第1893話 手がかりを求めて ――対策――
神殿都市の一件を受けた調査で見付かった『十字架』の迷宮。ここの最奥で見付かった情報記録媒体と書物の解析結果を受けて開かれた会議に参加したカイトは、その会議で言及されていたヴァールハイトの事を少しだけ語る事になる。そうして、大凡を語り終えた後。ジュリウスは一つ頷いた。
「なるほど……人体実験で子供を、か」
「度し難い、と言う所ね」
「実父にそう言うかね」
「ええ。実父だからそう言うわ」
ジュリウスの苦言に対して、カナタは特段の感慨も無くはっきりとそう告げる。とはいえ、そこには僅かな親愛があり、家族としての愛情はあったのだと誰しもに察せられた。そうしてそんな一幕を経た後、ジュリウスは一度気を取り直した。
「……まぁ、そういう事なら彼が<<守護者>>の封印に関してなにかをしたとは思えん……違うか?」
「さて……お父様の専門は生物学だったけれど、色々とあって様々な分野に手を出していたわ。現に邪神との戦いで重要となる『振動石』の事も知っていたわ。安易な判断は禁物よ。あの父様。本気で暴走するとわけのわからない事をやりだすもの」
「そうか……なら、心に刻んでおこう」
カナタの返答に一つ頷いて、ジュリウスはひとまずそれについては心に留めておく事にする。そうして、彼は改めて一つの提言を行った。
「さて……それで。ひとまずだが……我々<<知の探求者達>>からは引き続き『十字架』の探索を進める事を進言する。兎にも角にも、残りの書物を集めて墓の場所を探らねばならないだろう」
「それについてはすでに軍を中心とした部隊を各地に派遣し、『十字架』の探索を行わせている。それだけでは駄目か?」
「駄目、というわけではありませんが……」
シャリクの問いかけに対して、ジュリウスは一つ首を振る。無論、それだけで良いとは彼も思う。が、そういう事ではない。
「軍だけでは手が足りないのではないか、と思うのです。現状、敵の事もある。もし万が一、敵がこれを奪取しどこかでこれを解き放てば、どうなりますか?」
「「「……」」」
それは考えていなかったわけではないが。シャリクを筆頭にした軍の高官達は押し黙る。が、やはり彼らにとってボトルネックになっていたのは、まだ完全に治安回復がなされたわけではない、という所だった。それ故、シャリクは正直な所を口にする。
「……それは我々も考えなかったわけではない。無論、敵の戦力を鑑みれば、<<守護者>>を討伐出来る可能性がある、という事も……逆に、敢えて封印だけを解いて<<守護者>>を解き放つ事だって出来るかもしれない、という事も。だが、如何せんまだ治安回復がなされたわけではないのだ」
「ええ。それは承知しています」
シャリクの返答に対して、ジュリウスは一つ笑みを見せる。この展開は彼も想定していたし、想定していて出した以上、その先に彼が言いたい事があった。
「我々に、『大地の賢者』への謁見許可を頂ければ」
「……彼の知恵を借りると?」
「事は急を要します。彼の知識を借り受け、『十字架』の在り処を探る。敵よりも先んずるには、それしかありません」
「「「……」」」
どうだろうか。軍高官達の視線が、シャリクへと集まる。基本的に『大地の賢人』への謁見の許可は皇室の専権事項だ。故に彼が許可を出せば、可能となる。そうして少しだけ考えた後、彼は意を決した様に一つ頷いた。
「……確かに、君の言う事は尤もだ。エネフィアという大地に根ざす彼ならば、この世界で起きたありとあらゆる事を知っているだろう。必然、『十字架』の在り処も知っている可能性は非常に高い」
「はい」
「ああ……それ故、この急を要する事態においては彼の助力を請うというのは正しい判断と言える。だが、問題が無いわけではない」
ジュリウスの同意に一つ頷いたシャリクであったが、その上で、と話を進める。
