第1908話 ユニオン総会 ――冒険者の基礎――
<<天翔る冒険者>>が保有する初代ユニオンマスターアレグラスの残した迷宮に挑んでいた冒険部一同。そんな中、瞬は藤堂、綾崎の二人とともに攻略に臨んでいた。
そんな彼らは二つの試練を越えた先に待っていた孤島での試練にまで到達したわけであるが、これの攻略を行う為にひとまずいかだを作る事になっていた。そうして、いかだの製作を経て一夜。三人は食料を積み込み改めて海へと漕ぎ出していた。
「良し……案外急ごしらえだったが、なんとかなるものだな」
「兼続が魔糸を覚えてくれていて助かった。蔦でなんとかするにも限度があるからな。流石に俺達だと帆は作れなかった」
「あはは」
瞬と綾崎の言葉に、藤堂が僅かに恥ずかしげに笑う。何故彼が恥ずかしげなのか。それは簡単で、この帆は藤堂の魔糸を応用したものだった。魔糸というと桜やカイトの編む非常に細い魔糸が思い浮かぶが、実際あそこまで到れるのはごく一部だ。なので彼の魔糸は強度を優先すると太くなってしまうらしく、それ故に手間にならなかったらしい。
「さて……」
「どうした?」
一度水の中でも見てみるか。そう思っていかだの縁から顔を出した瞬が固まったのを見て、綾崎が訝しげに問いかける。そんな問いかけに、瞬がゆっくり顔を引っ込めた。その顔は僅かに引きつっており、乾いた笑いが浮かんでいた。
「……あの『スライム』の亜種が普通に居た。どうやら、昨日は二人共幸運だったらしい」
「……そ、そうか」
「ああ……幸い、動きは遅いらしいので問題は無いだろうな」
今更といえば今更知った現実に同じ様に頬を引きつらせる綾崎に、瞬はほっと胸をなでおろす。そうして何度か水中を確認して問題が無いかを確認しながら進む事、少し。はじめの孤島が随分と遠くなった頃だ。唐突に三人の前に空間の歪みが出現する。
「これは……何故現れたんだ?」
「さぁ……」
「わからん」
瞬の問いかけに、二人も困惑気味に首を振る。とはいえ、これで攻略は攻略だ。故に彼らは僅かに釈然としないものを感じながらも空間の歪みから、この第三の試練を脱する事に成功する。
「……普通に終わったのか」
「結局、今の試練は遠くまで到達する事、なのでしょうか」
「ふむ……確かに無策に進んでいれば、攻略は無理だったか」
第四の試練の開始地点に到着し、三人はとりあえず周囲を観察しながら先ほどの試練について口にする。なお、あの試練の攻略条件だが、実際の所は藤堂と綾崎の言葉が正しかった。
無策に進めばアウトな試練で、あの孤島から無事に脱出出来るかどうかが試されているらしかった。更に言えば、実はあの試練では『透明スライム』を無視出来る様な腕を持たない限りはどれだけ最速でも夜に到達出来る様に設定されていたらしい。なのであの状況下でしっかりとした野営を出来るかどうかも試されていた、との事である。
「で……ここからは洞窟か」
「しかも、かなり暗そうですね」
「……兼続。先頭は任せて良いか?」
目の前に広がる暗闇を見ながら、瞬が藤堂へと問いかける。先にも言及されていたが、気配を読む力であれば彼が一番高い。なのでこういった目視が難しい場所では彼の感覚がかなり重要だった。そしてそれは彼自身もわかっていた。
「わかりました……じゃあ、進みましょう」
藤堂の号令に、瞬と綾崎も一つ頷いて歩き出す。そうして、三人は第四の試練の攻略に取り掛かる事になるのだった。
さて、少しだけ時は巻き戻り。第四の試練の攻略に取り掛かった丁度その時。カイトらはというと、第四の試練を突破していた。第三の試練であの試練が選ばれた場合、時間が狂った空間に飛ばされる為、こういう事が起きたのである。
「ふぅ……セーフ」
「案外時間、余ったねー」
「そりゃ、マッピングされてるんだから、一気に駆け抜けるだけだったからな」
カイトはユリィの言葉を聞きながら、背後を振り向いた。そこには当然、洞窟の脱出口があった。が、その天井はゆっくりとだが音を立てて下に降りており、もし遅れていれば脱出が不可能になった可能性があった。
と言っても、彼らの場合は事前知識によりマッピングした事で正解の道を導き出していた為、特に問題もなく突破出来ていた様子だった。この試練は時間制限が設けられる中で時間内に脱出する事が求められ、戦闘力に加えてどれだけ早急に正確に脱出出来るか、が見られる試練だった。
