第1952話 剣士の戦い ――暴食の罪――
<<七つの大罪>>。そう名付けられたという魔物の一体『暴食の罪』の出現をきっかけとして、遂には『守護者』までもが現れる事態となってしまう。そうして『暴食の罪』の生み出した魔物との戦いが続く中、カイトはユニオンの主力達とに向けてかつて自身が見たものを語っていく。
「……オレが奴と出会ったのは……いや、正確にはオレが会ったわけじゃない。前世のオレ、というべきか……まぁ、そんな所が出会った」
「確か……前に貴方が言っていたもう一人の自分……という所ですか?」
「ああ」
「もう一人のお前?」
アイナディスの言葉に頷いたカイトに、バルフレアが不思議そうに問いかける。普通なら<<原初の魂>>と思える言葉ではあったが、何か違う様な気がしたらしい。そして事実、そうではある。が、今ここでそれを語れる時間は無かった。
「そこはどうでも良い。<<原初の魂>>の一人と思っておいてくれ……そのオレが、出会ったんだ。奴とはな」
「……で、それでどんな奴なんだ?」
「どんな奴、か……そうだな。それを語る前に、最強最悪の魔物ってどんなのだと思う?」
バルフレアの問いかけに、カイトは少し考えた後に逆に問いかける。そんな彼の視線を受け、ソレイユが口を開いた。
「戦闘力が強いの?」
「それもある。他には?」
「えっと……あ。倒せないの」
「ま、そうだな」
ソレイユの言葉に、カイトは一つ頷いた。倒せない。それが聞きたかったらしい。
「じゃあ、どんな魔物が倒せない魔物だ?」
「え? えっと……強いの?」
「ああ。純粋に強ければ、倒せないな……他には?」
「え……えーっと……」
カイトの問いかけに、ソレイユは今度はしばらく悩む。が、それを待っているわけにもいかないので、カイトは他に話を振った。
「カリンは?」
「うん? そうだねぇ……例えばあいつみたいな、とかかい?」
「正解……でもそれを言っちゃぁ、面白くない。何か無いか?」
「ふむ……ああ、増殖とかされるとめんどいね」
「ああ、それも正解だろう」
倒しても倒してもキリがない。倒せる事は倒せても、同時に倒しきれなければ倒した事にはならないだろう。故にカイトはこの答えもありと認める。そうして三つほど出た所で、カイトは話を進める事にした。
「ま……ここらは色々とあるとは思うがな。先の<<七つの大罪>>はその特性がそれぞれ別で、七つの大罪に当て嵌められる様な性質を持っていたんだ。だから、<<七つの大罪>>」
「つまり、お前が思う最強の条件を満たした化け物共、って事か」
カイトの言葉に、バルフレアが一つ噛み砕いて告げる。これに、カイトは一つ頷いた。
「ああ……傲慢なる破壊者『傲慢の罪』。他者の強みをコピーする『嫉妬の罪』。何もかもを破壊しつくす『憤怒の罪』。他者を侵食し自身のコピーとしてしまう『淫蕩の罪』。周囲の全てを止める『怠惰の罪』。すべてを奪い去る『強欲の罪』……そして、何もかもを食らい肥大化する『暴食の罪』」
『暴食の罪』。そう言ったカイトは改めて外を見る。それだけで、彼はかつての戦いの記憶がフラッシュバックする。あの当時の多くの仲間が、あの魔物に食われて死んだ。その忌まわしい記憶が、彼を苛む。が、彼はそれを頭を振って、追い出した。
「っ……どれもこれもが、銀河単位で破壊を撒き散らした化け物だ」
「……ぎんが?」
「あははは……ま、そうなるだろうな」
なにせ規模が違う。厄災種とてせいぜい国一つ、大陸一つだ。それに対して、<<七つの大罪>>は全て銀河や太陽系単位で星々を滅ぼしてきた魔物達。星単位という単位を一気にすっ飛ばしたのだ。正真正銘、厄災種とも格の違う存在だった。
「……何十万単位じゃない。何億単位でおそらく犠牲を出した化け物だ。実際……最盛期の『暴食の罪』は何十億は死んだと言われている」
「言われている……ってことは、お前も知らないのか?」
「知らん……成長具合から察するに、それだけの犠牲が出ただろう、って学者達が言ってただけだ」
どこか呆れる様に、カイトはカリンの問いかけに笑う。数十億の生命が失われ、数百の星が消失し、ようやく討伐されたのが『暴食の罪』だ。と、そんな事を聞くカリンに対して、クオンは単刀直入に結論を聞いた。
