第1916話 ユニオン総会 ――確執――
ユニオン総会。年に一度行われる総会の開幕も近づいたタイミングで、カイトは同盟相手のサブマスターにして参謀であるランからの来訪を受けていた。そんな彼はランが持ってきたリストを基に気になる情報の目星を付けると、改めて行動に入っていた。
「ああ、オレです。カイトです。ギルドマスター殿は居ますか?」
『ああ、カイトか。ウチが泊まってる所なんてよくわかったな』
「知己を得ている有名所は流石に押さえるさ」
『猟師達の戦場』のギルドメンバーの言葉に、カイトは一つ笑ってそう明言する。とはいえ、向こうもすでにカイトの手腕については広く伝わっていたのか、特段疑問には思わなかったらしい。カイトからの連絡に応じてくれた幹部――知り合いだったので口調も変わった――もすぐにイングヴェイへと取り次いでくれた。
『よぉ、カイト。久方ぶりだな』
「ああ。ああ、この間のあれ、感謝する」
『良いってこった。一部は以前のダイヤ・ロックの一件だからな。分け前とでも考えてくれ』
カイトの言葉に、イングヴェイは楽しげに笑う。何度か言われていた事であるが、カイトとイングヴェイは今も繋がりを持っている。それだけでなくソラも繋がりを保有しているらしく、イングヴェイ側もソラがブロンザイトの弟子になった事には大いに驚きを得ていた様子だった。とまぁ、それはさておき。一旦は社交辞令を交わした後、イングヴェイは改めて本題を切り出した。
『で? お前さんがこの土壇場に連絡を入れてくる、ってどうした』
「ああ。まぁ、この土壇場になったのは悪いとは思うが……あまり長話にもしたくない話だからな。先にさせて貰った」
『ふーん……で?』
「『赤木の寝床』」
『っ』
カイトの出した名前を聞いた瞬間、イングヴェイの気配が僅かに揺らぐ。どうやら、長話にしたくない、という時点で来るかな程度は思っていたらしい。が、同時にあまり来てほしくない話題だな、とも思っていた様子だった。
「やっぱ、揉めてたか」
『……はぁ。まぁな』
カイトの言葉に、イングヴェイは諦めた様に頷いた。そんな彼はカイトに一応の明言を行っておく。
『一応、こっちとしちゃ未然に防ぎたくはあるんだがな』
「当然だろ。どっちもお貴族様だ。お貴族様の揉め事に介入して良い事なんて何も無い」
『わかってるさ。俺だって介入したいわけじゃない』
カイトの言葉に対して、イングヴェイもまた心底面倒くさいという顔で同意する。大半のまっとうな冒険者なら、貴族同士の揉め事に関わるのはどれだけ金を積まれても避けたい所だ。
なにせどっちが勝っても負けても面倒しか後には残らない。金だけ得られるのならまだしも、相手は貴族。大抵勝負事ではどちらが勝っても負けても相手は死なないのだ。となると、負けた側からは恨まれる。勝った側とて保護はしてくれない。結果、金と共に面倒事まで掴まされてしまうのであった。
「でも受けた、と」
『しゃーねーだろ? あればかりは目玉飛び出るぐらい報酬が高いんだから』
「おい……まぁ、今回ばかりはオレが迂闊だった、ってのもデカイだろうが」
『そうだろ』
「てめぇな……」
確かにそれが道理といえば道理なのだが。カイトは笑うイングヴェイに、盛大に顔を顰める。
「で、一応巻き込んだ側だ。状況ぐらいは聞かせてくれ」
『つっても、お前さんに語る必要があるかねぇ……大凡、お前さんが想像してる通りだ。アストレア家分家アストール家。俺達の依頼主は彼らだった』
それぐらいはあるだろうなとはカイトもイングヴェイ達と組んだ時点で考えていた。あの依頼に出された報酬額などを鑑みた場合、最低でもかなり高位の貴族かそれ相応の大金持ちが依頼人だ。それで考えれば、カイトと同格の公爵の分家であれば、十分に該当するだろう。
「で、『赤木の寝床』が懇意にしているといえば、言うまでもなく」
「『ソルテール侯爵』」
カイトとイングヴェイは声を揃えて、『赤木の寝床』なるギルドが懇意にしているという貴族の名を口にする。こちらも言うまでもなくかなり大きな貴族だった。
