第1905話 ユニオン総会 ――冒険者の基礎――
<<天翔る冒険者>>ギルドマスターにして、初代ユニオンマスターのアレグラス。その彼が遺したとされる迷宮へと挑んでいた冒険部一同。
そんな中に、瞬もまた混じっていた。そうして藤堂、綾崎の馴染みの面子と共に迷宮へと足を踏み入れた彼は、いくつかの試行錯誤の結果、第一関門の突破に成功する。その一方。実のところ最速で第一関門を突破したのは、なんとコロナとアルヴェンの姉弟の所だった。
「びっくりしたー。勢い良いから気をつけてね、って聞いてたけど……思った以上に勢い良かった」
「あはは。第一関門だけは、固定だから」
先にも言われていたが、コロナもアルヴェンも一度この迷宮に挑んでいる。そして最後まで到達するのに必要な冒険者のランクは平均してランクBというだけで、別に第一関門の突破だけならさほどではなかった。故に、前回の時点でコロナもアルヴェンも突破方法を把握済みだったのである。
「第一関門だけは?」
「うん」
「情報収集も冒険者の重要なスキル。試練の開始前からすでに試練は始まってるんだよ」
頷いたコロナに対して、アルヴェンがどこか得意げに語る。が、これに呆れ返ったのはコロナだった。
「あんたは……偉そうにしない。それを言われたの、ヘクターさんにここででしょ」
「うぐっ」
「あはは」
鼻高々に語った直後に鼻っ柱を叩き折られ、アルヴェンが僅かに息をつまらせる。とまぁ、とどのつまりはそういう事らしい。この第一の試練であるが、この第一の試練だけはこの迷宮が出来た当時から変わらないらしい。一応の読みでは、今後も変わらないだろうというのが大凡の予想だった。と、そんな事を語る彼に、コロナが気を取り直した。
「……まぁ、でも……そうらしいね。ここは入団試験に使われているから、誰もがこの迷宮に入る際には事前知識無しで挑もうとする。その前提条件が間違いであると示す為の場所……だから、きちんと調べる事が出来るの」
「ふーん……あれ? でもじゃあ、そもそも私達不利じゃない?」
「「……」」
どうなのだろうか。コロナもアルヴェンも、この問いかけに僅かに頭を悩ませる。それはそうだと言えば、それはそうだ。元々この迷宮では事前に調べて挑む重要性が理解できているかを見ている。が、今回冒険部は入団試験ではなく単なる訓練として挑む事もあって、誰もが事前知識無しで挑んでいた。そんな事を考えて、アルヴェンがため息混じりに首を振る。
「……わかんね。マスターの考えてる事だけはさっぱりな」
「……」
ここは迷宮だ。何も考え無しでカイトがここに挑ませたとは思いにくい。そして彼の事だ。事前に調査しているのであれば、事前調査を促す様に仕向けるものと思われた。
「まぁ、上の考えなんて私らにもわかんないし」
「……そだね。とりあえず、第三の試練は何かを調べないと……あ」
「っ」
「魔物!」
コロナの言葉に、もう一人の女の子も同意する。そうして、三人は瞬達が第二の試練に臨むとほぼ同時に第三の試練の攻略に取り掛かるのだった。
さて、コロナ達が第三の試練に取り掛かった丁度その時。第二の試練に一足遅れて到達した瞬達はというと、早速第二の試練に取り掛かっていた。
「ふむ……」
乾いた地面に着地した瞬は、まずは立ち上がって周囲を観察する。先ほどの雑木林とは打って変わって、周囲には殆ど何も無い様な状況だ。一応所々に背の低い木というか大きめの雑草の様な物があるぐらいで、目印になる様な物は一切無かった。そんな彼と同じく周囲を観察していた藤堂と綾崎が口を開く。
「……見晴らしは、良さそうか」
「不意打ちは受けなくて良さそう……ですね」
「そう……だな。地面の下に居なければ、だが」
瞬は地面を一度足で叩いてみて、その感触を確かめる。その感触は正しく荒野というのに相応しく、非常に乾いた砂が押し固められた様な感じだった。そんな感覚を確かめ、瞬はとりあえずの方針を提起する。
「さて……どうしようか。おそらくさっきとは違って無作為に進めば迷う事になるのだろうが」
