第1910話 ユニオンマスターの墓 ――終了――
初代ユニオンマスターにして<<天翔る冒険者>>ギルドマスター・アレグラスの墓にたどり着いたカイト達。そんな彼らはひとまず空いた時間を利用して、汚れていたアレグラスの墓の清掃を行う事にしていた。そうして清掃作業の後。瞬らはバルフレアの感謝と共に、彼によって墓に遺されていたアレグラスのメッセージを聞いていた。
「なんていうか……バルフレアさんに似た人でしたね」
「……あはは。嬉しい事言ってくれんじゃん」
瞬の言葉に、バルフレアは少し恥ずかしげながらも満面の笑みを浮かべる。彼のみならず、冒険者の中にはアレグラスこそ自分の理想の冒険者だと明言する冒険者は少なくない。その憧れの人物に似ている、と言われたのだ。嬉しくないわけがなかった。
と、そんな彼に瞬はそういえば、と先ほどのアレグラスの言葉で気になった事があったので、問いかけてみる事にした。
「そういえば……多分、あのアレグラスさんが言っていたのはウルカの大砂漠の事……ですよね?」
「ああ……あぁ、お前はそうだよな。そこに疑問を持つよな」
どうやらバルフレアは持ち前の知性を活かして、瞬の質問を先読みしたらしい。なるほど、と一つ頷いていた。
「俺も詳しい話は知らない。国の事だし、ウルカの事になると流石にな。<<暁>>の事もあって、ウルカの内情には手が出せねぇんだわ。だが……多分カイトは知ってると思うぜ」
「んー……まぁ、知ってるな。元々バランのおっさんが出身国だし、<<暁>>の関係でウチとウルカ共和国は代々繋がりが深いからな」
バルフレアに水を向けられたカイトは、瞬の視線を受けて一つ頷いた。勿論、そういう事なので何故アレグラスの時代に存在した物が現代では無くなってしまっているのかもわかっている。というわけで、彼は別に隠す必要も無い事だと少しだけ教えてくれた。
「ウルカ王国の時代に全部王国が接収したそうだ。で、今もその流れで共和国の物になっている……が、バーンタインの要請があれば普通に貸し出される筈だな。使わなかったのか?」
「ああ……ああ、いや、待てよ……そう言えば、もっと奥に行くのなら良い乗り物があるんだが、とかバーンタインさんが言ってた事があったな……」
あの時はラクダか何かそういった砂漠での移動に長けた動物や魔獣かと思っていたが。瞬は酒飲み話にバーンタインから語られていた内容を少しだけ思い出す。これに、カイトも一つ頷いた。
「なるほどな……まぁ、たしかに奥まで行かないならさほど使う事もないか。中々に良い性能ではあるが……何分古代の魔導具だ。貴重品だからな」
「なるほどな。それなら納得だ。俺の実力だとジャッターユと揉めるのは得策じゃないから、と流石に奥には行くなよと言われてて、盗賊達の活動地域付近の依頼は受けてないんだ」
「妥当な判断だろう」
そもそもウルカの北に広がる砂漠地帯を根城にしている盗賊達は、何かしらの古代の遺跡から発掘されたらしい魔導具を持つという。しかも当時のバーンタインが手傷を負わされたほどの相手だ。
当時の瞬の実力を鑑みれば、到底勝ち目があるとは思えなかった。と、そんな<<暁>>の冒険者達の判断に賛同を示したカイトに対して、瞬はふと気が付いた。
「……ん? 中々に良い性能? お前……知ってるのか?」
「ああ。ウチにも数台サンプルがあるからな」
「……マジ?」
「ああ……あれ? オレ、お前にも言ってなかったっけ?」
別に驚くほどの事か。そんな顔のカイトは、目を見開くバルフレアに小首を傾げる。これに、バルフレアが声を荒げた。
「聞いてねーよ! 持ってるなら言えよ! 一度乗ってみてー、って前言ったろ!?」
「あー……それ。ほら、カイト。あの時絶対こう言うから黙っとけ、ってウィルに言われたじゃん」
