第1932話 ユニオン総会 ――神殿都市の支部長――
一日目を終えて二日目に入ったユニオン総会。二日目最初の議題は、今期限りで引退する支部の支部長の後継者選びだった。そうして会議に入ったわけであるが、所属する支部の支部長が続投となるカイト達冒険部の面々にとっては、単に待ち時間となるだけだった。
「ということは、俺達は何かするわけでもなく、単に待ちか」
「ああ。まぁ、実際には近隣や活動範囲の中で誰一人として引退する奴は居ない、って冒険者の方が稀だから、基本的にはどこかしらで会議に参加はする。実際、三分の二ぐらいは会議だ。が、神殿都市は特殊だからな」
神殿都市は特殊。それは言うまでもなく、<<暁>>が最大の支部を設けているが為だ。故に神殿都市の支部長の選定には<<暁>>の意向が大いに反映される事になる為、カイト達の様な木っ端ギルドはお呼びがかからない事の方が多かった。
「ああ、なるほど。それで、か……っと」
瞬はこちらにやってくるバーンタインと視線があったらしい。頭を一つ下げていた。神殿都市は<<暁>>が重要視する支部。その支部長の後任者を決めようというのだから、<<暁>>のギルドマスターが来ても不思議はなかった。と、そんな彼はバーンタインの乗る昇降機の近くに、一台の昇降機が近付くのを見る。
「あれは……神殿都市の支部長か」
「なるほど。確かに、老いてなお血気盛んな様子だ」
瞬の言葉にカイトもそちらを見て、乗っていた老齢の男に思わず納得を得た。短めに切り揃えられた頭髪は完全に白髪だったし、刻まれた傷の数々が彼の経歴の長さを物語っている。
だというのに筋骨隆々で、老いは一切見えない。その立ち姿も間違いなく年齢に不相応だ。この様子なら実年齢より十歳は若く見える事だろう。実際、カイトにも言われなければ六十前後に見えたし、写真で見た時にはそうだと思ったぐらいだ。
「ま、とりあえず神殿都市の支部長の後継を誰にするか、が決まればこちらにも連絡が入るだろうさ。それまではのんびり休むなり、外に出てても問題はない」
「そうなのか」
「待ち時間が発生する奴はどうしても居るからな。こればかりは議題の関係で仕方がない。先輩も好きにしとけ。オレは残っておくからな」
「いや、俺もこのまま待とう」
一応は会議中だというのだ。自分に関係が無い議題だとは思うが、瞬は一応このまま待つ事にしたらしい。そうして、一同はそのままその場で待つ事にして、少しの間のんびりとする事になるのだった。
さて、冒険部の三人が呑気に暇をしたり、同じ様に暇になった知り合い達の来訪を受けたりしていた一方、その頃。神殿都市の後継者を選ぶという事でやって来たバーンタインは神殿都市の支部長と話をしていた。
「よぉ、爺さん。流石に爺さんも寄る年波には勝てないか」
「はっははは。お前さんに爺さん呼ばわりはされとうないわ。が……流石に昨今の状況下では儂も全盛期よりは老いたのを自覚せねばならん……にしても、お前さん。人の引退をそんな楽しげな顔で喜んでくれるなよ」
バーンタインのどこか茶化すように親しげな挨拶に、神殿都市の支部長が快活に笑う。言うまでもない事であるが、この支部長とバーンタインは知り合いだ。バーンタインがギルドマスターになる前からの知り合いで、共に先代の頃からの付き合いだった。一回りほど年齢の離れた友人と言って過言ではないだろう。そんな彼に、バーンタインが笑いかけた。
「あんたが引退、って聞いた時は驚いたもんだが……理由を聞いて納得したぜ。久しぶりに<<豪剣>>ゼルファーの腕が見れるってんだ。嬉しくないわけがねぇ」
「ははは。そう持ち上げるな……で、お前さんはどうなんだ? そろそろ跡目譲ろう、とか考えねぇのか?」
「この戦いが終わるまで、俺は現役だ。今でもまだまだやれるからな」
ゼルファー。そう呼ばれた支部長の問いかけに、バーンタインが楽しげに笑う。この戦いが終わるまで。そんな言葉に、ゼルファーが僅かに目をすぼめる。
「……死ぬでないぞ」
「はっ……あったりめぇよ。これでも半年前より今の方がつえぇ。ご先祖様が圧勝したって相手に俺達が死んじまったら、それこそ面目が立たねぇ。俺達<<暁>>の目標はこの戦いで全員生還だぜ?」
