第1968話 七つの大罪 ――第二幕へ――
石舟斎を捕らえ宗矩を下らせたカイト達。そんな彼らはひとまず合流すると、一旦は石舟斎を地球へと送るべくスカサハを呼び出していた。当初それだけの為に呼んだはずであったが、そんな彼女の助言により、ティナは『暴食の罪』攻略の最重要ポイントとなる無の創造方法を把握。改めて攻略の為の作戦会議に入っていた。
「それで、ティナ。無の創り方がわかった、というのは?」
「うむ。実に簡単な話じゃ。といっても、これは地球の科学技術なども把握する余であるが故に、であるが」
「教えてくれ」
どうやら攻略法の糸口が見えた事で余裕が出来たらしい。そんなティナに、レヴィが先を促す。このままではジリ貧になるだけだし、精神的にもキツいものがある。攻略法がある、と分かるだけでも精神的に違うのだ。聞いておきたい所だった。
「さて……まず無であるが、これが何か。これを語らねば話になるまい」
「ふむ……」
「無とは何もない。そう、何も無いんじゃ。そして今まで無を創り出すにあたって、余は無という概念を作り出そうとしておった。無論、厳密な意味では完全な無は無の概念から生み出されたものであろう」
「まぁ……そうだな。完全な無とは本当の無。何も無く、痕跡さえ無い」
「うむ」
レヴィの言葉に、ティナは一つ頷く。そうして、彼女は簡単に語った。
「が……別に完璧な無でなくともあれの再生や増大は遅らせる事が出来よう。エネルギーがなければ無理じゃろうからな……今はそのエネルギーが多すぎて、攻撃での破壊より再生と増幅が上回り、肥大化していくわけじゃ」
「ああ」
「なら、そのエネルギー源を奪えばよかろう」
「どうやってだ」
それが出来るのなら苦労はしていない。そんな様子のレヴィが重ねて問いかける。これに、ティナが楽しげに笑った。
「今の余の頭の中には地球とエネフィアの二つの知識がある。故に今余の目には、空間を満たす凡そ全てが見えておる」
「……なるほど、読めたぞ。その全てを取り除くわけか。元素やらマナやら全て吸収されるのであれば、それを根こそぎ奪い取ってやれば良い」
「そういうわけよ。となれば、今から取り掛かる。預言者よ。切れ者達を洗いざらい集めよ。残り十時間足らずで全てを、そう、全てを取り除く魔術を作らねばなるまい」
難行だ。正直、ティナとしても規模などの関係でどこまで出来るかは未知数だ。後は最悪力技になる可能性も大いにある。が、やるしかなかった。
「良いだろう。ジュリウス」
『なんだ』
「こちらで作戦を一つ立てた。貴様らの所やフィオの所に協力してもらう。急ぎ、ギルドメンバーを集め本陣へ来い。それ以外の戦闘員は全て、『暴食の罪』が生み出す雑魚を掃討しろ。ここからは持久戦だ。最低十時間はぶっ通しで戦うと覚悟しろ」
「「「おう!」」」
レヴィの指示に、全員が応ずる。そうして、各々が各々の為すべき事を為すべく、動き出す事になるのだった。
さて、ようやく『暴食の罪』討伐に向けて動き出したユニオン率いる冒険者集団。そんな中、研究者以外の冒険者達はティナ率いる技術者集団が無を創り出す魔術を開発するまでの間、彼女らが研究開発を行う<<魔術師の工房>>のホテル防衛を行う事になっていた。が、そんなわけでカイトも加わっているかと思うと、違っていた。
「なんとか、帰陣したな」
「今まで織田信長って言われると結構すげぇとか思ったけど、今後は思わん」
「お前よく無事だったな……」
「無事じゃねぇよ」
なんとか封印から抜け出して戻ってきたカイトに、冒険部の面々が口々に出迎える。ひとまずこれでギルドとしての全容は整ったわけだ。そしてそこに、瞬もまた戻っていた。
「それで、カイト。どうする?」
「とりあえずユニオンの指示に従い、研究者達が居るあの建物を守る」
「おい、天音! ユニオンから連絡! ラエリア国軍の先遣隊が来た!」
「そうか! それなら、上空の魔物はそちらに任せ、こちらは地上に落下した奴らを討伐する! が、なるべく固まって行動しろ! 未確認情報だが、奴らはこちらを取り込もうとしているとのことだ! あんな奴らの仲間入りなんぞごめんだろう!」
「「「げっ」」」
