第1894話 ユニオン総会 ――出立――
<<守護者>>の討伐から数日。<<知の探求者達>>の要望を受けて、『十字架』の探索についての一定の対策が練られた事により、ラエリアでは本格的な『十字架』の探索が行われる事になる。そうして、会議から明けて翌日。カイトは朝一番にシャーナへの目通りを行っていた。
「シャーナ様。おはようございます」
「ええ、おはようございます。それでカイト……確かこれから出立でしたか?」
「ええ。今から向かえば、どれだけ遅くとも今日中にはたどり着けますので」
シャーナの問いかけに、カイトは一つ頷いた。流石に彼女を冒険者の巣窟に連れて行くわけにはいかない。何より、連れて行く意味もない。カイトにしてもシアを連れて行く上にシャーナを連れて行くのは、かなりの負担だ。ここで一旦はお別れだった。
「あそこはかなり変わった地と聞いていますが……土産話を期待しても良いですか?」
「あはは……変わった風に見えるのは、外からだからでしょう。内に入ってしまえば普通に思えますよ」
「確か何度か行った事があったのでしたね、貴方は」
「ええ。三百年前の当時は年に一度は顔を出していました」
元々カイトは冒険者において歴史上数えるほどしかいないランクEXの冒険者だ。そして彼も根っこは冒険者である、と自負している。故にユニオンの総会にはほぼ必ずと言って良いほどに参加しており、今後も帰った以上は冒険者として参加していくつもりだった。
「そうですか……そういえば、三百年前はどうしていたのですか? 今の様に飛空艇が何隻もあるわけでは無いでしょうし……そのためだけに飛空艇を出せるとも思いませんし……」
「ああ、それですか。当時はエルフ達の国を通って、大陸を渡っていました。ユニオンの会合時には、比較的簡単に通行許可が出ますので」
「ああ、なるほど……」
元々三百年前の大戦でエルフ達の国が狙われたのは、世界中に移動出来る異空間にあるからだ。それを利用して、冒険者達も移動していたのである。飛空艇の無い時代に船以外で異大陸に渡れる数少ない方法だった。
「おっと……あまり長話をしているわけにもいきません。とりあえず、この三人を先の通り護衛として残していきます。また、この飛空艇には我々が設置した長距離通信用の通信機も搭載してあります。何かがありましたら、そちらをお使いください」
「よしなに」
カイトの紹介を受けて改めて頭を下げた三人娘に、シャーナもまた頭を下げる。彼女らはカイトの側近中の側近だ。それを残すというのは、対外的にもそれだけ彼女を重要視しているという事でもあった。
「三人とも、シャーナ様の身辺警護は任せる。基本的にこの飛空艇の全てはお前らに預ける。必要とあらば、全ての方策を取って構わん」
「「「御心のままに」」」
「ああ……では、後は任せる。ま、あまり羽目を外さない程度にな」
あまり固くなるのは趣味ではない。そう言わんばかりのカイトは最後に気楽に、そう告げておく。そうして、彼はシャーナの所に三人娘を残してその場を後にする事にするのだった。
さて、カイトがシャーナの所を後にしておよそ二時間。彼は瞬ら会合に同行する面子と合流して今回の為に用意しておいた別の飛空艇に乗り込んでいた。
「良し……これで出発準備は整ったな。ああ、そうだ。先輩、ここ暫くはそちらに任せていたが、迷宮で怪我を負った面子の怪我の容態はどうなっている?」
「ああ、それなら問題は無さそうだ。基本的には怪我も治っている方が多い。それに、戦闘に耐えられないと判断した奴については帝国軍の厚意で一時的に病院に入院させて貰える事になっている」
「そちらは把握している。その状況だ」
「それか。それなら五人ぐらい、こちらに残る事になった」
「了解だ」
