接敵を理解していた。故に彼はその全てを無視し、ユリィに魔力を譲渡しながらただ一直線に前を向いて速度を上げていく。
「<<空中機雷>>連続投下! からの……」
どんっ、と強大な圧力がユリィの指先に収束する。それに、カイトが一瞬で意図を悟って虚空を踏みしめる。
「<<オメガ・ブラスト>>からの置き土産<<ホーミングレーザー>>!」
カイトから融通される莫大な魔力を背景に、ユリィは右手から極太のレーザにも似た光条を放ち、左手から敵を追尾する光条を放つ。そうして、そんな魔術の反動を背に受け、虚空を踏みしめたカイトが更に加速する。
「ユリィ」
「あいさ」
最後の加速を行ったカイトは、初速だけで飛翔しながらユリィと言葉を交わす。そうして、二人の姿が無数の刻印の浮かぶ球体の中に消えた。
「<<ブルー・スフィア>>」
球体の中で、カイトの口決が響く。そしてそれに合わせて、無数の光条が蒼い球体の外壁から放たれた。それを見届け、二人はユリィの魔術によりその場から消える。これは単なる囮。周囲の魔物達を引き寄せ、自動迎撃させるものだった。
「……こりゃ、また……」
消えた二人が現れたのは、もはや直近では果ても見えぬほどに巨大化した『暴食の罪』の少し上だ。そこでは無数の『暴食の罪』に汚染された魔物達と無数の<<守護者>>がそこかしこで戦いを繰り広げていた。
が、冒険者達は一人として居ない。ここで倒れれば、即座に『暴食の罪』に取り込まれるだけだ。万が一を避けるべくレヴィが指示を出して上には行かない様にしていたのである。
「さて……」
とはいえ、カイトはここに来た。『暴食の罪』の性質を知る彼が、である。であれば、それは意図があっての事だ。故に、彼はかつて手にした世界の代行者としての力を解き放つ。
「我が身許へ集え、世界を守りし守護者達よ! 我は汝らのオリジナル! かつて世界を代行せし者なり!」
今のまま、無闇矢鱈に戦った所で勝ち目はない。ならば、手は一つだ。<<守護者>>さえその指揮下に治めてしまうのだ。そうして、今まで乱雑に戦っていたはずの<<守護者>>がカイトの下へと集結する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