カイトからの情報に、全員が一斉に顔を顰める。『暴食の罪』から生まれてくる魔物であるが、基本ベースは取り込んだ魔物だ。が、基本ベースなのであって、醜悪な肉塊で色付けされた形に変貌を遂げていた。意識がどうなっているかは定かではないが、間違いなく良い気分では無いだろう。無論、そうなった場合当人がどう感じるかは、全くもって不明だが。
「冒険者の基本に忠実に、仲間を守り自身を守れ! 愚かな事はするな! 無闇矢鱈に手柄を立てようとするな! 基本に忠実に動けば問題はない!」
しかめっ面で上を見た冒険部一同であったが、続くカイトの言葉に再度気を引き締める。が、同時に力も抜いていた。ここから、第二幕だ。超長期戦になる以上、肉体だけでなく精神もそれに備える必要があった。そうして第二幕の開幕に備えて隊列を再度整えていたカイトの所に、バーンタインから連絡が入った。
『叔父貴。大丈夫ですか?』
「ああ」
『前線押し上げてたウチの奴ら、下がらせやす。そこの穴埋めを……第二隊です』
「了解した。こちらもちょうど隊列が整った」
『頼んます』
カイトの返答に、バーンタインが一つ告げる。そうして、カイトは再度息を吸い込む。
「全員、<<暁>>より連絡! 第二隊と入れ替わりに」
「おい、小僧共! なにかが出て来る! 気をつけろ!」
「っ!」
来たか。カイトは少し離れた所から『暴食の罪』の監視を行っていた冒険者の言葉に、がばっと上を見上げる。すると、『暴食の罪』の身体からまるで砲台のような金属物が生えているのが見て取れた。それに、彼は思わず目を見開く。
「うそ……だろ……おい! 誰かオレが捕まってる間に飛空艇飲み込まれたって報告受けてる奴居ないか!」
「誰か聞いてないか!?」
「いや! こっちは誰も!」
「こっちもだ!」
「ちぃ!」
まさかそんな事が起きるとは。カイトはゆっくりと生まれる様にも生えてくるようにも見える砲塔に、盛大に舌打ちする。そうして彼は通信機に手を当てた。
「レヴィ!」
『見えている。まさか、そんな事が起きるとはな』
「飛空艇には即座に距離を取らせろ! あれが全盛期の何割かは知らんが、全盛期と同程度ならエネフィアの飛空艇じゃ太刀打ちできん!」
『すでに伝達済みだ。すでに艦隊をそれに合わせて隊列を組ませている』
「良し」
ついに完全な姿を見せた砲塔を見て、カイトは一つ頷いた。そんな彼に、瞬が問いかける。
「カイト。あれはなんだ?」
「……この世界以外の飛空艇の……いや、宇宙戦艦の砲塔だ」
「う、宇宙戦艦?」
いきなりこんな状況で何を言い出すんだ。どこか呆れたようにも仰天する様にも見える笑いを浮かべたカイトの言葉に、瞬が思わず素っ頓狂な声を上げる。そうして、彼が上を見上げたと同時に、まるで一度堰を切った堤防のように戦艦がずるり、と姿を露わにする。
「「「……」」」
なんだ、あれは。生物と機械を融合したような醜悪な戦艦に、全員が言葉を失う。が、それを抜きにしても誰しもにこれがエネフィアの技術とも違うのだろう、と察せられる形状の差が見受けられた。地球の意匠ともエネフィアの意匠とも違うのだ。と、そんな醜悪な戦艦の砲塔が動いて、ラエリア国軍の飛空艇艦隊へと砲口を向ける。
「っ……」
なんとかなってくれ。カイトは手を握りしめ、何時でも介入出来る様に準備しながら醜悪な戦艦の砲撃を見定める。そうして、次の瞬間。砲口から三筋の閃光が迸り、ラエリアの飛空艇艦隊へと直進した。
「「「っ!」」」
障壁と砲撃が衝突し、かっ、と閃光が起こる。それに一度その場の全ての者が顔を背けた。そうして、閃光が収まった。
「……ふぅ」
どうやら最盛期よりは随分と性能が落ちているらしい。シールド艦による防御で辛うじて防ぐ事が出来た砲撃に、カイトが僅かに掻いていた冷や汗を拭う。そんな所に、レヴィが連絡を入れた。
『……カイト』
「ああ、見ていた……なんとか、なりそうか」
『そのようだ。まだまだ出て来るだろうがな』
「飲み込んだ艦隊の数を考えりゃ、この程度で済ませてくれるだけマシと考えようぜ。確か小型艇含めだが数万隻は飲まれたからな。ジリ貧にもなるわ。こっち倒されりゃ倒されるほど相手の戦力は増えるし、ガチ全宇宙から魔物を呼び寄せてたからな」
『星より大きくなる前に仕留める。それが肝要だ』
何を言っているんだろうな、オレ達は。カイトはあまりの規模の話に、内心で自分が巫山戯ているのではないか、と思う。が、巫山戯ているのでもなんでもない。これは数日後には起き得る現実なのだ。ならば、戦うだけだ。