「あ、あーあー……そういやそうだったそうだった」
もう十年以上も前の事だからすっかり忘れてた。カイトはユリィの指摘になるほど、と納得を示す。というわけで、事情を思い出した彼がバルフレアに一応の弁明を行った。
「ほら。あの砂漠に行った時、オレ一度当時のウルカ王国と揉めた事あるだろ?」
「ああ。バランタインの事で、だろ?」
「そうそう」
元々バランタインもその妻ネストもウルカの奴隷出身だ。しかもバランタインに至っては他の奴隷の脱走――ネストはそれに巻き込まれた形――まで手引した、かなり重罪の犯罪者だった。
捕まれば確定で死罪と言われるほどだったそうである。なのでその扱いを巡ってウルカ王国近辺にあったとある国でウルカ王国を相手に揉めた事があったそうだ。この際、手に入れたのである。
「で、その際に逃げるのに砂漠に逃げ込んだ、ってのは話したか?」
「ああ、聞いた。逃げるのに危険度の高い砂漠なら国からの追撃は避けられるだろう、だろ?」
「そう。それで、その際に接収を免れていたホバーバイクを手に入れてたんだ。ちょっとした伝手があってさ。それでなんとかなったんだ」
「ホバーバイクは兎も角、それは聞いてる。確かウルカのある豪商が手を貸してくれたんだろ?」
一応ホバーバイクは古代の魔導具だという事だ。なのでウルカ王国が王国として管理する、というのは正しい判断だと言えるだろう。これに、カイトも頷いた。
「あー……まぁ、そうなんだけど。その伝手ってのがさ……ヴィハーンさんだったんだよ」
「ヴィハーン? あの廃王子ヴィハーンか?」
「ああ。大豪商ヴィハーン・ウルカ。当時のウルカ王国じゃあ珍しいぐらいに先進的な視点と先見の明を持ってた王族……いや、当時の時点でも元王族か。彼がもし王位を継承していればウルカは滅びなかった、とさえ言われる男」
「……確かに、彼なら、か」
どうやらカイトが出した名前は相当な有名人だったらしい。バルフレアも彼ならホバーバイクを持っていても可怪しくない、と思ったようだ。
そういう事なのでカイトの帰還から数年後に起きたクーデターでも彼は反乱軍側を裏から支援しており、民衆も彼については一切の処罰を望まず――ヴィクトル商会が裏から手を回した事もあったが――そのまま豪商として名を残す事になったそうだ。今でもヴィハーンの血統はウルカ有数の豪商となっており、後に名を聞けば瞬も聞いた事があったほどだった。
「ああ。偶然行商で近くに居たんだよ。で、密かにホバーバイクをな。性能を調べたりするのに、軍から買い取ってたらしい」
「で、それでなんで俺に黙ってる、って話になるんだ?」
「後で返すつもりだったんだよ。で、ウィルの言葉もあって黙っとく事になった」
元々、ウルカ王国が手配した兵士達に取り囲まれて即座に、かつなるべく遠くへ逃げる必要があった為、高速で移動出来るホバーバイクをヴィハーンが手配してくれていたのだ。
なので全てが終わった後は彼へとホバーバイクを返すつもりで、事実復興が一段落した頃合いでカイトが一度はウルカ王国を介して彼へ返却の申し出を行っていた。が、その時は彼の側で不都合があり連絡が取れず、カイトは帰還に際してウィルに皇国を介して返却する様に依頼していたらしかった。
「なったんだがなぁ……ヴィハーンさんがどうにも受け取らなかったらしい。オレの帰還後にはクズハ達が代行として共和国化したウルカ共和国への返却も申し出たそうなんだが……共和国側も奴隷解放に世話になったし、元々こちらが悪いのだから、とぜひ研究して後世の役に立ててくれ、って断られたそうなんだ。実際、あのホバーバイクの飛翔機の部分は今一般的な飛空艇の飛翔機の構築に一役買ったそうだ」
「なるほどねー……そりゃ、俺が知らねぇわけだ」