瞬よりの報告を聞いて、カイトは一つ頷いた。今回、そもそも迷宮への潜入は予定されたものではなかった。なので心身ともにどうしても準備不足だった感は否めず、けが人が出てしまったのは仕方がない側面があった。なのでカイトとしてもシャリクとしてもそこはしっかりアフターケアを行う事にしており、問題は無いだろう。
「それで、ここからは何時間ぐらいの予定なんだ?」
「一応、五時間だ。シアの艦隊もあるからな。その周囲に念の為にラエリア側が出した飛空艇も展開するから、どうしても速度重視とはいかん」
「そうなのか……ということは、暫くはのんびり出来そうか」
「ああ、そうしておけ。どうせ向こうじゃ色々と騒動が起きる」
「……奴らか」
奴ら。瞬が思い出したのは、自身の前前世の宿敵の一人であった源次綱。彼らもまた、総会に仕掛けてくると思われた。が、この想定に対して、カイトは真顔で首を振る。
「それもあるが……それだけじゃないな。というか、そっちより確実にそれ以外の騒動の方が疲れる」
「……ん?」
「あっはははは……ただでさえぶっ飛んでる冒険者達が集まるんだぞ? 三百年前ならまだしも、今の冒険者はオレも大半が知らん。どんな化学反応を起こすかわからん。そうでなくても、騒動しか起きないんだ。この総会だけは覚悟して参加するべきだろうな」
「……」
もしかしたら自分はひどい思い違いをしているのかもしれない。瞬は総会、つまり会議という事で想像していた自分の想像を修正するべきか、少しだけ悩む。
「ま、行ってみればわかるし、参加すれば嫌でもわかる。それを楽しみにしておけ」
「あ、ああ……」
何が待ち受けているのだろうか。瞬はそう思いながら、カイトの言葉に頬を引きつらせながらも頷いた。そうして、そんな彼らを乗せた飛空艇はゆっくりと陸地を離れ、ラエリアを飛び立っていくのだった。
さて、それからおよそ半日。カイトは飛空艇の甲板に立って、ユニオンの総会が開かれる地にして、ユニオンの本拠地がある街を見下ろしていた。その横には、瞬が立っていた。
「……普通の街……だな」
「そりゃ……町並みが普通じゃないわけがないだろ。何想像していたんだ?」
「いや……もっと、こう……なんていうか、だな。迷路みたいに入り組んでいたり、とかか」
「流石に町並みぐらいは普通さ。住人は普通じゃないけど……なっ!」
瞬の言葉に笑いながら答えたカイトは、そのまま右腕で振り払う様に薙ぎ払う。そんな彼の圧により、唐突に更に上の方で爆炎が上がった。
「なんだ!? 攻撃!?」
「流れ弾だ。だーれだ、喧嘩してるやつは」
「な、流れ弾? 今のがか?」
楽しげに笑うカイトに、瞬が驚いた様子で確認を入れる。今のは明らかに流れ弾という領域を遥かに超越していた。新人冒険者なら直撃すれば消し飛んでも不思議はない威力だ。飛空艇の障壁は破れないだろうが、それでも危険な威力ではあった。その一方、カイトは上空を見回して今の攻撃を放った相手を見つけ出す。
「ああ……あ、居た居た。あいつらか。ユリィー」
「あいあいさー」
カイトの要請を受けたユリィが指で銃の形を作り、魔力を指先に蓄積する。そうして、直後。極太の光条が迸り、遥か彼方の上空で喧嘩をしていた二人の冒険者の間を通り過ぎていった。
なお、丁度激突する瞬間だった様子だが、ユリィの横槍に気づいて咄嗟に停止していたので問題はない。色々と問題はあるが、問題はないのだ。そうして、そんな攻撃で二人の冒険者が一瞬でこちらへと肉薄する。
「あんだ、てめぇ」
「巫山戯てんのか?」
「巫山戯てんのはてめぇらの顔だけにしろや。こっちの旗見ろ旗」
喧嘩の真っ最中に邪魔をされて殺気立つ二人の冒険者に対して、カイトもまた僅かにドスの利いた、しかし少しだけ楽しそうな声で応じ、顎で背後に棚引く皇国の皇室しか使えない旗を指し示す。それに、二人の冒険者が思わず顔を顰めた。どうやらこれでわかったらしい。
