第1925話 ユニオン総会 ――初日・延長戦――
大陸間同盟軍との関わり方とユニオンに今年一年で報告された新種の魔物に関する情報共有。この二つの議題を話し合い、総会の一日目は終了する。そうして一日目が終了して、カイトら総会に出席した三人はホテルへと戻っていた。といっても、戻ったからとカイトの仕事がこれで終わりというわけではなかった。
「そうか……じゃ、やっぱりやるべきか」
「うむ。一時間ほど会談を持ちたい、と言っておるそうじゃ。まぁ、挨拶行きたいから、という所もあろうがな。どうしてもマクダウェルにはお主がおるからのう。何も無く行けるほど、つながりがあるわけでもない」
総会の間に他のギルドのサブマスター達と会談を行っていたティナが、カイトへと報告を行っていた。その中でもやはり重要視されていたのは、八大ギルドとの会談だ。
「まぁ、そればかりはな。フィオ……だったか。彼女からしてみればツチノコレベルのお師匠様が発見されたんだ。挨拶に向かわにゃならんだろう」
「うむ。後は余が妹弟子じゃし、母が姉弟子になるからのう。やはり同門として、話はせねばならんじゃろ」
カイトに神陰流同士の話し合いが必要であったのなら、ティナにもリルの弟子としての話し合いが必要。それはやはりカイトも理解出来る所だった。なので彼女の言葉に、カイトは一つ頷く。
「で、どうする? オレが同席するか? 必要無いんだったら、他の所との会談を入れるが」
「行くべきじゃろ。相手は八大。ユニオンの最高幹部じゃ。しかも相手はギルドマスターまで同席する。格下のウチとしては同席する他あるまいて。何より、余がリル殿の弟子である事は公的になっておらん事じゃからのう」
「か……わかった。どちらにせよ八大のギルドマスターとの会談なら、どこのギルドより優先しても問題はない。幸い、まだ予定は決まってないしな」
ティナの指摘に対して、カイトは一つ頷いた。ここはこれ以外に選択肢は無いといえばなかった。故にカイトとしても受け入れるのが最善と判断出来たようだ。
「で、そうだ。それだったら、ルミオ達の所は大丈夫なのかね。あの二人、一応公的にはお前の姉弟子になるだろ?」
「さてのう……おそらく呼ぶのは呼ぶじゃろ。あれも姉弟子じゃし、なんじゃったらリル殿が会えと言うておる可能性は大いにある。そしてリル殿の事。もし必要があれば、フィオ殿にも一言申し付けるじゃろ」
「それもそか」
リルの技術の底はカイトらをしてまだ見切れない。故に彼女がどこで何をしているか、というのは時々本当に掴めなくなるのだ。なので彼女がふらりとフィオの所に顔を出していても全員不思議には思えなかった。
「ま、それはともかくとして。向こうにしても余の名は知っておる様子じゃ。結果、リル殿云々は抜きにして、一度話はしておきたかった、との事じゃ」
「なるほどね……まぁ、八大ギルドとは伝手を持っておいて損はない。話をしておくのは得か」
「うむ」
「わかった。じゃあ、それについてはそのまま進めてくれ。こちらも一旦他の状況を把握した後、そちらの支度に取り掛かる」
「すまんの。先程も伝えたが、時間は18時。今よりおよそ二時間後じゃ」
カイトの明言に一つ感謝を告げて、ティナもまた支度に取り掛かる。そうして、二人は暫くの間は会談に向けて色々と用意を行う事になるのだった。
さて、総会の一日目を終えて二時間。カイトは改めてホテルを後にして、理由は勿論<<魔術師の工房>>との会談を行う為だ。
そして相手が相手なので、会談に向かうのはカイトとティナ、ユリィの三人だけだった。相手が自分達の正体を知っている事と、話し合う内容からこの三人が最適と判断したのである。
「で、ここか。来たのは三百年ぶりだが……」
