第1967話 七つの大罪 ――小休止――
道化師により展開された<<対魔王封印>>。それに囚われ出る事の出来なくなっていたカイトとティナの二人であったが、満身創痍の石舟斎やレクトール達の支援により、なんとか封印からの脱出に成功する。そんな彼らを見て、遠くの場所から道化師は笑っていた。
「お見事。実に見事です……おや。石舟斎殿も生きて……生きてます……かねぇ、あれ」
流石に遠目には手当てはされていたがズタボロと言って良い状況の石舟斎が生きているかどうかは、道化師にもわからなかったらしい。困り顔で――そしてどこか少し心配そうに――笑っていた。と、そんな彼の横。『リーナイト』から撤退していた源次綱が口を開いた。
「あの御仁なら問題無い。必ず生きて帰るだろう」
「それなら、良いのですが」
先に道化師自身が柳生親子に告げていたが、彼としては石舟斎にも宗矩にも生きてもらった方が有り難いのだ。そこに一切の嘘はなかった。が、実は内心嘘や社交辞令としてしか考えていなかった源次綱が、不思議そうに問いかける。
「……何故そこまであちらの者を強くしようとしているのだ?」
「……いえ、逆に問いますが、何故強くしようとしない、と思われるのですか?」
「……何?」
不思議そうな源次綱の問いかけに、逆に道化師が不思議そうに問いかける。これに、道化師が道理を説いた。
「一つ、改めて現状の再確認を致しましょう。かつて魔王ティステニアという者が居たわけですが……その者を操って世界大戦を引き起こしたのが我々です。そこは良いですね?」
「ああ」
「はい……ですが、ここで疑問は出ません?」
「疑問? 何にだ」
楽しげな道化師の問いかけに、源次綱が首を傾げる。ここで問われたのはあくまでもエネフィアでは一般常識として問われている内容だ。何も不思議な事はない。が、これに道化師が改めて提起した。
「あの当時、百年も掛かっていたんですよ? ですがこちらに居る貴方から見て、我々が本気でやった場合、百年も必要と思いますか?」
「む……」
道化師の問いかけに、源次綱が僅かにはっとした様子で目を見開いた。そもそも三百年前の時点で世界は一度敗北寸前まで追い込まれている。その最後の最後でカイトという救世主が現れ、ついに彼らから勝利をもぎ取ったのだ。
無論、カイトを呼び寄せたのが彼らである以上、百年も必要だったのには何かしらの事情があるとは思っている。が、それでも源次綱からして意図的に百年もダラダラと戦争状態を引き伸ばしていたのだ、と言うしかなかった。
「だが、それはあのカイトとやらを強化する為に必要だった、と前に言っていなかったか」
「ええ。それはもちろん。彼の修練の場として、あの三百年前の戦いはありました。彼には全人類を率いて頂かねばなりませんでしたので」
「……それは初耳だ」
道化師の言葉に、源次綱が僅かな驚きを得る。とはいえ、それなら納得も出来た。政府機関のみを破壊し、カイトという巨大にして強大な旗頭の下に全てを結集させる。そのために百年必要だった、と言われれば納得も出来た。そうして、そんな納得を得た源次綱に、道化師が笑う。
「……ね? これでわかったでしょう?」
「……は?」
「あはは。あの当時の戦力と今の戦力。どちらが上と思います?」
「……聞く限りでは、三百年前との事だが」
「聞かないでもわかりますよ……そうですね。貴方達のような例外はまぁ、横においておくとしても。平時で育った軍と戦時で育った軍のどちらが強いと思いますか? もちろん、兵装の類は横にして、です」
「戦時の軍だな。覚悟も練度も全てが違う」
曲がりなりにも源次綱とて戦に関わる者。必然、この問いかけには即断出来た。練度が違う。それに過ぎた。練習や演習なら話は違うかもしれないが、なんでもありの殺し合いに置かれてはどうしても練度の差が如実に出てしまう。そこをわからぬ源次綱ではなかった。そしてこれを言われて、彼も理解した。
「なるほど……戦闘力の面はまぁ、原石が転がっているので良いが。確かに軍としては今の方が弱いか」
「ええ……あの当時の戦力まで最低限持っていって頂かねば、話にならないのですよ」
道化師達は三百年前に百年掛けて世界中の政府組織を破壊し、カイトの下に集めさせた。が、それは三百年前当時の戦力で、個々の戦闘力はそこの水準であればこそそこで良かった。が、今はそこより個々の戦闘力は低いのだ。無論、極一部に強い者も居るが、それだけだ。早急に磨かねばならなかった。そしてそのための、石舟斎と宗矩だったのだ。
