第1913話 ユニオン総会 ――集結――
<<天翔る冒険者>>ギルドマスター・バルフレア。最近のトラブルによりストレスを抱えていた彼の愚痴を聞いたカイトは、その後大いに痛飲して珍しく酒で眠りこけた彼を<<天翔る冒険者>>に返却すると、そのまま受け取りに来たレヴイと共に僅かな会話を行うこととなる。そんな一夜から、明けて一日。総会の前日だ。この日になると、流石に大半のギルドが参集しつつあった。
「お……<<暁>>も来たな」
カイトは朝一番の鍛錬を終えると、やる事も特に無いので以前の大陸間会議の様に来る者たちを見ていた。そんな中、やはり母数もあって大きいのは<<暁>>の船団だった。
「<<暁>>、<<森の小人>>、<<天翔る冒険者>>、<<知の探求者達>>……これで四つか。半分。前日着だと良い塩梅か。一つ元々だけど」
カイトは指折り数え、今確認した限りの八大ギルドを読み上げる。それに、同じ様に窓から外を見ていたユリィが首を振る。
「んー。カイトが寝てる間に<<熾天の剣>>が来てるよ」
「あ、クオン達来てるのか。ってことは、後は<<魔術師の工房>>、<<土小人の大鎚>>、<<天駆ける大鳳>>の三つか」
「スカイ船団は明日だねー。あそこ、飛空艇の船団持ってるから」
「空挺団か……昔じゃ考えられなかったな」
どこか楽しげに、カイトは笑って空を埋め尽くさんばかりの飛空艇を見る。三百年前、彼が最後に出席した総会では飛空艇は一隻も存在していなかった。
それが、三百年経った今。ある程度の規模のギルドなら飛空艇を保有している事は少なくない。それに伴って、八大ギルドにも飛空艇を中心としたギルドが出来上がっていたのである。と、そんなふうにどこか楽しげなカイトに向けて、ユリィが告げる。
「で……それはともかくとして。面倒は起きそうかなー」
「だーろうな。この時期で、今の現状がある。名を挙げたい、って冒険者は馬鹿ほどいる」
くるん。カイトは興味なさげに、窓の縁に背を向ける。やはり人が集まれば活気が生まれ、活気が生まれればいざこざも生まれる。そのいざこざの中で一番多かったのは、有名人を打倒して名を挙げたい、というバカな冒険者だった。
「今名を挙げれば依頼は受けたい放題だ。どこの組織にせよ商隊にせよ、護衛は欲しいからな。冒険者は総じて売り手市場だ」
やはり<<死魔将>>の事があってか、万が一襲撃されればという恐怖がどこにでもあるらしい。なので護衛の雇い入れに関しては前年比で倍近く伸びているらしく、ゴールドラッシュ並に売れているらしかった。
そうなると、やはり良い依頼を受ける為に実績が欲しいものだ。なので最強の冒険者と名高いクオンだけでなく、名のある冒険者には喧嘩が売られている様子だった。というわけで、ユリィが問いかける。
「カイト、売られない?」
「どうだろ。まぁ、あり得るかもなぁ……」
こればかりはカイトも想定外だったのだが、現在彼には一つ厄介な名が入ってしまっている。それは今季の天覇繚乱祭の優勝者の一人という事だ。今年の天覇繚乱祭は結局として、優勝者を再度決める事はなかった。直後の『八岐大蛇』による襲撃で中津国がそれどころではなかった事がやはり大きかった。なので今年は特例として、準決勝の四人が優勝者となったのである。
といっても、その代わり何時もなら出る賞品については無しで、各々何か必要な物があれば一つ申し出る様に、と言われただけだった。セレスティアは兄の情報がもし手に入ればそれを融通してもらう事、ディガンマは金を望んだそうで、カイトは特に思いつかなかった――というより元々依頼だったので――ので一旦保留とさせて貰っていた。後の一人はカイトも縁が無かったので知らなかった。とまぁ、それはさておき。その結果、カイトは今年の優勝者の一人となってしまったのである。
「ディガンマの奴は大喜びだったんだが……流石にオレは喜べんなぁ……」
「何人か、熱烈なアプローチしてきてるもんねー」
