第1919話 ユニオン総会 ――第一幕――
八大ギルドの長達の名の下に開始が宣言されたユニオン総会。それは冒険者達の集まりとは思えないほどに真面目な会議となっていた。が、それ故にこそ瞬は驚きを隠せないでいた。
「……なぁ、こんな真面目な会合なのか?」
「最初の内だけだよ。二時間もすると寝る奴出て来るし、じっとしてられない、ってばかりにうろちょろし始めるから」
「……二時間は保つのか」
どうやら、一応冒険者達としても頑張ってはいるらしい。会議とあれば即座に寝る様な冒険者も少なくないのだ。それが、二時間はじっとして真面目に会議を行うというのだ。
十分に頑張っていると言ってよかったのだろう。瞬もユリィの解説にそれを理解する。とはいえ、逆に言えば最初の二時間は全員が聞いて真面目に話し合えるという事でもある。
故に、最初に重要な議題が持ってこられる事になった。というわけで、ユニオンの職員代表としてレヴィが口を開く。どうやら彼女が司会進行役らしい。
『……では、まずは最初の議題だ。どうせ貴様らの大半がこれにしか興味が無いだろうから、これだけは真面目に聞いておけ』
良いのか、それで。レヴィの辛辣な言葉に瞬はそう思う。が、実際それが事実なのだから仕方がない。そんな彼の内心を尻目に、レヴィの目配せを受けて一台の昇降機が中央へと移動する。
それはカイト達の乗る物より少しだけ大きめで、乗れる人数もそれ相応に多そうだった。それが降りてくるのを見上げる瞬へと、カイトが小声で教えてくれた。
「ゲスト用の昇降機だ。今回だと……わかるだろう?」
「レイシア皇女か」
「ああ。最重要の議題にして、一番メインの議題だ」
この状況で一番重要な議題は何か。それは考えるまでもなく、<<死魔将>>の一件だ。この為にこの場に大半が集まったと言っても良い。故にこれを最初に持ってきたのは正しい判断だった。そうして、三人の見守る前でシアの乗った昇降機が中央へと到着する。
「……アルとリィルが一緒なのか」
「ああ。あの二人はルクスとバランのおっさんの子孫。冒険者受けは良いからな。その二人が左右に控えている、というのはそれだけで十分好印象を与える。総会の使者の護衛にこの二人が選ばれたのは必然だ……いや、選んだのオレだがな」
驚いた様子の瞬に対して、カイトが小声で語る。どうやら二人共軍務かつ皇女――しかも主君の婚約者――の護衛という事で瞬にさえ自分達が彼女の護衛である事を漏らしていなかったらしい。
カイトとしては瞬の力量を鑑みれば気にする必要はなかったが、二人の判断は正しいものだろう。とはいえ、その更に左右の戦士――どちらも女性騎士だった――を瞬は見た事がなかった。わかったのは、少なくとも自分以上という事だけだ。故に彼は興味深げに問いかける。
「あの二人は?」
「ウチのお目付け役。元皇国軍近衛兵団第一師団の教官だ」
「なるほどな……」
それは自分より強いわけだ。瞬は左右の女性騎士が<<無冠の部隊>>所属だと理解して、納得を示した。彼女らは部隊で言う所の<<姉妹達>>とも風紀委員とも言われる者たちだ。ひときわ礼儀正しい者たち、と言っても良いだろう。故に皇国側がシアの警護を依頼していたのであった。
「さて……」
カイトはひとまず、事の成り行きを見守る事にする。と言っても、これについては問題が起きるとは思いにくい。ここまでの時点で自身の正体に勘付いた八大ギルドの長達には内々に根回しを行っており、そしてそれら全てが基本は了承を示している。
特に<<暁>>と<<熾天の剣>>、<<森の小人>>の三つは二つ返事での了承を示しており、更に言うまでもなくバルフレアは根回しを行った側だ。八大ギルドの半数が根回しを終えている為、問題は少なかった。
『ウチは言うまでもねぇが、大陸間同盟軍への基本的な協力を明言する。バランタイン様が戦った相手がまた戻ってきたってんだ。俺達が世界の裏側に追い返してやるのが、筋ってもんだろうぜ』
兎にも角にも、バーンタインにとってみればバランタイン達が戦った相手が戻ってきたのだ。リィルやアルが戦意を明白にしている以上、ここで引き下がれる道理はない。同じく英雄の子孫である以上、来るなら来い、と待ち受けるだけである。と、こちらは子孫としてであるが、逆に当時の因縁があるが故に受け入れを明言にしたのが、この二つだ。
『私も言うまでもなく。三百年前の時点で彼らの理念には賛同を示せませんし、何を今更と』
『ウチ、というか私はそもそもあそこの剣士とケリがついてない。今更あっちにつく道理が無いわね。まぁ、群れる気は無いから同盟軍に加わるつもりはないけれど』
