第1896話 ユニオン総会 ――ユニオンの歴史――
アイナディス、レヴィと合流し冒険部としてはサブマスターである瞬を伴ってユニオン本部へと向かう事になったカイト。そんな彼らはここ暫くで起きていた事を話しながら、ユニオン本部を目指して歩いていた。
「そういえば、カイト。ユニオンの本部はやっぱり中央なのか?」
「ん? ああ、まぁな」
瞬の問いかけに、カイトは一度少しだけ視線を上に上げる。この街はユニオンの総本部がある街であるが、そういえばそれだけしか語らずそしてそれだけしか語られない事も多かった。なので改めて、この街について少しだけ語る事にする。
「この街の名は『リーナイト』。初代ユニオンマスターであるアレグラス・リーナイトの名から来ている街だ」
「アレグラス・リーナイト……」
それが、初代のユニオンマスターの名。歴史上数えるほどしか居ないランクEX冒険者の一人。そして<<天翔る冒険者>>の創始者の名だった。
「どんな人物だったんだ?」
「それはオレも知らない。アイナも勿論知らないし、預言者もな」
「流石に生まれるよりも前。文献も殆ど消し飛んだ時代の事なぞわからんよ」
「私も、流石にそこまで昔には生きていませんね。祖父なら知っていなくもないでしょうが……いえ、流石に知りえませんか」
カイトの言葉に対して、レヴィもアイナディスも揃って同意する。どちらも流石に知らない様子だった。まぁ、レヴィは仕方がない。彼女はそもそもこの街に来たのが三百年前というし、そもそもカイトの紹介でユニオンに雇われている。知らなくとも無理はないかもしれない。が、アイナディスまで知らない、という事に瞬は驚いていた。
「エルフ達も知らないんですか?」
「ええ……ギルド戦国時代にはエルフの国も国難に見舞われておりましたので……その時代の前五百年ほどは数多の王が乱立し、我々も資料が散逸してしまっているのです」
「そうなんですか?」
「ええ……恥ずかしながらですが」
まぁ、これは仕方がない事だろうが、瞬にエネフィアの皇国以外の国の歴史を知っていろ、というのは酷だろう。まだよしんばウルカの事は知っていても良いかもしれないが、それ以外となると関わりが薄い。
なのでエルフの国の歴史も殆ど知らず、知っているのは数度末期のマルス帝国の侵略を受けたという事ぐらいだった。というわけで、これにカイトが少しだけ解説を加えた。
「あの時代に丁度今のクズハと同じ様に先代が若死にしたらしくてな。まぁ、クズハの様に跡継ぎが一人だけなら問題は無いし、兄弟姉妹でも年が離れるエルフ達だから基本王位継承権問題も無いんだが……」
「丁度、今のクズハ様のお父君と代行王の様に年が近い所で生まれてしまっていたのです。しかも悪いことに、母の違う兄弟で……」
「跡目争いが起きてしまった、と」
「そうなります」
アイナディスは自身の言葉を引き継いだ瞬の言葉に、一つ頷いた。そこに丁度帝政に変わったマルス帝国が関わったり、ラエリア王国が樹立してそれを背後に付けた片方がラエリア王国を引き込んだ事で大陸間での紛争に発展しかかり、などとなって各地の勢力が入り乱れ、情報が散逸してしまったそうだ。良くも悪くも、大陸各地に繋がる要所であった事が災いしたそうである。
「そこに、ギルドの乱立するギルド戦国時代があってな。各国の代理戦争じみた様相になった、ってわけだ。情報が無いのはそれ故だろうな」
「どうやって治めたんだ?」
「アレグラスの出現が、その一因とも言われている」
瞬の問いかけに、カイトは街の各所にある旅人の靴をあしらった紋章の一つを指差した。
「あれは?」
「<<天翔る冒険者>>のギルド旗にも記されている、彼らの紋章だ。アレグラスがエネフィア各地のギルドをユニオンにまとめ上げた事により、エネフィア初となる大陸間戦争は回避された。各国、当時の情勢では直接的に戦力が消耗する事態は避けたかったからな」
「なるほどな……」
元々因縁を抱えていた者たちをけしかけて利益をかすめ取るのなら吝かではないが、自分達に被害が出るのなら嫌。そんな国の思惑は瞬にもわからないではなかった。とはいえ、その方法には少し興味があった。故に、彼は興味本位で問いかける。