「最悪は昨日の貸しでバルフレアに仲介させるかー」
ユリィの言葉に、カイトは盛大にため息を吐いた。兎にも角にも彼としては目立ちたく無いのだ。なのに、何の因果か結果だけはある。面倒この上なかった。と、そんな所にお茶が差し出された。差し出したのは言うまでもなく、コナタである。
「お茶です」
「ん、ありがとう」
『ねぇ、ご主人さま』
「却下」
『えー。後で色つけるからー』
「却下だ却下」
どうやら巻き起こる戦いの匂いにカナタが興味津々らしい。買って良いか、と鏡の中から聞いてきていた。が、却下を示したカイトに、ユリィが一つ提案する。
「いっそカイトに売ってきた喧嘩。全部買ってもらえば? どうせ生半可な奴ならカナタにも勝てないだろうし。逆に勝てるのなら、カイトが遊んであげても楽しめると思うよ?」
「あ、それはありかな……カナタ。分を弁えんバカなら潰して良いぞー」
『いやよ。強い相手と戦いたいの』
「じゃー、諦めろ。普通に喧嘩を売る様なバカならお前の相手にならん。逆にお前の相手になる様な奴なら筋は通してくるから、オレが戦わにゃならん」
『じゃあ、その前哨戦で』
「まー、それでなんとかなりそうなら、で」
『はーい』
カイトの提案にカナタが妥協を示して、この案件はこれで終わりとなる。そうしてまた暫くカイトはのんびりコナタの給仕を受けながら、総会に集結する冒険者達を観察する。と、そんな中。カイトは最近馴染みになった相手が来た事を、周囲のざわめきから理解する。
「あれは……」
「<<死翔の翼>>の黒船か……」
「あいつらも、総会に来るのか……?」
「今代はかなりのやり手らしい。どういう縁かは知らんが、シャリク陛下の依頼も受けたらしいぞ」
「あいつらが?」
どうやらすでに耳の早い冒険者達は、ついこの間の迷宮攻略の一件を聞き及んでいたらしい。まぁ、すでに総会も近いという事で早い段階でラエリアに入っていた冒険者は少なくない。
なので開幕までの間に帝都ラエリアにて依頼を受けておこう、としてグリム達の姿を見ていたとて不思議はなかった。一応飛空艇は軍の停泊所の奥に隠されたとの事だが、来る時に見ていた者が居たのだろう。というわけで、そんなグリム達の評判を聞きながら、カイトが呟いた。
「やっぱ、悪名轟いてるなー。まあ、傭兵ギルドなんだから当然か」
「やってる事って私らも同じ様な気、するんだけどねー」
「戦いメインか採取メインか調査メインか、ってのは結構違う気もするけどな」
「どっちにしろ、全部戦いあるじゃん」
「あっはははは。まな」
ここはエネフィアだ。地球とは違ってどこででも戦いは起きると考えて良い。なので大半の依頼は戦いが絡むもので、冒険者にランク制度が導入されているのだってそれが理由だ。なのでユリィが言っている事はある意味正しくはある。
が、そこを指摘すると冒険者によっては本気で怒られるので、誰も言わないのであった。なお、カイトも若干だが怒る側だ。何かが違うらしい。と、そんな事を話しながらも時間を潰していると、次の八大ギルドが現れた。
「あれは……<<魔術師の工房>>の紋章か。見事だなー、こりゃ」
カイトは飛翔する一隻の黒系統の飛空艇を見て、思わず感嘆の言葉を漏らす。魔術師の工房の名を冠するだけはあり、得意分野は魔導具の開発や改良だそうだ。なのでその飛空艇は技術的に洗練されており、ティナの飛空艇を知るカイトさえ思わず嘆息したのである。
<<知の探求者達>>達が新技術の新開発を得意とするのなら、<<魔術師の工房>>は彼らが開発した技術を洗練させ改良。広く使える様にするのである。ユニオンにおいてこの二つが縁の下の力持ち的な役割だった。と、そんな事を考えていたからだろう。ティナが現れた。
「うむ。あれは見事じゃな。マクダウェル家主導で行われた余の遺した技術の解析において、誤りが見られた所をきちんと手直ししておる。あれはほぼ完璧な飛翔機と呼んで相違あるまい」
「……まぁ、それは良いんだが。何しに来た?」
