第1933話 ユニオン総会 ――再会――
始まったユニオン総会二日目。そこで最初の議題となっていたのは、各支部において今期限りで引退する支部長達の後任者選びだった。これはまだ多くの冒険者達の活動に直結するが故か比較的真面目な議論が交わされていたわけであるが、カイト達は幸か不幸か自分たちの活動範囲の中で後任者が選ぶ必要があるのは神殿都市支部の支部長だけであった。
が、これには神殿都市に拠点を置く<<暁>>の意向が大きく影響する為、会議に参加しないでも良かった。というわけでのんびりと休んでいたカイトであったが、そんな彼の所に<<暁>>ギルドマスターのバーンタインからの呼び出しが入っていた。
「と、いうわけだ。とどのつまり後任が決まったから来い、という所だろうな」
「決定権は無い、か」
「無い、わけじゃないが……流石に出すわけにゃいかん」
瞬の言葉にカイトは少し笑う。決定権が無い、と言えば流石に言い方が悪かった。が、決定権を持っていても行使できない状況というのは往々にしてあるものだ。相手は<<暁>>。八大ギルドかつ規模であれば最大のギルドだ。
そのギルドの決定に楯突く、というのは避けるべき事態で、おそらく呼ばれたギルドはそれを理解している。神殿都市とは<<暁>>の縄張りなのだ。
その決定に楯突くというのは神殿都市を中心とした揉め事が起きかねない事態で、おそらく周辺ギルドは即座に<<暁>>への支持を明白にするだろう。と、そんな事を考えながら昇降機を動かすカイトであったが、一転楽しげに笑う。
「まー、と言っても。さすがにウチは文句を出す意味がない。西部バーンシュタット家だからな。ウルカに根を下ろしてはいるが、体面上バーンシュタット家はマクダウェル家に連なる家になる」
「そうなのか」
「ああ。ヴァイスリッター家と同じだ。あそこは本来、公的には教国のヴァイスリッター家の分家になる。と言っても、破門と離縁がされてるから、全く別と捉えるべきなんだが……」
「この間の教国と皇国の和平により、か」
「そういうことだな。あの結果、再度縁が繋がれた事で一応家としてはウチのヴァイスリッター家も教国の分家に戻った……ま、流石に外交的な問題やらで家としては、というだけだが」
瞬の言葉にカイトは少し楽しげに解説を行う。と、そんな彼は改めて明言する。
「まぁ、そういうわけだから、ウチとしちゃバーンシュタット家が決定したのならそれが道理に反しない限りは口出しはせん」
「良いのか、それで?」
「構わん構わん。そりゃ、対外的や公的な話ならそこら鑑みるし、実際バランのおっさんも鑑みろつったが……こんな冒険者としての云々でオレが口出しするべきでもあるめぇよ」
一応、マクダウェル家が主家となるのだ。なので一応は口出しする権利はあるし、監査などを行う義務もある。が、そこらカイトは放任主義に近かった。と、そんな話をしながら進むと、すぐに神殿都市付近で活動するギルドが集まる一角へとたどり着いた。
「よぉ、瞬。久方ぶりだな」
「バーンタインさん。お久しぶりです」
「おぉ、瞬の小僧か」
「ゼルファーさん」
先に挨拶に来た時に見ていた、というように瞬とゼルファーの間に知己はある。そして瞬も腕利きと言って過言ではない腕だ。ゼルファーも覚えていた様子だった。と、そんなゼルファーがカイトを見て、僅かに目を細める。
「で……そっちのはまた噂には聞いておったが……こりゃ、今年はどえらい奴ばかりが出て来たもんじゃのう」
「はじめまして」
「神殿都市の支部長……と言っても、もう前代になるが。ゼルファーじゃ」
「カイト・天音です」
ゼルファーの差し出した手を、カイトが握り返す。なお、別にゼルファーとしても常に来たギルド来たギルドにこうやって挨拶をしているわけではない。偶然見知った瞬が居て、その横に居るカイトに挨拶をしないのは変だろう、というだけだ。更に言うと、ひと目でカイトが一方ならぬ存在だとわかった事もある。
「うむ……で、もう少し待て。まだ全員は揃っておらんのでな」
「はい」
「瞬、お前……何かあったか?」
「ええ……ああ、そうだ。それで少し話が聞きたいんですが……」
普通の事務的な話を交わし合うカイトとゼルファーの横。瞬とバーンタインが少しの話し合いを行っていた。どうやらさすがは現代では最強クラスの戦士だろう。瞬が爆発的な戦闘力の増加を見せたのを理解していたようだ。というわけで、待ち時間がある事もあって少し瞬が事情を語る。
「なるほどなぁ……ふむ……」
「何かわかりますか?」