やはりここらクオンは指揮系統は別に、という事を鮮明にしていた。これについては三百年前の時点で通しており、大陸間同盟軍が結成された後も基本的にクオン率いる<<熾天の剣>>はあくまでも協力関係にあるだけだった。と、これにバーンタインが問いかける。
『それは俺も同意だが……今の指揮系統なら、別に指揮系統を一緒にしても良いんじゃないのか? 主力はかつての勇者様の部隊なんだろう?』
『ええ。そうなります。あくまでも主力部隊は彼ら。各国の戦力では到底勝ち目はありません』
『なら、あそこと指揮系統を一緒にしてもらえる事は出来るか?』
『……即答は出来ませんが、考慮は可能かと』
バーンタインの問いかけに対して、シアは少し考えた上で一つ頷いた。と言っても、これはあくまでも彼女が全権大使ではないが故の返答だ。カイトが前もってこうなるだろう、という事は彼女へと伝えていた。故にこの返答自体も規定事項で、シアの態度は演技だった。
『それが出来るのなら、ウチは大陸間同盟軍の指揮系統に加わっても良い』
『ふむ……そうね。私としても、それなら問題無いわ。流石に天王の家族たるクズハとアウラがトップであるのなら見過ごす事は私の立場上、出来ないもの』
バーンタインの改めての提案に、クオンもまた賛同を示す。そうしてそんな彼女が、アイナディスを見る。
『貴方は?』
『ウチはどちらでも。前の時点で先王と歩調を合わせていました。が、同盟軍発足後は私や主力となるフロドやソレイユらはカイトと最も共同して動いていた』
『故に、どちらでも問題無い、と』
『そういう事ですね。それに、私の場合指揮系統に含まれるのならクズハ様の所になりますので……フロドとソレイユの二人も現状、あそこと共同していますしね』
ジュリウスの問い掛けに、アイナディスは笑いながら一つ頷いた。そもそも彼女は元来はエルフ達の王族だ。なのでエルフの国としても協力はしやすいし、逆にアイナディスらも協力しやすい。
故国だからだ。故にクズハの要請――という名のカイト達からの要請――を受けて大陸間同盟軍に協力していたのである。そしてそれ故、今マクダウェル家の代行である彼女の指揮下になる事は政治的に必然で、同盟軍の指揮下に入っても問題はなかった。と、そんな彼女が今度は逆にジュリウスへと問い掛けた。
『逆に貴方はどうなのですか? ジュリウス』
『ウチは同盟に興味はない。奴らも貴重な遺跡を破壊する事は無かったと聞くしな』
アイナディスの問い掛けに対して、ジュリウスは特段の迷いもなくはっきりと言い切った。ここは常に決まっている。なのでこの返答は誰もが想定内で、驚きはなかった。とはいえ、それで終わるというわけでもない。故に彼は言葉を続けた。
『が……まぁ、現状を変える必要もない。さらに言うと、現在時点では同盟軍に与する方が得である理由もある』
『得?』
『つい先日、ラエリアから大規模な依頼を受けられてね。我々の利益になるものだ。それを切ってまで奴らに与する必要性が感じられない』
『なるほど。そりゃ安心だ。お宅の所は時と場合によっちゃ、奴らに内通するからな』
ジュリウスの言葉に、バーンタインが楽しげに笑う。彼らには彼らの利益、すなわち知識に繋がる何かを与えておけば、御せる。それは有名な話だ。故に多くのギルドマスター達はこれがラエリアが打った先手と理解して、内心でその手腕に称賛を抱く。そうして笑ったバーンタインが、今度は魔女服に似た服装の女性へと問いかける。
『で、フィオ。お前さんはどうするんだ?』
『どうって……何が?』
『お宅の所がどうするか、って所だろうに』
フィオ。そう言われた女性は今までの議論を聞いていなかったかの様に、首をかしげる。彼女は<<魔術師の工房>>のギルドマスターらしい。魔女に似ているのは当然で、魔女族の女性だからだそうだ。とまぁ、それはさておき。バーンタインの問いかけにフィオは笑う。
『ウチは基本は<<知の探求者達>>と共同歩調を取るわ。昔からの馴染みだし……何より、戦闘力で言えばウチが一番低いもの』
『おいおい……低いが、お前の所と<<土小人の大鎚>>はユニオンの生命線だ。流石に断言してくれよ』
フィオの楽しげな言葉に、バルフレアが苦笑気味にため息を吐いた。<<魔術師の工房>>は工房と言う様に、物を作る事に長けたギルドだ。
が、同じ様にモノ作りに長けた所であれば、八大ギルドの一つにしてユニオンの半同盟相手となる鍛冶師連合の<<土小人の大鎚>>も同じに思える。が、この二つは得意分野が異なっていて、そのどちらもが冒険者にとって重要な物だった。
『<<魔術師の工房>>の薬が無くなると、死傷者の桁が変わる』
『私達に出来るのはそれだけよ』
『それだけのそれが重要なんだよ……それ以外にも、フィオは装飾品系の魔道具の大家だろ。お宅に欠けられると暗黒大陸の調査さえ影響が出ちまう』
『あら……嬉しい事言ってくれるわね』
