第1915話 ユニオン総会 ――面倒――
冒険者ユニオン協会にて一年に一度、秋の季節に開かれるユニオン総会。それはエネフィアに存在する全てのギルドマスターを集めて行われるものだった。
そんな中にギルド冒険部のギルドマスターとして、そして皇国のマクダウェル公カイトとして出席する事になったカイトは、ひとまず総会の前に八大ギルドの一つ<<暁>>のギルドマスターであるバーンタインと会合を得ていた。そうして、カイトの要望を受けたバランタインの出現と彼を交えての情報交換から少し。ひとまず、大凡の情報交換が終わっていた。
「とりあえず、今後行うなら北部か。そうなると、遠征隊を魔族領に派遣するべきだな」
「へい。とりあえず、その様に手配は進めています」
「ふむ……そうなると、砂漠地帯か。ティナ。何か道案内やそういったので考えは無いか?」
『ふむ……そうじゃのう。色々と考えられはするが……』
カイトの提示を受けたティナが、少しだけ頭を捻る。一応体面の問題で瞬を連れて行ったわけであるが、やはり知恵を借りたりするのであれば彼女の出番だ。しかも今回は魔族領の関連もある。一番の適任者だろう。
『土魔族の支援を借りるのは良いかもしれん。あの種族は砂漠に適正がある……まぁ、<<暁>>ならばおるやもしれんが』
「へい……と言っても、純粋な土魔族はいやせんが……」
『ふむ……後は、道先案内人として古い者がまだおるやもしれん。ウルカには南側の道先案内人が。魔族領には北側の道先案内人がおるからのう。それを探す事から始めても良いかもしれんな』
「なるほど……」
確かに、それはそうだ。バーンタインはティナの提案に一つ頷いた。これに想像が至らなかったのは、そもそもウルカでこの道先案内人を務める事が多かったのが<<暁>>だったからだ。自分達が道先案内人なのに他の道先案内人に頼む発想が無かったのである。
が、そんな彼らが行うのはウルカからオアシスにあった王国までの道案内。そこから更に北。魔族領までの道は魔族が担当していたのであった。それを彼も思い出したらしい。そうしてその後もいくつかの提案を受けた後、バーンタインがティナへと頭を下げた。
「ありがとうございます。ひとまず、いくつかについてはすぐにホームに連絡して手配させて頂きやす」
『それが良かろう。後はクラウディアの奴というか、魔族の担当者と話しながら話を進めると良い。あちらもあの砂漠には手を焼いておるという事じゃしのう』
「ありがとうございます」
ティナの助言に対して、バーンタインが一つ頭を下げる。これについては魔族側もウルカとの交易を回復出来るという利点がある。受け入れない道理はないと判断出来た。
なお、では何故今までウルカが単独で動いていたかというと、国力の差からの問題だ。ウルカとしては魔族側に主導権を握られたくない、という思惑があったのだ。こればかりは国と国である以上、どうしても鑑みられる問題だった。
「さて……まぁ、流石に何かがあっても手は出せる案件じゃないが。この通り、先輩やリジェを通して何か助言ぐらいなら出来る。もし何か依頼があったら、今まで通り言ってくれ。バーンシュタット家はどれだけ遠縁になろうと、ウチの身内だからな」
「ありがとうございます」
どこか恥ずかしげなカイトの明言に、バーンタインが深々と頭を下げる。そうして、カイトはその後も少しだけ残って軽い雑談を交わして、総会に備える事にするのだった。
さて、バーンタインとの会合から少し。カイトは改めてホテルに戻ると、総会の開幕に備えて時間を潰していた。バーンタインと会っていたのはあくまでも前々から要請があったからに過ぎない。本来は予定を入れるべきではないのだ。が、それでも来られれば会わねばならない相手は少なくなかった。その一人は当然、同盟相手だった。
「カイトさん」
「あぁ、ランか……悪い、少しだけ待ってくれ。<<暁>>からの要望を出す所に出す為に書き留めてるんだ」
「ああ、すいません。急に」
「いや、構わんさ」
カイトはひとまずマクダウェル家や魔族領に提出する為の書類を書きながら、ランの言葉に笑う。まぁ、そう言っても手が空いていたからやっているだけで、そこまで時間を掛ける事でもなかった。
何より提出しないでも最悪は後追いでなんとかなる。なぜなら、マクダウェル家では彼が許可を出す側だからだ。要望はすでに聞いているし、断る理由もなかった。というわけで、体面的にある程度忘れない様にしているに等しく、最悪は記憶を補佐する魔術でどうにかなるのである。
