第1947話 ユニオン総会 ――孤軍奮闘――
ユニオン総会最終日となる四日目午後。そこでは最後となるアニエス大陸の議題が話し合われる事になっていた。そこにカイトはラエリアの政変に関わった者の一人として、そして近々大地の賢人に会いに行く事もあって参加する事になっていた。
「というわけで、ウチとしては基本はラエリアの依頼に関わるつもりは無かったし、今も無い……そもそも、大大老達は利用しようとした側だ。現状、安定はしつつあるが……下手に関わりたくはない、が正直な所だ」
『……じゃあ、こっちにはよほどが無いと来ないと?』
「ああ。今回の渡航の様にシャリク陛下からの報奨の件や総会などの特別な事情が無い限りは、今の所関わるつもりはない。無論、依頼を受けようとも思わん」
カイトは強く念押しするギルドマスターの一人に、改めてはっきりとラエリアに率先して関わるつもりはないと明言する。あくまでも冒険部は天桜学園としての地球への帰還を目的としたギルドだし、更には帰還も旧文明の遺跡の調査が主目的で良い。殊更他ギルドの領域を荒らすつもりは無かった。そうしてそんな彼の明言と断言に、質問者のギルドマスターが頷いた。
『それなら、問題はねぇ。まぁ、先の内乱じゃあウチも金貰って雇われたクチだ。お前らがどんな報酬を貰おうが口出しはしねぇ』
「では、問題はないな。ウチとしても事の発端が発端故に関わらざるを得なかった……オレとしての私怨もあるが」
『あぁ、そこはかまわねぇよ。私怨で依頼受けたって問題視する奴がここの何処にいるよ。ギルドとしての利益まで上げてんだってなら、誰も文句は言えねぇさ』
カイトの一応の言及に対して、ギルドマスターは楽しげに告げる。そしてこれは冒険者の基本的な方針で間違いない。時として私怨を交えながら行動する。そんな冒険者は多かった。
故に、アニエスの冒険者達は自分たちの領域を侵さないのなら、と追及の手を止める。困るのは冒険部に自分達の利益を食い荒らされる事。それさえないのなら、上手く付き合えるのだ。
『おし。じゃあ、ゲストへの質問はこれで良いな。で、引き続き今後だが……』
バルフレアはこれで異論はないだろう、とカイトへの若干の追及となっていた議論を終わらせると、改めてユニオンとしてのラエリアとの付き合い方を語る。
『というわけで、基本はさっきのカイト達の顔を立ててくれてる形にはなる』
『まぁ、こっちは妥当か』
『確かにあいつの孤軍奮闘は凄まじいものがあったなぁ……』
ユリィが居たという事実はあったものの、基本的にあの戦いで中心となったのはカイト以下冒険部の面々やカリン達、ソレイユ達だ。そこにレヴィが参謀に居たという事で、シャリクはユニオンに全面的な譲歩の姿勢を示していた。
無論、ここには早急な治安回復を望んだラエリア上層部の意向が大いに反映されている。下手に要求を示してユニオンという大組織と揉めるより、趨勢が決まった段階で取り決めを交わす事で早々に決着をつける算段だった。そしてバルフレア達ユニオン上層部としても自分達を疎ましく思う大大老や腐敗した貴族は邪魔だ。早々に同意が得られ、結果としてユニオンがラエリアの背後についた事で早々に治安回復を行えたのであった。
『まぁ、これについては冒険部以下、参戦したギルドにはユニオンより追って感謝の証として書面でも送る。適当に額縁に飾るなり捨てたりしておいてくれ』
「よ、良いのか、それで……」
「良いんじゃない? 持ってても無駄だろうし」
「あっはははは。ま、荷物になるだけだし、金銭的な価値は一切ないからな」
バルフレアの言葉に呆気に取られる瞬に、灯里とカイトは気楽に笑う。実際、単にユニオンから頑張りましたね、という様な形で褒められるだけだ。ユニオンも組織だから必要な物であるだけで、送る側も貰う側もさほど重要視していなかった。
「な、何か使い道は無いのか? 一応はユニオンの感謝状だろう?」
「使い道ねぇ……」
何かあったか。考え込むカイトであったが、彼が考えつく前にユリィが口を開いた。
「あ、敢えて言えば貴族から依頼を受ける時には若干加点にはなってくれるかも?」
「何故疑問形なんだ……?」
「必要無いからじゃないかな」
首を傾げる瞬に対して、灯里が口を挟む。これに、瞬は再度首を傾げた。