「ははははは。その大言壮語。三百年前であれば笑われようが……ほざいたからには、やってみせろ」
「あたりめぇよ……お前こそ、死ぬなよ」
「はっ。誰に物を言っておる。単に考えながら戦うのは面倒になっただけじゃ……なんなら、この後一戦交えるか?」
「良いね……あんたがどこまで衰えてないか、見てやるぜ」
ゼルファーとバーンタインは二人して、冒険者の荒々しい笑みを浮かべ笑い合う。と、そうして再会を祝した二人であるが、ゼルファーが訝しげに問いかけた。
「で、そういや……今回ピュリの嬢ちゃんは来ないと聞いておるが。何か理由があるのか?」
「ああ。クズハ叔母上からの要望でな。支部の支部長選定に関しては俺に委任状を下さった」
「ふむ……」
先に言われていた事であるが、神殿都市の運営に<<暁>>の協力は必要不可欠なものだ。そして<<暁>>は神殿都市の支部をウルカの本部についで重要視しており、常に実子を支部長を任せるなど殊更に特別視している。
故にユニオン支部の後継者指名が必要になった時には必ず<<暁>>神殿都市支部の支部長がこの場に参加していたのだ。それが参加しなかったのは、この三百年初の事態と言って過言ではなかった。
「まぁ、良い。お主がそれで良いのであれば、問題も無かろう。あの嬢ちゃんは豪快ではあるが、同時にしっかりとした組織運営が出来る奴じゃからのう」
「ああ……だからまぁ、俺の後は暫くあいつとオーグダインの連名になるだろう。オーグダインは戦闘力に優れてるが、運営がまだまだだからなぁ……その点、ピュリは神殿都市で揉まれてる。クズハ叔母上の手腕やらも見てる。どうしても、あっちに軍配が上がっちまう。オーグダインの奴にももう少しあっちで修行積ませるべきだったか」
「お前さんがそうであった様に、か」
「さてな」
ゼルファーの言葉に、バーンタインが楽しげに嘯いた。実のところ、バーンタインも神殿都市の支部に所属していた事があるらしい。というより、<<暁>>のバーンシュタット家に属する者は必ず一度は神殿都市に所属する事になっており、彼もその例に漏れず、というわけだ。その頃にゼルファーとは知り合ったそうである。と、そんな事を懐かしんだ二人であるが、一転して本題に入る事にした。
「で、だ……ゼルファー。あんた、後継者に目星はついてるのか?」
「ふむ……実は、一人だけ。少し前に良い冒険者と出会ってな。その者が引き合わせてくれた」
「ほぉ……腕は?」
「ランクAと悪くない。つい先日、支部長でありながら名を上げた。二十年もののクエストを突破したそうでのう……転任を申し出ているそうじゃ」
「なるほど。あんたの後継者にゃ相応しいな」
支部長をしながら、冒険者としての活動も厭わない。そんな後任者を候補として考えているらしいゼルファーに、バーンタインが楽しげに笑う。
先にカイトも言っていたが、ゼルファーは自分が前に出る為に引退を宣言した。なので自分と同じ様に支部長でありながら前線に出る様な冒険者には好感を抱け、そんな性質を知るバーンタインはお似合いだと思ったそうだ。
「ははは。まぁの。その点に惹かれた」
「はははは。あんたらしい……ま、そういう事なら、一度会ってみよう」
ゼルファーが気に入ったほどの冒険者だ。なら、一度ぐらい会ってみても良いだろう。バーンタインはそう判断を下す。そうして、彼の許可を得てゼルファーが後任者に連絡を入れる。
「……良し。今から来るそうじゃ」
「おう……で、どんな奴だ?」
「若い女じゃ」
「……あんたなぁ」
まさかそれで選んだわけじゃないだろうな。僅かに鼻の下を伸ばしたゼルファーに、バーンタインは盛大にため息を吐いた。この豪快なゼルファーであるが、未だに現役で居続ける様にまだまだ盛んらしかった。時折若い女性を侍らせ宴会をしたりしている、というのをピュリの報告から聞いていたのである。
「い、いやいや。それはおいても。中々な腕じゃ……まぁ、唯一の懸案事項といえば出身と今の所属じゃが」
「おいおい……どこだ?」
奴隷制度を合法として認め、未だ奴隷が多数居るウルシアでなければ、バーンタインは気にするつもりはない。が、こうまで言うのであれば、そのウルシアである可能性があった。故に若干顔を顰めながら問いかけた彼に、ゼルファーは一応念押しした。
