第1934話 ユニオン総会 ――裏で――
冒険者ユニオン神殿都市支部支部長のゼルファー。今期限りで支部長としては一線を退く彼の後任として現れたシェイラ。そんな彼女の後任人事が承諾された後、少し。
まだいくつかの支部の後任者決定の議論がなされていた一方で、カイトは一度昇降機を降りて会議室の外へと出ていた。そうして、彼は会議室の前の円状になった通路の脇。休憩用に設けられているエリアの一角にて、シェイラと会っていた。
「やっぱり、貴方ね」
「お久しぶり、シェイラさん」
「まさかそっちが偽装であっちが本来なんて……眼帯と魔眼……は演技で出来るもんじゃないわね。あれは本物か」
「ああ。あれは本当に不慮の事故。渡航の一ヶ月ぐらい前に怪我してな。あっち外せんから、あの通りさ」
どこか呆れた様なシェイラに向けて、カイトは一つ呆れた様に笑ってみせる。そんな彼に、シェイラが問いかける。
「で……冒険部の長として来なかったのは、スパイ活動の為? 大変ね、複雑な立場の長というのは」
「そりゃ、仕方がないさ……にしても、驚いた。今期で引退、なんじゃなかったか?」
「したかったわよ。したいわよ」
おや。カイトは一切隠すこと無く裏に何かしらの意図が動いている事を明言したシェイラに、僅かに驚きを得る。まぁ、そう言ってもこの意図が誰か、というのはそれなりに明白だ。
「ローラントがまた何か言ったのか?」
「以外に何が?」
「あはは……で、一応聞いときたい」
「あら……何かしら」
一応の確認だ。そんな体で切り出したカイトに、シェイラが先を促す。これに、カイトは一応問いかける。
「ソーニャの為、というのは嘘じゃないんだな?」
「ええ。それについては一切嘘はない。貴方も知っているでしょう? あの子は基本ギルド内では受け入れられている……様に見える」
「……」
様に見える、か。カイトは事実は事実であればこそ、僅かに沈んだ様子を見せる。確かにソーニャはユニオン支部内ではそれ相応に受け入れられている事は事実だ。が、同時にそれはそれ相応というに過ぎない。全員から受け入れられているわけではないのだ。
「あの子は一度誰もあの子を知らない所へ連れて行くべきよ。私が引き取った以上、大丈夫な所まで面倒を見るのは私の役目。それについては一切の責任を私は持つわ」
「……わかった。それについてはオレも何も言わん。勿論、そういう事であれば支部長への就任に一切の異論は無い」
「あら……あの子がお気に入り?」
「ああ、勿論。あの目で見られるのは中々に無い経験でね。滾るね」
「ふふ……根っこは変わらないのね」
楽しげにかつて見せた顔を覗かせるカイトに、シェイラが楽しげに笑う。あの時のカイトは演技ではあったが、同時に彼の内面の理性を僅かに取っ払っただけでもある。同じで当然だ。と、そんな彼女へとカイトが問いかける。
「で、一つ。ローラントの目的は?」
「それは言えないわ。ただ、一つ言える事があるとすれば。あいつもまた足掻いている、という所かしら」
「ふむ……?」
足掻いている。元々ローラントの目的がわかるなぞ一切期待していなかったカイトであるが、予想外の返答に僅かに困惑する。が、これにシェイラが苦笑した。
「ま、そんな所なのよ。で、私は知っての通り昔の縁でまたあいつの手伝い。詳しい事は時が来れば、という所ね」
「なるほどね……今は語れない、と」
おそらく敵意はないだろう。カイトはローラントが何者なのか、というのはわからないながらも、おそらく冒険者は仮の姿で本来は騎士に類する存在なのだと理解する。が、同時にシェイラを外に出そうという事なのだから、何か外への伝手が欲しいのだろう、とも理解した。
(これは巡り巡ってこちらの得か。ローラントが何を考えているかはわからんが……騎士かそれに類する奴だ。それも、下級騎士ではないな。となると……まさか、ルーファウスが言っていた<<紋章騎士団>>の騎士団長? 確かに、あいつの腕ならルーファウス以上は確実。そう何人もルーファウス以上の騎士が居るとは思えん。十分にあり得るが……教皇の懐刀は、流石にあり得んな)