「まー、最悪はぶっ壊しても良いような気がするけどね」
「まな……さて、次行くか」
カイトはユリィの言葉に首を鳴らして、改めて前を振り向いて空間に出来た歪みへと足を踏み出す。そうして、歪みに飲み込まれた直後。三人はまったく別の開けた場に現れた。
「……ありゃりゃ。普通に普通な奴出てきちゃったかー」
「ランクBの竜種かー。まぁ、ここは順当っちゃ順当か」
「純粋に戦闘力の高い奴を出してきたな」
ぐるぐる、とカイトは肩を回しながら、一歩前へと進み出る。この三人の誰がやっても一緒といえば一緒だ。なので誰がやっても問題はないが、時間は限られている。なので早い者勝ちだった。まぁ、バルフレアもこの程度の小物を相手にするのに何か気にする様子はなかった。
「とりあえず、どうする? 一応データ取っておくか?」
「悪いけど、頼んで良いか? なるべくどんな奴が居るか、と纏めておきたいからな」
「あいよ……」
バルフレアの返答を聞いて、カイトは少しだけ遊ぶ事にする。何度か言っていたが、今回バルフレアがここに来たのは新しくなったこの迷宮にどんな魔物や罠、試練が待っているか自身の目で確かめる為だ。
一見すると単なる竜種に見えて、ここでしか見られない特殊な魔物である事があるかもしれない。なら、カイトが前で戦ってバルフレアが観測するのは悪い話ではなかった。というわけで、一歩前に進み出たカイトはその場で腰を落とす。
「さて……来い!」
一つ気合を入れて、カイトは黒い竜種と向かい合う。流石に刀を使うとあっという間に倒しかねないので、選んだのは一番苦手とする徒手空拳だ。無論、それでも出力を上げてしまうと駄目なので、最初の内は守りに徹するつもりであった。そうして、彼の準備が整ったのを受けてか竜種の魔物が雄叫びを上げる。
『グゥオオオオオオオオ!』
「っ……」
ランクBの竜種に相応しいだけの強圧を伴った雄叫びだ。それは周囲をビリビリと震わせて、カイトも僅かに押し込まれる。そうして、雄叫びの直後。竜種が大きく息を吸い込んだ。
「すぅ……」
<<竜の息吹>>の兆候に対して、カイトは静かに息を吸い込んだ。そうして、体内に流れる生命エネルギーを循環させて拳に気の力を蓄積させる。
「……」
静かに気を拳に宿したカイトと、正しく嵐の前の静けさである竜種の間で一瞬、沈黙が訪れる。そして、その沈黙は一瞬で破られた。
『ガァアアアアアアアアア!』
「……」
来る。カイトはコマ送りの様に一直線に自身に肉薄する漆黒の光条を見ながら、右拳を引く。そうして彼は一切の迷いなく、迫りくる<<竜の息吹>>へと正拳突きを叩き込んだ。
「はっ!」
カイトの正拳突きにより、漆黒の<<竜の息吹>>は軌道を逸らされ遥か彼方の空の果てへと飛んでいく。そうして彼は残心の様に息を吐いて、改めて構えを取る。
竜種にとって<<竜の息吹>>は切り札にも等しい。それを放った黒い竜種は若干だが疲れが見えており、隙があった。が、攻める事なくカイトは黒い竜種の観察に徹する事にする。
(黒い竜種……順当に考えれば闇属性の『黒竜』だが……亜種の可能性もあるか)
兎にも角にも戦闘の基本は敵の情報を探る事から。カイトは僅かに荒い呼吸を整える黒い竜種を見ながら、冒険者の基本に徹する。そうして数秒。解き放った魔力とそれに伴い失われた体力を回復した黒い竜種が、僅かに身を引いた。
(タックル……か。が……<<闇の衝突>>の兆候は無し。普通のタックルか。やはり亜種ではなく基本種か)
<<闇の衝突>>。それは『黒竜』の亜種、ないしは上位種が使う特殊なタックルで、闇属性の力を纏って突撃する攻撃だ。これを使わないという事は、基本的には最下位の『黒竜』で間違いなかった。
そうして彼がこの黒い竜種の正体が『黒竜』であると確信した直後。『黒竜』が地面を蹴って、カイトへと一直線に突っ込んできた。
「はぁ!」
おそらくインド象であれば数十頭分もあろうかという巨体の超音速での突進だ。その衝撃は到底計り知れるものではない。が、それに対してカイトはその場に足を踏みしめて、右手一つで受け止める。そうして、彼は『黒竜』の頭を引っ掴んで振り回し、思いっきり空の彼方へと放り投げた。