「治安回復など色々とあるが……まず何より、短期間で連続して<<守護者>>を討伐する方法が必要だ。君たちも八大である以上は確かに探索が出来ないわけではないだろうが……それでも探索がメインのギルドではない。君たちの得意分野は研究。戦闘はメインではないだろう」
「無論、それは承知しております。ですので軍、我々冒険者による臨時の調査部隊を編成して頂きたく。軍には治安維持を。我々が参謀や調査を。戦闘に特化したギルドに実際の戦闘を、という形を取りたく」
確かに、それならまだなんとかなる。シャリクはジュリウスの提案を聞いて、一つ頷く。そうして、そんな彼は一応の問いかけを行った。
「ふむ……その戦闘に特化した、というのはランクSを中心で間違いないか?」
「はい……相手が<<守護者>>である事を鑑みれば、並の冒険者では歯が立たない。であれば、最低でもランクS級も上位の冒険者に依頼を出して頂きたく」
「ふむ……」
確かに、それしかないといえばそれしかないのだが。元々<<守護者>>の攻略にはランクSも上位の冒険者の助力は不可欠だ。なのでジュリウスが言っている事は当然の事でしかなく、なにか不思議があるわけではなかった。故にシャリクは少し考えた後、問いかけた。
「……君達にあてはあるのか?」
「無論です……我々とて八大の一つ。しかも先に陛下が述べておりました通り、研究がメインのギルド。伝手は広い方だと認識しております。すでに一つは目星を付けております」
「……オレ? いやいや。ウチは無理だ」
ジュリウスから向けられた視線に、カイトが思わず笑って手を振る。確かに冒険部というよりカイトとティナだけであれば、いっそ全ての『十字架』の迷宮の攻略も不可能ではない。
ないが、流石にそれをして良いかどうかは話が別だ。そもそも彼には公爵としての立場もある。他国の依頼で長時間自領地を空けるわけにもいかなかった。
「ああ、それは勿論理解している。だが、君の持つ伝手なら、<<守護者>>だろうとなんとか出来る所がある」
「……多すぎてなんとも言えませんが」
「ああ。君の周囲には多いだろう……が、こういう場合に適任は一つしかない。<<熾天の剣>>。君が天王だという噂は聞いている。天将を数人、動かしてもらいたい」
「ああ、天将か」
なるほど、それなら確かに適任と言える。カイトはジュリウスの要請に対して、納得を得て頷いた。そもそも<<熾天の剣>>はエネフィアでも最強集団と名高い武闘派のギルド。その中でも天将はたった八人しか居ない存在だ。
彼らなら、十分に<<守護者>>と戦って生還する事が出来るだろう。その戦闘力を目減りされない様に護衛もつければ、万全だ。
「まず老将ヴァイス。彼を筆頭に何名か欲しい」
「ふむ……それならいっそクラン殿も依頼しますか? この間中津国で会ったんですが……久方ぶりに戦の匂いがする、とか言ってこちらにも来る筈です」
「それは……願ったり叶ったりだ。先代のギルドマスターは私も知っている。あの御仁であれば、<<守護者>>だろうと単独で勝ててしまうかもしれない」
自身の要請に対して逆に出された提案に、ジュリウスは目を見開いて喜色を浮かべる。それならより一層の安全の確保が可能。彼からしてもそう断言して良かった。そんな二人の会話を聞いて、シャリクもこれなら、と頷いた。
「なるほど……確かに、よくよく考えれば君だけでなく、冒険者としての君の周囲にも猛者が多い。そこらに頼めるのなら、軍にも探索を急がせられる。可能だな?」
「無論です。今まで探索に二の足を踏んでいたのは、あくまでもその先の展望が見えなかったからと言えます。が、その先の展望まで見えたのであれば、優先して確保しておく意味もあるでしょう」
シャリクの確認に対して、軍の高官の一人ははっきりと頷いた。彼らが危惧していたのは、集めたは良いが万が一それが<<死魔将>>の手に奪取されてしまう可能性を考えたからだ。