「だがどうやって揉めていたギルドの戦国時代を治めたんだ?」
「それは」
「はーい。教師の出番だね。というわけで、ざっくりとした解説……さて、今も昔も好き勝手やってる冒険者達だけど、もう一つだけ今も昔も変わらない事があるの。それ、何かわかる?」
「今も昔も変わらない事?」
ここは自分の出番、とカイトの言葉を遮って現れたユリィの問いかけに、瞬が小首を傾げる。
「うん。今も昔もこれだけは冒険者の性質として変わんない事が一つあるの。ヒントはカイト」
「それ、わからんだろ」
「カイト? ……なんなんだ?」
どうやらカイトには答えがわかっていたが、瞬にはわかりにくいヒントだったらしい。案の定理解出来なかったのか、彼は更に疑問を深めていた。
「あらら……ま、仕方がないかな。それはね? お上からの命令を嫌う、って所。国から命令されるのがあんまりよく思わない人、冒険者には多いからね」
「そう……か? よく受けていたと思うんだが……実際、俺もバーンタインさんに何回か誘われてリジェの奴と国からの依頼を受けていたし……」
「それはウルカで<<暁>>の話じゃないかな?」
「ああ」
楽しげに笑うユリィの問いかけに、瞬ははっきりと頷いた。彼が冒険者として思い浮かべるのは、自分達冒険部かバーンタイン率いる<<暁>>とその傘下の冒険者達だ。が、この二つはどちらも来歴から若干特殊だった。
「あそこはウルカが故郷で、<<暁>>は英雄扱いだからね。聞かない方がおかしいでしょ」
「なるほど……だが、どうしてカイトになるんだ?」
「それはカイトが今回来た理由の一つが、ユニオンへの公的な使者だから。冒険者は大国の偉そうな使者からの頭ごなしの依頼は嫌うけど、同じ冒険者が説くなら大国からの依頼でも話は出来るの。同じ冒険者の依頼だから、仕方がない。受けてやろう、って彼らの面子が立つわけ」
そういえばそんな事を言っていたな。瞬は特に興味もなかったので頭の片隅にあっただけの事を思い出す。そしてそれで、なんとなく納得したらしい。
「そんなものなのか」
「そんなものだね」
「面倒な話だがな」
不思議そうな瞬の言葉に同意するユリィに対して、レヴィは心底面倒くさそうだった。ここらで揉める冒険者は少なくなく、結果として後始末に奔走するのがユニオンの職員達だ。頭が痛いのも無理はないのだろう。瞬――というか冒険部全体――にその感が無いのは、やはり出身が異世界だから、という所なのだろう。
「で、その原因なんだけど……これがそのエルフ達の国の内紛に関係があるの」
「どういうことだ?」
「元々この内紛が起きてた時代って、丁度ユニオンが出来る直前。ギルド戦国時代にかぶってるんだよね。で、この頃にギルド同士の揉め事があるから、大国に良い様に利用されてたわけ。ギルドにしても大義名分が出来た、って感じにほいほい受けてたっぽいね」
「……」
まぁ、当然といえば当然なのだろうな。瞬はそう思う。元々学のない者が大半の冒険者だ。良いように使う事なぞ、大陸の知恵者達にとって造作もない事だろう。結果、良い様に使い捨ての駒として利用される事が頻発していたらしい。
「まぁ、そうなると当然だけどギルド同士が更に揉めて、ってなって結果当時の状況になるわけで……アレグラスはそれ、利用したわけ」
「利用した?」
「そ。学がないでも、結果さえ見れば利用されてるって理解は出来る。なら大国に利用されて駒に成り下がってるぞー、って言うだけで良かったわけ。そうなると今度は冒険者達は捨て駒扱いする大国の依頼は受けたくない、って断り始めたわけ。流石に駒呼ばわりされて良い気分になんて誰もならないからね」
だから大国の頭ごなしの依頼を受けたくないのか。瞬はユリィの解説を理解して、同時に納得もした。昔捨て駒にされた経験があったからだ。それは誰だって大国を信用しようとは思わないだろう。