「おぉおおおおおお! りゃぁ!」
まぁ、単に放り投げただけだ。故に『黒竜』はダメージを受けた様子はなく、空中で翼を展開し急停止。カイトへ向けて睨みつけた。その口腔には若干の黒いモヤが見受けられ、何かの攻撃の兆候が察せられた。
(<<黒の霧>>か、<<黒の暴風雨>>か……)
おそらく後者。カイトは彼我の距離を考え、そう判断を下して改めて腰を落とす。そうして彼が腰を落とすとほぼ同時に、『黒竜』が黒い小型の球の塊を口からいくつも放出する。
「ビンゴ!」
複雑な軌道を取りながらもこちらに一直線の黒球に向けて、カイトは楽しげに笑って拳を引く。そうして、彼は拳一つで放たれた黒球を全て打ち砕く。と、その一方で黒球を打ち砕かれた『黒竜』はというと、僅かに身を引いて一直線にカイトへと急降下していた。
「っと!」
流石のカイトも手を抜いている状況で黒球を破壊した直後に『黒竜』の巨体を食い止める事は難しかったらしい。軽く地面を蹴って上空へと舞い上がり、その突進を回避する。と、そうして舞い上がった土煙を切り裂いて、漆黒の光条が天高く舞い上がった。
「っとぉ!」
自身に向けて一直線に放たれた<<竜の息吹>>に煽られて、カイトが大きく打ち上げられる。とはいえ、ダメージそのものは負っておらず、戦闘継続に問題は無さそうだった。
が、それでも大きく距離を取らされたのだ。一旦は無力化出来たと『黒竜』は考えたのか、少し離れた所で戦闘を観測していたユリィとバルフレアの方を向いた。どうやら忘れていなかったらしい。
『……』
「おいおい。オレがあの程度の距離を一瞬で詰められないと思うなよ」
すぅ。ユリィら二人に向けて<<竜の息吹>>を叩き込むべく息を吸い込んだ『黒竜』に対して、カイトは<<縮地>>にて急降下してその懐に潜り込む。そうして、彼は今まさに<<竜の息吹>>を解き放とうとした『黒竜』の柔らかな腹部に向けて拳を叩き込んだ。
『グガァ!』
「っと!」
「危ないなー」
「おっと、悪い」
そもそも放たれる一瞬前のタイミングでの攻撃だ。なので蓄積された力は失われておらず、それどころかカイトの一撃により若干暴発した様な感があった。それ故に口から無差別に放たれた数多の光条がどうやらユリィらに襲いかかっていたらしい。
無論、そんなものでどうにかなる二人ではないのでこの程度どうという事もなかったが。と、そうして若干身体をくの字に曲げた『黒竜』であったが、謂わばトサカにくるという状況らしい。地面に着地するや、雄叫びを上げた。
『グゥウウウウウウウウオオオオオオオ!』
「おっと!」
雄叫びと共に振り下ろされる巨大な漆黒の爪から、カイトはバックステップで距離を取る。そうして避けた彼に向けて、『黒竜』は逆側の爪に漆黒の闇を灯して振り下ろした。
「とっ、とっ、とっ」
連続して幾度も振り下ろされる闇を纏う爪に対して、カイトは軽い様子で時に背後に、時に左右に飛んで回避する。そうしてそんな攻撃が十数回行われた所で、バルフレアが口を開いた。
「カイトー! もう良いぞー! 大体の力は見切れた!」
「あいよー」
すでに何十もの攻撃が放たれていたし、カイトも若干だが攻撃は叩き込んでいる。バルフレアとてランクEXの冒険者で、冒険者全体から見ても戦闘力は高い方だ。故にカイトの攻撃がどのぐらいの威力か見切っており、そこから『黒竜』の防御力の逆算も出来たのである。
後は今回得られた情報を他に挑んだ者たちが得てきた情報や今までの情報と比較して、この第五の試練における魔物の平均的な戦闘力を割り出すだけだった。そうしてバク宙の最中に天地逆さまの状態で答えたカイトは、着地と共に消える。
『!?』
「はっ!」
流石に消えたカイトを見つけ出すのは『黒竜』には無理だったらしい。思わず驚いた様子が見受けられた。そんな『黒竜』に対して、カイトは掌底を叩き込んで押し出す様にして、吹き飛ばす。
「さて……何度も何度もやってくれた礼だ。受け取れ……がぁあああああああ!」
すぅ、と息を吸い込んだカイトが、雄叫びにも似た声と共に<<龍の咆哮>>を放出する。そうして、蒼い光条に飲み込まれて『黒竜』は消滅する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