「教国よ。その中央……ルクセリオの支部長でな」
「ほぉ……そりゃ、また……それが神殿都市のか」
中々に面白い申し出をする奴が居たもんだ。バーンタインは僅かに剣呑な風を見せる。ここら、やはりどうしても仕方がない所なのであるが、バーンタインも少し前まで鎖国状態だった教国の事を詳しく知っているわけではない。
特にその来歴から混血が多い<<暁>>は揉める事も多く、あまり良い印象を持っているわけでもなかった。しかも、それが中央のルクセリオ支部出身というのだ。どんな性格の奴が来るのか見定めてやろう。そんな感情が見て取れた。
「ははは……とはいえ、そこまで不安視する必要はないぞ。その故郷はお主も知っておるからな」
「ほぉ? どこだ?」
「ま、本人に聞けばよかろう。有名ではないが、お前さんは必ず知っておるからな」
後は会ってからのお楽しみ、って事か。バーンタインはそう判断し、敢えてそれ以上は問わない事にする。そうして少し待っていたのだが、すぐにその後継者候補が現れた。
「シェイラ・リーザンナです」
「あんたが、わざわざルクセリオン教国のルクセリオからわざわざ神殿都市に行こうって奴か」
「はい」
どこか威圧的なバーンタインの問いかけに、シェイラは一切気圧される事なく頷いた。それに、とりあえずバーンタインは一つ内心で理解する。
(なるほど。中々な修羅場は潜ってるか)
確かにこれはランクAの冒険者の名に恥じない胆力を持ってるな。バーンタインはシェイラの腕を認め、とりあえずは威圧を解いた。
「で、話はこっちのゼルファーから聞いた。が、なぁ……あんたが知ってるか知ってないかは知らねぇが、神殿都市は世界中の大精霊様を信仰する奴らが来る。当然、異族も多い。揉めないか、ってのが不安だ」
「ふふ……どうやら、誤解があるみたいですね」
「誤解。なんだ?」
「そもそも確かに私はルクセリオン教国出身ですが、別に教国の誰しもが信徒というわけではありませんよ。国教がそうだ、というだけで100%の信仰なぞ到底出来るものではありませんし。無論、文化風習にそれの影響が無いわけではありませんが」
「……そりゃ確かにそうだ」
実際、ソラもミニエーラ王国に囚われた際に聞いていたが、彼が会った冒険者も特段異族を気にしている様子はなかった。なのでシェイラがそうであったとしても、彼女がそう言う限りは信じるしかない。
これにはバーンタイン自身、先入観があった、と言われればそうだと認めるしかなかった。そしてここで、シェイラが一枚札を切る。
「それに、私の出身は『シルヴィック』……これがどういう意味かは、他ならぬバーンタインさんならおわかりでは?」
「『シルヴィック』。風の吹く村『シルヴィック』か?」
「はい」
「あそこか! なるほどなぁ!」
なるほど、それでそこまで心配する必要が無いとゼルファーが言うわけか。バーンタインはシェイラの故郷の名を聞いて、思わず納得して破顔する。
それを受けてシェイラがそれを示す様に、自身の経歴の書かれた書類――ユニオン本部が発行する正式な物――と共に服の袖を捲りあげた。それに、バーンタインが歓声を上げた。
「おぉ、それがか! へー……確かに俺が見知ってる風の大精霊様の紋様のどれとも違うな……これがバランタインの大親父が見たってシルヴィック紋か。はー……まさか俺も拝めるたぁなぁ……」
「これで、納得して頂けましたか?」
「あぁ、なるほど。確かに風の大精霊様の加護に出身にも偽りがない。それなら俺が拒める道理がねぇな……が、まぁ一応言っておくが、揉め事は起こしてくれるなや」
シルヴィック紋。そう呼ばれる通常とは違う形状の風の加護の紋章を掲げたシェイラに、バーンタインは許諾を示す。
「っと、それで、だ。一応お前さんが後任になるなら、いくつか近隣のギルドのお偉方に会っておいた方が良いだろ。ゼルファー。あんたに紹介は任せるぞ」
「仕事ほっぽりだすと思うでない」
「ははははは。たしかにな」
ゼルファーの言葉に、バーンタインが快活に笑う。そうして、彼は近隣の支部に所属するギルドや神殿都市が活動範囲に入るギルドへと招集を掛ける事にするのだった。
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