その風潮が今も根底には受け継がれている、というわけであった。勿論、こんな歴史があると知る冒険者は少ないだろう。単に受け継がれた伝統とでも考えている方が多かった。
「そこで動いたのが、当時のラエリアの王様。元々建国して少しで、大国ではあるけど安定してるわけじゃなかったの」
「内心大戦は避けたかった、と」
「そういうこと。だから彼らは敢えてアレグラスの交渉に応じ、僻地だけど自治権を与える事にしたわけ。僻地とはいえ、冒険者達にしても自分達の要求が通ったから気分が良い。ならラエリアの言う事ぐらいは聞いてやるか、ってなる」
当時の冒険者達にしてみれば、新興とはいえ大国相手に意地を通して要求を飲ませたのだ。気分が良いのは当然だった。そして潰えられても面倒、という意見もあったのだろう。ラエリアからの依頼は優先的に受けてもらえたのである。
「で、一方の王国側も与えたのは取るに足らない僻地。でもそれなりに恩は感じてくれているから、協力はしてもらえる。それを背景により強力な体制の構築に成功。後ろ盾にした、ってわけだね。それで今に至る大国を作る事に成功した、ってわけ」
「一方のマルス帝国は政変直後に無茶をした事で、政情が悪化。エルアランからは手を引くしかなく、というわけです。そうして両国が手を引いた事で、後ろ盾を無くした両勢力は程なく瓦解。今のクズハ様の先々代……お祖父様の代で安定する事になったわけです」
「へー……」
なるほど、そんな歴史があるのか。瞬は興味深げに一つ頷いた。そうして、そんな彼は感心した様に、街の至る所にあった<<天翔る冒険者>>のギルドの紋様を見る。
「……すごいな。そこまで、絵を描いていたのか」
「伊達にランクEXと言われてるわけじゃないからね」
伊達にランクEXではない。詳しい資料こそ伝わっていないが、事実だけを読み解けばこれが全てアレグラスの意図した所である事ぐらい、誰にでも理解出来た。そうして瞬が大凡を理解した所で、カイトが口を挟む。
「ま、そういうわけで大国からの依頼はそれだけで受けがよくない。だが、共同歩調を取れなくなる可能性はなるべくなくしたい。というわけでオレが出る事になった、ってわけだ」
「だが良いのか? お前もどちらかと言えば皇国と繋がりが強い冒険者だと思うんだが……」
「お……」
良い所に気が付いたな。カイトは瞬の指摘に思わず目を見開く。これに、カイトは笑って一つ頷いた。
「まぁ、勿論それをよく思わない冒険者は居ないではない。が、流石に武勲を立てた冒険者を疎むのは格好が悪いだろう? なので裏では言っていても、表じゃなにも言わない。何よりオレ達の場合、目的が目的。国に媚を売っても仕方がない、とわかる奴は少なくない。そういう事を総合的に鑑みた場合、皇国としてもユニオンとしてもオレを使者に立てるというのは良い判断だったんだ」
「なるほどな……そうか。それで俺も、なのか」
「そうだな。実はソラではなく先輩を選んだのは、そこもある」
どうやら瞬は自分が選ばれた理由の別の側面に気が付いたらしい。彼が選ばれたもう一つの理由というのは、やはり冒険者としての横の繋がりだ。この横の繋がりであれば、ソラより瞬の方が圧倒的に広い。なので説得するにしても彼が居ればやりやすい、という判断であった。と、そんな事を話していると、一同は街の中心にある大きな建物の前へとたどり着いた。
「あ、預言者様! おかえりなさいませ! <<サラ」
「それについては貴様で処理しろ。私はこいつらをバルフレアの所に連れて行く。あの馬鹿は?」
「了解です! あ、マスターでしたら、今日は珍しく昼寝もせずに起きておいでです!」
レヴィの問いかけに、ユニオンの職員と思しき男性が慌て気味に返答する。
「まぁ、そうだろうな……ほら、ついてこい」
バルフレアとて今日カイトが来る事は知っている。その来訪を心待ちにしており、今日は珍しく昼寝もせずに待っていたそうだ。そうして、一同はレヴィに案内されてユニオン本部の中へと入る事になるのだった。
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