第1964話 七つの大罪 ――次の戦いへ――
カイトと石舟斎。武蔵と宗矩。方や両者敗北、方や武蔵の勝利となった二組の剣士達の戦い。方や必然。方や勝者の未熟さにより生き残った四名であったが、その一人であるカイトはひとまず石舟斎に頭を下げると、一刻も早く手当てをしなければ助からない状態の石舟斎の手当てを行っていた。
「……これで、良いでしょう。ですが……本当に良いのですか?」
「……良い……負けて施しを受けては……儂の気が収まらん……それに……儂は敵じゃった。バカ息子とは違い、自らの性分を違える事なく、ここに立つ……儂に手当ては不要……その小瓶は必要な者にくれてやれ」
息も絶え絶え。焦点の合わぬ目でカイトを見ながら、石舟斎はカイトの取り出した回復薬を頑として受け取らなかった。一応止血はしたものの、本当に瀕死の重傷だった。おそらく彼がいつもの姿に戻った事にも気付いていないだろう。
よほどカイトの一撃が完璧でなかった事が腹に据えかねたらしい。ご立腹といえばご立腹だった。とはいえ、それほどの技とは理解しており、そこについては素直に認めてもいた。単にここ一番で失敗した事がご立腹なのである。
「……わかりました……では、少し。気付け薬を」
「……なんじゃ」
「信綱公より、お言葉です……みっちりしごいてやるから覚悟しておけ、と」
「……ごっ……ぐっ……」
いきなりなんだ。そう思った石舟斎であったが、語られた言葉に思わず笑う。そうして、彼は痛みやらなんやらで目端に涙を溜めながら、敢えて冗談を口にする。
「わ、笑わせるでないわ……死にとうなるではないか……」
「それだけお元気なら、大丈夫でしょう……さて」
どうしたものかな。カイトはこのまま石舟斎を放置する事も出来ないし、何よりここから出るしかない。まず石舟斎の治療をしようにも、現状では無理だ。そして何より、現状で外に出たとて治療を受ける事は彼が拒むだろう。であれば、なにか考える必要があった。
(まずここから出ないといけないんだが……ティナ曰く、三時間だったか)
まだ一時間も経過していない。カイトは時乃の力が付与された時計を取り出して、外の時間と内側の時間を確認する。石舟斎との戦いの開始から、今でおよそ三十分と少し。戦闘中もティナは解析を続けてくれていた様子だが、それでも難航している、というのが石舟斎の治療中に聞いた彼女の言葉だった。
「ティナ。解析、時間掛かりそうか?」
「むぅ……正直のう。よう考えとるわ。概念による封印。それは当然じゃが、概念を絞れば絞るほど強固になる。故に、余ではどうしようもない。ぶっちゃけ、解析出来てる余、流石」
「マジどうしようもないのね……」
「概念防御とて所詮は理論。前にお主には言うたと思うが、喩え魔術が使えぬ空間だろうとそこには理がある。故にその理を解き明かせれば、魔術も使える」
以前にティナ自身も言っていたし、実際に転移術を使えないはずの『冥界の森』で彼女は転移術を行使している。それは全て、彼女がそこにある出来ない、という理論を解き明かし、それを上回っているからだ。ここではその理論が問題だった。
「この結界というか封印というか……魔王という概念を持つ者の力を大幅に軽減してしまいおる。しかも、面倒な事にのう……はぁ……」
「どした?」
「これ、おそらくエネフィアの物でも地球の物でもあるまいな。どちらとも違う魔術式がちらほら見えておる。安易に手出しができん」
「げっ……こんな所で使うなよ……」
「いや、余でもここで使うわ」
ここは言うまでもなく、冒険者達の本拠地『リーナイト』。そして今は世界中から冒険者達が集まっているのだ。世界の最高戦力が揃っていると言っても過言ではなく、戦力さえ集められるのなら攻めるならここと言っても過言ではなかった。無論、まさかその戦力を整えられるとは誰もが思っていなかったが。
「で、改めて言うが、三時間も待ってられんぞ」
「わーっとる。手は考えておる」
「流石魔王様……で、答えは?」
「ぶっちゃければ力技しかない。余とお主の力技じゃな」
カイトの問いかけに、ティナは笑いながらあっけらかんと答えを述べる。三時間、というのはあくまでも地道に解析した場合だ。力技で強引に突破してしまうのも手は手だった。が、そもそもの話がある。