「必要無い、ですか」
「うん。だって賞状貰ったからって偽装出来る物でしょ?」
「流石に数百枚も偽装防止を施した賞状は用意できんからな。第一、賞状一つにしたってユニオンからの賞状である以上はバルフレアのサインが必須だ。量産はキツい」
賞状という以上、それはその者ないしギルドの功績を称えるものだ。が、地球の賞状がそうである様に、何から何まですべてをゼロから書き起こして手書きしていたのでは日が暮れる。
なのである程度のテンプレートを構築し、そこにサインやハンコを押すのである。が、そのハンコを押す作業とて非常に手間になる。一々偽装防止策を施して、としていられるわけがなかった。というわけで、そんなカイトの言葉を聞いて灯里が一つ頷いた。
「なら、偽装かもしれない賞状なんて貴族達が信じちゃくれないでしょ。それになにより、調べたら分かるし。国なんだったら受諾したギルドや冒険者のログぐらい取ってんでしょ。なら、必要無いんじゃないかな」
「な、なるほど……」
やはりさすがはティナをして恐れさせる知性の持ち主と言う所なのだろう。灯里の指摘は筋が通っており、そして事実これが真実だった。
「ま、そういう事だな。どうやっても偽装出来る程度の物しか作れない。結果、本当に形としての意味はないさ……まぁ、ウチみたくあそこに参戦したのが確定で分かるのなら、話は別だがな」
「そうなのか」
「ああ。一応持ってますよ、と言うだけだがな」
「結局、意味はないのか」
結局はそれか。カイトの言葉に瞬はどこか鼻白む。結局、大した役には立たないらしい。それを理解する。そうして、更にラエリアの事が話し合われる事しばらく。話はグリム達に飛んでいた。が、やはり南部軍でもかなり有名所だったのだ。北部軍に所属していたギルドやらからかなりの追求が飛んでいた。
『あくまでも依頼に過ぎん。そこにそちらとこちらに何も違いは無いだろう』
『はっ……金の亡者がよく言う』
「さて……」
まぁ、こうはなるだろうとは予想していた。それ故にカイトは少し楽しげではあった。と、そんな彼に灯里が問いかける。
「あれ、カイトのお知り合い?」
「ああ。ついこないだ来た奴だ。オレが、シャリク陛下へと仲介した」
「……それ、ウチに飛び火するわね」
「するな」
灯里の言葉に、カイトはやはり楽しげだった。これに灯里は久方ぶりに教師の顔を一瞬だけ覗かせる。
「カイト、あんた少しは報連相しなさい」
「してるさ。ただ、しなくて良い事までしないってだけで」
「ま、あんたがそう判断したなら大丈夫なんでしょうけど」
結局、灯里としてはそこに終始する。そもそもカイトが冒険部への飛び火覚悟でグリムをシャリクへと紹介したのだ。であれば、この程度の難局は難局とも思っていないのだろう。というわけで、そんな事を話している間にカイトへと飛び火する事になった。
『……あ?』
『だから、仲介を受けたのでそれを受けたに過ぎない、と言ったのだが』
『……おい、ちょいそこのガキ』
「イエッサー」
お前、何考えてやがんだ。かなり剣呑な雰囲気を滲ませる冒険者の問いかけに、カイトは先程までとは少し違う荒々しい雰囲気を纏いながら立ち上がる。
『お前……正気か? お前が誰を誰に紹介しようとまぁ、そこは好きにしろってのが普通だろうが。よりにもよってあいつを北部軍に紹介? どういう了見だ?』
「どういう了見だ、と問われてもな。まぁ、気分を害したのなら申し訳ないとは思う」
カイトは一応の所、謝罪の意は示しておく。が、これはあくまでも一応の礼儀として告げていただけだ。このまま引き下がるつもりはない。
「が……これは先にユニオンマスター・バルフレアもグリムも言っていた通り。遺恨を持たない為、グリムの腕前を見込み紹介した。腕が立つのは、この場の誰もが認めるだろう?」
『『『……』』』
カイトの問いかけに、誰しもが口を閉ざす。今代のグリムの腕が悪い、と言う者はこの場には居ない。彼の手腕を疑うのであれば、おそらくそれは情報不足も良い所だろう。そして上の者たちが軒並み黙る事で、下の者たちもカイトの言葉が真実だと把握し、全員が黙る事になったのだ。というわけで、カイトは更に告げる。
