第1953話 剣士の戦い ――暴食の罪――
少しだけ、話は離れる。どこかの世界から『暴食の罪』という魔物の残滓を手に入れた<<死魔将>>達。その彼らがどこでそれを手に入れたのか。それは当然、どこか遠くの、カイトが一度訪れた世界でだ。
が、その入手は決して簡単な事ではなかったし、その情報を手に入れるのも決して簡単ではなかった。数百年に渡る暗躍の果てに、なんとか『暴食の罪』の残滓を手に入れたのである。
「では、この建物は古代の天体観測所みたいなものだ、と」
「はい……語り部達の言葉に、こんなものがあります。はるか昔。星々の煌めきの中に厄災、生まれ出づる。人々、星渡る舟操りて……」
「草原の民の言葉だな。その後に続くのは、星渡る舟操りて厄災食い止めんとす。されど厄災、とどまるところを知らず、人々絶望に覆われん。そんな時。蒼き神何処より来たりて、人々の希望となる」
「ご存知なのですか?」
金髪の研究者が、指導者らしい男の言葉に驚いた様に問いかける。それに、指導者は一つ頷いた。
「ははは。実は祖父が草原の民でね。昔よく聞いたものだ。その後も覚えてしまったよ。最後の蒼き神。巫女を連れて何処へと渡り行く、という物語の終わりまでね」
「あはは……まぁ、それはさておいて。おそらく古代には宇宙へと進めるだけの文明があったのだ、というのは通説です」
「ああ。それ故の『帰還計画』だ」
どうやら、この彼らはカイトが見せた映像の文明の遠い子孫らしい。そしてその文明もすでに滅んだか、星々を渡れるほどの力を失ってしまったのかのどちらかで、彼らはその後継の文明というところなのだろう。故にそれを知る彼らは宇宙こそが故郷と考え、宇宙へと戻るべく進んでいる様子だった。
「はい……そのプロジェクトの一環として進められていた古代文明の解析。その結果、あの遺跡があの暗黒宙域を解析する為の重要拠点だったのではないか、というのが我々の結論です」
「なるほど……あの暗黒宙域か」
指導者は研究者の言葉に一度上を見上げる。そこには当然の様に青い空が広がっていた。が、やはり地球ではないから、見える夜空は異なる。そして見える宇宙の光景もまた、異なっていた。
そんな彼らの居る星の近くには暗黒宙域と呼ばれる光も何も無い空間がかなりの規模に渡って広がっており、特異な様相を呈していた。そんな暗黒宙域に古代の者たちもまた興味を抱いたのだろう。そう思っても誰も不思議はなかった。
「ええ。それで更に解析の結果、あそこまでの航路の様な物も見付かりました。といっても、流石に今の技術では到底敵いませんが……」
「いや、わかっているさ……とはいえ、これは一つの目安になる。古代の文明があそこまで行けたのであれば、我々もまたあそこまで行くのを目標としよう」
「はい」
目標として丁度よいじゃあないか。指導者の言葉に、研究者は一つ頷いた。そうして更に少しの間様々な報告がなされ会議は終わりとなり、指導者やその他の文官達が去っていく。
と、そんな中で最後まで研究者は残っていた。そんな彼に、スーツに似た服を来た大柄な男が声を掛ける。指導者の護衛として立っていた者だった。後片付けを手伝う様に言われ、彼もまた残っていたのである。
「お前、かなり板に付いてきたな」
「……話し掛けるな。こちらは次の会議に備えて資料を作らねばならん」
「あのなぁ……」
やはり指導者に対する顔とそうでない場所での顔は違うらしい。とはいえ、大柄な男は研究者の言葉に楽しげで、親しさというものが滲んでいた。
「にしても……あれが、伝説の勇者カイトがぶっ潰したって化け物が封じられている場所か」
「ああ……あの封印を解くのは俺達では無理だ。この星の……草原の民やあの文明の者たちでなければな」
大柄な男の言葉に、研究者が薄っすらと笑う。そう。この二人こそ、後にカイトが戦う<<死魔将>>の二人だった。彼らはカイトを強化する為のプランを幾つも用意しており、その中の一つにはこれがあった。
単に三百年前時点ではこの文明がそこまで到達出来ず、このプランが使用されなかっただけだった。が、カイトが地球に戻る事になった為、改めてこの計画は進む事になり、改めてカイトの前に出たのである。