「今回も、どこかに脱出口がある形式か」
「でしょう。そうでないと、この何もない空間を延々当て所もなく歩かないといけなくなりますし……」
流石にこの何も目印の無い空間を当て所もなく歩くには自殺行為だし、何より何を試されているかわからない。三人は周囲を見回しながら、何か目印になりそうなものが無いかを確認する。
が、どれだけ目を凝らしても、どこにも何も無かった。この様子だと何かがどこかにあったとしても、地平線の彼方だろう。間違いなく運任せに出来る状況ではなかった。とはいえ、だ。動かない事には何もならない。というわけで、綾崎が口を開く。
「瞬」
「ん?」
「槍を顕現させておくのに、魔力をどれだけ使う?」
「目印か……それなら、とっておきがある。少し待ってくれ」
綾崎の要請を受けた瞬は、一度だけ目を閉じる。久方ぶりにやるのでやり方を思い出す必要があったのだ。そうして、彼は何時ものやり方で旗を編み出した。
「……旗も創れたのか」
「ああ……と言っても、何時もの魔力で編んだだけの旗じゃない。これはウルカの砂漠に入るなら覚えておけ、とな。砂漠だと何も目印が無い事は多いし、小石やらの小さい物だと砂に飲まれる事もある。これぐらい大きければ、人為的に何かをされなければ目印になる……まぁ、オーグダインさんとかだと本当に木ぐらいの大きさの物を編めるんだが……流石に俺にはそこまでは無理だった」
瞬は地面に旗をしっかりと突き立てながら、僅かに苦笑する。ウルカへの留学にて何度か砂漠に入っていた事は言われていたのであるが、その一度目の際にオーグダインよりこれを学べと言われて学んでいたのである。
盗賊国関連で砂漠での任務が多い<<暁>>では、十数人単位のパーティを率いる事の出来ると認められた者には必ず覚えさせられるもので、瞬もギルドのサブマスターである以上は覚えておけ、と覚えさせられたのだ。そうして、彼がこの旗の特徴を述べる。
「この旗は俺の意思一つで天高く光を放つ。もしはぐれたら、これを目印にしてくれ……とりあえず、太陽を目印にして歩こう」
「「……」」
瞬の言葉に、他二人が一つ頷いた。そうして、三人は瞬の旗を目印にしてひとまず歩き出す事にする。
「「「……」」」
これでこの試練を突破出来る事はないだろうな。三人はそう思えばこそ、特に思うこともなく只々歩いていく。とはいえ、流石に無作為に歩ける事はなく、故に三人は出発の直前にある事を話していた。
「……む」
「時間か」
鳴り響いた電子音に、三人が足を止める。そうしてその音で藤堂が懐からスマホ型の通信機を取り出して、アラームを消した。鳴っていたのは、彼の通信機に備え付けられていたタイマー機能のアラームだった。そうして彼はアラームを止めると、瞬へと頷いた。
「これで十分……一条」
「ああ」
「……どうやら、遠ざかってはいるらしいな」
藤堂の言葉を受けて遠くで上がった光に、綾崎が一つ頷いた。先の第一の試練だと何十分と歩けど――数分で一往復出来てしまうぐらいしかない広さだったが――同じ場所を堂々巡りさせられるだけであったが、ここでは今の所元の場所に戻されるという事はないらしい。というわけで、それを確認した三人は一度そこで立ち止まり、瞬がその場に先の旗と同じ旗を突き立てる。
「これで、良し」
「悪いな」
「いや、構わんさ。このぐらいなら問題無いからな。それに、これは元々超長時間使われる事も多いらしい。魔力の消費は思う以上に少ないんだ」
旗の刺さり具合を確認しながら、瞬は一つ謝罪した綾崎の言葉に笑う。これは彼が魔力で槍を編めばこそわかる事なのであるが、この旗はたしかに大きめであるが、その実見掛け倒しらしい。中身は空っぽで、それ故にしっかりと地面に突き立てていないと突風などで倒れる事もあるほどだそうだった。
「……良し。これで問題無い」
「これでもしまっすぐ進めていないでもわかりますし、方向の修正も容易ですね」
「ああ」
