第1891話 手がかりを求めて ――許可――
<<守護者>>の討伐の後に行われた<<知の探求者達>>主導による『封印の塔』の解析。たった数秒だけの解析を見届けて、一同は迷宮を後にする。
そうして、外に出たわけであるが、前がそうだった様に中と外の時間は些か狂っていたらしい。朝一番に突入し一夜を明かしその後色々としていた筈なのに、外に出た時はまだ明け方だった。
「……ふぅ。総員、警戒態勢を解除。けが人の手当てと搬送を急げ」
「はっ」
一同が迷宮から脱出したという報告を聞いたシャリクの指示を受けて、ラエリアの旗艦の艦橋が慌ただしく動き出す。そうして、暫く。帰還したカイトはバリーと共にシャリクの待つ艦橋へと招かれた。
「陛下」
「ああ、中佐。ご苦労だった……隊の被害は?」
「は……大凡六割が怪我を」
参加した者の六割。普通に考えれば損耗率としては尋常ではない被害を被った事になる。が、それでも相手が<<守護者>>だという事を鑑みれば、まだ十分に少ない被害と言い切れただろう。それを聞いて、シャリクは更に詳細の報告を求めた。
「そうか……死者と今後半年以内での戦線復帰が困難な者は?」
「死者はゼロ。幸い、という所です」
「そうか」
バリーの報告を聞いて、シャリクがカイトへと僅かに視線を送る。まぁ、当然だがこれにカイトが絡んでいないわけがない。彼がゴーレムに指示を送り、殺さない様にだけはしておいたのである。そうしてまず被害を聞いた後、シャリクは結果の報告を問いかける。
「それで、目的の品は?」
「は……こちらを」
「ふむ……ゴーレムは出せるのか?」
「可能です。外ですでに確認済みです」
「そうか。よくやってくれた」
シャリクは報告を聞いて、一つ頷いた。これについては実験という向きが無いわけではなかったが、出来たのなら問題は無いだろう。そうして更に二言三言話した後、彼は一つ頷いた。
「ふむ……ゴーレムはやはり軍では手に余るか」
「は……飛空艇の艦隊が一つは欲しい所です」
「無理だが、だな」
「ええ。無理ですが、です」
これはもしかしたら、旧文明が敢えてそうしたのかもしれない。シャリクもバリーも迷宮に飛空艇が入れない事を考えて、そう考察する。
<<守護者>>の前に飛空艇は無力にもほどがある。それどころか中の人員が一網打尽になってしまう為、被害を増やすだけだ。ゴーレムには有用でも、旧文明が最も倒したかった<<守護者>>に有用でなければ意味が無かった。
「ああ、ありがとう。報告は受けた。怪我……はしていない様子だが、疲れているだろう。今日はもう下がって良い。後は報告書を提出してくれ。ああ、わかっていると思うが、今日は休めという意味だ。明け方だからこれから作れ、という意味ではないからな」
「はっ!」
バリーはシャリクの指示に少し笑いながら敬礼で応ずると、その許可を得てその場を後にする。そうして後に残るのは、カイトだけだ。それを受けて、シャリクは改めてカイトへと礼を言う。
「さて……マクダウェル公。世話になった。これで我が国単独で動く事が出来る」
「いえ……何時も呼び出されても私としても困りますからね。これは私や皇国の為でもあったかと」
「そうか……ならば、恩には着るまい。それで、どうだったのだ。改めて<<守護者>>と戦った感想としては」
カイトの返答を受けて、シャリクは改めて<<守護者>>に関する所感を問いかける。今後、カイト無しで<<守護者>>との戦いを行わねばならないのだ。そうなってくると気になるのは無理もない。
「そうですね……あまり滅多な事で戦うべきではない、というのは確定かと」
「それはわかっているさ。<<守護者>>は本来、人類の守護者。守護者と戦う馬鹿もいない。が、その守護者を操ろうとした旧文明の者たちが愚かだった、というしか無い」
「そうですね。その上で言えば、最低でもランクSの冒険者を複数名雇った上で行動に出るべきでしょう。ユニオンマスターのバルフレアに協力を依頼する事をおすすめします」
