第1955話 剣士の戦い ――親子の戦い――
かつてカイトが討伐した『暴食の罪』という魔物との戦いの最中。ひとまずティナ達知恵者達が討伐方法を考案するまでの時間稼ぎを行うべく、『暴食の罪』をエネフィアから遠ざける事にしたカイト。
そんな彼は古馴染み達の支援を受けながら、<<原初の魂>>の一つとなる<<滅魔の王>>を展開。『暴食の罪』の巨体をエネフィアから大きく遠ざける事に成功する。が、そんな彼が僅かな安堵を浮かべた直後。まるでその隙を狙い澄ましたかの様に聞き馴染みのある声が響いて、結界が展開されていた。
『やぁ、皆さん。お久しぶりです』
「この……声は……」
「<<道化の死魔将>>……」
流石に総会にも来る様な者たちの中には、大陸間会議に出席していた者も少なくない。故に道化師の声を聞いていた者は少なくなく、唐突に響いた声を彼の物だと理解した者は多かった。そうして、カイトが『暴食の罪』を吹き飛ばしたとは別の理由で場は静まり返り、誰もがその声に恐れおののく。
『さて……今展開させて頂きました結界ですが、これはとある特殊な由来をお持ちの方々を囚える結界。まぁ、大半の方には大した意味は無いものですが……』
「ぐぅうううう!」
『はぁ……流石に今回は諦めてくださいな。それは力技でどうにかなるものでもない』
必死で結界に取り込まれるのを抗うカイトに、道化師は心底呆れ返るという様な表情でため息を吐く。が、そんな彼でもこの結界は道化師の言う通りどうする事も出来なかった。
『これは<<対魔王封印>>……魔王という概念を一度でも付与された者を囚える封印です。まぁ、結界でもどっちでも良いですがね。ほら、今もまた一人、魔王であった方が取り込まれた』
道化師はカイトが取り込まれるのを見て、これがその名に偽りのない事を示してみせる。そんな道化師の声を聞きながら、冒険部の者たちは囚えられたカイトを見て訝しんだ。
「魔王……?」
「なんで天音が……?」
「いや……確か天音の前世って……織田信長だから……」
「「「あ……」」」
一人が気付けば、後は誰もが理解する。そもそもカイトの前世が織田信長である事はすでに知られている。そしてそれを知っていれば当然、誰もが織田信長の名乗った異名の一つを知っていた。
「だ、第六天魔王……」
「織田信長ぇ……」
「さすが中二病……」
第六天魔王織田信長。どうやら魔王という概念があれば取り込まれるのであれば、すなわちカイトが取り込まれても無理はなかった。そうして誰もがカイトが結界に取り込まれた理由に納得した一方で、結界の中ではカイト以外の魔王該当者も一緒に取り込まれていた。
「ちぃ……こりゃ、力技は無理か」
「流石にのう。魔王という特定も特定の概念に絞ったが故、さすがのお主でも解けぬじゃろ」
「ちっ……」
カイトの横。急いで解析を行うティナが、力技でなんとかぶち破ろうとしていたカイトに首を振る。こちらは当然、元魔王である。凡そこの結界は二人に対する策と言って過言ではなかった。
「広さは……かなりのものか。空間も歪み、外も見えずか……ちぃ……」
苦い顔で、カイトは周囲を見回す。ティナと早々に合流できたのは、囚えられる直前に道化師の述べた<<対魔王封印>>であるという言葉を聞いていたからだ。
故に彼女が居る事を理解していた彼は、彼女との間にある魔力のパスを開いて彼女の居場所を把握。即座に合流したのであった。が、それ以外に誰が居るのか、というのもわからないほどにとてつもなく広く、空間が歪んでいるのがよく理解出来た。
これでは中の者たちが集まって力を合わせて、というのも無理だろう。まぁ、そういってもカイトとしては、ティナが居れば十分だった。
「で、ティナ……解析は?」
「ちょい、厳しいのう」
「厳しい?」
苦々しい様子のティナに、カイトが怪訝そうに問いかける。彼女が百年もの間封じられていた封印でさえ、本来なら目覚めて数秒と保たないと言われていたのだ。それ故の時間経過を狂わせる結界だ。
が、今回はそういうわけでもなく、単に魔王という概念を持つ者が囚えられるという力だ。なのに解けない、というのはいまいちカイトには理解が出来なかった。
「……はぁ。これがのう。魔王という概念を囚える為の結界じゃからじゃろう。余の解析もかなり阻まれておる……というか、本来お主が外におればお主と余のあわせ技で一撃で破壊出来るというに。何故お主まで中にとらわれておるのやら」
「すいませんね。これでも魔王経験者ですよ」