「……良し。で、どうした? 今更話す理由がある物があったか?」
「いえ……数日前から入っていると聞きましたので、こちらの情勢はどうなっているか、と」
「ああ、それか。そうだな……大凡は想定を外れていない。やり手で知られている所や有名所は流石という所で、色々と会談を行っているみたいだ」
カイトはランの問いかけを受けて、ここ数日漏れ聞こえる『リーナイト』での噂話を彼へと語る。当然といえば当然の話であるが、会談を行っているのはカイトだけではない。
そしてそれは少し有名所になれば、どことどこが会談した、という内容はよほど隠したくなければすぐに伝わる事になる。なのでカイトも必然知る事となり、特段驚くには値しなかった。
「そうですか……となると、やはりいくつかの噂は本当かな……」
「何か気になる事があったか?」
「……ええ。いくつか皇国でも有名所が会談を行った、という風に噂を耳にしまして」
カイトの問いかけを受けて、ランがいくつかの気になる噂とやらを彼へと報告する。それを聞いて、カイトは一つ頷いた。
「なるほど……確かにいくつかについてはオレも会談をした、という噂は聞いているな」
カイトは数日前に『リーナイト』に入ったわけであるが、その時点で山程の冒険者が来ていたのだ。言う必要はないのかもしれないが、早い者は早い。実際、アイナディスはかなり早い段階で来ていた。
それと同じ様に早い者では総会の開始一週間ほど前に来ており、色々と下準備やカイトと同じ様に総会前の会談を行っていたり、バルフレアに話を通してアレグラスの墓参りを行ったりもしていた。なのでカイトが来た時点で会談が行われていた、という噂は彼も耳にしていたようだ。
「ラン。お前の事だから、リストアップはしているだろ?」
「ええ……こちらを」
「ああ……書き込んで良いか?」
「勿論です」
カイトの問いかけに、ランは一つ頷いて快諾を示す。元々そのつもりで来ているのだ。断る道理はどこにもなかった。そうして、カイトはランの用意したリストを引き寄せる。
「えっと……こことここの会談は行われたと聞いたし……ここはしてなかった筈だな……」
カイトはここ数日で仕入れた噂と情報を基に、ランの持ってきた会談が行われたと思われるリストに書き込みを行っていく。どことどこが会談を行ったか。それが分かれば、現状入っている情報からどういう内容が話し合われただろうか、というのは推測可能だ。
勿論、それ以外にも話し合われた可能性は十分にあり得るが、それでも内容が完璧にわからないよりまだマシだ。故に今重要なのは会談が行われたか否か。まずそこを知らねば話が出来ない。そうして、およそ五分ほど。カイトはリストに聞き及んだ限りでの情報を書き込んだ。
「……こんな所だな。無記載の所はオレも知らん」
「いえ、構いません。知り得る所を知りたいだけで」
「ああ……それで、そちらもいくつか聞いてる、と思って良いか?」
「勿論です」
カイトは自分が記載するより前に描かれていた印を見ながら、ランへと問いかける。どうやら言わないでもわかるだろう、という事で語られなかっただけで、ランはカイトの所に来るよりも前にいくつかの所を回っていたらしい。彼の提示したメモにはすでにいくつかの書き込みが行われており、カイトもそこについては重複になるか、と書かないでおいた。
「にしても……なるほどな。やはり概ね想定通り、という所ではあるか」
「ええ……カイトさんのおかげ、と皇国は言うでしょうね」
「おいおい……」
ランのどこか冗談めかした言葉に、カイトは少しだけ肩を竦める。概ね想定通り、というのは会談が行われたとされる所の内いくつかだ。そのいくつかは有名なギルドで、皇国とつながりの深いギルドだった。カイトも皇国軍からいくつかの案件でここに記載されているギルドと共同で案件に対応した、という話は聞いている所で、国からの信頼も厚いらしい。
冒険者達は国から頭ごなしに命令される事を嫌う、と言ったものの国は大切なお得意様でもある。故に率先して国からの依頼を受ける様な所は当然あり、ここのリストに記載されていたのはそういう所だと言い切れただろう。とまぁ、それはさておき。苦笑混じりなカイトにランが笑う。
「あはは……貴方の演説の結果、と言うべきでしょう。他にも貴方が経験したいくつかの戦い。そこの『猟師達の戦場』は貴方も覚えているでしょう? 彼らの様な所が邪神との戦いは起きる、と伝えてくれている様子です」
「……ギルドマスターのイングヴェイとは今でも付き合いがあるしな」