シャリクの返答を聞いて、カイトは改めて彼へと助言を行う。<<守護者>>と戦うにあたり、今回カイトは瞬を筆頭にランクS未満の冒険者を採用した。が、あれはメイン戦闘員としての活躍は期待していない。あくまでも数合わせという所で、慣れて欲しい所もあった。
「彼か……そうだな。勿論彼への協力はすでに依頼している。可能なら君からも助力を要請してはくれないか?」
「無論です。彼とも今回の一件の前に少しだけ話をしましたが……悪くない感触を得られたかと」
「そうか。こちらについては、恩に着よう」
やはり今後も<<守護者>>との戦いを行わねばならないのなら、最低でもバルフレアの協力は欲しいだろう。彼はカイトと同じく冒険者ではたった三人だけのランクEX。戦闘力では確かにクオンより落ちるが、それでも十分な戦闘力を有している。
何より、彼の知能とその伝手は有用だ。ランクSを集めるのなら、クオンより遥かに適任者だった。そうして、カイトとシャリクは暫くの間そこらの旧文明の負の遺産についてを少しだけ話し合う事になるのだが、それもそこそこで話題を切り上げた。
「……そうか。わかった。ありがとう。ひとまずバリーを中心として暫くは迷宮の攻略に取り掛かろう。最低でも三人ぐらいは欲しいからな」
「お気を付けを。あの迷宮そのものは兎も角、最下層にいる<<守護者>>は侮れる相手ではありません。なるべく準備を万端にして、臨むべきです」
「気を付けよう」
最後のカイトの一応の注意喚起に、シャリクはそれをしっかりと胸に刻み込む。あくまでもこの二戦を上手く切り抜けられたのは、カイトが裏から協力していればこそだ。次からがラエリアにとって本当の本番だと言い切れた。
「さて。それで少しだけ脱線してしまったが……『大地の賢人』。忘れる事は無いと思うが、これについて少しだけ話をしておきたい」
「彼の事ですね……彼と言うべきかは定かではありませんが」
「そうだな」
二人が思い浮かべたのは、『大地の賢人』。大地に生きる精霊の事だ。が、それ故にこそ性別は無いに等しく、特にこの『大地の賢人』の場合は人の姿を取った所を誰も見た事が無い事から性別は本当に不明だった。
「……彼につい先日、君の来訪が遅れる事を伝えに行ったのだが……案の定、ご存知だったようだ。来たらわかるから、それを楽しみにしている、と」
「あはは……彼はこのエネフィアという星そのものとも言い換えられますからね。知っていて不思議はないかと」
「ああ……それで、彼の所へはシャーナと共に向かって欲しい。本来、国を出るにあたり彼と話しておくのが筋だろうが……あの時は事情が事情だったからな。今回は特に君との事もある。報告しておくのが、筋というものだろう」
「そうですね。それとこれとは話が別ですから」
シャリクの要請に対して、カイトははっきりと頷いた。先に二人も言っていたが、『大地の賢人』はエネフィアで起きる大抵の事――隠されない限りだが――は理解している。なのでカイトとシャーナの事も勿論、シャーナがシャリクを後継者として任命した事も知っている。
本来、わざわざ報告する必要も無いのだ。が、それでも自分で報告に向かうのが筋というものだろう。それ故応諾したカイトに、シャリクも一つ頷いた。
「ああ。それで、こちらについては先に話していた通り、ユニオンの総会の後で良い。こちらはあくまでも私事と捉えて貰って大丈夫だ」
「わかりました……その間、シャーナ様は」
「無論、こちらで万全の警護を行う。先にバリーから聞いていたとは思うが、大凡大規模な反乱はもう鎮圧済みだ。すでに趨勢は完全にこちらに傾き、ヴァルタード帝国よりも使者が来た。それを受けて各国の使者も来た。もう、残党にもほとんど力は残されていない」
「そうですか……ですが、窮鼠猫を噛むという言葉があります。決して、油断なさいませんよう」
「心得よう」
