第1906話 ユニオン総会 ――冒険者の基礎――
冒険者の基礎を確認するべく、<<天翔る冒険者>>の保有する彼らが入団試験に使う迷宮へと足を踏み入れいていた冒険部一同。そんな中、瞬達の出立を見送って最後に迷宮に足を踏み入れたカイトはというと、ユリィ、バルフレアの両名と共に二番手で第三の試練へと到達。その後瞬達が本格的な第二の試練の攻略に取り掛かった頃合いには第三の試練を越えて、第四の試練へ一番乗りを果たしていた。ここまで来ると流石に地力の差が大きくなってきていたらしい。
「ふぅ……」
第三の試練を越えて第四の試練へとたどり着いたカイトは地面に着地すると、一瞬だけ気配を読む。第三の試練ではコロナ達がそうであった様に、魔物も現れていた。一番怖いのは、待ち伏せされている事だった。が、その心配は無さそうだった。
「……大丈夫だな」
「本気でお前のそれ、便利だな……昔から気配読むのはそれなりに出来た奴だとは思ってたけどさ」
「信綱公に散々鍛えられてるからな」
何度か言われている事であるが、気配を読む事に掛けてはカイトはエネフィアと地球二つを合わせても最高位の領域に到達しつつある。なので気配を読む事はカイトが担当していた。
「で……ここで遂に、か」
「どうするかね」
「とりあえず入ってから考える?」
三人は改めて前を向く。そんな彼らの前には一つの洞窟があった。ここからが本番。そう言わんばかりであった。というわけでユリィの提案に他の二人もまた頷くと、どういうわけか一歩だけ後ろに下がって耳に手を当てた。それを見て、彼女は手持ち式のメガホンの様な、パラボラアンテナにも似た魔導具を取り出した。
「はいはーい……<<蝙蝠の声>>! わぁああああああ!」
「「っぅ……」」
魔術により増幅されたユリィの声が、洞窟の中へと跳んでいく。そうして少し。洞窟の中から彼女の声がこだまの様に返ってきた。
「……はい、出来たよー」
「あいよー……あ、これは……」
「あー……」
ユリィの提示した地図を見て、カイトが頬を引きつらせ同じ様な顔でバルフレアが笑う。先にユリィが使ったのは、単に声を超音波の様に遠くまで届かせる魔術だ。
それに更に反響を受けてマッピングしてくれる魔導具が、先のパラボラアンテナの様な魔導具だった。これに対処されていれば後は入って考えるだけだったが、入る前に出来る事はしておくのが筋だろう。そうして出来上がった地図を見て、バルフレアが笑う。
「これは……下手すっとお前の所、全滅あり得るぞ?」
「これは……運がなかったパターン……かもなぁ。第三の試練以降、選ばれる試練にいくつか種類はあるんだろ?」
「ああ。何時ものこの系統と、完全に暗闇の中に叩き込まれるのやら。更には魔力禁止だの物理禁止だの……だな」
「ここまで到達した奴がこれを引き当てない事を祈るだけだな」
バルフレアの情報に、カイトが楽しげに笑う。何が起きるかわからないからこそ、面白いのだ。それ故にこそ、彼は一番悪い所を引き当てた事に笑いしか出せなかった。そうして、彼はバルフレアと並んで少しだけ腰を落とす。
「運も実力の内、とは良く言うが……これを引き当てるパターンだけは最悪だからなぁ」
「二連続おめっとさん」
「もしかしたら、挑戦者の平均的な力量見られてる可能性、あるかもな」
「あー……それ、ウチでも内々言われてるな。なんかみょーに引当率高いって」
どうなんだろうなぁ。バルフレアはカイトの言葉に笑う。一度しっかり確かめても良いかもしれない。少しだけ彼はそう思う。一応入団試験での安全確保はギルドマスターである彼の責務だ。必要なら、やる必要があった。
「ユリィ。振り落とされるなよ」
「うん……ぶっ飛ばすのはこっちでやるから、とりあえず前へ。後道の指図はこっちでやるから、地図は見ないで良いよ」
「オーライ」
ユリィの返答にカイトは一つ頷いた。そうして、カイトはバルフレアと共に一気に洞窟の中へと駆け込んでいくのだった。
さて、カイト達が第四の試練へと挑んだ丁度その頃。瞬達は一度念の為、という事で最初の場所へと戻って来ていた。
