第1950話 ユニオン総会 ――災厄――
ユニオン総会が行われる『リーナイト』上空に現れた、醜悪な肉塊。道化師の手により調整されたそれは七人衆達の手により『リーナイト』へと移送されると、またたく間に騒動を巻き起こしていた。そんな光景を、石舟斎と宗矩の二人は遠目に見ていた。
「……なんと、凄まじい」
「……道理ですか」
「む?」
「あれには決して近付くな。道化師殿のお言葉です」
石舟斎の視線に、宗矩は僅かに苦笑する。彼らも十人の戦士達の事は見ていた。故に、先行した五人の戦士達があの肉塊に着地するや即座に取り込まれたのを見ていたのである。
近接戦闘こそを主とするのが柳生親子だ。もし迂闊に近付けば、容易に取り込まれる事になりかねない。近付くな、という助言は正しかった。そうして、彼は石舟斎へと推測を語る。
「おそらく、あれには対策という対策は通用しないのでしょう。どれだけやれば通用するのか、というのは不明ですが……おそらく道化師殿が我らに不可能と言い……エネフィアさえ滅ぶというほどだというのです。おそらく、私や父上では到底不可能かと」
「……ま、そうなのであろうな」
どこかつまらなそうに、石舟斎は肉塊を見る。そんな彼らは解き放った瞬間を知っていればこそ、この魔物のさらなる異常性を理解していた。
「にしても……あそこまで大きくなるとはのう」
「もう城ほどの大きさになりましたか」
「うむ……」
最初は体育館ほどの大きさだったのだ。それが今はもう、超高層ビル並の大きさになっている。これがどういう特性により引き起こされているかはさっぱりであるが、確かにこれなら安易に使えばエネフィアが滅びるというのも納得出来た。
「……にしても、実につまらぬ。死ぬ気でも切れぬとは」
「ええ……」
流石に宗矩も石舟斎も近付かねば切れない。無論、斬撃を飛ばせるので切る事そのものが不可能ではないが、あれはその程度で倒せる魔物ではない。ならば近付かねばならないが、近付けばそれだけで取り込まれる。そしてそうこうしている間に、どうにもならないほどに巨大化してしまうだろう。そんな末路が、二人には見えた。
「……とはいえ、そうなると一つ気にはなる」
「? 何がですか?」
「いや……そもそもあれは死に体。最盛期には程遠い魔物なのであろう?」
「はぁ……たしか、道化師殿はその様に」
「どの様に倒したのかのう」
「そういえば……」
一見すると攻略不可能な最凶最悪の魔物にも思えるが、道化師は確かに一度は滅ぼされていると言っている。であれば、何かしらの倒す方法があった、というわけなのだ。
「ま。どちらか生きておれば、最後まで見届ければよかろ」
「左様で」
どうせこの魔物が討伐されるまでには、自分達の今生最大の戦いは終わりを迎えるのだ。そうなる様に手は打った。であれば、運良く生き延びれたのならこの戦いの末路を見届けるだけだ。そうして、二人は自分達の敵との戦いまでの僅かな間、最後の一時を冒険者達と肉塊の戦いを見守る事にするのだった。
さて石舟斎と宗矩がカイトと武蔵との戦いに備えて遠くで待機していた、一方その頃。カイトはというと丁度休憩が終わり、総会も最後の一コマに参加する事になっていた。
「うーん……一応学校の先生として参加したけどさー。暇だよねー」
「先生って……先生が生徒の後ろで呑気に漫画読むなよ」
「先生だけどその前に家族ですのでー」
カイトの言葉を灯里は軽くスルーして、スマホ型通信機の中にデータ形式で保存されている日本の漫画を読み耽る。これだけ時間があったのだからすべて読破していそうなものなのであるが、実際にはこのスマホ型通信機の中には数万冊どころか数十万冊の本――漫画や小説以外も含むが――が収められているらしい。
<<無冠の部隊>>と共に活動する事になったので、ティナが地球で得た情報や本などすべてを入れた通信機と交換したのである。
