第1911話 ユニオン総会 ――総会に向けて――
冒険者としての基礎を確認するべく、初代ユニオンマスターにして<<天翔る冒険者>>ギルドマスター・アレグラスの遺した迷宮に挑んでいたカイト率いる冒険部。
そんな冒険部の中でも腕利きと言える者たちは実時間にしておよそ五時間ほど掛けて、なんとかアレグラスの墓にたどり着いていた。そうしてたどり着いた者たちでアレグラスのメッセージを確認すると、カイトは分身に冒険部の帰還の統率を取らせ帰還させる。そして、冒険部の帰還から更に一時間。カイトはバルフレア、ユリィと共に迷宮最深部へとたどり着いていた。
「ふぅ……これで終わりか」
外の時間にしておよそ六時間。カイトは時乃の力が付与された時計を見ながら、大体こんなものだろう、と判断を下す。
「この迷宮のボスはランクA……しかもかなり上位か。もしかすると、ランクSクラスが出て来る可能性はありそうか」
やっぱ来ておいて正解だったか。バルフレアは倒れ伏した魔物の遺体を見ながら、自身の判断が正しかったと内心僅かに安堵する。迷宮のボス、と一言で言っても常に同じ魔物が最下層で出て来るわけではない。
が、やはり公平性などがあって実力にばらつきが出ない様には調整されている。無論、たった一度では平均値よりランクAの魔物が高いか低いかはわからないが、それでも参考には成り得た。というわけで、ここまでの情報を改めてメモに記載するバルフレアに、カイトが問いかけた。
「これでとりあえず最後の最後まで行けた、か。毎度毎度思うんだが、この迷宮。なにげに三人限度になった事で難しくなってるんじゃないのか?」
「さぁなぁ……そもそも初代様はここに一人で挑んだ、って話だし。俺も流石に詳しい事までは知らねぇ」
「元々一人しか入れなかったのを、三人入れる様にしたって可能性があるわけ?」
バルフレアの言葉に、ユリィがそのままを問いかける。これに、バルフレアは一つ頷いた。
「かもなぁ……そこらはわかんねぇわ。俺も所詮、三百と数十年しか生きてないし。ユニオンも常に順風満帆で動いているわけでもねぇしなぁ」
「結局、真実は闇の中、か」
おそらくかつてアレグラスも見ただろう光景を見ながら、カイトはバルフレアの言葉に呟いた。それに、バルフレアもまた同じ景色を見て頷いた。そうして、そんな彼は開いた宝物庫への扉の先へと消える。
「ま、な……ほらよ」
「っと……良いのか?」
「手間賃だ。取っといてくれ。お前らだって入用だろうからな」
カイトに美麗な宝剣を投げ渡したバルフレアは、一つ特に感慨もなく一つ頷いた。この宝剣が、ここのクリア報酬という所だった。そんな宝剣を見て、ユリィが笑った。
「にしても、ここは現金な迷宮だよね」
「オレも結構な迷宮を踏破したとは思うが……宝物庫が本当に宝物しかない、ってのはここ以外知らないな」
「あははは。おかげで金には困らねぇぜ?」
カイトとユリィの言葉に、バルフレアが楽しげに笑う。このアレグラスが遺した迷宮であるが、その特徴としてこの宝物庫の存在が上げられた。
というのも、この宝物庫で出るのは金品として価値のあるものだけだったのだ。故にアレグラスが遺言の前に断りとして、この財宝が目当てなだけなら、と入れていたのである。
なお、流石に金銀財宝しか取れないとなるとそれはそれで揉める原因になるし、今しがた見た様にここは最後まで踏破するならランクS級冒険者でなければ不可能だ。なのでここの宝物庫の事は<<天翔る冒険者>>でも限られた者しか知らなかった。
「あはは……えっと……ルビーにサファイア、こっちは……ガーネットかな。サイズは……平均20カラットは行くかなー」
「他にも小粒なダイヤモンドが装飾として、か。売れば数百万は下るまい、って所か」
迷宮の攻略の報酬で数百万円であれば、費用対効果を考えれば破格と言えるだろう。勿論、それが可能なだけの腕があればこそのこの費用対効果と言えるが、それでも破格といえば破格だ。手間賃にしては、十分過ぎるだろう。というわけで、カイトは有り難くギルド運営の足しにさせて貰う事にして、異空間へと収納しておく。そうして全ての用事を終えた所で、バルフレアが一人ごちる。