バルフレアの苦言に、フィオは楽しげに笑う。高位の冒険者の中には全身<<魔術師の工房>>の魔道具と<<土小人の大鎚>>の武器防具で固めた者だって普通に存在する。なんだったら、八大ギルドの幹部の中にも居るだろう。
いくら強い冒険者達だろうと、武器がなければその戦力は半減だ。しかも、。<<魔術師の工房>>は薬も作るのだ。彼女らの支援の確約が欲しい、というバルフレアの言葉はわからないではなかった。彼女らこそ、本当に生命線なのである。
『とはいえ……確約が欲しいのであれば、条件は私もクオンと一緒ね。生憎、どこぞのおえらいさんに操られる気は一切無いわ』
『ま、そこについては全員が一緒だろ。唯一例外があるのなら、ってのは誰もがわかってるからな』
『あっはははは。違いねぇ。叔父貴が立たれるってんなら、ウチは一切迷いなく全軍挙げて参加する』
フィオの明言の言葉に対するバルフレアの言葉に、誰もが異論は無かった。そうしてそんな言葉に笑うバーンタインは、<<天駆ける大鳳>>の旗の下に居る若い男へと問いかける。
『アウィス。お前さんも異論は?』
『無いな。そもそも、俺が飛空艇団を率いてるのはどこかの国に縛られたくないからだ。そして勿論、勇者カイトが総大将になる、ってんならユニオンが同盟軍に参加する事に一切の異論はない。逆もまた然り。居ないなら加わらん』
『ま、お前ならそう言うと思った』
何をわかりきった事を。そんな呆れた具合のアウィスの言葉に、バルフレアは大いに笑う。やはり八大の長の一人。色々と分かるらしい。これにアウィスもまた笑う。
『伊達に爺さんが契約と制約の国生まれじゃねぇさ。あの方の屁理屈にあこがれて、親子三代で飛空艇団を作ったぐらいだぜ?』
『あははは。そうだったな』
大いに楽しげに笑うアウィスの言葉に、バーンタインもまた笑う。どうやらそれなりには有名な話だったらしい。そうしてそんな彼らに同じく笑いながら、バルフレアが口を開いた。
『フィオ。ボーデン。お前らはどうだ?』
『私は言うまでもない、というか……流石にその場合に限っては拒絶出来ないわね。私的な話にはなってしまうけれど』
『? 何かあったか?』
フィオの言葉に、ボーデンと呼ばれたドワーフの男性が首をかしげる。この様子だと、彼こそが<<土小人の大鎚>>のギルドマスターなのだろう。これに、フィオが困った様に笑う。
『色々とあるのよ。少し前ならどう答える事でも出来たのだけど……今のマクダウェル家を中心とした指揮系統になると、どうしても参加しないとだめなの。後で何言われるかわからないし』
『よくわからんが……まぁ、ウチとしちゃそもそも鍛冶師の寄り合いだ。各個人の判断に任せる、としておいてくれや』
そもそも言われていた事であるが、<<土小人の大鎚>>はユニオンに所属してはいるがあくまでも別組織に等しい。あそこは単なる鍛冶師達の集まりだ。故に若干だがその指揮系統はユニオン、ひいては冒険者達のギルドとはまた違っており、これについてはバルフレアも口を挟めない事だった。
『ま、お宅はそれしかないか。わかった……ひとまず、八大のコンセンサスはこれで取れたな。八大ギルドは基本は大陸間同盟軍と共同歩調を取る事に異論は無い。無いが、同時に指揮系統に加わるつもりは基本は無い。もし万が一、ウチの指揮系統をクズハ・アウラの二人が取るのなら了承しよう。八大の大半があそこと縁があるからな……当然っちゃ、当然だが』
『……わかりました。本国にはそう伝えましょう』
バルフレアの明言に対して、シアは一つ受け入れの姿勢を示す。どうやら、これについては大凡目論見通りに動けたらしい。
そもそも大陸間同盟軍の指揮系統に冒険者達を入れる、というのが無理である事ぐらい誰でもわかる。なので重要なのは、共同歩調を取ってくれるか否か。共闘をしてくれるか否か、なのであった。そうしてひとまず八大ギルドの意見が一致した事で、バルフレアは話を更に広げる事にする。
ここまではあくまでも八大ギルドというユニオンに絶大な影響力を持つ所の意思を統一する為の話し合い。ここからは、ユニオン全体の意思を統一する為の話し合いだった。
『良し……じゃあ、こっからユニオン全体の動きやらを話し合うぞ』
ここからが面倒だ。バルフレアはユニオンマスターとして、一つ気合を入れる。今まで侃々諤々の議論にならなかったのは、あくまでも八人しか居なかったからだ。そしてその八人の過半数をカイトが根回ししていた事で、揉める要因も無かった。が、ここからは一気に全体になるのだ。当然、議論百出だ。そうして、バルフレアの言葉により、話は一気に全体へと波及する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