「オレが調べた限りでは、今代の悪名らしい悪名は南部軍への所属のみ。先代、先々代にしても虐殺などの犯罪行為はしていない。そしてこれは内紛でのサブマスターよりの報告だが、彼との交戦において武人の印象を受けた、と聞いていた。そこに来て、先のクシポスでの一件があった」
『クシポス?』
『先日エネシア大陸で起きていた邪神復活の余波に伴う戦闘だ。そこにグリムが参戦していた事とカイトと共に戦っていた事はユニオンも掴んでいる。嘘ではない』
やはり他大陸。エネシア大陸であればあれだけ大事件だったとしても、遠く離れたアニエス大陸ではさほど伝わっていないらしかった。疑問に思う者たちに向けて、レヴィがさらりと補足を入れていた。
「ああ……そこから総合的な判断として、シャリク陛下へと仲介しても問題は無い、と判断した」
『それだけか?』
「それ以外に何が? オレ達は依頼で北部軍に参戦した。金で雇われた側だ……そもそも間違えて貰っては困るんだが、オレは他大陸に拠点があり、かつエネフィアの出身者ではない。依頼人に大義があろうがなかろうが、そこしかない」
『む……』
それを言われると返す言葉がない。そもそもあの場でのカイトはあくまでも傭兵だというのが、彼の立場だ。故に彼にはシャリクの理念も大大老達の悪徳も関係がない。
「無論、シャリク陛下の理念にはオレも賛同を示す。シャーナ様の手前もあった。シャーナ様の世話役の事もある。オレに北部軍に属する以外の選択肢が無かった、というのは事実だ……が、それは斟酌はしない」
『斟酌しない?』
「ああ……知っての通り、あれは内紛だった。そこに加わるには、あくまでも理念などを一切排除しなければならなかった此方側の事情がある」
『……』
カイトの言葉に、先程まで剣呑な雰囲気を見せていた冒険者達が無言で先を促す。やはりさすがはカイトという所なのだろう。伊達に公爵というわけではない。その言葉にはやはり力があった。
「そもそもオレ達……いや、この場合は天桜学園というオレの所属からすると、他大陸の戦争だ。どちらが正しいか、というのはわからない。そこは良いな?」
『……まぁ、それは仕方がねぇな』
先に他大陸で起きた事を知らない、としてしまっている。それ故、これには誰も反論が出来かねた。しかも相手はカイト達。まだエネフィアに来て一年も経過していないのだ。大大老達は腐っているというのは常識だろう、と言えないのである。
「ああ……だからこそ、その上で参戦するのであれば、それに見合う利益があると示さねばならなかった。そして他大陸の者であればこそ、あくまでも傭兵としてドライに活動するべきと判断していた」
『……どういう事だ?』
「オレはまぁ、曲がりなりにも少しは関わったから、北部軍に属するあんたらの心情はわからないではない……が、ウチの奴らにそれが分かるか?」
『……』
確かに、それはそうだ。もしここで同じ気持ちだ、と言われれば北部軍に所属した奴らは軒並み心象は悪くなるだろう。何故金で雇われ来た奴が、と。
「故に、こちらはあくまでもドライに判断させて貰った。故に遺恨は無いものとして、動いたのだが……改めて、それで気分を害したのであれば謝罪しよう。他大陸の者として、という前提が悪かった」
『……はぁ。良いわ。あいあい。お前の行動に関しちゃ、確かにユニオンとしちゃあれはあくまで依頼だ、ってのが建前だ。それで動かれたなら、俺も何も言えねぇわ』
どうやらカイトへの追求は不可能と悟ったらしい。まだ言いたげな者も居なくはなかったが、凡そが諦めに近いムードを浮かべていた。
『で、お前さんはそれを受けた、と』
『別に南部軍が好き勝手に出来るから、と所属したわけではない。我々は死神に魅入られた者しか殺さん』
『ふーん……まぁ、シャリク陛下がよしと判断されたなら、良いんだろうが……』
俺は認めていないからな。冒険者の一人が言外にそう告げる。そしてこれにグリムも何も言わない。信じて欲しければ、行動で示すこと。それしかないからだ。そうして、その後もグリムは南部軍の有名所でありながら今はシャリク達への協力者の一人となった者として、弁説の面で孤軍奮闘する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