「いや……お前さっきそれ無理って言わなかったか?」
「そりゃ、完全力技は無理じゃ。流石にそこまで甘くはない……先にも言うたが、全ての物事には何かしらの理論がそこにはある。なのでここで重要なのは、力技で破壊できん様になっている部分じゃ。そこさえ解き明かせれば、後は力技でどうにでもなる。それこそ魔王という概念を防いでおる部分をなんとかできれば、一気にペースアップよ」
「でもそれが見つからない、と」
「お主がそこな老人と遊んでおったがゆえな」
相変わらず封印を見ながら、ティナが横たわる石舟斎を指し示す。これに、カイトが首を傾げた。
「なんで石舟斎殿が関係してくる」
「お主がそっちにかまけておるからじゃろ。手はすでに考えておるわ」
「マジすか」
「うむ」
どうやら何もティナも馬鹿正直に解析ばかりをしていたわけではないらしい。カイトはティナの言葉に目を丸くする。そうして、彼女が一つ頷いた。
「良し……これで解析の準備はオッケーじゃ」
「で、オレは何をしろと?」
「単にデカイ一撃をぶちかましゃ良い。お主も魔王なのじゃとするのなら、間違いなくこの封印の魔王の概念に反応する部分が反応する。何度かやれば、そこがわかろう」
「なるほどね……」
道理だ。この封印は確かに対魔王封印という様に魔王という概念を持つ者を封印してしまえる。が、それが魔術である以上、そこには何かしらの理論があり、これを構築している魔術式があるはずなのだ。それがどれだけ繊細で緻密だろうと、そこは変わらない。であれば、そこを解き明かせば先にティナが述べた様に、なんとかしてしまえる可能性は十分にあった。
「ま、後はやってみねばなんともいえまい」
「あいよ……で、オレはどうすりゃ良いんだ?」
「単に長期的にデカイ一撃ぶちこみゃ良い。出力に応じて反応が変わってくるじゃろうからな」
「あいよ」
ということは、単に何時も通りぶっ飛ばしゃ良いわけか。カイトは肩を回し、一つ感覚を確かめる。流石に<<心体同一>>はこれ以上は使わない。ここから先に待ち受けるのは『暴食の罪』との戦い。どれだけ続くかもわからない上、もし万が一あれを使って封印が破壊出来てしまった場合、外の『暴食の罪』に膨大なエネルギーを与える事になりかねない。出たいが、下手な事は厳禁だった。
「さて……はぁ!」
肩を回したカイトは、一つ気合を入れて右手から魔力の光条を放つ。そうしてたっぷり十秒ほど。ティナから良しが出た。
「良いぞー」
「あいよ……で、どうだった?」
「うむ。凡そ魔王という概念に反応してそーな場所は見付けた。後は試行回数をこなして、当たりを見つけるだけじゃな」
「ということは、今と同じ事をひたすらやれ、と」
「そーなる。ま、それでも三時間も待たねばならぬよりマシじゃろ」
「だな」
ティナの言葉にカイトは笑う。そうして、二人は脱出するべく急ぎ足で封印の解析を行っていく事になるのだった。
さて、一方、その頃。カイト達が捉えられた封印の外では、冒険部が源次綱の襲撃を受けていた。
「っ!」
「瞬殿!」
「問題無い! まだ抑えられている!」
「……」
やはり自身に因縁があるからだろう。瞬は冒険部の統率を信頼するバーンタインに預けると、ルーファウス、アルと共に源次綱との交戦を繰り広げていた。そんな中に、冒険部の苦境を見て手を貸していた者が居る。
「はぁ!」
「っ!」
やはり、強い。源次綱は繰り出されるセレスティアの剣閃に、思わず顔を顰める。やはり彼女は『もう一人のカイト』の異世界出身で、絶賛大戦争真っ最中の猛者だ。源次綱でも苦戦は免れなかったらしい。
「……」
が、それで良かったようだ。源次綱は苦々しげながらも、どこか満足げな顔を浮かべていた。
「引いて下さい! 一度立て直しを!」
「すまん!」
セレスティアの言葉に、瞬が一度飛び跳ねて源次綱から距離を取る。それぬ、源次綱は敢えて追撃する姿勢を見せた。
「させませんっ!」
「っ、はぁ!」
割り込みを掛けたセレスティアに対して、源次綱は苦し紛れの斬撃を瞬へと飛ばす。が、それはやはり苦し紛れだ。途中で割り込んだ『暴食の罪』の生んだ魔物へと直撃。それを消し飛ばすものの、瞬もそれに気付いて槍を構える。
「っ……ふぅ」