「にしても……解せんな。あの艦首砲塔の形状と色の残滓から見て、あの舟はおそらく水の星で組まれた急造艦だ。どこで回収された残滓かはわからんが……最初のサイズから考えて、あれだけの戦艦が中に入ったままとは思えん」
『そうだろうが……もしかしたら、内部が異空間化しているのかもしれん』
「わからんか、そこは流石に」
『飲まれれば終わりだからな』
カイトの言葉に、レヴィが笑う。飲まれればその時点でアウトなのだ。それがわかっていて、飲まれてまで中を調査したくはなかった。現にかつての文明も中に何度か調査用のドローンを送ってみたものの、どれも失敗していたとの事である。
「ま、とりあえず……急造艦なら、まだなんとかなる」
『そう、思いたいがな。自爆艦とかが無い事を願うだけだ』
「やめてくれ。ついでに言うと、ブラックホール艦が出てきたら終わりだ」
『はははは……笑うしか無いな』
「まったく……とはいえ」
『ああ。あれが出て来たのなら、次が来る頃合いだ。気をつけろよ』
レヴィの言葉を聞きながら、カイトは一つ気合を入れる。先に彼も言っていたが、『暴食の罪』はこちらを見境なく飲み込み、そして自身の肉腫とでも言うべきものを植え込んで自分の手駒にしてしまう。そしてすでに飲まれた者は少なくないのだ。
が、それは今まで出て来ていない。それは単に再構築が終わっていないからに過ぎず、複雑な存在が出せるほどに回復したのであれば、そろそろ出て来る頃合いだとしても不思議はなかった。と、そんな事を話し合うカイトの所へと、さらなる報告が入った。
「マスター! 上! 肉塊からなにか来ます!」
「敵の増援以外なら、教えてくれ!」
「それしかないかと!」
「だろうな!」
この状況で、『暴食の罪』からなにかが飛び出してきた、だ。何も考える必要もなく、『暴食の罪』の新たなる魔物に他ならないだろう。そうして、街の全域――というか単に『暴食の罪』が街全域を覆うほどに巨大化しただけ――に肉塊の破片が降り注ぐ。
「全員、構え! 一斉射用意! <<暁>>前線の第二隊撤退と同時に支援射撃を行い、前線の穴を埋める!」
「「「了解!」」」
兎にも角にも何が来ようと、やる事は決まっているのだ。であれば、それをするだけである。そうして、バーンタインの指示で前線を構築している一隊がその場を離れた。
『叔父貴!』
「あいよ! 斉射開始!」
「撃て撃て撃て! こんだけ多いんだ! 撃てば当たる!」
「とりあえず速射! 撃って撃って撃ちまくる!」
カイトの号令と共に、冒険部と周囲の冒険者達の内、遠距離攻撃を専門とする者たちが一斉に斉射を開始する。この状況だ。味方に当てなければ撃てば当たる。そうして半ば地面に落ちた肉塊に向けて、半ば未だ降り注ぐ肉塊に向けて無数の攻撃が迸る。それを横目に、カイトは近接戦闘を行う者たちに声を掛けた。
「全員、穴を埋める! 気合い入れろ!」
「「「おぉおおおおおお!」」」
カイトの号令に、周囲の全員が鬨の声を上げて気勢を上げる。そうして、ぽっかりと空いた戦線の穴を冒険部とその周囲に居た冒険者達が埋める。
「良し! 遠距離の奴らは後は<<暁>>の指示に従いつつ、周囲の支援を行え! それ以外はとりあえず敵を倒しまくれ!」
ここから先はもうなにかを考えていられる余裕なぞない。ただただ戦うだけだ。そうして、カイトもまた刀を構え前に出るべく地面を踏みしめる。と、それと同時だ。『暴食の罪』から降り注いだ肉塊が割れた。
「カイト!」
「わかっている! どうせ魔物だ! 何が来ようと、気にせず叩き割れ!」
「ああ!」
カイトの言葉に、瞬が声を上げて一気に肉塊を貫いた。そしてそれと共に、カイトもまた手頃な一つを叩き切る。が、カイトは兎も角、瞬は自分の槍が半ばで止まった事を理解した。
「っ! なんだ!?」
「っ!」
「っと!」
唐突に迸った斬撃に、瞬が思わず槍の顕現を解除して飛び跳ねる。そうして彼が見たのは、カイトの斬撃の飲まれる人型のなにか、だ。
「人……!?」
「飲まれた奴だ! 人もついに支配下に出来る様になった、ってだけだ!」
「っぅ!」
元々言われていた事であるが、『暴食の罪』は人も飲み込んでいるという。そして魔物を自分の支配下にしていたのであれば、人もまたそうなってしまう可能性はあった。それを見て瞬の顔は歪む。