「……初代様はここで最初期のユニオンの運営資金を手に入れたって話だ。本来なら、ユニオンで広く開放するのが筋なんだろうがなぁ……」
「流石にやめといた方が良いだろ。アレグラスの墓までは死なないが、そっから先は普通に死ぬ。ランクSでも中々厳しい領域だ。金に困った冒険者が無策に挑んで死なれても困る」
バルフレアのつぶやきに、カイトはここまでの道のりを思い出して首を振る。確かにバルフレアの言っている事は尤もだとは彼も思う。が、同時に危険性は非常に高く、破れかぶれで挑まれてなんとかなる所ではない。そんな事を述べたカイトに、バルフレアが頷いた。
「それでも、一部には開放してるんだ。どうしても金が必要で、腕も伴った奴にはな。勿論、広く話さない事を前提として、だが。ここで生計を立てられるのは初代様の心に反する。あくまでも、この財宝は困った時に限るべきだ」
ここを定常的に攻略出来るなら、それだけで十分生計を立てる事が可能だろう。が、それはここを遺したアレグラスの遺言に反する事で、冒険者としては避けるべき事だとバルフレアは考えていた。
それ故に彼は広く開放したいと思いながらも、冒険者という職業を生計を立てる手段として考えている冒険者の多さに若干だが嘆きの色を浮かべていた。これに、カイトが笑って慰めを口にする。
「仕方がないさ。金が無いと飯は食えん。その点、冒険者って職業は傭兵紛いの事が出来るからな。学無くとも食っていける。こればっかりはな」
「はぁ……どうにか、しないとなんないんだけどよぉ……」
がっくり。バルフレアは現状をユニオンマスターとして嘆く。が、それが出来るのならなんとかしている。というより、彼がなんとかするべき問題でもないし、何よりなんとか出来る問題でもない。
「無理言うなって。それはこっちの仕事だ。お前らの仕事じゃないさ」
「お前は、やってくれてるんだよ。実際、マクダウェル領を筆頭に二大公五公爵、皇都とその天領から来る冒険者達は選択肢の一つとして、冒険者を選んでいる奴が大半だ。教育も十分に施されてるからな」
食うに困ったから冒険者をしているわけではなく、冒険が好きだから冒険者をしている。その果てに食べるに困って金稼ぎをするのは仕方がない事なので、バルフレアも気にしない。が、問題なのはそれしかないから冒険者をする事だった。というわけで、冒険者の教育などに頭を痛めるバルフレアに慰めを送りながら、カイトはアレグラスの遺した迷宮を脱する事にするのだった。
さて、カイトがバルフレアに慰めを送りながら迷宮を脱した丁度その頃。総会に参加するバーンタインに後を頼まれたオーグダインが少し前にカイト達が話していたホバーバイクに跨って移動していた。
「ふぅ……」
ホバーバイクを止めて、オーグダインは一度周囲を見回す。が、見えるものなぞ砂漠以外の何も無い。と、そんな彼に同じ様にウルカ共和国より依頼を受けてホバーバイクで探索を行っていた<<暁>>幹部の一人が問いかける。
「おい、ダイン。移動距離から計測したんだが、そろそろ盗賊共が頻繁に彷徨く地域に入る。どうする?」
「ふむ……後どれぐらいだ?」
「後そうだな……今の速度だと、五分か十分って所か。まぁ、居ても見回りの奴らになるとは思うが……」
やはり古代の技術で作られたホバーバイクだ。ラクダや徒歩での移動に比べて非常に速い速度で移動している。なので五分十分、と言っても十数キロは先と考えて良いだろう。
が、同時に砂漠だ。遮蔽物の殆ど無い場所では、相手もこちらも見付かりやすくあった。勿論、それを鑑みてホバーバイクには砂漠で偽装出来る塗装が施されているし、彼ら自身見付かりにくい服を上から羽織っている。それでも、相手とて魔術を使うし不可思議な魔導具まで持っている。油断は禁物だった。
「とりあえず、限界まで近付く。奴らがホバーバイクを持っているとは今までの所報告されていない。もし見付かっても逃げられる」