というより、オレこそが本当の魔王なんだがな。カイトはティナの言葉に不貞腐れた様に口を尖らせる。が、それ故にこそ、現状はどうする事も出来なかった。この結界は内側の者を外に出さない為の封印だ。魔王たるティナでは解析にどうしても時間が掛かってしまうのであった。
「……どれぐらい時間が必要だ?」
「……三時間は必要となろう。無論、何事もなければ、じゃが」
カイトの問いかけに、ティナは解析を続けながらはっきりと明言する。この状況だ。最速でやってそれだけ必要、というのは間違いないだろう。
「ということは、それまでは待ちか」
「うむ……むぅ……さっさと終わらせて『暴食の罪』の攻略法を見つけ出す作業に戻りたいんじゃがのう……」
ここでこの封印に阻まれている間は、如何にティナと言えども『暴食の罪』の解析は不可能だ。なので彼女の顔には非常に苦々しいものが浮かんでおり、現状が相当に厳しい事がさっせられた。と、そんな二人の所に声が響いてきた。
「待ち、のう……ではその間、儂と一つ手合わせでもせぬか?」
「……石舟斎殿」
遂に来たか。カイトはまるで散歩でもしていて偶然再会した程度の気軽さで現れた石舟斎に、僅かに気を引き締める。が、そんな彼に対して石舟斎は僅かに苦笑を浮かべた。
「まったく……場を整えてくれるとは聞いておったが。まさかここまでの場を拵えてくれるとはのう」
「……貴方は、あれがなにかご存知なのですか?」
「あれ……ああ、あの醜悪な肉塊か。まぁ、話は聞いたという程度じゃなぁ……ここまでとは思いもせなんだが」
当然か。いくら道化師達とて、『暴食の罪』の力の全てを知っているとは思えない。最盛期の戦いが起きた頃に彼らが生きていたとは思えないからだ。まぁもし知っていたとしても、石舟斎達があれの本当の力を理解出来たか、とそちらもまたカイトには思えなかったが。
「ま……儂にはおあつらえ向きよ。おかげでさほど時間は掛けられまい? あれにはお主でなければなんともならぬじゃろうて」
「あはは……剣士としてはどうにもなりませんがね」
一時、カイトと石舟斎は言葉を交わす。すでに果し合いの場は整えられ、果し合いの相手もまたここに居る。後は、実際に戦うだけだ。が、出会って即決闘ではあまりに味気ない。お互いにそれは望まなかった。
「のう、弟弟子よ」
「なんです? 兄弟子」
「何をしておった。お主の整い様……宗矩に泥を付けられた時に比べて違う様子じゃ」
どうせこの後には見れるのだろうが、と思いながらも石舟斎としてもこのカイトの大きな飛躍は大いに気になったらしい。答えが聞ければ儲けもの、程度に聞いてみる。それに、カイトは隠すほどでもないと明らかにした。
「……地球に、戻っていました」
「ほっ……もしや」
「ええ……信綱公の修行を受けに。流石に一国一人の免許皆伝を持つ貴方に印加程度の自分が敵う道理が無い。それでも、と挑んだご子息との戦いですが……結果なぞ見えたもの。信綱公には大いに笑われましたよ。勝てるつもりだったのか、と」
もしや。その言葉の更に先を、カイトは笑いながらはっきりと明言する。どれだけ足掻いても、カイトには宗矩にも石舟斎にも敵う腕がない。故に彼は地球に戻り信綱の修行を受けていたのである。
「どの程度までたどり着いた」
「それは、ご自分の目で、腕で、肌でご確認を」
「かかかかか! 然りよなぁ……では、カイト。この兄弟子柳生石舟斎が直々に稽古を付けてやろう」
「ありがたきお言葉」
あくまでも、お互いに同門だ。そして武蔵がかつて述べた様に、石舟斎は別に自らの剣術を悪用しているわけでもない。故に、この場の両者の立場はあくまでも兄弟子と弟弟子。同門同士の戦いに過ぎなかった。
「……」
「……」
小さく、カイトは息を吐いた。そうして、二人はただ静かに戦いを開始する事になるのだった。
さて、カイトが封印の中で石舟斎との会話を開始したちょうどその頃。武蔵はというと、自身に向けて放たれる闘気を頼りにして、街の離れまで移動していた。
「……」
おそらく、自分は『リーナイト』で戦うのが正しいのだろう。武蔵は『宮本武蔵』として、そう思う。今の彼は『新免武蔵』ではない。あくまでも、宮本家が家長の武蔵だ。故に戦うのは、あくまでも誰かの為だった。
(思えば……こうなるのは必然であったのかもしれんのう)
カイトと石舟斎とは異なり、武蔵は誰かと言葉を交わすでもなく歩いていく。当然だ。戦える者は全て『リーナイト』にて戦っている。戦えるにも関わらず『リーナイト』から離れていくのは彼一人だ。