途中で魔物が盾になって助かった。瞬は息を吐いて身を整えながら、そう思う。そうして、彼は一度内心に沈み込む。
『酒呑童子』
『なんだ』
『あんたの宿敵だが……何故俺に主導権を預けたままなんだ?』
『そう怯えるな……今更、お前の戦いを取ろうとは思わん』
『……』
まぁ、そうだろうな。瞬は自身が酒呑童子の生まれ変わりとして、彼から伝わる心情でその言葉に納得する。だが、それ故にこそ理解ができなかった。
『だが、何故だ?』
『くくく……それがわからんから、お前は俺にも奴にも届かん』
『む……』
酒呑童子の言葉に、瞬は僅かにムッとなる。が、これに酒呑童子は楽しげに告げる。
『あの肉塊の邪魔が入らぬ場ではない。そしてあの肉塊……お前はどう思う』
『見たら分かるだろう』
『見て、分かるだけか?』
『え?』
見たら分かる。そう言った瞬であったが、それに返す酒呑童子の言葉に呆気に取られる。
『肌で感じる感覚は? 本能はなんと言っている? 奴はなんだ?』
『……』
酒呑童子の問い掛けに、瞬は返す言葉が無かった。
『貴様に足りないのは、戦士としての本能……あれを前に何故奴が出て来たか。奴の危険性がわからぬから、わからん』
『っ……』
やはり、自分より圧倒的に上の戦士。瞬は自身の内に眠る酒呑童子に対してそう苦味を浮かべる。そしてそれ故にこその彼が出ない理由なのだとも、理解した。と、そんな風に止まる瞬を訝しんだアルが横に舞い降りる。
「瞬。大丈夫?」
「あ、ああ。すまん」
「ううん……じゃあ、行こう」
「ああ」
なんとか一呼吸は吐けたし、酒呑童子の横槍がない事もわかった。なら、後は一直線に戦うだけだ。が、その前に瞬は一度通信機を起動させる。
「バーンタインさん」
『あぁ、瞬か。どうした?』
「そちらはどうですか?」
『正直、芳しくはねぇな。死傷者って意味じゃあ、ほとんど出てないが……』
それはおかしい気がする。瞬はバーンタインの言葉にそう思う。そしてそれはバーンタインも一緒だった。
『これはまだ未確認ってか、俺も見た訳じゃねぇんだが……ふんっ! どうやらこいつら、意図的に殺さない様にしてるみてぇだ』
「こいつらが?」
瞬はあいも変わらず生み出される無数の魔物達を見て、冒険部陣営へ向かう一団に向けて極大の雷を纏わせた槍を放つ。
『ああ。それでどうするかってと……あのデカイのに運んでるみたいだ』
「あれに……?」
瞬とバーンタインは揃って、天高くに浮かぶ『暴食の罪』を見る。そしてその意図を理解して、顔を顰めた。
「兵隊アリ……みたいな所ですかね」
『だろうな……カイトの叔父貴がしかめっ面だったってのも良くわかる。ありゃ、やばい。見た目以上に、そして肌で感じる感覚以上に、本能の奥底がヤバイって言ってやがる』
「……」
どうやらバーンタインには酒呑童子の述べた感覚がわかっていたらしい。瞬は彼の僅かな畏怖の滲む声から、そう察した。あれは戦わないで良いなら、戦うべきではない。そんな感覚がバーンタインにはあったのだ。
無論、だからといって逃げる気はなく、なにかを知っているらしいレヴィの指示に素直に従っていた。これもまた、戦士の本能に従った結果である。
「……とりあえず、ウチの仲間はお願いします」
『おう、任せときな。お前はお前の敵と戦え』
「はいっ!」
バーンタインの言葉に、瞬は一つ頷いた。そんな彼が源次綱と向き合い、そしてそれを察した源次綱がこちらを向くのと、そしてさらなる増援が来るのはほぼ同時だった。
「っ!」
「よぉ、小僧」
「あんたらは……」
黒衣を纏う傭兵の集団。それを、瞬は知っていた。かつて自分達を絶体絶命に追い込んだ傭兵団。それが来たのである。そして彼らが居るという事は即ち、だ。
「……グリム、だったか」
「久しいな、若き戦士よ」
「ああ……味方、で良いんだよな?」
「無論だ……」
ふぅ。グリムは瞬の問い掛けに、小さくため息を吐いた。そうして、彼は団員に指で指示して冒険部やその付近のギルドと共に周囲の掃討戦を開始させると共に、自身は一直線に源次綱へと向かっていく。そして瞬とアルもまた、それに遅れず地面を蹴るのだった。
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