「……何度も言ったが、取り扱いには注意しろ。完全に無の空間だ。その中でのみ、奴の侵攻を食い止める事が出来る」
「宇宙にさえ無い無の空間……それを作ってようやくか」
やっぱやべぇよな。巨漢は盛大にため息を吐いた。『暴食の罪』を筆頭にした<<七つの大罪>>。その最盛期は聞いたものの、どれもこれも自分達さえ敵う可能性が無い存在だった。
「いっそ、陛下にはあれで遊んでもらうか?」
「やめておけ。陛下が今より強くなってしまっては困る。誰が困るというと俺が困る。あの人は本当に……はぁ……本当にあの人だけはめげん。いい加減にしてくれ……そもそもの計画の第一段階として、あの人を何とかするのに俺達が動いているのを忘れてるのか? それが終わらないと勇者カイトが完全になっても意味が無いんだぞ」
「あははは」
盛大にため息を吐いて愚痴を言う道化師に、巨漢は非常に楽しげに笑う。そうして、そんな彼らはここからこの世界において二百年程度の時間を掛けて、『暴食の罪』の残滓を密かに回収する事になるのだった。
<<七つの大罪>>の『暴食の罪』。かつてカイトが『もう一人のカイト』として戦った史上最大の魔物。それの復活を受けて一旦は自暴自棄に陥ったカイトであったが、彼らしい土壇場での復帰を経て改めて冒険者達が集まり会議を開いていた。そうして、そんな中で彼は改めて何故制限時間が限られて尚、こんな所で会議をするのかを話し始める。
「で……何故こんな所で会議やってんだ?」
「そりゃ、簡単……あいつの特性に起因する。さっき言ったな? 十二時間が限度って。それはマックス。逆に縮まりゃもっと早くなる」
「「「おい!」」」
楽しげに笑いながら更に悪い事を口にするカイトに、全員が思わず声を荒げる。が、そうならない様にこそ、カイトはこの場に全員を集めていたのだ。
「違うって……これがこの『暴食の罪』の厄介な所でな。奴には生半可な攻撃は通用しない……いや、通用しないんじゃないな。ある程度通用してしまうのが、悪かった」
「? 通用するってことは倒せるって事だろ? 何が悪いんだ?」
「それ。そう思うからこそ、こいつは非常にヤバい。ぶっちゃけ、そう思って立てられたさっきの第三次作戦は大失敗。逆に地獄を見る事になった」
心底嫌になる。半ばやけっぱちな顔でカイトは笑う。そうして、彼は再度映像を再生する。
『……まさか、こいつ……』
『ブラックホール爆弾のエネルギーを……吸収……出来るのか……?』
『なんだよ、それ……』
遠くで生み出された漆黒の球体を見て、通信機の中に絶望の声が響き渡る。これにはそもそもブラックホールの意味が理解出来ないので困惑気味な者も多かったが、唯一わかった者が居た。
「ブラックホール飲み込んだじゃと!?」
「ん? ああ、ティナか。来たのか」
「お主が一向に連絡を寄越さんからのう……にしても……これは何じゃ?」
「あれの最盛期時代の映像。貴重な他世界の映像でござい」
「……」
なるほど。それなら納得だ。そもそもティナはカイトが前世において異世界を巡っていた事を知っている。なのでこの映像はそのどこかの異世界の物であり、あの魔物がそのどこかの異世界で現れた事のある魔物なのだと即座に理解した。
「……はぁ。余が攻撃せんかったのは正解か」
「正解だ……よく思い留まってくれた」
「お主があんな形相でクオンを止めたからのう。流石にこれは攻撃してはならぬと理解した……そして、もう一つ。あれの特性を理解したからのう」
どうやらティナは今までの交戦から、『暴食の罪』の特性を理解していたようだ。苦い顔だった。
「あれの特性……敵の攻撃を受け止め、吸収し肥大化する。それで間違いはないな?」
「ああ……正確にはありとあらゆる、というべきか。攻撃だけじゃなくて生物も……魔物も、無機物だって吸収する」
「む、むきっ……無茶苦茶じゃな……」
どうやら無機物さえ吸収してしまう事は、ティナをして想像を絶していたらしい。さすがの彼女も盛大に顔をしかめていた。
「ま、まぁそれはともかくとして……その分解能力とでも言うべきか、そんな存在を魔力に分解して吸収する能力。それが凡そあり得ぬほどに高い。これに間違いは?」