「柳生宗矩殿と柳生石舟斎殿は共に流派の重要人物。心構えや剣技を学ぶには良い人材……いえ、人財です。死なれては困るのですよ……内心、実はこの二つの戦いでお二人共死なないかヒヤヒヤしていましたよ」
「……」
やはり一筋縄ではいかない奴だ。源次綱は冷や汗を拭うような動作を見せる道化師の策略に、僅かな畏怖を抱く。とはいえ、彼の心は最初から定まっている。
「……それで、二人の抜けた穴は」
「もう、すでに。後は久秀さんが裏切ってくださってあちらに戻ってくれれば、彼らの抜けた穴を埋められます」
「奴が裏切るのも織り込み済みか」
「ええ、もちろん。彼は内部から食い荒らす獅子身中の虫。それに好き好んでなる彼の行動を読めぬ私ではない。無論、お互いそれを織り込み済みで利用し利用されますが……彼にだけは、生き延びて貰わねば困るのですよ」
くすくすくす、と道化師が笑う。彼が前に巨漢に告げていた六人死ぬ、と言われた内の生き延びるとされた一人は、どうやら久秀の事だったらしい。そしてその理由は言うまでもなく、彼には生還してカイトの所にまでたどり着いて貰わねばならないから、というわけなのだろう。そうして、利用し利用される者は源次綱と共に更に戦いを見守る事にして、楽しげに笑うのだった。
さて、道化師と源次綱が『リーナイト』の観戦を行っていた一方、その頃。エドナ達の支援を受けて脱出したカイトはというと、ひとまず彼女の背に乗って一度ユニオンが展開している本陣へと舞い戻っていた。
「カイトか。なんとか、か」
「レヴィ……とりあえず、なんとか石舟斎殿は捕縛した……で良いかね」
「死に体だな……」
見るからにズタボロな石舟斎に、レヴィは盛大にため息を吐く。情報を吐かせようにもこれでは無理と言うしかない。とはいえ、彼から情報を得る必要は無かった。もう一人、こちらはある意味正気を取り戻した事によりこちらに合流した者が居るからだ。
「カイト。脱出した様子じゃな」
「先生……それに、宗矩殿も」
「……」
カイトの言葉に、宗矩が小さく頭を下げる。そんな彼はエドナの背に背負われていた父を見て、僅かに苦笑する。
「敗れ、ましたか」
「……く……まぁのぅ……まぁ、同門に敗れた。我が身が単にまだまだだっただけよ」
「親父殿はまだマシかと。私なぞ、そもそもなってない、としか」
「くくく」
どこか晴れやかな宗矩の言葉に、石舟斎は息子が本来のあるべき姿を取り戻したのだと理解して笑う。が、やはりその様子には精細さがなく、かなりの重体であると察せられた。そんな父を見て、宗矩が口を開いた。
「カイト。これ以降、私は貴殿の軍門に下ろう。柳生但馬守宗矩の力。如何様にも使ってくれ」
「ありがたきお言葉です」
元々、宗矩を生かして捕えるというのは武蔵の言葉だ。それを各国共に受け入れており、その処分も彼の胸三寸となる。なので彼については問題なく、カイトの下で動いてもらう事が可能だった。
「で……宗矩殿が下られたのでしたら……石舟斎殿」
「……なんじゃ」
「ひとまず、御身を地球に送ります。まぁ、送るというか迎えを寄越してもらう、という所なのですが……」
「……つまり、先に信綱公に頭を下げてこい、という事じゃな」
「あはははは……まぁ、そんな所です。それと共に、怪我を治してください。こちらで治せ、と言った所で頑として譲らないでしょうからね」
石舟斎の言葉に対して、カイトが笑いながら頷いた。どうにせよ今このまま彼にこの場に居られて、万が一『暴食の罪』に食われた場合、どのような変化をもたらすかわからない。何より、『暴食の罪』にはもう一つ、危険な能力がある。
それに石舟斎が使われた場合、被害が馬鹿にならない可能性が非常に高かった。石舟斎の手当てをしたのには、万が一彼が死んだ後に遺体を取り込まれない様にする為もあったのである。
「……好きにいたせ。儂は敗軍の将……勝者に従うが道理よ。お主の指示に全て、従おう」
「はい」
そうと決まれば。カイトは真紅の槍を取り出して、地面を一つ叩く。すると闇が盛り上がり、その中にスカサハが浮かび上がった。
『む?』
「ああ、姉貴か。悪いけど時間無くてさ。手っ取り早く言うけど、石舟斎殿捕まえたから回収してくれ。前に言ってたろ? 連れ帰るぐらいならしてやるって」
『まぁ、言ったが……まさか本当に捕らえたと?』
「色々とあった……で、本気で時間無いってかちょっと色々とあってさ」
『はぁ……まぁ、良いわ。待っておれ』
どうやら詳しくは語っている時間が無い、という事はスカサハにも伝わったらしい。呆れたような彼女の言葉の後に空間に亀裂が入る。その中から現れたのは、言うまでもなくスカサハだった。