「……意外と走ったらそこまで遠いわけではなかったな」
「そんなものだろう……それに、帰りは身体強化も使ったからな」
瞬のつぶやきに綾崎が告げる。大凡四十分掛けて歩いた道のりであるが、帰りはものの数分だった。と言っても、勿論本気で走ったわけではない。だく足程度だ。が、冒険者の脚力であれば、そんなものだろう。と、そんな二人に藤堂が問いかける。
「で、どうしましょうか。ひとまず戻ってきたわけですが……」
「とりあえず綾人。頼めるか?」
「ああ……ふんっ!」
瞬の申し出を受けた綾崎は一つ頷くと、先と同じ様に地面に拳を打ち付ける。流石の彼の拳でもここまでは届かない。そしてここに落とされたのだ。何か異変が起きるかも、と再度試す事にしていたのである。とはいえ、やはり何も起きる事がなかった。
「まぁ、駄目か」
「魔物なら、ここまでで気付いていても不思議はないからな」
地面から手を退けて、綾崎は一つ首を振る。そうして改めて立ち上がった彼は、他の二人へと問いかける。
「それで、どうする?」
「ふむ……」
「うーん……」
兎にも角にも何かを考えない事にはここから先には進めない。まだ第二の試練。ここで手こずっている様では、先が思いやられる。可能ならさっとクリアしたい所だった。
「ここまでで気になる点と言えば、あの枯れ草か」
「少しは目印になりそうか、とは思いましたが……加工すれば、という所ですが」
「まぁ、ならなくはないだろうな」
三人は少しだけ視線を動かして、最初に立っていた場所から少し離れた所にある枯れ草に目を向ける。そこには枯れ草が生えており、もし瞬が旗の魔術を覚えていなければ目印に使えたかもしれなかった。それを見ながら、藤堂が口を開いた。
「……あれの中に何か、というパターンは……有り得そうですか」
「……確かに、何かあるとすればあれだけか」
「だが……どうする? どれが正解かさっぱりだぞ?」
藤堂の推測に同意する綾崎の言葉に続けて、瞬が困り顔で問いかける。何ら手がかりもなしでは正しく干し草の山から針を見つけ出す様なものだ。何か手がかりは欲しい所だった。が、これに藤堂が道理を指摘した。
「……そんなものがあれば、すでにやっていると思うのですが」
「ああ」
「……」
だな。瞬は二人の返答に返す言葉が見当たらなかった。そもそも何も無いからとりあえず枯れ草を調べてみよう、というのが藤堂の話だ。とりあえず調べてみるしかなかった。というわけで、瞬もそれを受け入れて改めて話を行う。
「……とりあえず、どうする? 纏まって……は駄目か」
「……だな」
「……ですね」
流石にこの広大な領域を延々歩き回る事になるのだ。本来何が起きるかわからない状況では纏まって行動するのが良いだろうが、流石にそれは避けたい所であった。幸い魔物は出そうにないし、よほど離れる場合はまた考える事にしている。というわけで、三人は一度別々の旗を手にして、改めて歩く事にする。
「……」
一応念話は使えるらしい。なのでもし旗で目印を打ち上げて欲しければ連絡をくれる事になっていた。というわけで、瞬は念話が無いかどうかに注意しつつ、近くの枯れ草へと向かって進んでいく。
「これか」
とりあえずは一つ目。瞬は目の前にある枯れ草に手を伸ばす。そうして大きめの枯れ草をかき分け、何か無いか探す。
「……何も無い、か」
ここは外れか。瞬は五分ほどの調査の結果をそう判断する。そうして、彼は枯れ草に火属性の魔術を使って火を付けた。
「良く燃えるな、やはり」
枯れ草だ。しかも周囲は乾燥しており、燃えやすい環境は整っている。なので枯れ草は少し火種を与えてやるだけで良く燃えた。そうして燃える枯れ草を見ながら、瞬は立ち上がって一度周囲を見回す。すると、同じ様に白煙が上がるのが見て取れた。
「……どっちも、外れか」
これは長い戦いになりそうだ。瞬は上がる白煙を見ながら、そう思う。そうして、彼は次に目についた枯れ草へと歩いていく。
「これも、外れ」