カイトの助言に、改めてシャリクは一つ頷いた。やはり大国が動いた、というのは大きかったらしい。前のラエリア内紛の時点で計画されていたティトスの来訪をきっかけとして各国も趨勢が完全にシャリクに傾いた事を理解して、その結果南部軍の残党もこれ以上の抵抗は不可能と悟ったようだ。
良くも悪くも、彼らもまた貴族だったのだ。政治や戦況を見る事は出来た。下手に抵抗して戦場で大大老と同じ末路を辿るより、と敏い者から投降したとの事だった。残るはそうではない雑多な者だけ。抵抗力はほぼ失われていた。
「はい……そうだ。それで、陛下。『大地の賢人』の周辺の状況は今、どうなっているのですか? 私は三百年前は聞いていたのですが……それからの事はそういえば、と」
「ああ、そういえば君は知らないのだったな。基本は君が知っている通りだ」
「では、あまり大人数で向かうべきではないですか」
「ああ。そこまで大人数が逗留出来る場所があるわけではないからな」
となると、向かうべきなのは。カイトはシャリクの返答を聞いて、大凡の面子を見繕う。と言ってもこれは言うまでもないだろう。相手は精霊。それもかなり高位な精霊だ。しかも同行者にはシャーナも居る。そこらを鑑みれば、結論としてはカイトを筆頭にした幹部にするべきだった。
「わかりました。ありがとうございます。早急に人員は見繕い、そちらに提出させて頂きます」
「ああ、そうしてくれ」
カイトの返答に、シャリクが一つ頷いた。そうして、二人はその後は少しの間それ以外の皇国とラエリアに関連する色々な事について少しだけ打ち合わせを行い、カイトはその場を後にする事になるのだった。
さて、それから二時間ほど。カイトは一度シャーナの所に顔を出していた。と言ってもこれは彼女へのご機嫌伺いというわけではなく、本来彼がすべき所であったシャーナの護衛を代わってくれたセレスティアへの礼を言う為だった。なので彼はシャーナへの謁見の前にひとまず彼女へと会いに行っていた。
「ああ、セレス。護衛、ありがとう」
「いえ。この程度どうという事はありません……それで、どうでしたか? <<守護者>>との戦いは」
「やはり強かった。一方ならぬ、と言って良いだろう」
「当然ですね」
「ああ、当然だ」
セレスティアの言葉に、カイトも一つ笑う。<<守護者>>が弱いわけがない。それは喩え異世界であろうと、共通認識として理解されている様子だ。
何よりあちらの世界の場合、その大本となったカイト達が居たのだ。下手をするとエネフィアよりより深く研究が進んでいる可能性はあった。そして事実、カイトの次の言葉にも即座に理解を示した。
「モデル・レッド。それが居たよ」
「モデル・レッド……レックス様をモデルとした<<守護者>>」
「さて、それはオレは知らんがな」
セレスティアの言葉に対して、カイトは敢えてそう嘯いた。あくまでも彼女に真実を教えるのは自分に勝利した場合に限っての話だ。相打ちである以上、教えてやるのは筋が違った。勿論、彼自身もうほとんど隠せてはいないだろう、とは思っているがそれが彼だろう。
「それで、『大地の賢人』への許可は出たが……そちらも行くで良いのか?」
「ええ……元の世界へ帰る方法はわからないでしょうが、兄上の事だけでも把握しておきたい所です」
「なるほど。確かに、それなら丁度よいかもしれないな」
元々セレスティア達は元の世界へ帰ると同時に、兄を探しているのだという。その兄の手がかりを見付ける事はまだ出来ていないが、エネフィアに居るのであれば『大地の賢人』に聞けば見付かる可能性は高かった。と、そんな彼女の思惑を聞いた所で、部屋にシェリアが入ってきた。
「カイト様。シャーナ様のご支度が整いましてございます」
「そうか……まぁ、その前にひとまずユニオンの総会だ。そちらを忘れない様にな」
「はい、そちらも」
「ああ」
カイトはセレスティアの返答を聞いて、立ち上がる。そうして、彼はシャーナの所へと顔を出して少しの間彼女との間で歓談を行う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




