第1917話 ユニオン総会 ――混雑――
ユニオン総会に先駆けて行われたいくつかの会談。そんな中、カイトは馴染みのギルドマスターであるイングヴェイ率いる『猟師達の戦場』が『赤木の寝床』というギルドと会談を行った事を知る。
その両者の関係性などからきな臭いものを感じた彼は、情報を持ってきたランの依頼もあってイングヴェイに探りを入れる事になっていた。そんな探りであるが、幸いにして自らに飛び火する可能性は低いと知り、流れでアストール家とソルテール家の確執を知り、その一部に自分の仲間が関わっていた事を知り気楽に過ごす事となっていた。そんな会話から、一時間。彼らの泊まるホテルにユニオンの使者がやって来た。
「では、たしかにお伝え致しました」
「はい。確かに受け取りました」
ユニオンの職員が持ってきた通達書を受け取って、カイトは一つ頷いた。中身はすでに言われていて、特別確認する必要は見受けられなかった。そうして去って行く職員の背を見ながら、瞬が半ば苦笑気味に呟いた。
「……やっぱり昼開始なのか」
「そもそも昼開始、って言ってただろ」
「……本当にそうなるとは思わなかった」
時間にルーズと取るべきか、それだけぶっ飛んだ組織と考えるべきなのか。カイトの言葉に瞬は素直にそう思う。やはり瞬が会議と言って思い浮かべていたのは、大陸間会議の様な会議だ。そして規模としてはあれにも匹敵するほどの大きさだ。
なにせ全てのギルドマスターに招集が掛かっていたのだ。規模は必然大きくなった。が、同時に時間のルーズさもぶっ飛んでいた。朝開始、と言われていても結局本当に昼の開始になったのである。
「朝に開始、と言われた所で朝に開始出来るかよ。そもそもここはエネフィアだぞ? いくら飛空艇があったから、って前日着出来る所がどれだけある事やら。いい加減、そこらの時間感覚文明レベルに合わせろっての……」
ぼりぼり、と頭を掻きながら、カイトはホテルの中へと戻っていく。彼の愚痴は言うまでもなく、レヴィに対する物だ。基本的に事務方は全て彼女が統率しているに等しい。なので一応の体面上は定刻通りに開始しようとはするものの、エネフィア特有の交通事情の未発達さが相まって出来るわけがなかった。
「で、空いた時間はどうするんだ?」
「流石に今から会談はできんさ……適当に時間潰すかな、と思うんだが……」
どうしよっかな。カイトは伸びをしながら、瞬の問いかけに考える。そんな彼に、声が掛けられた。
「先輩!」
「んぁ? あぁ、暦か。どした?」
「いえ、お時間がおありでしたら、一度訓練を見てもらえればと」
「ああ、良いぞ。どうせ今やりたい事もやる事も無いからな。一人か?」
「あ、いえ。アリスも一緒です」
カイトの問いかけに、暦は一つ首を振る。なお、彼女が何故こうも早々にカイトに訓練の監督を申し込めたのか、というとそもそもの話としてカイトが彼女へと開幕は朝と言われているが昼になる、と明言していたからだ。それを素直に信じた結果、というわけであった。
「中が良いか? それとも外か?」
「中です。動き回るわけじゃないので……」
「わかった。じゃあ、何時も通りオレの部屋に来い」
「はい。じゃあ、アリス呼んできます」
カイトの応答に、暦が一つ頷いた。そもそも暦は兎も角として、アリスはルードヴィッヒから是非にと頼まれて預かっているのだ。その調練は彼にとっても仕事の一つだった。なので彼はその後暫く、暦とアリスの鍛錬に付き合う事になる。
「……良し。にしても、少し意外ではあったが……」
「……なんとなく、ですが」
「出来るかなー、って」
アリスと暦が意外そうなカイトに対して、そう告げる。この二人は基本的に一緒に行動する。それはカイトの指示に拠る所が大きかったが、同時に悪くない判断だったらしい。元々の力量にそこまでの差が無かった事、お互いに得意分野が異なっていた事、年が近かった事があって、お互いに教え合いながら練習を行っていた。なのでその結果、一つの意外な事態が起きていたらしい。
「アリスが気を学び、暦が霊力を学ぶか……アリスは兎も角、暦に霊気を感じ取る力があるとは思わなかった」
「感じ取れるだけ、ですけどね」