『ソルテール侯爵。公爵に近い侯爵。有力貴族の一つだ。アストール家となら格としては十分に互角だ。いや、多分ソルテール候のが上だな』
「めんどくせぇなぁ……」
『言うなよ。俺だって面倒だとは思ってたさ。アストール家とソルテール家の確執は割と有名だ。だから、依頼を受ける前に色々と手は打ってた』
色々とねぇ。切れ者と知られるイングヴェイが言うほどだ。確かに色々と手は打っていたというのは事実だろう。実際、今の所まだ揉め事には発展していない。色々と手を打っていたその手が功を奏している、という事で間違いないだろう。
『まず、依頼に際してアストレア公には話を通した。こうこうこういう依頼を受けますってな』
「まぁ、正しいやり方か」
流石に侯爵と公爵であれば、後者の方が強い。伊達に二大公五公爵と言われるわけではない。いくら有力貴族であれども格は公爵の方が上なのだ。なので主家であるアストレア家に話を通す事によって、万が一揉めた場合にでも彼らが介入してくれる様にしてくれていたのだろう。
「で、なんで今更」
『だから言ったろ? どうやらソルテール候は俺達がアストール家側に着いたと思ってるみたいでな』
「うっわ、メンド」
『言うなってば……本気で面倒なんだからよ……』
心底疲れたように、イングヴェイはカイトのツッコミにため息を吐いた。
『で、結果的に『赤木の寝床』から敵視されてるみたいでな。自慢話聞かされたんだよ』
「あっはははは。そりゃ、ご愁傷さま。家の格が近くて子供の年齢が近いからな、あそこは」
方や分家とはいえ辺境伯。方や侯爵とはいえ有力な貴族だ。アストール家に関しては主家がアストレア家である事を鑑みねばならないが、実力にそこまで差は無いという。
『笑い事じゃねぇよ。巻き込まれてる側だ』
「あはは……まぁ、確かにな。どうするにしても、貴族同士の揉め事には巻き込まないでくれよ。大凡、アストール家はお前に対して好意的だろうがな」
『よくわかったな』
「わかるさ」
なにせこれでも公爵だからな。カイトは内心でそう思いながら、イングヴェイの言葉に笑う。アストール家にしてみれば超絶ではすまない領域のレアな魔物を持ってきてくれたのだ。
これと同格の魔物を手に入れるのは中々に困難だ。ここぞとばかりにソルテール家には自慢した事だろうことは明白だ。であれば、その功労者であるイングヴェイにはさぞ満面の笑みでねぎらいと迷惑を掛けている事への詫びを述べていたことだろう。
「で、改めて言うが……絶対にこっちにまで持ってくんなよ」
『わかってる。お宅には迷惑は掛けん様に処理する。流石に自分の尻ぐらいは自分で拭うさ』
なにせカイトが出て来ることになれば、その時点でアストレア家も関わらざるを得ないのだ。今までは分家が少々ライバルと小競り合いを起こしているだけ、と特段気にも留めていないが、他家が出て来るとなれば話は別だった。この程度よくある事、と気にしないのはどちらも身内話で終わればこそ。他家が関わっては醜聞だ。
「はぁ……面倒な。まぁ、元々学園時代の同期だ、とは聞いてるんだがねぇ」
「んー? 何がー?」
「あ、丁度良いの居たわ」
学園となると自分に関係があるかも。そんな様子で机の上で転がったユリィに、カイトが目を見開いた。ここ数世代に渡って彼女は学園長だったのだ。なら、アストール家の今代とソルテール家の今代を知らない筈がないと思ったのである。
「お前、アストール家とソルテール家の確執知らない? たしか根っこ、お前の現役時代に起きてたろ?」
「……ああ、あれ」
「なんだよ、その超絶楽しげな笑い」
ああ、あれ。それだけで今にも話したくて仕方がない様子のユリィに、カイトが少しだけもらい笑いを浮かべる。どうやら当時を知る者にはかなり有名な話らしかった。
「きっかけはかーなーり些細な事だよ。ほら、アストール家とソルテール家って名前似てるでしょ?」
「まぁな。が、んなものどこでだってあるだろ。日本で言えば鈴木と佐々木とかな」
「うん……そのさぁ、この時代にちょっとマドンナ的女の子が居たわけ」
「あ、大体察した」