「それは良いわ……どうやったら、あれを倒せるか。重要なのはそれよ」
「……どうやったら倒せるか、か……」
ぶっちゃけ、倒せたわけでもないんだがな。カイトは復活しようと自身に呼び寄せられる魔物を食らっては肥大化する『暴食の罪』の残滓を見ながら、僅かに肩を震わせる。
「ぶっちゃければ、無理だ。倒し方がない」
「「「は?」」」
「……そうだな。さっきのオレの問い。どんな魔物が最強か、という話……あれの特性は肥大化。本来は成長……と言うべきなんだろうが、そうも言えん様な醜悪な肥大化だ。それにとてつもなく特化した魔物だ。周囲のありとあらゆる……そう、空間以外の本当にありとあらゆる物を吸収し、肥大化する」
「……よくある魔物の特性じゃないか」
「そうだ……だからこそ、最強なんだ」
古馴染みの言葉に、カイトは心底呆れる様にため息を吐いた。そうして、彼が告げる。
「魔法とか世界のシステムを弄る系の力が付与された存在ってのは、正直世界もどうにか出来るんだよ。なにせ変えた法則の更に上に世界は居るわけだからな。魔法は世界の法則を変えるが、世界そのものも法則を変えられる。単に変えなくても良いから変えないだけだ」
「世界の意思……ね」
「ああ。単に世界の意思が魔法を認めるが故に魔法は存在し得る。が、逆に世界が認めなければ、魔法だろうとなんだろうと即座に修正されちまう。だから、例えば裏技じみた行為で作られた魔物なんて本気になった世界の前じゃあ雑魚同然なんだ」
カイトに言われてみて、全員が何となくではあったもののその言葉に納得する。元々世界に意思がある、というのは知られていないわけではない話だ。
そしてこの場の面子の少なくない者たちは一見すると脳筋に近いが、決して愚かでもバカでもない。本能的にせよ何にせよ、世界の本質は理解していた。故に世界の意思があると直感的に認識している者もおり、そういう事も起こり得るだろう、と理解したのである。
「じゃあ、逆に。世界が対応出来ない存在とはないか、と言われるとルールに則って動く存在だ。世界はルール違反に対しては強く出られるが、ルールを守る奴には強く出られん。もし出るとすると、それはあまりに周囲の被害が馬鹿にならない場合のみ。そしてその場合に出るのが……」
「『守護者』、ね」
「ああ……クラス4以上の『守護者』……『大守護者』や『守護神』。全てを破壊してでも、世界を守る存在。それが出る事になる」
ぞっとしない話だ。カイトは笑う。そうして、そんな彼が告げた。
「……はるか昔の事だ。オレがあれと出会ったのは……その当時、『守護者』なんてなかった……ま、当然か。あんな奴らが出て来たから、世界が世界を守る為に作り上げたのが『守護者』なんだからな」
「ならどうやってあれを倒したんだ?」
「その当時の、その世界の人類が総力を上げて戦った。今のエネフィアも今の地球も……それら二つを合算したよりはるかに多い戦力と月日を掛けて、本当に人類の存亡を掛けてな」
カイトは目を閉じて、はるか彼方の記憶を呼び戻す。そうして、彼は論ずるより見せた方が早い、とその当時の記憶を再生する。
『第三艦隊! 補給に戻ります!』
『第五十八艦隊! 戦線復帰! 第十三宙域! 戦線膠着! なんとか持ち堪えられます!』
「これ……は……夜、か?」
「いや、宇宙だ。あの青空の更に先。その世界だ」
見えたのは、飛空艇にも似た宇宙船。それも無数の宇宙船だ。それが、星々よりも遥かに巨大に肥大化した『暴食の罪』と戦っていた。宇宙船の数は星々の煌めきよりはるかに多く、飛び交う光線と爆雷の数は更に莫大だった。それを、カイトは見ていた。
『……』
『たらふく食って、でかくなったものだ』
『隊長』
記憶の中のカイトが、一人の妙齢の女性の声に振り向いた。そうして見えたのは、やはり妙齢の女性だ。が、衣服はどこかカナタやコナタが好む近未来的な衣服に似ており、絹などではなく合成繊維である事が察せられた。宇宙空間を進む数多の宇宙船と良い、明らかに技術力はエネフィアと地球の両方を合わせたより遥かに高い様子だった。そんな彼女に、カイトが問いかける。