「そちらも、正解だ。あいつはな……攻撃すればするほどパワーアップしちまう。力技でやるなら一撃で仕留めにゃならんが……さっすがにあの大きさまでなると無理だ」
「つまりは……攻撃すればするほど……タイムリミットが早まる?」
「そういうこと」
ティナとカイトのやり取りから、この場の全員が答えを理解したらしい。つまりは、そういう事だった。攻撃すればするほど『暴食の罪』は肥大化していく。そして肥大化すればするほど、倒すのが難しくなる。
「正直、あんな空中に出てくれたのは不幸中の幸いだった。もしあれが地上に出てたら、と思うとゾッとする」
「……ねぇ、にぃー。もし地上に出てた場合ってどうなるの?」
「一時間後に終わってるな。オレはお前ら連れて地球に帰らせてもらう。ガチ無理。流石にオレにもどうしようもなくなる」
そもそもカイトは地球に帰ることが出来るのだ。それをここで全員が思い出し、そしてそれをしていない時点で、まだ勝機が失われていない事を理解する。愛する者を逃せる者がそれをしていない。それだけでまだ最悪ではない、と全員が僅かに安堵する事が出来た。というわけで、カイトはさっさと話を進める。
「……さて。じゃあ、作戦概要を説明する。まず鉄則。全員近付くな。攻撃するな。流れ弾一発でも当たれば一分時間が短くなると思え」
「それで、預言者の奴が統率する、って言ったのか……」
「あいつはなんで知ってるんだ?」
「あいつもあの場に居たからな。それで知ってるんだ」
まぁ、カイトにとってもはるか昔の事だそうなのだ。それを考えれば、過去が謎に包まれているレヴィが居ても不思議が無いのかも。全員がそう推測し、彼女ならあり得るかも、と推測する。
「で……あの『暴食の罪』をどうやって倒すんだ?」
「それは今から考える。ぶっちゃけ、もう詰んでるんだよなー……まぁ、ティナが居るからなんとかなるかも、だけど」
「お……余、頼られとるのう」
「ぶっちゃけ、お前以外無理っぽい。あいつには力技が通じないからな」
どうやらカイトが最後の最後まで絶望しないで済んでいるのは、ティナが居るからこそだったようだ。というわけで、改めて彼女にカイトはかつての全盛期を知るからこそ問いかけた。
「ティナ……これはおそらくなんだが、奴はまだオレ達が仕掛けた攻撃が効いたままになってると思うんだ」
「ふむ……そういえば、あれは確か倒されたんじゃったのう。結局、どうやって倒したんじゃ?」
そもそもの話であるが、あの『暴食の罪』は一度は倒されたのだ。宇宙さえ飲み込むほどに肥大化しようと、確かに倒されているのである。何か倒す方法がある筈。そう推測された。
「ああ……まぁ、さっき言った通り、奴は何でもかんでも吸収しちまう。なんで宇宙中の総戦力かき集めて太陽系ぐらいにまで削りまくって、そっから無の空間創り出して」
「待て。無を創り出した?」
「ああ。そうしないと光というか恒星の熱を吸収して肥大化するからな」
「……」
あ、なるほど。これは確かに幾つもの星が滅びるわ。カイトの述べた解決法を聞いて、ティナは心底最盛期に出会わなくて良かった、と安堵する。
「ほとほと、勝ち目のない戦いとは嫌なものじゃ。無を創れと余に言うか」
「……無理?」
「無理じゃな」
カイトの問いかけに、ティナは笑いながらはっきりと明言する。そうして、彼女のはその理由を口にする。
「そもそもじゃぞ? 無のサンプルが見つかったのがついこの間じゃ。まだ作れん。いくら余が天才じゃろうと、時間が足りぬ……試しに、じゃが。その文明はどうやったんじゃ?」
「ん……基本はお前が言った通り。宇宙空間に出ていた事で、無のサンプルが手に入っていた。なんで無という概念を創り出した形だ。恒星を動力炉にしたりして、規模はデカイけどな」
「ま、それについては問うまいよ。なにせ概念を創造する理論さえ出来てしまえば、さほど難しくはあるまい。恒星を動力炉にした、とは仰天じゃが、それなら出力としても不可能ではあるまいな」
難しくはない。ティナは規模さえ問われないのであれば、無の概念を創り出した封印空間を作り出す事が無理ではないと明言する。が、そんな彼女とで現段階での行使は不可能と断ずるしかなかった。
「ふむ……ダメ元じゃが。お主その無の概念を生み出す魔術を使えんのか?」