ランの指摘したギルドは、以前に収穫祭の折りに付き合いの出来た所だった。やはり遺跡調査が専門の冒険部だ。狩猟が専門のイングヴェイの所とは専門分野が違う為、手に入る情報もまた異なっている。
勿論、イングヴェイの側もまた然りだ。結果、お互いに切れ者である事もあって付き合いを持っておく事は良い事と判断されたらしく、時折情報交換を行っていた。なので忘れる事はなかった。そうして、カイトは改めてリストに目を落とす。そういえば彼の名もあったな、と思い出したらしい。
「ふむ……なるほど。彼らも会談を行ったみたいか……まぁ、イングヴェイはかなりの切れ者だからな。不思議はないか」
「ええ……内容としてはまた狩りに関する事だとは思われます」
「だろうが……ふむ……」
「どうしました?」
僅かに顔を顰めるカイトに、ランが訝しげに問いかける。これにカイトは一つ懸念というか、気になる点を告げた。
「この相手ギルド。知ってるか?」
「『赤木の寝床』……こちらもハンターギルドですね。それが?」
「同業他社と会合をした、ってのが妙に気になってな。情報交換か、とも思うんだが……」
「ふむ……そういえば、そうですね……単なる情報交換なら、総会の間に行われるハンター達の会合もありますし……」
規模としては同格の同業他社。特に揉めたとの話は聞いた事がなかったが、『赤木の寝床』は少しカイトも聞いた事があった。なので気になっていたらしい。
「この『赤木の寝床』なんだが……皇国のとある貴族が懇意にしてるギルドなんだ。社交界で少し聞いた事があってな」
「ふむ……」
懇意にしている。それをそのまま捉えるべきではないだろう。ランはカイトの言葉をそう理解する。それ故、彼は少し真剣な目で問いかける。
「何か揉め事が起きたか、起きつつあるか。どちらかと?」
「可能性はあり得る。そしてその可能性としてあり得るのは……」
「以前の収穫祭の一件、と」
カイトの言葉の続きを、ランが口にする。改めて言うまでもない事であるが、あの一件はとんでもない額の金が動いた。なにせ『ダイヤモンド・ロック鳥』の雛だ。気になったのでカイトもあの後裏で調べたらしい。すると、やはりとんでもない所にぶち当たったそうである。
「どうやらアストレア家の分家の一つが先の依頼を出していたみたいでな……詳しくは伏せるが、かなり有名な所だ。買った妬みは結構大きそうだ」
「つまりは、と?」
「伏せたんだから、詳しく聞かないでくれよ」
つまりはそういう事ですか。そう言外に問いかけたランに、カイトは困り顔で苦笑を滲ませる。が、これは何より明白だった。つまりはそういう事らしかった。これに、ランがため息を吐いた。
「アストレア家の分家の依頼で、『赤木の寝床』……その裏は、ですか。厄介事にならねば良いのですが」
「ならない様にはして欲しいもんだな」
カイトは椅子に深くもたれかかり、リストを机に投げ捨てる。あの一件、カイト達は自分達の利益の為とはいえ、イングヴェイ達に協力している。しかも、その後も懇意にしているのだ。
あの件で何かがあるというのなら、彼らにもとばっちりが降りかかる可能性はあった。となると、必然として同盟にも色々と火の粉が飛んでくる可能性は無いではなかった。
「探り、頼めますか?」
「した方が良いだろうさ。確かに、よく思えば目玉も飛び出る様な依頼だ。裏の裏に何かがある、と考えるべきだったか。子供の誕生日にどんだけぶっ飛んだ額を出すんだ、とは思ったが……些か貴族を知らなすぎたかな」
あの時は祭りの前で色々と忙しく、そして下手にギルド同士の抗争に巻き込まれたくない事もあって、さっさと終わらせたかった事があったのは否めない。あの時点ではあれが最善の判断だったが、それが未来で最善の状況を作り出してくれるとは限らないのだ。
「わかった。元々ウチが若干は蒔いた種だ。こちらでやっておこう」
「お願いします」
「ああ……そういえば、ラン。エルは?」
「ああ、彼女ならアイゼンさんの所に行ってもらっています。そちらの方が良いでしょう?」
「なるほどね。ギルドマスターが天将の弟子なら、よほどの事が無いと喧嘩は売られんか」
まずやる事は安全確保。カイトはそんなランの言葉に、一つ笑って頷いた。どうやらカイトの事をエルーシャは気に入っているらしい。近くに来れば必ず自身で挨拶に来ていた。なのに居ない事に疑問を得ていたらしかった。そうして、その後も手短に両者は話し合いを行って、各々が次の手配に入る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