「む? あぁ、それか。うむ……色々じゃな。まず、<<魔術師の工房>>の飛空艇を見るのにここが良かった、というのもある」
「ですよねー」
一応、カイトはギルドマスターであり冒険部ではエースの一人だ。なのでどうしても対外的な話があり、最上階の一番良い部屋を使用している。
なのでここが外が見やすく、万が一の場合の指揮もしやすいという実利もある。なのでティナが来るのは特に不思議の無い話だろう。とはいえ、色々ある、と言っていたので他にも理由はあったらしい。
「後は……まぁ、これじゃな。必要じゃろう?」
「これは……魔族領で使われる封筒か。となると、クラウディアの署名か?」
「うむ。届いたので、持ってきてやったぞ」
「すまん。助かるよ」
カイトはティナから差し出された封筒を懐にしまい込む。先にバーンタインから会談の申し入れがあった、と彼も言っていたが、当然会談を申し込む以上要件は話している。
勿論、バーンタインの立場なら要件も告げずに一言来い、でも大丈夫ではあるが、流石に彼が勇者カイトを相手に礼儀を通さないわけがない。きちんと要件を伝えてくれていたのである。
なのでそれを受けてカイトも先んじて動いており、実質的に今回の会談ではバーンタインから現状報告と協力の依頼が形だけされる様な形だった。
「で、お前が見た所、どんな感じだ?」
「あれか。うむ。良い飛空艇じゃ。あれなら満点とは行かずとも、合格点はあげられよう」
「なるほど……やっぱ、八大とだけは事を構えるべきではないか」
「当然じゃ。三百年前とはいくつか代替わりや変更は出ておるが、総じて八大の冒険者達は腕利き揃い。事を構えて良い事はあるまい。第一、それが分かればこそティステニアを操った者たちも商人とユニオンとは直接的に事を構えなんだ」
「賢いよねー、聞けば聞くほど」
ティナの指摘に、ユリィが盛大にため息を吐く。何度となく言われている事であるが、<<死魔将>>とその主が三百年前の大戦において何より心掛けたのは、全てを一度に敵に回さない事だ。
彼らが最初に潰しに掛かったのは国。政府機関だ。なので国をも滅ぼせる者たちとは決して同時に戦ったりせず、相手の力を結集させない様にしていたのである。
「で、それは兎も角。後一個あってのう」
「ん?」
「<<暁>>は先に述べた通りであるが、それ以外にもいくつか会談の要請がある」
「マジか……まぁ、どこかわかろうもんだが」
このタイミングでここに来て、そしてこの話である。誰が申し入れを行っていたか、というのはわかろうものだ。
「で、受けたいと」
「うむ。あれの代表が少々、話しておきたい相手でのう」
「お前が言うほどか」
「うむ。有意義な話が出来そうでのう。無論、冒険部としての利益も」
「良い。言わんで良い」
どうせこうなっている状態のティナは何を言っても一緒なのだ。それに彼女がどうしても話しておきたい、という相手にはカイトも興味が湧いた。しかも八大が相手だ。受けておいて損は一切無い。なので許可を下すのに理由はそれだけで十分だった。
「とりあえず予定の調整は任せる。で、他は?」
「他は今の所は無いのう。が、おそらく総会の最中に先の一件に関する報告などで<<知の探求者達>>も少し話をする必要があるかもしれない、とは言っておったぞ」
「なるほどね。どうせ乗りかかった船だ。そっちが来たら、その予定も入れておいてくれ」
「よかろう。ま、どちらも余が出席するで良いか?」
「それで良いだろう」
どうせティナにもサブマスターに匹敵する権限を与えている。カイトに万が一が起きた場合は彼女が冒険部を率いる事になっているのだ。会談に出席させても一切問題はなかった。というわけで、カイトはその後は馴染みの冒険者達の応対をしたり、総会の間の会談に関する調整を行ったりして過ごす事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