「キツい。技術の範疇の関係から、封印が掛かっちまってる。エネフィア、地球の両世界の技術力を大幅に上回るから、知識提供の限度を越えちまってるみたいだ。後百年、水準が低ければ使えなくもないが……制限の関係でブラッシュアップされた技術だ。そっちもキツい」
「封印?」
「ああ。まぁ、お前にゃ前に語っただろうが。オレの魂には数多の世界の知識が蓄えられている。その中の幾つかには安易に提供出来ない様に、世界側からの封印が掛けられちまっている。解けない事は無いが……」
「解くには時間が必要、と」
「そうなる。非常時に使えるもんじゃない」
ティナの推論にカイトは一つ頷いた。世界は交流を望むが、同時に安易に交わる事で技術が歪な進化を遂げる事を厭う。結果、カイトの知識には大幅な制限が掛けられてしまっていたのだ。
というより、そうでなければセレスティアの異世界がエネフィアと同程度の技術水準である事に説明が出来ない。カイトが教えられる知識には限度があるのである。
「ま、そこは良いか。それで無の空間に封じ込めて、自壊の魔術を強制的に使わせた」
「なるほどのう……弱いが故か」
「そう。弱いが故な」
「どういう事だ?」
カイトの言葉の意図を理解したティナに対して、やはり古馴染みの冒険者達と言えども理解出来る者は少なかった。故に出た質問に、カイトは笑う。
「お前らも分かるだろうが……あいつは雑魚は雑魚なんだよ。レギオン種に過ぎんのは過ぎん。ただ肥大化して手に負えない、ってだけで。だから、操れちまう。簡単にな」
「てわけで、膨大な魔力を背景に自壊させる魔術を使わせたんじゃろう。膨大な魔力を溜め込んでおる以上、それをエネルギー源としてしまえば後は自壊するのみよ」
「はー……やっぱ賢い奴は考える事が違うなぁ……」
凡そカイト達の話は理解出来ないまでも、エネルギーの供給を絶ってその上で自壊させる手段というのは理解できた。ただ自分達の想像出来ないぐらい規模が大きいだけ。それに過ぎない、と全員が直感的に理解したらしい。
「ま、相当な時間は掛かろう。消滅までにどれほど時間を要した?」
「オレも最後までは見てないが……完全消滅までは一万年との事だ」
「い、一万……」
「なんだそりゃ……」
完全消滅まで一万年。それはカイトが共に戦った文明が滅びる筈である。そんなぶっ飛んだ桁に誰もが驚きを隠せないでいたが、ティナは道理と捉えていた。
「ま、妥当かのう。凡そ最後は魔力が減るから比例して速度も落ちる。となると、銀河系をも飲み込む領域にまで肥大化したのであれば、それに応じて最初はとてつもない速度で削られようが、最後は消滅の速度も落ちる」
「当時の学者達もそう試算した。幸い、宇宙空間だから風化を考えなくてさほど良い。なんで一光年ほどすっぽりと無で覆い尽くして、その中に封印。一万年先に終わっている事を祈って、終わりだ」
「まるで神話の戦いじゃな……」
あまりに規模が大きすぎる。ティナは聞いた戦いにため息を吐いた。とはいえ、これで倒せる事は倒せると理解した。無を創り出す事は難しくとも、参考にはなる。
「で……先のお主の話。まだ自分達の攻撃が効いておるのではないか、というのはこの自壊の魔術じゃな?」
「ああ。奴の肥大化の速度がオレが知るより随分遅い。そちらの魔術はさほど高度なものじゃない。後でお前に送る」
「なるほど……わかった。しばし時間をくれ。解析し、なんとか手を考えよう」
「頼む」
兎にも角にも現状では攻撃も出来ないのだ。それで肥大化はある程度は食い止められるが、食い止められるだけだ。と、そんな会議を行うユニオンの上位陣達のところに、ユニオンの職員が慌てて駆け込んできた。
「皆様に報告! 巨大レギオン種が降下を開始しました!」
「「「っ!」」」
「カイト!」
「ああ! どうやら奴さん! 肥大化がある程度まで出来たとして本気で星を食いに来たようだな! 手はある! 全員、行動開始だ!」
「「「おう!」」」
カイトの号令に、全員が一斉に立ち上がる。そうして、残り十二時間のエネフィアの命運を掛けた絶望的な戦いが開始される事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