「感じ取れるだけで十分だ。元来、霊気ってのは感じ取る事さえ不可能だ。感じ取れただけ上出来だ」
アリスの操る霊気に反応する暦を見ながら、カイトは一つ頷いた。これはカイトも想定外というか予想外なのであるが、どうやら日本人そのものが他の種族より霊的な存在に対する適性があるらしい。
まぁ、元来日本では多くの者が異族の血を引いているとのことだ。その中には霊気に対して殊更強い適性を持つ種族が居たとて、不思議はない。混血が進み表出するほどではないだろうが、訓練すればある程度は対応出来る程度にはなるのだろう。と、そんな訓練をしながら暫くの時間を費やしていると、カイトのスマホのタイマーが電子音を鳴らす。
「ん……時間か」
「あ、はい。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
暦とアリスがカイトの指南に礼を述べる。そうして、そんな二人に見送られてカイトはユニオン総会に出席するべく出立するのだった。
さて、出立したカイトであるが、そんな彼は先と同じく瞬、ユリィと共にユニオン本部へと向かっていた。その道中、瞬はカイトへと疑問を呈する。
「だが、何故サブマスターまで一緒なんだ? ただでさえ多い出席者が更に増える気がするんだが……」
「そりゃ、ギルドマスターが皆が皆話し合いに興味を持ってくれるんなら、それでも良いんだろうけどねー。ギルドマスターでもピンきり。全部任せて寝てる奴も居るし」
瞬の疑問に対して、ユリィが道理を説いた。これについては常々言われている事だ。実際、エルーシャの所を見ればわかるだろう。あそこは策を練るのは基本的には弟にしてサブマスターのランだ。が、人望の面でならエルーシャが支えており、問題なく運営を行えていた。
「なるほどな……言われれば納得だ。ウチがウチなだけか」
どうやら瞬も納得出来たらしい。というわけで、そんな話をしながら歩く事暫く。カイトはユニオン本部の受付前へとたどり着いた。が、そこは先日来た時以上に人だらけで、しかもかなりの猛者も多かった。
「……これは……」
「すごいだろう? これが、ユニオンが誇る冒険者達だ」
数多の冒険者達を前に、カイトが笑いながら明言する。世界に数%しかいないというランクSの冒険者。それも三桁はくだらないだろう数が、瞬の目の前には居る様子だった。無論、これで全てではない。
いくら今年が緊急事態に等しい状況だろうと、どうしても年単位で受けている依頼はあるものだ。そうなってくると総会に必ず出席出来るわけではなく、そしてユニオンとしても招集はあくまでも超長期に渡る依頼を受けていない者に限っていた。
そして上に行けば上に行くほど、そういう依頼は多くなる。結果、ランクS級冒険者の出席率は決して高いものではなかった。とまぁ、それはさておき。笑うカイトにユリィがツッコんだ。
「なんでカイトが自慢げなのさ」
「あははは……とはいえ、流石にこれはすごいな。オレが考えた以上にランクSの出席率が良い」
「普通はここまで揃わないのか?」
カイトの言葉に、瞬もまた受付前を見て首をかしげる。なお、瞬もカイトもランクSの冒険者は見てわかったらしい。カイトは訓練の賜物だが、瞬は自分より強いのは軒並みランクSだろう、という判断だった。なのでランクSの冒険者が非常に多い事がわかったのである。
「揃わない揃わない。そもそも揃えようにも捕まらない奴の多いこと多いこと。というか、ランクS冒険者の約半数はソロだよ? 居場所どころか生きてるかどうか」
瞬の問いかけに、ユリィは笑いながら首を振る。これに、瞬が目を見開いた。
「そうなのか?」
「うん。ランクSの冒険者の約半数はソロ……って、知らない?」
「いや……ソロのランクS冒険者が多い、というのは聞いた事がある。が、やはり知っているのとなると、基本はどこかギルドに所属していたからな……てっきり、そちらの方が多いかと思っていた」
ユリィの問いかけに、瞬が意外そうに頷いた。実際、そう思うのも無理はなかった。彼の場合ランクSで知っているのは八大の猛者達が大半だ。他にも例えばグリムなど、ギルドの長や幹部として名を馳せている。