研究開発には地球の辞書や辞典、大学の専門書などが必要だろう、と判断したのである。まぁ、ティナと並んで専ら漫画を読んでいたりするので、かなり公私混同している様子ではあった。とはいえ、そういうわけなのでどれだけ時間があってもまだまだ読み切れていないのであった。
「あんたな……まぁ、あんただしオレだから良いんだけど」
「わーい」
「せめて反応ぐらいは普通にしてくれません!?」
反応さえおざなりな灯里に、カイトが思わず声を荒げる。とはいえ、そもそもそんな事を言うのであれば彼も黙って会議を聞いておけ、と言う所である。が、先に瞬に言っていた通り、現状何もする事が無いのだ。故に彼も彼でかなり暇をしていたのであった。と、そんな彼にユリィが口を開く。
「カイトー。五月蝿い」
「ブルータスお前もか……」
「ユリィです」
「……」
もう良いや。こちらもこちらで完全におざなり――同じく地球の漫画を読んでいた為――なユリィに、カイトは自分も好きにする事にする。この二人だ。何を言っても無駄であるぐらいわかっていた。
「ふぁー……」
後三時間ぐらいか。カイトは時計を見ながら、小国で起きていたトラブルなどの話を小耳に挟んでおく。流石にここらの小国になるとカイトとしても大半の名前は知っているもののマクダウェル公としてさえ関わるとは思えず、殆ど右から左へ聞き流していた。と、そんな話し合いの最中。唐突にバルフレアとレヴィの二人に報告が入ったらしい。バルフレアが中座を告げる。
『っと……悪い。少し報告が入った』
『議論は一時中断だ。しばらく待て』
やはり会議を遮ってまで入ってきた報告だ。二人にしても若干だが困惑と真剣さが滲んでおり、数度頷いていた。
『……あぁ? それならバーンタインやらに頼めよ』
『それでもどうにかなっていない、という事だろう』
どうやらシステム側の手違いか、それとも焦っていたからかスピーカーを切り忘れてしまったらしい。バルフレアとレヴィの会話が僅かにだが漏れ聞こえる。
『……ちっ。レヴィ。こっちは俺が統率して話は進めさせておくから、お前に頼んで良いか?』
『……まぁ、良いだろう。一応念の為、アイナディスは借りていくぞ。あいつならソレイユとフロドも動かせるからな』
『ああ。悪いが、頼んだ』
今年はトラブル続きか。バルフレアはため息混じりに、昇降機から飛び降りて外に向かうレヴィの背を見ながらそう呟いた。と、そんな彼はレヴィに後を任せると、改めてスピーカーに向かう。
『ああ、悪い。少し外でトラブルが起きてるみたいだが……まぁ、預言者が向かったから問題はない。話を続けよう』
一応外のトラブルは聞いているが、バルフレアは度量を見せるべきとして敢えて平静を装って議論を進めさせる事にする。なお、レヴィに任せたのは彼女が一応はユニオンの一職員でしかなく、彼女でなくても司会進行は進められるからだ。一方、バルフレアは議長。相手が冒険者達である事を鑑みれば、彼が居ないとどうにもならない。
『で、ラダリアで起きていた大捕物だが……』
『研究所への横槍ねぇ……』
『何を考えてたんだ……?』
話し合われていたのは、カイトの渡航に合わせて行われたラダリアでの研究所の隠蔽工作だ。そこをきっかけとしてレヴィが動き、研究所の調査に横槍を入れていた者たちの存在を掴んでいたらしかった。そこからかなりの大物が捕らえられたとの事で、彼が依頼を受けて研究所に誰も入らない様に横槍を入れていた、との証言を行ったとの事であった。と、そんな話の一方でカイトとユリィは先程のバルフレアとレヴィの一幕について話し合っていた。
「ねー、カイトー。あっち行く? 抜けるのに良いきっかけじゃない?」
「まー、確かにそうかもなー」
どうせこのまま居た所で必要だろう情報が手に入るとは思えない。先のラダリアの話はレヴィが動いて大物政治家が捕らえられた時点で彼にも連絡が入っており、今聞ける内容で真新しい物が無い事を彼が一番よく知っていた。他にしたってカイトの繋がりからユニオンからは常に情報が入ってくる。気にする必要は無かった。
「あ、何々? 終わり?」
「終わりでも良いかなー、って思ってる」
「実際、もう居るだけだしねー」