『あいつは?』
『殺気立っている……当然だ。私とて……』
『……』
激しい怒りの滲む妙齢の女性の言葉に、カイトは再度振り向いた。そうして、彼もまた妙齢の女性と同じく『暴食の罪』を睨む。
と、そんな彼の更に背後でぷしゅっという音が上がり、二人がそちらを振り向いた。そこに立っていたのは、妙齢の女性より数歳年下の青年男性だ。その顔は殺気立っており、目は血走っていた。
『……隊長。次の出発は?』
『まだ決まっていない』
『……決まったら、呼んでください』
『わかっている』
しゅっ、という音が鳴って、再度男が戻る。その背を見送って、カイトが口を開いた。
『……追わないんですか?』
『……お前が、追ってやってくれ。私にだけは、見られたくないはずだ』
『……そう、ですね』
去っていった男の背をカイトが追い掛ける。が、流石にここからは関係が無かったのか、映像が途切れて別の場面へと移動する。そうして見えたのは、今度は無音の世界だ。と言っても宇宙空間に居るのではなく、魔導機に似たなにかのコクピットらしい。
『オペレーター。こちらコード<<メビウス>>。これより作戦行動に入る。第三次作戦の進行度を改めて報告してくれ』
『はい……『暴食の罪』討伐作戦の進行度は三割。後一週間、耐えてください』
『あははは。絶望的だな』
『わかってるんです、皆……だから、言わないでください』
笑うカイトに、どこかから女性の声が響く。それにカイトもまた魔銃を構えて笑った。
『わかってるさ。だから、輪番制で全員で戦ってるんだろ』
『ええ……っと』
『ん?』
『私も交代の時間です』
輪番制で戦っていて、カイトはこれから作戦に入るという。なのでオペレーターもまた交代の時間なのだろう。そうして、カイトはオペレーターが切り替わるのを聞きながら魔導機に似たなにかのコクピットの中で引き金を引いた。そうして閃光が迸るのを見ながら、『暴食の罪』から生み出される無数の魔物を相手に戦闘を繰り広げる。
『カイト』
『っ……大丈夫、か?』
『いつまでも泣いてちゃいられないわ……それに、兄さんカンカンでしょ? 誰かが、抑えてあげなきゃ』
『ああ……あいつは怒ると見境ないもんな』
カイトの目から涙がこぼれ落ちて、こぼれ落ちた涙がコクピット中で玉となり宙を漂う。そうして、カイトは一通りを語ったと指をスナップさせて映像を消失させる。
「……こんな戦いだ。規模がデカすぎる話だが……」
見ても実感が無い。そんな古馴染み達を見ながら、カイトは苦笑する。当然だ。いわば今は中世の者たちに宇宙戦闘を見せた様なものだ。規模がわからないのが当然だし、何がなんだかさっぱりだろう。とはいえ、とてつもなく巨大な『暴食の罪』は見た。故に、その巨大さは理解出来た。というわけで、バルフレアが問いかける。
「あ、あー……つまり、なんだ? 奴を放っておくと、そのうちエネフィア全部を食い尽くしちまう、って事か?」
「ああ……その前に世界は奴を倒そうとして、『暴食の罪』に対抗できる存在を生み出す……つまり、『大守護者』以上の『守護者』をな」
「そしてそれが出るまでの残り時間が……」
「ああ……残り十二時間だ。参るよな」
どこか呆れる様に、カイトは肩をすくめる。残り十二時間以内に討伐出来なければ『大守護者』が出て、エネフィアごと『暴食の罪』を抹消する。世界そのものが滅びない為、エネフィアを犠牲にするのだ。それが、世界の決定だった。
「っ! なら急がないと!」
「ストップ。それがわかってて何故オレがこんな所で呑気に話してるか。そこを聞けよ」
残り時間が定められていて、こんな所で呑気にしているわけにはいかない。しかも相手の特性から刻一刻強化されていくのだ。遊んでいる時間なぞ無い筈だ。が、それを誰よりも理解している筈のカイトが、この場で呑気に『暴食の罪』について語っている。その意味は必ずどこかにある筈だった。そうして、カイトは自身が何故こんな所で呑気にしているか、を語る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