(儂の一生……それは凡そ、私利私欲の為の一生であったな。良き女を抱きたい。金が欲しい……そんなものさえなく、ただ強き者と戦いたい。剣の先に至りたい……そんな一生であった。一度たりとも誰かの為に戦う事なく。ただの一度も大義を掲げた事もなく……)
日本での一生。それがまるで走馬灯の様に、武蔵の横を通り過ぎていく。そうして思うのは、おそらく彼もまた同じ様に地球での一生涯が横を通り過ぎているのだろう、という事だ。
(そんな儂がこちらに呼ばれ、弱者の為に戦えと言われ……それでも、戦場を与えられた事に喜び勇み。ただがむしゃらに戦ったものじゃ)
今思えば、あの頃から変わっていたのかもしれない。武蔵は戦う力の無い者を守るべく戦っていた当時の事を思い出す。あれは今思えば自然過ぎて、しかし当時の自分なら些か不思議だったと思えた。
(なんでかのう……守護者として呼ばれたから、なのかのう。気付けば女の為に刀を振るい。子に剣を教え……なんともまぁ、儂も穏やかになったものじゃ)
おそらく六百年前の自分が今の自分を見れば、あまりの堕落ぷりに嘆き悲しまれた事だろう。が、悪い気はしなかった。堕落といえば、堕落だ。剣以外の事に心を動かすなぞ、『新免武蔵』らしくもない。武蔵は自分の変遷を楽しげに思い出す。
(もしやすると但馬守は過去の儂が呼び寄せたのやもしれん)
振り切れ、と言っているのか、忘れるなと言っているのか。それは武蔵当人にもわからない。わからないが、少なくとも腹は決まっていた。そうして、彼は導かれる様にたどり着いたところに立つ一人の男へと問いかける。
「のう、宗矩殿」
「なんだ、武蔵」
「儂ら、今の方が生きておると思わぬか」
「何を今更」
愚問。宗矩は楽しげに笑いながら、言外にそう告げる。今の方が生きている実感がある。そう問われれば、両者共に即座にこう断じた。然り、と。今の方は遥かに生きていた。これに、武蔵もまた楽しげに笑って頷いた。
「うむ……あの頃の儂に言わせれば堕落しただのと言われるのじゃろうが。今の方が楽しい。剣の稽古にせよ何にせよ、楽しめておる」
日に日に老いていく自分の身体。それに負けじといじめ抜いたかつての日々。空想の中の技は磨かれ、しかしそれを体現出来ぬ事に嘆く日々。どこか焦燥感にも似たなにかを感じていた。武蔵はそう思う。そんな穏やかな顔を浮かべる彼に、宗矩が笑った。
「そうか」
「うむ……貴殿は、どうじゃ。楽しめておるか?」
「……」
宗矩は武蔵の問いかけに、一度だけ目を閉じて胸に手を当てる。そうして彼もまた穏やかな微笑みを浮かべた。
「ああ。日々の剣の稽古が、戦いがここまで楽しいとは思わなかった。ただ、義務感に似たなにかに突き動かされ、稽古を続けた。誰かと戦いたいなぞ思った事もなかった……今は、違う」
目的があり、なにかにのめり込む事はこんなにも楽しい事なのか。宗矩はかつては感じられなかった感情を胸に懐き、一切の後悔無く武蔵を見る。ここで喩え敗北し、その身を野ざらしにしたとて後悔は無い。そんな感情が彼にはあった。
「俺を、捕えるとの事だったな」
「うむ……まだ、今のお主であれば儂なら勝てる」
「はは……この柳生但馬守宗矩に、勝てると豪語した者は少ない。そしてその全てがどうなったかは、新免武蔵殿も知ろう」
「然り……が、うむ。御身はどうにもやはり真面目よ。些か思い違いをされておる様子でのう」
「ほぅ……この俺に、思い違いと説くか」
「うむ」
僅かに獰猛な雰囲気を見せた宗矩に、武蔵がいつもの朗らかな様子で頷いた。そうして、彼は道理を説いた。
「そもそもじゃ。儂も生前というべきか、そんなので敬っておるが。一応これでも凡そ七百歳よ。儂のが上じゃぞ」
「……あははははは! 然り、か」
今までお互いに地球の新免武蔵と柳生但馬守宗矩として話をしていたが故にすっかり失念していた事に、宗矩が一瞬だけ呆けて楽しげに笑い声を上げる。そうして、彼はそれならと口を開く。
「では、新免武蔵殿。この柳生宗矩に一つ、指南を頂きたい」
「よかろう」
もうこの時点で思い違いをしている。武蔵はそこにも気付いていない様子の宗矩に笑いながら、己の相棒たる異様な大剣を取り出した。
「二天一流改蒼天一流開祖宮本武蔵」
「柳生新陰流柳生但馬守宗矩」
「「……」」
お互いに名乗りを上げて、一瞬の静寂が場を満たす。
「「いざ、参る!」」
一瞬の静寂の後。両者が同時に地面を蹴る。そうして一時代を築いた男達の戦いが、誰もが憧れた剣豪二人の戦いが、その世界の者たちに知られる事なく異なる世界で始まる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