「あいよ」
オーグダインの指示に従って、<<暁>>の幹部達が再度ホバーバイクのエンジンに火を入れる。とはいえ、流石に近いので全速力ではなく、何かがあった場合にはすぐに引き返せる様に若干だが速度は緩めての移動だ。
「……なぁ」
「ん?」
「政府の奴ら。本気で王子様が生きてるって思ってんのかね?」
幹部の一人が移動の最中、暇なので誰ともなく問いかける。彼らが今何をしているか、というと前に瞬が去る際に言われていた滅んだ王国の王太子の探索だ。バーンタインが調査隊のリーダーだったのだが、彼は総会の為に今回の遠征には参加していなかった。
元々はホバーバイクを使わないで可能な範囲での探索を行っていたが、そこで成果が上がらなかったのでウルカ共和国政府よりホバーバイク使用の許可が下りたのである。
「わからん。が、そもそも親父が総会に向かった理由は聞いているだろう」
「ああ……カイト様と会う為、だろ?」
「ああ」
そもそも総会なので八大ギルドの長達は必ず参加する事になっているが、それとは別に今回バーンタインはカイトとの謁見を予定していたらしい。そしてその理由は、この遠征に関係している様子だった。
「流石にこれ以上南側を調査しても成果は上がらない可能性が高い。魔族領からの探索を考えるしかない」
元々言われていた事であるが、そもそもウルカ王国が滅んだ国の王太子を支援したい、と考えているのは砂漠の更に北にある魔族領との交易を行いたいからだ。砂漠を安全に使える様になれば、陸路で大規模な輸送隊も組める様になる。ウルカ北部の活性化に繋がるのである。
が、南部をウルカ共和国が管轄している様に、砂漠の北部は現在では魔族達が管轄しているに等しく、このままではそちらまで探索を広げられないのだ。なので許可を得る為の仲介人として、バーンタインはカイトに頼む事にしたのであった。
今は最後の南部での遠征にも等しかった。とはいえ、北部にまで探索の手を伸ばそうとしている以上、一切の成果が上がっていないわけではなかった。
「……一応、今までの何度かの調査により、砂漠の姫が生きている事は確証が得られている。盗賊共よりも先に、彼女だけでも保護しなければならん。それが親父とウルカ政府との共通認識だ。間違っても、盗賊共に先を越される事があってはならん」
僅かに険しい目で、オーグダインがホバーバイクのハンドルを握りしめる。これはバーンタインが瞬には語っていなかった事であるが、実のところ彼もまたかつてバーンタインが目を掛けていたというカラルという王子に目を掛けていた。
バーンタインを慕っていたと言われていたその王子だが、それ故に年が近かったオーグダインには殊更懐いていた。剣の稽古もしたらしく彼にとっては弟の様な物であり、盗賊達に抱える怒りであればバーンタインより彼の方が遥かに強かったとも言える。故にその弟妹である王子と姫を救い出す事は、彼にとって自身の弟妹を救うに等しかった。
「あいよ……っと、おい」
「む……」
険しい顔だったオーグダインは、ホバーバイクを急停止させてその場に停止する。かなり先だが、盗賊たちが見えたのだ。彼らはラクダに跨って、周囲を探索している様子だった。
「何かを探してる……みたいだな。どうする?」
「……」
どうするか。出来れば、何を探しているか知りたい所だ。幹部の問いかけにオーグダインはそう考える。が、ここは盗賊達の本拠地にほど近い場所だ。下手な行動は出来なかった。が、何もしないのも考えものだった。故にオーグダインはギルドでも有数のスカウトに頷きかける。
「……おい」
「了解。奴らの情報、ごっそり盗んできてやるよ」
「全員、その場で警戒しつつ待機。見付かるなよ」
ホバーバイクを降りて徒歩で忍び寄る幹部の一人の背を見ながら、オーグダインが指示を送る。そうして、彼らは盗賊達からの情報を得て、急ぎウルカの<<暁>>本部へと戻る事になるのだった。
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