「げっ」
「まっじぃ……」
「オレが防がなきゃ、帝国と皇国から揃ってお尋ね者だぞ。もーちょっと離れた所でやれや」
盛大にやっちまった、という顔を浮かべる冒険者達に、カイトが笑いながら苦言を呈する。それに、片方はもう片方と顔を見合わせて、頷いた。
「そ、そーすっか」
「いや、もう良いわ。やる気無くなった」
「あ、待ちやがれてめぇ!」
「はいはい。サリィの酒場で酒奢るから、それで流せよ」
「あぁ!? それなら良し!」
どうやらカイトの指摘により、二人の内片方が毒気を抜かれたらしい。深い溜息と共にもう片方を放置で降下を始める。そうしてそんな片方の妥協案に応ずる事にしたらしく、もう片方もまるで先ほどの一幕が無かったかの様に去っていった。そんなあまりに怒涛の如く終わった騒動に、瞬は呆気に取られていた。
「……何なんだ、今のは」
「喧嘩でしょ? 何時もよくやってる」
「喧嘩だな。この街じゃ常に起きてる」
何時もの。あれが何時も起きているのか。瞬は二人の言葉に思わず戦慄する。今のは間違いなくランクA級の冒険者だった。それが常日頃から喧嘩をしているのだ。戦慄もしよう。
「よ、よく街が無事だな……今のはおそらく、素の俺より強い……いや、前の時点の俺だが……」
「ああ、それか。まぁ、町中で喧嘩すりゃ建物もぶっ壊れるが……」
「この街じゃよくある事過ぎて気にしてないね」
「……」
それで良いのか冒険者。瞬は二人の言葉に言葉を失った。と、そんな事を言っていると、今度は地上で豪雷が迸った。
「またか!?」
「ああ、いや。こっちは大丈夫だな……おーい!」
どうやら豪雷の時点でカイトは何かを察したらしい。雷が迸った方へと声を大にする。
「そうそう! オレ! 今来た! そっちどう! あ、そう! そりゃ元気で良い事じゃねぇか!」
「そういうことではありません!」
「おっと」
声を荒げながらすとん、と着地したのはアイナディスだ。どうやら落雷は彼女の物だったらしい。そんな彼女に、カイトが楽しげに問いかける。
「で、次は誰が何やった?」
「はぁ……双子大陸の少し名の知れた冒険者が喧嘩を売ってきただけです。相手の力量も察せられない愚か者です」
「なんだ。アイナに喧嘩を売る様な馬鹿か。どうでも良いな」
「ええ……あ」
カイトの言葉に頷いたアイナディスであったが、そこで何かに気付いた様に目を見開く。それに、ユリィが首をかしげた。
「どったの?」
「……下にあの馬鹿を放置してきたままでした」
「いーだろ、放置で。この街ではよほど恨み買わなきゃ殺しは無いからな」
「身ぐるみは剥がされるけどねー」
「まーな」
楽しげなユリィの指摘に、カイトもまた楽しげに笑う。どう考えても笑って良い事ではない様子だったが、この街ではデフォルトだようだ。
「はぁ……まぁ、良いですか。何やら仲間が居た様子でしたし」
「それなら尚更なんとかなるだろ。どうせこの街じゃ、よくある事だ」
「それで良いとは思えませんが……それもまた事実ですか」
カイトの指摘に対して、アイナディスは深い溜息を吐きながらもそうする事にしたらしい。確かに喧嘩を売ってきた奴にわざわざ慈悲を掛けてやる意味なぞないだろう。呆れつつも道理を見たようだ。
「さて……それじゃ、後は空港に飛空艇を降ろすか。艦長、飛空艇の降下の準備は?」
『何時でも』
「よろしい……さっきみたいに何かがあった場合はこちらで対処する。そちらは通常通り降下を行え」
『了解』
カイトの言葉に、飛空艇の艦長が一つ了承を示す。そうして飛空艇はゆっくりと降下を始め、ユニオン本部のある街へと着陸するのだった。
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