「いや、流石にそりゃ、おめぇさん……俺に聞くなってのが一番の話だろうさ」
「はぁ……」
笑うバーンタインに、瞬が生返事で困り顔を浮かべる。とはいえ、これはバーンタインの返答が正しかった。
「お前の所にゃ肉体面においちゃ叔父貴の主治医が居るだろう。そっちでわからねぇ事が俺にわかるわけがねぇ」
「それは……そうですね。では、何かこういう場合に気をつけるべき事とかありますか?」
「ふむ……」
確かにそういう事であれば、何か助言は出来るかもしれない。リーシャは医者だ。戦士ではない。故に現象として何が起きているか、というのは解き明かせても力をどう使うか、という部分に助言は出来ないのだ。特に瞬の特殊な事例は冒険部にも蓄積がない。
となると、母数として最大となる<<暁>>から聞こう、というのはわからないではなかった。そして事実、いくつかこういった事例は聞いた事があった。
「そうだな。お前さんみたいな形とは少し違うが……まぁ、どうしても色々とあって自分の血筋を知らない、って奴は割と居てな。唐突に自分の力じゃない力が発露しちまって、って感じだ」
カナンみたいな形か。瞬はバーンタインの言葉から、そう考える。実際、彼女も基本的な性能こそ変わらない様に見えたものの、実際には両種族の力を封じていない状態こそ彼女本来の状態だ。
単に瞬と同じ様に自分の力を扱いかねたので封じているに過ぎない。そしてその彼女も今はここに居なかったので、瞬はアドバイスを聞けていなかった。
「でだ……その上でアドバイスしておけば、結局はゆっくり慣れてくしかないだそうだ。ま、こればっかりは俺も経験してねぇからよ。悪いが、この程度しか出来ねぇ」
「いえ……ありがとうございました」
やはり近道は無いらしい。それがわかっただけ、瞬としても収穫だったと言えたのだろう。そしてそんな話をしていると他の所で話をしていたギルドも集まり、凡そ全ての神殿都市を活動範囲とするギルドが集結する事となった。
「さて……まぁ、ここに来ておるギルドの大半はもう要件もその他色々わかっておるだろうから、手っ取り早く話をする」
どうせ長話を聞ける様な奴は多くないしのう。ゼルファーは集まったギルドマスター達に対して、そう述べる。そうして、そんな彼は自身の後ろに控えさせていたシェイラを前に出した。
「さて……今期で引退するわけであるが。その後任として、このシェイラを儂は推挙する」
「女か……」
「ランクは……げっ。Aか……」
「教国出身? それをバーンタインが認めた……?」
一斉に関係者各位に送信されたシェイラの来歴を見るわけであるが、やはりその反応は様々だ。女である事に鼻の下を伸ばす者。全盛期のゼルファーほどではないものの腕利きと言って過言ではないランクAの冒険者である事を受け自由に出来ない事に顔を顰める者。来歴を見てそこからバーンタインが何故認めたのか、と訝しむ者など様々だった。そんな中、特異な反応を示した者が居る。カイトと瞬だ。
「ああ、シェイラさんか。そういえば……カイト。結局ルクセリオ支部には行ったのか?」
「いや、行ってない。結局、時間がなかったからな」
やばい。これは考えていなかった。カイトはここでのシェイラとの再会に若干だが苦い顔だった。相手が気付いているか気付いていないかはわからない。が、ランクAほどの実力者かつ、魔術師だ。しかも数日一緒に居た。あまり関わりたい状況ではなかった。と、そんな顔に瞬が首を傾げる。
「……何かあったのか?」
「いや……まぁ、色々とな」
どうしたものか。カイトは現状などを鑑みて、シェイラと関わらないで今日を終わらせられないと判断していた。であれば、どうするべきか。それを急ぎで考える。
(一つ確かなのは、あの時ユリィを連れて行かなくて良かった、か。もし居たら一瞬でバレた)
基本的に姿を偽る魔術を使っている、というのはしっかりと見ればわかられる。こればかりは魔術である以上、そしてあまり高度にし過ぎる事が出来ない以上、どうしても仕方がないものがあった。
とはいえ、姿を偽る魔術であれば使っている者は案外居る。別に冒険者だから、とおしゃれに気を使わないわけではない。故に髪型や髪色を変えたい、という場合に姿を変える魔術を使っているという冒険者は実は割と居たりするのだ。カイトが正体の露呈の危険性を知りながらも、姿かたちをあまり変えていないのは、自身が使っているのはそういう魔術だと思わせる為だ。下手に変えすぎると訝しまれるからだ。
(賭けるしか無い、が……いや、これは見様によっては手か?)