おそらくカイトの中での自問自答をシェイラが聞いていれば、思わず笑っただろう。が、カイトは答えを知らないのだ。故に彼は流石に教皇の懐刀が教皇ユナルを裏切るという事態はあり得ぬものとして、内心で首を振る。それも仕方がない。彼が言う通り、本来そんな事はあってはならないのだ。彼が一笑に付すのはあまりに当然だった。
(まぁ、そこらはどうでも良いか。どの地位だろうと低い地位ではないはずだ。少なくとも裏で暗躍している所を見るに、教国に服従しているというわけではないな……ふむ……であれば、支援して適度に情報を得られる様に差配する方が得か)
ローラントは何か教国の暗部を掴んでいる。カイトはシェイラの動きを鑑みて、彼の目的が教国の暴走か何かを回避する為だと踏む。であれば、それは即ち皇国の貴族である彼にとっては有益と言えるだろう。
「ま、良いか。どうせこっちは依頼だしな。流石に立場上、あまり仕事を選り好み出来るわけでもなし」
「そ……まぁ、こっちもその冒険者としての依頼とでも思って貰えれば良いわ」
「あはは……そっちもローラントが好きみたいで」
「あ? あんた目、大丈夫?」
「あはは……ま、兎にも角にもそっちも元気そうで良かった」
「はぁ……」
こいつもこいつで変わらないのかもしれない。シェイラは以前のカイトと同じ様に冗談を口にするカイトに、盛大にため息を吐いた。とはいえ、いつまでもこうやって巫山戯てもいられない。故に彼女は改めて本題に入った。
「で……色々とお互いに言いたい事はあるでしょうが。まぁ、取引しましょう」
「取引、ねぇ……」
まぁ、それ以外にお互いに取れる手は無いか。カイトはシェイラが何かしらの意図を持って神殿都市支部の後任者となろうとしている事を理解している。
さらにはローラントが詳しい立場は不明ながらも教国でも立場ある者だろう、と気付いている。その彼と懇意にしているのだ。十分入国禁止に出来る理由にはなる。そして彼の繋がり上、公的にクズハに意見をする事が出来る。これは一つ弱みを握っていると言っても良かった。
「まぁ、とりあえずはそちらの要求を聞こう。こちらの要求なんぞ言う必要も無いからな」
「ええ……ソーニャ。あの子の保護を貴方に頼みたいの」
「……え、マジ? ソーニャたんくれんの?」
「急に前に戻んないでよ……預けたくなくなるわ……」
目を輝かせたカイトに、シェイラが再度盛大にため息を吐いて肩を落とす。あの教国での心残りが彼にあったとすれば、それはたった一つ。ソーニャを連れて帰れなかった事だ。
そもそも彼女の才能の稀有さと有用さはカイトからしてみれば喉から手が出るほどに欲しい人材だ。あれを恐れ飼い殺しにしている現状はなんとかしたい所だったのだが、状況からなんとも出来なかったのである。故に彼の悪癖が僅かに顔を覗かせる。
「え、何? これ要求? マジ? 受ける受ける。なんだったらソーニャたんお布団お持ち帰りもしちゃう」
「はぁ……」
「あはは……まぁ、それはさておき。本気か?」
再度のため息に、カイトは一転して何時もの性格で問いかける。ソーニャが手に入るのは正直うれしい。これは先の通り、一切嘘偽り無い真実だ。が、同時に意図的にやっていたというのも事実だった。
「ええ……知っての通り、あの子の力は割と見境がない。その面で見れば、どこかのギルドホームに出向するのは良いアイデアなの」
「ギルドホーム単独で完結するから、か」
確かにシェイラの言う事は尤もだ。カイトはその意見の肝を口にして認める。そして同様に、シェイラもまた認めた。
「ええ。知ってか知らずかはわからないけれど、大半のユニオン支部には寝泊りするスペースがない。そして性質上、大規模な都市の支部は基本、大通りにある」
「新たに街に来た奴が迷わない為と、そうすると宿を取らない奴が出て来る為だな」
「ええ……で、それに伴って職員用の寮みたいなものはあるけど……」
「あんま、か」
わからない話ではない。寮はどうしてもある程度の共同生活になる。そして支部長は寮に入らない事が多い。数年前の事を考えればソーニャも必然、入らなかったのだろう。そうして納得を示したカイトは他方、と話を続ける。
「それに対してギルドホームは関わる奴は限られる。移動も少しだけだ……確かに、ソーニャの力を考えれば良いか」