そもそもここは何もない空間にも等しい。目印になりそうな草木とて、殆ど違いはわからないものだ。目印になりえない。なので三人が考えたのは、もう一つ旗を立ててしまう事だった。こうする事で二つの旗の光から自分達がまっすぐに進めているかわかるだろう、という判断だった。
「後は、とりあえず三十分歩いてみて、か」
「何かあってくれれば良いが、な」
瞬の言葉に綾崎が少しだけ笑う。元々こんなものはダメ元だ。何かがあれば儲けもの、としか三人とも考えていなかった。というわけで、再度歩き出す事になるのであるが、それから三十分後。案の定、何も見付かる事なく再度電子音が鳴り響いた。
「駄目か」
「ま、そんな所だろう」
「ですね」
そもそも期待なぞしていない。三人は順当に終わった徒歩の道のりに、笑うだけだ。これで測れるとすれば大凡忍耐力ぐらいだろう。が、今はこの先に何が待ち受けているかわからないが故に普通に歩いているだけで、もし飛空術を持つ者であれば普通に遥か彼方まで見通せるだろう程度だ。もし何か目印があったのなら、その時点で全速力で駆け抜けられる。忍耐力の試練にもならないだろう。というわけで、三人はここからが本番とばかりに改めて腰を落ち着けて話し合う事にする。
「……っと、その前に。瞬。一応、きちんと移動出来ているか確認を頼めるか?」
「ん、ああ、そうだな」
綾崎の言葉に、瞬は一つ頷いて二つの旗に信号を送って、天高く光を放たせる。なお、間違えない様に二つ共色は変えていた。それを見て、瞬が呟く。
「……どちらも、元のままか。と言っても、少し離れた様子だが……」
「となると、ここは逆に本当に延々と広い空間の可能性はありますね」
「だな……さぁ、ここからが本番か」
少しだけ楽しげに瞬は笑って、改めて周囲の観察を行う。何をどうすれば良いか、なぞ何ら一切わからないのだ。それが楽しいらしい。とはいえ、そんな彼に藤堂がツッコんだ。
「と言っても、何も無いから旗を立てたわけですが」
「だな……さて。何も無いわけがないんだがな」
何も無ければここは行き止まり。そもそも戻るしかない。一応戻れる様に最初の試練の所で<<帰還の宝玉>>は手に入っているが、それは最後の手段だ。とりあえず何かを考える必要があった。が、本当に何も無いか、と言われればそんなわけがない。例えば地面だってある。
「……下、はあまりあってほしくはないな」
「それか、この全域を覆い尽くすほどであって欲しいものだな」
苦笑する瞬の言葉に、綾崎もまた苦笑する。もし先の第一の試練と同じ様に下に何かが埋まっているのであれば、それはこの広大な敷地の中から見つけ出さねばならなくなる。となると、もう当てずっぽうではどうにもならない領域だった。とはいえ、何か手がかりがあれば、という事で綾崎が手を鳴らす。
「二人共、少しだけ下がっていろ」
「ああ」
「はい」
「良し……ふぅ……」
二人が下がるのを確認し、綾崎は一つ深呼吸を行う。そうして、彼はまるで息を吐く様な自然な動きで思いっきり地面を殴り付けた。
「はぁ!」
「おぉ!?」
「っ! また腕を上げましたね!」
大きく揺れる地面の上で、瞬と藤堂の二人は僅かに揺れを耐え忍ぶ。とはいえ、ここまで大きいのは敢えて綾崎が遠くまで振動を届ける様にしていた為だ。破壊より衝撃に重きを置いた一撃だった。そうして、数秒。揺れが収まった。
「「「……」」」
数秒。三人は武器を構えながら、注意深く周囲を観察する。実のところ、これで魔物が起きてしまうかもしれない、というのも想定内だった。というより、それさえ手がかりになるかもしれない、と考えていた。が、そんな三人の淡い期待はすぐに崩れ去る。
「駄目か」
「の、ようだ……さて、こうなってくると、中々に難しくなりそうだな」
構えを解いた綾崎の言葉に、瞬も同じく構えを解いて首を振る。そうして、三人は改めて試練の突破に向けて知恵を絞る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