ここら、やはりカイトとバルフレアは同じランクEX冒険者でも立場の差が出てきてしまっていたようだ。一応バルフレアも立場として知っておくべき情報は把握しているが、どうしてもこういった冒険者としてはさほど重要ではない国と国のやり取りについてはおざなりになってしまっている。結果、この一幕を知らなかったのだろう。
「まぁ、すっかり忘れてたのは悪いと思ってるよ。でもまぁ、元々借り物だからな。流石に借り物を勝手に使わせるわけにもいかないだろ?」
「まぁなぁ」
確かに、事情を説明されては納得だ。バルフレアはカイトの問いかけに少しだけ苦笑気味に頷いた。これについては、カイトの言葉が全面的に正しいだろう。
しかも当時はまだカイト達もバルフレアの事を深く知っているわけではない。なのでもし万が一揉める様な事にならない様に隠しておけ、というのがウィルの指示だったのである。そうして彼の納得を得た所で、カイトは改めて瞬へと話し始める。
「まぁ、それはともかく……そういうわけなんで、おそらく新しく見付かったり特例的に保有を認めていない限り、全部ウルカ共和国の所有物になってる筈だ。だから知らないんだろうな」
「ああ。大体はわかった」
カイトの話す話は筋が通っている。なので瞬もすんなりと認める事が出来たようだ。
「そうか……まぁ、そんな感じだから、ウチにも数台研究用にある。実際、ティナもバイクを作るにあたって参考にした、とは言ってたからな。中々に良い性能だったんだろう」
流石に技術的に詳しい話はオレにもわからないが。カイトは一応のこと、そう明言しておく。そういうわけなので、実はカイトの使うバイクの一部には件のホバーバイクの制御系などが流用されているらしかった。何時もいつでも彼女とてゼロから開発するわけではないのである。と、そんな事を話していると良い塩梅で時間が経過したらしい。少し離れた所で空間が歪むのを全員が知覚する。
「おっと……どうやら、次の奴らが来たか。流石に全員失敗、なんてオチはないか」
「だろうな」
「あ……そうだ。そういえばバルフレアさん」
「ん?」
一応出迎えに行ってやるか。そう考えて足を踏み出したバルフレアらに向けて、瞬が声を投げかける。
「そう言えば、奥に行かれるのでは? あの先じゃないんですか?」
一応瞬らも掃除の間でこの迷宮の中では時間が歪んでいる事は把握しており、おそらくカイトらなら夜までに問題なく奥に到達し脱出出来るだろうと思っている。
が、これはあくまでも彼の推測だ。正しいかどうかは不明だ。故に急がなくて良いのか、という言外の問いかけに対して、カイトがぽむ、と手を叩いた。
「ああ、そうだ。そういえば言い忘れていたか」
「あー……うん。ごめんごめん。私達実は三人共、分身なの」
「ぶ、分身?」
一切そんな風には見えなかったが。瞬は自然な動きを見せるカイト達に、思わず目を丸くする。一応三十分近くは一緒に居たが、まったく気が付かなかったらしい。というわけで、そんな彼にユリィが一つ頷いた。
「うん……いま私達は引き続きあの奥を攻略中」
「だーいたい何時もの感じだと、ここで三分の二ぐらいか」
ユリィの言葉を引き継いで、バルフレアが大凡の所感を告げる。なお、丁度この時であるが、ランクA級の魔物の群れと戦闘中だった、とのことである。アレグラスも言っていたが、彼が改造を施したのは彼の墓のある所までだ。なのでここから先は普通の迷宮攻略となっていたとの事である。無論、それでも難易度の問題から瞬らも挑むべきではないだろう、との事であった。
そうして、思わず呆気に取られた瞬らと共にカイト達は分身を出迎えに向かわせて、改めてなんとかたどり着けた面子へとアレグラスのメッセージを見せるのだった。
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