なので有名ギルドには一人ぐらいはいそうなものだ、と思っており、結果として印象としてはギルドに所属している方が多いのだと思ったらしい。これに、ユリィが今の冒険者の実情を教えてくれた。
「実際はそんなに変わらないよ。ランクSまで到達すると、大抵の状況だとソロでなんとかできちゃうからね。それに、ほら……思い出してもみてよ。あのラエリア内紛。あの時、南部軍のランクS冒険者達の内、何割がギルドだと思う?」
「む……」
そういえばあの戦いでは二桁近くのランクS冒険者が居たという事だったか。瞬は当時の事を思い出し、少しだけ考える。が、そのまま考える事は難しい。なので彼は一度、当時の自分陣営の事を思い出した。
「北部は……確かカリンさんもジュリエットさんもどっちもギルド所属だったな。後一人居たとは聞いてたが……彼とは一度挨拶したぐらい、か。所属とかは聞いた記憶が無いな……」
「彼はソロだよ」
「そうなのか……となると、約六割か」
ということは、公的に参加したランクSの内半分以上がギルドの所属か。瞬は当時の状況を改めて理解して、一つ考える。
「となると、南部軍もだいたい同じぐらいの割合じゃないのか?」
「実際は逆だね。北部軍と南部軍の差があるから。北部軍は知っての通り、理念がはっきりとしている。南部軍は逆に金銭面で有利だった……だから七割がギルドに非所属。カイトが戦った奴らは全員そだね」
「となると……ギルドに所属していたのはグリムとホタルが戦ったあの大型魔導鎧の冒険者達……ぐらいか?」
「そんな所になるね」
そういえば最終日前日にカイトが交戦していた場所では、周囲に殆ど誰もギルドメンバーらしい奴が居なかったな。ユリィの言葉に瞬はそれを思い出す。あれは足手まといだから居なかったのではなく、ギルドに所属していなかったからあそこに居たのである。
「ギルド率いてると、あそこ以外の所を守ってたわけ。人数の有利を活かせるからね。でも逆に人数があるから、機動性がソロより落ちるの。結果、カイトが戦ったのは全員ソロの冒険者ってわけ」
「なるほど……」
言われてみれば納得だ。瞬はユリィの解説に納得出来たようだ。とまぁ、そういうわけで居場所が掴めず、連絡が届かない事もよくあるらしい。結果、参加率が低くなる傾向にあったようだ。そんな彼に、カイトが告げる。
「でもまぁ……今年は流石に状況が状況だからな。ソロの冒険者達も多くが参加しようとユニオンの支部近辺に戻っていたようだ。戻ってない奴でも、近況は聞ける様にしている事だろうさ。ソロでやってるのと、伝手が無い事は話が違うからな」
「なるほどな……そこまで至ると、必然として情報を手に入れられる様にしているのか」
「そういうわけ……で、カイト。一昨日受付で貰った番号札は?」
瞬の言葉に頷いたユリィが、改めてカイトへと問いかける。まぁ、言うまでも無い事であるがここまで多くの冒険者達が居るのだ。進むのも一苦労な状態である。
なので席については予め出席の報告をした時点で受付から番号札を貰っており、それに従って会議室では座る事になっていた。今から逐一席を決めるとただでさえ遅れがちな会議が更に遅れるからだ。
なお、それでも土壇場に来る者は非常に多いので、結果として受付付近は混み合うのである。単に中で座って待てるか、ここで延々立って待たされるか、という差に過ぎなかった。
「持ってる……33番昇降機だな」
「昇降機?」
「流石にこれだけの数のギルドや冒険者が一堂に会する事の出来る会議室があると思うか? 大陸間会議より多いぞ」
「……無理だな」
明らかに参加者は大陸間会議の参加者より多いのだ。あの大会議場でさえ巨大なのに、あれ以上に巨大な会議場がある様には見えなかった。
「ま、行けばわかる。意外とあの会議室、すごいんだぜ?」
「ほぅ……」
どうやら流石はユニオンの本部である、という所が見れるらしい。瞬はカイトの楽しげな言葉から、そう理解する。そうして、実際に彼はその会議室を見てみる事にして、カイトと共に人混みをかき分けて会議室へと続く通路へと向かう事にするのだった。
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