なにせ集めた所で<<守護者>>を倒せねば意味が無いのだ。それを考えれば、一箇所に集めるのも得策とは言えず、かといって放置も出来ない。その結果、なんだかんだと治安回復を優先する事になり、探索も若干の遅れが出てしまったのであった。
「良し……良いだろう。その提案を受けよう。カイト。君には申し訳ないが、天将に依頼を出したい。仲介を頼めないだろうか」
「無論です。私としても、奴らに<<守護者>>を兵器として使われるのは御免です。それを未然に防げるのであれば、尽力いたしましょう」
「ありがとう……軍の諸君はまた追って探索隊に関しての議論を行いたい。追って日時は知らせる故、調整を頼む」
「「「はっ」」」
シャリクの指示に、軍の高官達は二つ返事で了承を示す。彼らとしても領内に時限爆弾じみた物があるのは有り難くない。それにもし万が一、『十字架』の存在が未だに残る旧体制派にバレれば面倒を呼び込みかねない。早めに処理出来るのなら、処理しておきたい所ではあったらしい。そうしてそこらに合意を得て、シャリクがジュリウスへと問いかける。
「良し……それで、今日話したかった事は以上か?」
「ええ。皆様には以上となります」
「皆様には?」
ジュリウスの返答に、シャリクは首をかしげる。皆様には、という事なので他の誰かにはあるという事なのだろう。そして案の定、そうであった。
「ええ……カイト。君に少し聞きたい事がある。カナタと共に話をしたい」
「まぁ……良いが。こちらが隠す内容でなければ、だ」
「無論、君の身体やそういった事ではない。単に<<守護者>>についていくつか聞いておきたい事があるというだけだ」
「なるほど。それなら、オレも残ろう」
今後編成される部隊において、基本は<<知の探求者達>>が知恵袋として動く事になるだろう。であれば、そこに協力していれば総合的な被害は減らす事が出来る。そして彼らが知っていてくれれば軍としても問題が無い。敢えて大人数で集まる意味は無いだろう。というわけで、軍やシャリク達が去った後。カイト達はシャリクの許可でそのまま使える事になった会議室を使わせて貰う事になった。
「それで? <<守護者>>について聞きたい事とは?」
「ああ……あの戦闘中。<<守護者>>の前で君が呟いた言葉が気になってな。それを聞いておきたい」
「呟いた言葉……何かあったか……」
そもそもカイトとて戦闘中だったのだ。詳しい事は覚えていなかった。これに、ジュリウスが指摘する。
「ああ……モデル・レッド。赤騎士と」
「ああ、そういえば言ってましたね……ええ。<<守護者>>、と一言で言っても種類はいくつかに別れます。現に今回の個体は大剣を使っていましたね。前は片手剣と盾でした」
「それは調査結果を読んで知っている。では、同程度の実力でもいくつかの系統があると?」
「ええ……槍やら弓やら、魔術を得意とする個体も居る。その中でも近接戦闘に長けたのが、蒼と赤の二つです。蒼騎士は本来あれ以外にもいくつもの武器を使う個体ですが……正常な状態ではないので、武器のスイッチ機能が封印されてしまっているわけですね」
ジュリウスの問いかけに対して、カイトは特別隠す必要も無いのかあっけらかんと答えた。それに、ジュリウスは一つ頷く。
「なるほど……では戦闘力に特化した個体だけでなく、支援に特化した個体は居ないのか?」
「勿論、居ます。それと戦闘に特化した個体が同時に出られると最悪ですね」
「だが、今回はそれは無さそう、と」
「状況から見てそうでしょうね」
そもそも施設の状況からしても、<<守護者>>を一つにつき一体封じているのだ。複数体同時に封じられている可能性は低いだろう。
それ故にジュリウスの推測に対して、カイトもまた同意する。そうして、そんな彼は暫くの間今後の調査隊の役に立てば、とジュリウスに問われた事を答える事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