どこか期待が滲む灯里の問いかけに、カイトもユリィも一つ頷いた。すでに瞬には休憩後は好きにして良い、と告げてあるし、実際前半来ていて後半居ない、というのが体面上あまり良く無いか、と思い参加しているだけだ。
というわけで、もし増援の要請があればそちらを優先しても良いかな、と思ったのである。理由が無いから参加しているだけで、理由があれば参加しないで良いのだ。しかしそれも必要が出ればの話だ。
「まー、強いて面倒をしたいわけでもないし。討伐がこのまま進むんなら、こっちでのんびりだな」
「そかー……残念」
「あはは」
灯里の言葉にカイトは笑う。もう話す事もなく、どちらも暇を潰しているに等しい。と、そんな事を話しながら暇をつぶしていると、唐突にけたたましいアラート音が鳴り響く。
「何、これ」
「……これは……」
「うそ……そこまで?」
カイトは知ってはいたが聞いた事が無かったものの、ユリィは聞いた事があったらしい。カイトがどこか訝しげだったのに対して、彼女は大いに目を見開いていた。そんな彼女の様子で、カイトはこれが何なのかを理解する。
「緊急事態時のアラートか?」
「うん……街全域に戦闘態勢を整える様に報せるアラート。総会中に出されるのは初めて……じゃないかな」
やはりこの状況だ。ユリィも大いに驚いていた。と、それはバルフレアも同じで、彼の顔にも困惑が浮かんでいた。
『全員、議論は一時停止だ。すぐに戦闘用意を整えながら、そのまま待機してくれ。こちらで状況を』
『全員、聞こえているな! 時間が無いので一度しか言わん! 武装を整え、今すぐ外に出ろ! 最大級の準備を整え、どんな状況にでも対応出来る様にしろ!』
『!? ウィザー!? 何事だ!?』
『最悪の事態だ! 詳しい話は外でする! 今すぐ来い! わかっているな! 全員だ!』
驚いた様子のバルフレアの言葉に、レヴィが声を荒げる。バルフレアをして、この三百年でここまで慌てる彼女を見たことがない。それほどの慌てようだった。その一方、カイトもユリィも彼女の言葉の意味をしっかりと理解していた。
「全員……」
「つまりは、オレ達も来いか」
全員。それを強調する意味は、カイトも必ず来いという意味に他ならなかった。つまり、それほどの事態が起きている事に他ならなかった。というわけで、カイトは即座に立ち上がる。
「灯里さん」
「ふぇ!?」
「悪い。今は時間が無いらしい」
流石にこの状況だ。灯里を守りながらなんとかなる状況では無いかもしれない。故にカイトは彼女をお姫様抱っこすると、有無を言わさず歩いていく。
「ティナ。状況は?」
『わからん……が、レギオン種のやばい魔物が出た模様でのう。中々に苦戦しておる様子じゃ』
「そうか。お前は今どこに?」
『艦隊じゃ。部隊は一条に預けた。迂闊な事はせぬように告げておる』
「助かる」
どうやら、カイトが何を求めるかわかった上で行動してくれていたのだろう。それにカイトは一つ礼を述べると、改めて灯里へと告げる。
「灯里さん。即座にティナの所に送る。そちらで安全を確保しておいてくれ」
「おっけ……というか、早くしてくれると嬉しい」
流石に灯里もカイトにお姫様抱っこされるのは恥ずかしいらしい。顔を僅かに赤くして顔をそむけていた。そうして、彼が転移術でティナの所へと灯里を送り届ける。
「さて……」
「じゃ、私達は行こっか」
「おう」
これで、足かせは無くなった。後は戦うだけだ。カイトとユリィは一つ頷いて、慌てふためくユニオン本部を歩いて外へ出る。が、外に出て上を見て、カイトは思わず脱力する事になった。
「え……?」
「カイト!?」
「嘘……だ……だって……あいつは……」
見えた光景に、カイトは顔を真っ青にして膝を屈する。あれだけは居て欲しくない。そんな感情が見え隠れしていた。そうして、カイトは過去の厄災の復活を目の当たりにする事になるのだった。
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