五分ほど歩いて次の枯れ草へとたどり着いた彼は、試しに引っこ抜いて少しだけ地面を掘ってもみたが何もない現状にため息を吐いて枯れ草へと火を灯す。そうして更に二個三個と試してみて、しかし全て外れだった。
「……はぁ。これもか」
流石にこう何個も何個も外れが出て、その上に果ては見えないのだ。いくら瞬でも気が滅入る作業だった。といっても、これは彼だけというわけではなく、他の面子も全員そうだった。
「……と、言う感じだ」
『こちらも同じ様な状況ですね』
『こちらもだ……何度か地面を揺らしてもみたが、何か起きる様子もない』
流石に一時間近くも何も無い状況が続けば、三人も疲れが出始める。なので三人共地面に腰掛けて休んでいる様子だった。と、そうしてふと瞬は上がる煙を見て、天を見上げる。
「……下にないとなると……後は上……か?」
『上……となると太陽……か?』
瞬の言葉に上を見上げた綾崎はまず目についた太陽を見る。どうやら外と中では時間経過や現在時そのものも狂っているらしく、太陽は中空に浮かんだままだった。
が、これそのものは迷宮では良くある事だ。なので気にする事はなかったが、それを盲点としているのならこれが脱出の鍵になる可能性は大いにあった。
「とりあえず、やってみるか」
『まぁ、試すだけ損はないだろう』
現状、枯れ草を探しても何かが見付かるとは到底思えない。というわけで、瞬は少しだけ憂さ晴らしも兼ねて槍を生み出して構えを取る。
「おぉおおおおおお!」
雄叫びと共に、瞬は槍を太陽に向けて思いっきり投げつける。今の彼の全力だ。音速なぞ簡単に超過して、一瞬の内に地平線の彼方へと消えていった。
「……何も起きない、か」
流石にそこまで甘くはないか。瞬は結局どこかへと消えていった槍を見送り、僅かに苦笑する。とはいえ、良い気晴らしにはなったようだ。どこか晴れやかな顔だった。
『やはり駄目ですね』
『元々期待はしていなかった』
「まぁな」
瞬は念話で響いてくる二人の声に、僅かに笑う。どちらも期待していなかったらしい。と、そんな彼が次の策を考えるべく再び腰を下ろしたとほぼ同時だ。少し離れた所にとすん、と何かが舞い落ちた。
「ん?」
音に気付いた瞬が、そちらを振り向いた。そうして見たのは、奇妙な魔石が取り付けられた金属の鳥だった。
「あれは……っ! 参式!」
確実に何かの鍵になる。それを察した瞬は、再び飛び立とうとする金属の鳥を見て慌てて<<雷炎武・参式>>を展開。ビーチフラッグで旗を取る様にして金属の鳥を両手でひっつかむ。
「っ! 暴れるな! 二人共! 急いで来てくれ! 脱出の鍵らしいものを見つけた!」
バタバタと暴れまわる金属の鳥を捕まえながら、瞬は念話で他の二人に大急ぎで救援を要請する。そうして、およそ三十秒。二人がやって来て、暴れる金属の鳥を藤堂の魔糸で雁字搦めにして逃げられない様に捕縛する。
「……良し。ふぅ……助かった」
「ああ……にしても、良く見つけたな」
「いや……憂さ晴らしの投槍の衝撃で落下してきた」
「……そ、そうか」
自身の称賛に対して少し恥ずかしげな瞬に、綾崎が僅かに頬を引きつらせる。そうして三人は改めて金属の鳥を観察する。
「これは……魔石か?」
「の、ようだ。ということは、これを使えば……」
三人は金属の鳥の中央に収められていた魔石を見て、一つ頷いた。そうして魔石に魔力を通すと、今まで赤かった目が青く変色する。が、魔糸が絡まって動けないらしい。それを見て、瞬が藤堂へと視線を送る。
「わかりました」
「瞬。気をつけろよ」
「わかっている」
手の中で魔糸が解けたのを感覚で理解して、瞬は一つ頷いて鳥を放り投げる様に上へと軽く打ち上げる。すると、金属の鳥が瞬を案内する様にある程度の所で停止した。
「ついてこい、という事か」
「だろうな……行こう」
綾崎の言葉に一つ頷いた瞬は、二人と頷き合って鳥に従って歩いていく。そうして、五分後。金属の鳥に案内された三人は無事に隠されていた空間の亀裂を発見し、第二の試練の突破に成功するのだった。
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