<<魔術師の工房>>の拠点とするホテルを、カイトは興味深げに見上げる。<<魔術師の工房>>は三百年前時点でも八大ギルドで、カイトもまた知っていた。そして基本的に八大ギルドは同じホテルを押さえる――誰にとってもわかりやすい為――為、道に迷うなぞという事もなかった。
「うーむ。やはり女性が多いな、<<魔術師の工房>>は」
「そもそもウィッチ、というぐらいじゃからのう」
ウィザードではなくウィッチ。それを口にして、ティナもまたホテルを見上げる。まぁ、到着してこんな所で見上げている以上、普通に考えて何かがあるのだろう。
「で、来たは良いけど出迎え、くれるかな?」
「くれないと勝手に入れって事でぶち破るがね」
ユリィの言葉に、カイトは一つ笑う。そんな彼は楽しげに、少し先の空間に向けてノックの様なジェスチャーを行った。すると、彼の手には非常に微小だが何か水の様な物に手を突っ込んだ様な感覚が返ってくる。
「うん。やっぱり位相がずらされてるな……ま、今回は表向き会談だからこれでも良いんだろうが」
「さて……どうしたものかのう」
ホテルを覆い尽くす結界を見ながら、ティナは僅かに笑う。これを解け、と言われれば彼女は解ける。が、それは喧嘩を捉えられても無理のない行動だ。故に避けるべき、と判断していた。
が、このまま結界を解いてくれない、もしくは迎え入れてくれないのなら、押し入るなり切り開くなりするのも手だった。と、そんな事を考える三人の前でホテルの扉が開いて、一人の魔女服の女性が姿を現す。
「おまたせしました」
「お招きいただき感謝する」
「で、主人と直に相まみえる事が叶う、と」
「ええ。主人も楽しみに待っております」
ティナの言葉に、魔女服の女性が優雅に腰を折る。そうしてそんな彼女に案内されホテルの中に入っていくわけであるが、その道中でカイトが問いかけた。
「……あの人、使い魔か?」
「うむ。高度な使い魔じゃ。フィオ殿の使い魔じゃな。公的には、サブマスターで通しておるそうじゃ」
「なるほど、納得……これはオレも見破れんわ」
間違いなく初見ではあの女性は普通の女性にしか見えない。カイトは一切の淀みなく歩く女性を見ながら、フィオの技量がリルの弟子に相違無い物だと理解する。
流石にエンテシア家初代となる伝説の魔女エンテシアが遺したシェロウやリルが使う使い魔には及ばない――ただし遠く及ばないほどではないが――が、それでもこの女性は凡百の使い魔が霞むほどの領域だった。
「にしても、お主……どうやって気付いた。あの使い魔。余は気付いたが、お主は無理じゃと思うたぞ」
「勘……と言いたい所だな。流石に今もまだ自信はない」
どこか困った様な顔で、カイトは改めて前を歩く使い魔の女性を視る。彼の目にはやはり、普通の女性にしか見えない。が、気付いた以上は一つ理由があった。
「見た所、彼女は魔女族の女性に見える。が、そうだな……なんというか、コアから流れる魔力がな。魔女族の魔力とは別に視えた。お前ともユスティエルさんともリル殿とも違う形に、な……」
「ふむ……なるほどのう。お主の場合、余を良く見ておるからのう」
これはカイトが自分達魔女と良く関わるからなのだろう。ティナは今回はカイトの経験に助けられたのだ、と理解する。最もの理由はやはり、ティナと十何年も付き合っているからだ。
訓練で彼女自身の魔力の流れなどを視させた事も何度もある。今だったらもうそんな事はしないが、戯れに彼女の体内の魔力を弄っている事もあるのだ。結果、魔女族の体内の魔力の流れの様な物を彼は感覚として掴んでおり、そこでふとした違和感を得たのだろう。そんな彼らの言葉を聞いて、前を歩く女性の使い魔が振り向いた。
「あら……見破られてしまいましたか」