「ええ。それに、アリスちゃんも結局、そっちに居るんでしょう?」
「ああ。父親の希望で、オレが面倒を見ている」
そもそもルードヴィッヒの考えとしては、カイトの霊力の扱いの腕を見込んでの事だ。これについてはどうやらシェイラも仕事で話をした際にアリスの近況を伺う体で聞いていたし、カイトとしても不思議には思えなかった。
「総合的に、そちらにも良い手ではないかしら」
「悪くはない」
シェイラの問い掛けに、カイトは悪くはない、と認める。が、それは悪くはない、であって良いではない。
「悪くはないが、色々と解せんな。ソーニャはこの事を?」
「承諾済みよ。貴方の事は教えてないけど」
「そりゃ、どうでも良い。が、ならばオレの事は最初から把握済みだったと見える。何が目的だ?」
「それは語れない。でも、そうね。最初からというのは間違い。後からわかった、かしらね」
シェイラとしては、これは事実だ。カイトが勇者カイトだと知ったのは、あの旅路の後だ。あの後、一緒にいたのが伝説の男だとローラントから聞かされたのである。
「ふむ……どこかの密偵とまではわかっても、か」
「そう考えてくれて結構。流石に私じゃ完璧は無理よ」
「ふむ……」
どうだろうか。カイトは一旦、シェイラの言葉を精査する。
(嘘……は言っていないか。後気になるとすれば、オレの正体に気付いているかどうか、だが……それを含めて取引するべきか。なら、何かしらの安全保障を打つべきだな)
手は色々とある。カイトはそう判断すると、この取引に乗る事にする。何より、ソーニャを手中に収められるというのは非常に良い。シャーナの事を鑑みても良い話し相手になってくれる可能性もある。二人とも同じ状況に苦しめられていたのだ。十分あり得るだろう。
「……わかった。その取引に応じよう。こちらの条件はオレの正体を誰にも伝えない事」
「こちらはソーニャの保護と、適時依頼を受けてくれる事。勿論、公序良俗と貴方の不利益にならない限りで問題無いわ」
「妥当か」
今のところ、カイトの正体がバレているかいないかは彼自身にもわからない。判断するにはあまりに手札が少なすぎる。何より、それが判断可能な札をカイトは切っていないのだ。判断が出来ないでも仕方がない。更に彼の場合、バレた所で政治的云々で切り抜けられるだけの知性も持っている。この程度の取引で良いと考えたらしい。
「一応、確認しておくが。公序良俗とはどの程度だ?」
「基準としては皇国と教国の法律違反、という所でどう?」
「当然か」
法律を基準とする、と言われればカイトとしても否やはない。法律さえ守られるのなら、それは冒険者の普遍的な依頼だと言える。そうして、そちらの基準を明白にして、彼はもう一つの方にも基準を明白にする。
「それで、オレの不利益というのは?」
「冒険部関係者及び貴方の知人達に危害が加わらない限り。つまり、依頼を提供する前に知り合った者たちの内、貴方が知人と判断し得る範囲まで」
「妥当だな」
こちらもこちらで妥当と言える。単に自分の知人や恋人達、クズハら家族を傷付けない限り、という所だ。そしてこの条件であればシェイラがどんな意図を持っていようが、表向きでも公爵家と懇意にしているカイトはどうあがいてもそちらに危害を加える依頼を受けなくて良い。というわけで、この条件なら一旦飲んでも問題は無いだろう、と判断した彼は改めてシェイラへと問いかける。
「で……どうする?」
「簡易で制約は交わしておきましょう。お互い、その方が良いでしょうから」
「イエッサー」
まぁ、そう来るか。若干シェイラが低い条件を出した事が気になるといえば気になるが、カイトとしてもこの展開は読めていた。制約である以上力技でなければ彼には破れないが、この条件であれば割と不利益は生じない。
そして受けられる依頼を受ける事により、シェイラの意図も、その裏にあるローラントの意図も掴めてくるだろう。というわけで、カイトはシェイラの提案を受ける事にして、簡易の制約を交わす事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