「はぁ……で……おぉ?」
まぁ、来て早々見えたのが醜悪な肉塊だ。しかもとんでもない量の魔力を内包し、無数に魔物を生み続けているのである。古強者であるスカサハが呆気に取られても仕方がない。
「まーた面白い相手と戦っておるのう」
「やりたいか?」
「少しな……が……ふむ」
やはり流石は武術においてはカイト以上、魔術においてはティナと同格と言われるスカサハだ。『暴食の罪』を見て、なにか感じるものがあったらしい。
「……カイト。あれは、なんじゃ。儂の目には非常に嫌な感じがしておる」
「正解だ。姉貴。今のエネフィアからはさっさと逃げろとしか言えん」
「……そうか。にしても、ふむ……」
「……ん」
カイトの言葉に同意を示したスカサハであるが、少し周囲を見回してレヴィを見つけ出す。が、そこで彼女は何故か停止していた。
「……」
「……なんだ。要件があるならさっさと言え。私は一応、ユニオンを率いている幹部の一人だ。要件なら聞こう」
「あぁ、いや……すまぬな。ま、気にするでない。あれに近づいてはならぬ、というのはわかるか?」
「無論だ。性質の凡そはわかっている」
「ほぉ……」
どこか感心したような、それでいてどこか得心したような様子でスカサハが片眉を上げる。
「であれば……あの醜悪な肉塊の最後の性質には?」
「……わかっている。それまでに終わらせたい所だ」
「そうか……なら、努力せい。あぁ、そうよ……カイト」
「なんだ?」
最後の性質までわかっているのなら問題はない。そう言ってレヴィとの会話を終わらせたスカサハが一転、カイトを見る。そうして、彼女が告げた。
「あれの倒し方、おそらくお主はわかっておろうが」
「わかってる。が、そこが難しくてな」
「うむ……無を作らねばならぬ。その上で消滅の術式を食わせるぐらしか、手はあるまい」
「……」
この女。数千年進んでる文明の偉い学者共が長い時間議論して出した結論をたった数分で導き出しやがった。カイトはスカサハの言葉に思わず言葉を失う。が、それが彼女だと言われれば、納得も出来た。
「それなら二つ、手があろう」
「ん?」
「お主がそれに今も気付いておらんのはびっくり、と言うしかないな。帰ったらじっくりみっちりそこらの座学も仕込むとするかのう」
「いや、だからなんだよ」
どうやら気付いているらしいスカサハに、カイトが少し急ぎ気味に先を促す。これに、スカサハが楽しげに口を開く。
「一つ目。<<無銘>>。あれなら、無を生み出せよう」
「まぁ、出来るっちゃ出来るが……厳しいんだよ、それ」
「ふむ」
「あれの消費魔力は規模に応じて変わる。あそこまでなると、いくらオレでも数分と保たん。そうなると、後は一気に押されるだけだ」
<<無銘>>。死者蘇生だろうとなんだろうと出来てしまう最強の道具。それを使えば確かに、無を創り出す事は不可能ではない。が、どうしても改変の内容や規模に応じて魔力の消費量は変わってしまい、今の『暴食の罪』の規模であればいくら無尽蔵に近いカイトの魔力であれ数分も経たずにすっからかんになる可能性があった。そしてそれはスカサハもわかっていた。だから、一つ目にこれを上げたのである。
「で、あろうな……であれば、二つ目。無とはなにか」
「あ? 無とは……無だろ」
「うむ。無とは無。では、有から無に変わるとは?」
「え? いや、えっと……」
どうするんだろう。一度考えてみようとしたカイトであるが、そこで同じ様に話を聞いていたティナが目を見開いて声を上げた。
「そうか! その手があったか! 流石じゃぞ、スカサハ!」
「くくく……何故お主まで揃って気付かんのか。それが儂には疑問でならんよ」
「焦っておったんじゃから仕方があるまい。なんじゃ。そんな簡単な事じゃったか。こちらに染まりすぎたのう」
どうやらティナにはスカサハの言わんとする事が理解出来たらしい。得心がいった、としきりに頷いていた。
「ま、後は任せる。それが分かれば、後はどうにでもなろう」
「うむ。ま、こちらは後は任せい。後は余の領分故な」
「うむ……では、確かに柳生石舟斎。連れ帰る……何時もの天神市の病院に搬送すれば良いな?」
「頼む。それか楽園の病院、ヒメちゃんに紹介してもらってくれ」
「うむー」
未だカイトには何がなんだかさっぱりであるが、ティナが理解したのならそれで十分だ。というわけで、カイトは石舟斎を連れて地球へと帰還したスカサハを見送って、改めて作戦会議を行う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