「いや、失礼した。使い魔とはいえ女性をマジマジと視るべきではなかったな」
「いえ……」
カイトの言葉に首を振り、使い魔の女性が僅かにぼやける。そうして、次の瞬間。使い魔の女性の姿がフィオの姿へと早変わりした。
「問題無いわ。これは私が使う分身のようなもの。視られて困るわけでもないわ」
とどのつまり、操っているのはフィオその人。カイトは彼女の言葉をそう理解し、実際そうらしかった。と、そんな彼女が告げる。
「ああ、そうだ。ここなら別に偽装を解いて大丈夫よ。そもそも私の目にはもう貴方達の本来の姿が視えているし……何より、あの結界を抜ける様な相手なら貴方達の正体なんて平然と気付いてくるでしょう」
「それもそうか……では、お言葉に甘えて」
「というより、礼儀としてはそっちの方が正しいと思うけどねー」
「あはは」
大型化したユリィの言葉に笑いながら、カイトとティナが本来の姿へと早変わりする。八大ギルドの中でも<<知の探求者達>>と並ぶ有数の技術者集団だ。ここの使う結界は難易度で言えば八大でも最高峰だった。それを抜ける時点で、フィオの言う通りカイト達の偽装は平然と見抜いている。隠す意味が無いのだ。
「にしても……相変わらず迷宮の様なホテルだ」
「好き勝手にしてると、どうしてかね」
「……魔女は空間がまともじゃ生きていけんのか」
「別に普通でも生きてけるわい。単に結果として空間が歪に歪んでしまうだけじゃ」
「そうねぇ……なんでか研究してると、空間が歪んでしまうのよ」
なんでかしらね。そんな塩梅でフィオが笑う。どうやら意図したものではないらしい。とまぁ、そういうわけで。このホテルは内部の空間がかなり歪になっている様子で、まともに人と出会う事は無いらしい。時には過去の映像が再生される様に幻影が現れる事もあり、そんな中の最奥までたどり着かねばならないのだ。まともにやっていては会談なぞ定刻通りに始められるわけがなかった。というわけで、そんなホテルの中を上へ下へ進み続け、暫く。カイト達はなんとか最上階へとたどり着く事が出来た。
「はぁ……なんで最上階に向かうのに何度か上下に動かにゃならんのやら」
「空間が歪に歪んでおるからじゃろ。んなもん、よくある事じゃ」
「良くあるわけないでしょ……」
さも平然とよくあること呼ばわりしたティナに、ユリィが盛大にため息を吐いた。これで恐ろしいのは、普通に歩いて最上階を目指しても凡そ同じだけの時間しか経過していない事だろう。もはや常識さえ歪みそうだった。
「というか、二階下のあの通路、何あれ。久しぶりに見たびっくり階層だったけど……」
「なんか階段を直線に歩いてた感覚があったな……」
「斜面が直線になっておった様子じゃな。なので余らとしては一直線に歩いたが、実際には階段歩いとったんじゃろ」
「「言ってる意味がわからん……」」
ティナの解説に、カイトもユリィも盛大に肩を落とす。が、魔術の研究を行う者たちの拠点なぞこんなものだ。考えるだけ無駄。それを知る二人は即座に気を取り直す。
「で、中に入れば良いのか?」
「ええ……じゃあ、道案内は終わったから、私は消えるわ」
カイトの問いかけに頷いたフィオの姿が薄れて扉の先に消える。彼女は道案内の使い魔。目的地までたどり着けば、必要ない。というわけで扉の先に消えていった彼女に続く様に、扉を開けて中へと入る。
「はい、いらっしゃい」
扉の先に待っていたのは、当然だがフィオである。彼女が凡そ天桜の少年少女らと同年代の若い魔女服の女の子を横に侍らせ立っていた。そうして、カイト達は八大ギルドの一つ<<魔術師の工房>>との会談を開始させる事になるのだった。
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