楽しげに話し始めたユリィに、カイトは楽しげに笑う。どうやらどこでも起きる様な事例は異世界でも起きて、そして貴族達の間でも起きたようだ。そんな彼に、ユリィは楽しげながらも不満げに口を尖らせる。
「話ぐらいさせてよー」
「だって大凡は察せられるだろ」
「そーだけどね。まー、その通りで。どっちがどっちだったかは忘れたけど、どっちかを呼ぼうとして、伝言ゲーム。途中で入れ替わりが起きて、みたい。元々そこまで仲が良かったわけじゃなかったんだけどねー。ただ、どっちもファンクラブに所属してて、結果確執に」
おそらくこれはイングヴェイは知らないんだろうなぁ。カイトは根っこを聞けば馬鹿らしい、としか思えない話を聞いて、ただただ笑うしか出来なかった。その後は両者結婚して子供も出来ているらしいが、この時の確執がそのまま今でも続いている様子だった。
「で、結局そのマドンナは誰が射止めたんだ?」
「あ、カイトは答え知ってるよ? だって旦那さん知ってるし」
「へー……誰だ?」
意外と世界は狭いもんだな。カイトは興味深げにそのマドンナを射止めたというプレイボーイの名を問いかける。
「デュランの奥さん」
「おぉ、あいつか。確かにべっぴんさん貰ってたなぁ……」
なるほどなー。カイトは自らの部下にして戦友の妻を思い出し、なるほど、と納得する。カイト自身、再会した後には大いに茶化したものだった。
「……って、マジで? まぁ、あいつ顔立ち悪くはなかったが……だからって女にモテる様な性格じゃなかっただろ? それが三百近く年下の女の子と結婚?」
剣の腕は立つが、どこかぶっきらぼうで粗雑な男。無論、優しくないわけではない。それどころか根としては優しいと言える。ただどう優しくすれば良いのか、などがいまいち理解出来ていないだけだ。
カイトは戦友にして友人の事を思い出し、そう笑う。茶化しはしたが詳しく聞いたわけではなかったらしい。これに、ユリィが楽しげだった。
「あ、どうやらかなーり前から言い寄ってたみたいだよ?」
「え゛……あいつ……ロリコンだったのか……? 道理で……」
「カイトだけは言っちゃだめなセリフだと思うけど……逆逆。リーリ……奥さんの方が幼少期から言い寄ってたみたい」
道理で酒場で女口説いたりに興味無いわけだ。そんなカイトの言葉に対して、ユリィが笑いながら首を振る。それに、カイトも思わず納得を示した。
「なるほど。それなら納得。あいつああ見えて、押し弱いからな」
「そーそー。学生たち知らないけど、リーリエ。かなり押し強いよ? だって一年生で私にデュランさんと結婚したいんですがっ! とか来たぐらいだし」
「そりゃすごい。あの脳筋野郎のどこが良かったんだか」
「それ、私も言った。ら、百個ぐらい返ってきた」
あいつが自発的に結婚する事は想像出来なかったもんなぁ。カイトは自身からは結婚の報告もしなかったデュランなる剣士の事を思い出し、そしてその妻との話を聞いて楽しげに笑う。
「恋する乙女は盲目、か……じゃあ、はじめから全員脈なかったのか」
「そゆことー。まー、流石に相談された身として黙秘してたけどね」
「そりゃ、ご愁傷さまで」
楽しげに、カイトは手を合わせて恋破れた者たちの冥福を祈る。件の剣士は少し恥ずかしげながらも子供も居て、と言っていて妻の名から少し貰っている、とも言っていた。カイトはそんなぶっきらぼうな彼の幸せを嬉しく思っていた。ならば、見知らぬ学生達には悪いが諦めてもらうだけだった。
「まー、それならあいつらに迷惑掛からない……か。デュラン、ウチでも有数の武闘派だし」
「子供の方もかなり腕立つよー。まー、あそこは問題無いんじゃないかな」
「なら、ウチに問題飛び火しない限りは放置すっかー」
どうせ自分達が関わると碌な事にならない状況なのだ。なのでカイトは自分達に飛び火しない限りは、イングヴェイに任せる事にする。そうして、危惧した事にはなりそうになかった事を受けて、開幕までの暫くの間はのんびりする事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