「先輩! 諦めろ! これはもう単なる魔物だ! どれだけ当人の名残があろうと、もうすでに人としての意識はそこにはない!」
「っ!」
そういうことか。瞬は源次綱が残した言葉の意味を理解して、思わず顔を顰める。殺してやる事が、無慈悲である事が慈悲である事もある。魔物化してしまった人を助ける事が不可能な状況である以上、殺してやる事だけが慈悲だった。そうして、それを理解した彼が雄叫びを上げた。
「おぉおおおおおおおおおおお!」
瞬の<<戦吼>>が、びりびりびりと大気を震わせる。それは見えた人影に思わず気後れしそうになっていた冒険部の面々や周囲の冒険者達を奮い立たせた。
「っ! 元々伝達は来てた事だろ!」
「全員、殺してやれ! それが慈悲ってもんだ!」
「すまんな!」
瞬の雄叫びに奮起された冒険者達が、肉塊を問答無用に殲滅していく。それを横目に、カイトが一つ頷いた。
「そうだ……これは殲滅戦。躊躇うわけには、いかないんだ」
これならなんとか保たせる事が出来るだろう。カイトは奮起した冒険者達を見ながら、一つ頷く。彼自身、『暴食の罪』と戦った際には何万という仲間を奪われた。そして奪われた分、殺した。守る為には、戦い抜かねばならないのだ。ここで刃を振るう手を緩めるわけには、いかなかった。
「行くぞ!」
オレも気合を入れるか。カイトは奮起した冒険者達の声に促される様に、一つ気合を入れる。が、ここで。彼は失念していたことがある。それは上に異世界の宇宙船がある以上、必然であるべき事だ。そして同時に、彼にとって忘れがたき過去だからなのかもしれない。必然か、偶然か。それは起きた。
「おぉおおおお!」
雄叫びと共に、カイトが駆け抜ける。その道中に無数の斬撃を放ち、ただひたすらに肉塊を切り裂いていく。そうして、その終端。勢いを利用して上に向けて斬撃を放つ直前。最後の一振りだ。そこで、彼は思わず目を見開いた。
『か……い……』
「……え?」
『と……』
かつて聞いた声を、カイトは耳にする。それは失いたくないと願った声。それでも失われてしまった声。それが、聞こえたのだ。それはとても小さな声だったが、それでも彼の足を、腕を止めるのに十分だった。
「……ごふっ……」
『……あぁ……うぅ……』
土手っ腹を貫かれ、カイトが血の塊を吐く。そうして血を吐いた彼が、ゆっくりと横を向いて小さく口を開いた。
『……じー……ん?』
『!?』
掠れた声で、翻訳の魔術を使ってもエネフィアの誰にもわからない言葉で告げられた名は、どうやらこの人型にはわかったらしい。肉腫に覆われた顔に、驚きの色が浮かぶ。
そうして浮かんだ驚きはすぐに苦しみにも似た色に変わり、まるで自らが成した事が信じられない、とばかりにカイトを貫いていた腕を振り回して彼を吹き飛ばした。
『あぁあああああああ!』
「ごほっ!」
近くの瓦礫に激突し、カイトが再び血の塊を吐く。と、そんな轟音で、彼の状況に周囲の者たちもまた気が付いた。
「っ! マスター! 誰か、ウチのギルドマスターが深手だ!」
「「「!?」」」
冒険部の冒険者の一人の声に、周囲の誰しもが驚きを浮かべる。あのカイトが、冒険部最強と言われる男が深手。誰しもが驚き、そして即座に救援の手が入った。と、それを見て、彼を貫いた人型が雄叫びを上げた。
『あぁああああああああああああああああ!』
「っ! 待て! あいつを逃がすな!」
びりびりびり、と大気を震わせる雄叫びの後、カイトを貫いた人型が背を向けてまるで逃げる様にその場を後にする。それを瞬を筆頭にした冒険者達が追おうとしたが、そこに声が響いた。
「追うんじゃねぇ! 戦線を崩すな!」
「! バーンタインさん!」
「おい、急いで救急の用意をしろ! 瞬! 一度お前が戦線をもたせろ! 良いな!」
「は、はい!」
どうやらバーンタインの所にもカイトが深手を負った報せは届いていたらしい。そしてカイトが手傷を負わされるほどの相手だ。今の戦力で足りるか、と言われると首を振るしかなく、追わせない、という彼の判断は正解だろう。そうして、カイトはバーンタインにより回収され、即座に野戦病院に連れて行かれる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