良く思えば、シェイラはローラントと古い知り合いだというのだ。十何年もの付き合いであるローラントが彼女が神殿都市に来ると知らないはずがないと思われた。そして彼が何か高位の出身者だという事はカイトも見抜いている。教国に自身のスパイ活動が露呈していないかどうか、と調べるには丁度よいかもしれない。カイトはそう考えた。が、一転彼は即座に首を振る事になった。
(……なるほど。気付いてる、という所かね)
カイトは一瞬だけこちらを向いて笑ったシェイラに、凡そ自分だと気付かれていると理解する。そもそも彼女はカイトが教国で活動していた時点で、どこかの密偵だと気が付いている。総合的に判断して自身がそうだと気付かれても不思議はなかった。
(さて……そうなると、会うしかないか)
何か意図がある。カイトは引退すると述べていたシェイラがわざわざ神殿都市の支部長になろうとしている現状をそう判断する。と、その一方彼が次の一手を考え込んでいる間にも、会議は進んでいた。
「わーった。なら、ウチもお宅の所に賛成だ。ま、元々そうじゃあ、あるけどな」
「そうか……他、何か異論や質問はねぇか」
とあるギルドマスターの問い掛けに答えていたバーンタインが、改めて何か無いから問いかける。そうして然程何も無い様子だった事を受けて、ゼルファーが瞬へと話を振る。
「瞬。お前さん、何か無いか?」
「自分……ですか? いえ、自分はサブマスですし……基本はカイトの方に聞いてもらえれば。全体的な方針なら、こいつの方が優れていますので……」
「ふむ……なら、カイト。ギルマスのお前さんは?」
元々ゼルファーとしてもこの流れは想定通りだったらしい。瞬の返答にカイトへと話を振る。と言っても、これは別に彼の正体を知るが故の問い掛けではなく、単なる興味本位、お手並み拝見というところだ。
「そうですね……この随行者一名というのは? 秘書官とは書かれていない様子ですが」
「随行者は随行者ね。元々私が引き取っている女の子を一人、連れて行くわ」
「娘さん……の様なものですか?」
「違うわ。流石にそれにしては歳が近いもの」
カイトの大凡わかっていながらの問いに、シェイラが楽しげに笑う。
「数年前に保護した子なんだけど……ちょっと精神に傷を負ってね。連れて行きたくて」
「それだったら、向こうで後一期やられるべきだったのでは?」
「それも、考えたのだけど。ちょっと事情があって、連れて行った方が良いという判断よ。まぁ、独り立ちを促す為、と言っても良いわ。いつまでも一緒には居られない。あくまでも、一時的な保護が私の役目……自立するなら、マクダウェル家が一番良い。なぜ向こうでは無いか、というのは語れないわ。その子の過去に起因する。貴方も冒険者のマナーは知っているでしょう?」
カイトの問い掛けに対して、シェイラは総合的な判断であると口にする。実際、カイトとしてもこう言われては返す言葉もない。しかも今はシェイラが口裏を合わせてくれている形だ。下手を打つわけにはいかなかった。
「……そうですね。確かに……まぁ、貴方がそちらの方が良いと仰るのでしたら、そうなのでしょう。私にそれを否定する事は出来ません」
「ありがとう。今回の転任もそれが大きかった、と明言させて貰うわ。当然、先代も御承知よ」
「なら、私からも特には」
これ以上詮索したとて、自分の不利益になるだけ。カイトはそう判断すると、一つ頷いて了承を示す。そうして、その後も2、3個質問があり、シェイラの赴任が周辺ギルドの総意として決定する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




