第1890話 手がかりを求めて ――何時か来るべき時へ――
ラエリアの依頼により<<知の探求者達>>、<<死翔の翼>>の二つのギルドと共に旧文明の遺した迷宮へと突入し、<<守護者>>との戦闘を行ったカイト。
そんな彼は目的であった<<守護者>>の討伐を終えると、宝物庫へと足を踏み入れていた。そうして踏み入った宝物庫で手に入れたのは、先にカイトが手に入れたネックレスに加え先と同じ内容だがしかし著者が違う書物と情報記録端末だった。そこでネックレスを回収した一同は、ひとまず帰還の途に就く事になる。が、そこでジュリウスの要請により、少しだけ時間を費やす事になっていた。
「……本当にやるのか?」
「当然だ。これは必要な実験だ」
心底嫌そうな顔のカイトの問いかけに、ジュリウスは一切迷い無く即断かつ強い意思を滲ませる。そんな彼が何をやろうとしていたのかというと、<<守護者>>を封じていた封印具の解析だった。
「だが、これは解析を感知すると自壊する仕組みが組まれているぞ? 相手は旧文明。確かに<<知の探求者達>>だろうが、それでも太刀打ち出来るのか?」
「それはやってみないとどうにも判断は出来ん。何より、そこらを試す意味合いもあるからな」
「パパ。ひとまず解析用のゴーレムを起動させたけれど……解析はまださせていないわ」
「それで良い。おそらく解析の魔術が近くで発動した時点で、あの封印具は自壊する。これは確定だろう」
ジュリウスはジュリエットの報告に一つ頷きながら、改めて周囲を観察する。
「……やはりな。この封印具の周囲には広範囲に渡って解析魔術の起動を概念で感知して封印具に自壊の信号を送る様なシステムが組まれている。しかもこれの解除を試みれば、それを感知して自壊の信号を送る様になっている……ここまで来るともう病的だな」
「仕方があるまい。余としても万全を期して、でないとこの場の解析には取り掛かりたくないのう」
僅かに苦笑するジュリウスの言葉に、解析の手伝いを行うティナがため息を吐いた。実のところ、今回のこの場での解析は彼女も若干反対側だった。何が起こるかまだ未知の領域が多かったからだ。
が、ジュリウスに押し切られたのと、興味があった事が大きかった。何よりやってみないとわからない事がある、という彼の言葉に道理を見た事もある。
「兎にも角にも、やってみねばなにもなるまい。何より今後の事を考えれば、<<守護者>>に通用する魔術を開発しておきたくもある」
「それやると余計面倒事を引き込む事になりかねんぞ」
「わーっておるよ。だから面倒な所でのう。お主や余が使う分には問題が無い。それが広く広まるのが困るんじゃからのう」
カイトの苦言に対して、ティナもまた苦い顔だった。彼女とてこの情報が広く広まる事の問題は把握している。が、このまま綱渡りの様な戦闘を何度も繰り返したくない、という事もまた事実だった。
そうしてカイトをなんとか説得した後、ティナは改めて解析に取り掛かる。と言っても勿論、ジュリウスが見きった探知範囲の外からだ。
「ふむ……概念防御に概念感知式のトラップ。更には概念による封印……かのう」
「大凡、そんな所なのだろう」
「そーいえば疑問なんだけど。どうやって概念を感知する距離割り出してるの?」
ティナの解析に頷いたジュリウスへと、ユリィが興味深げに問いかける。先にティナも指摘していたが、ある程度の範囲に解析の魔術が行使されたのを探知して、自壊システムが起動する様にシステムが組まれている。これを見切ったのは、どう考えても解析したからだろう。どう見ても、矛盾していた。
「ああ、それか。それなら……見たまえ」
ユリィの問いかけを受けたジュリウスは、先ほどまでカイト達が戦闘を行っていた中央の塔を見る。協議の結果学術的には『封印の塔』と呼ばれる事になったこの塔。そこになにかの仕掛けがあったらしい。
「この塔。内部の構造を一切合切解析不能にしてしまっている。であれば、この塔を中心として解析の魔術は使用不可になっているのだと思われただけだ」
「ふーん……あれ? そういえば少し待って」
「どうした?」
「私達、戦闘中に中で解析の魔術いくつも使ったけど、なんで自壊しないわけ?」
「良い所に気が付いた」
ユリィの指摘に、ジュリウスは上機嫌に指を回す。そうして彼は嬉しそうに語りだす。
「私も金の君が出した書物の解読を聞いて、そこに疑問を得た。それで、今回の依頼は是非参加したくてな」
「それで、わかったわけ?」
「無論だとも。まず、この封印装置の自壊の条件がいくつかある。まず当然だが、中に<<守護者>>が居る状態で封印具の崩壊なぞあってはならないことだ」
「そりゃ、そうだね」
ジュリウスの指摘は<<守護者>>と矛を交えたユリィにも理解できる。あれが意図せず出て来ては困るのだ。が、かといってあの封印具を解析されるのも困る。それを防ぐなにかのからくりがある、と誰でも察せられた。
「うむ……それ故に<<守護者>>が内部に居る状態で解析の魔術を使用した所で自壊はしない。されても困る」
「じゃあ、どうやって?」
「うむ。非常に簡単だ。位相をズラしたのだ」
「……それだけ?」
「それだけ、と言うがな。これで十分だ」
ユリィの確認に対して、ジュリウスは楽しげに笑いながらはっきりと十分と言い切った。楽しげに笑うのは、別にユリィの返答がおかしかったわけではない。やはり英雄達はぶっ飛んでいると理解したからだ。そんな彼が笑いながらユリィへとあまりに当然の事を指摘する。
「そもそも<<守護者>>と戦いながら呑気に封印具の解析なぞ出来るものか。出来ると考える君達が可怪しい」
「……」
そう言われると、何も言い返せない。ユリィはジュリウスの指摘に口を閉ざす。危うく出来るじゃん、と言おうとしたわけであるが、普通は出来ない。まぁ、それも無理はないと言えば無理はない。彼女の前提はカイトが居る事だ。だが、そのカイトが居るという前提が可怪しいのだ。
「君の相棒くんはまず間違いなく人類最強だろう……その彼の戦闘力は有史上比肩する者無しの戦闘力だと断言出来る。間違いなく誰も並べない……旧文明だろうと想定し得ない彼を前提として出来ると言われても、普通は無理と返すしかない……なら、位相をズラすだけで十分だ。それだけで解析に必要な難易度は大幅に上がるからな」
「……そう言われて納得出来てしまう自分が悲しい」
とどのつまり、カイトが居るから。ユリィはその指摘で納得するしかなかった。というわけで、その理解に一つジュリウスが頷いた。
「さて。そういうわけで、まず内部で使える理由は納得してもらえただろう。その上で、効果範囲について話を戻そう。先にも述べていたが、この塔には解析を含め大凡大抵の解析系の魔術を透過させない特殊な構造が組まれている。これが二重になっているわけだ」
「……確かにね」
ジュリウスの解説を聞きながら、ユリィは自身もまた解析の魔術を展開して塔を確認する。この『封印の塔』は解析系の魔術を一切通さない様な特殊な構造と特殊な素材――吸魔石の合材――が使われており、ティナでも流石に魔術的な解析は不可能だそうだ。こればかりは素材が素材故に、と諦めるしかない。
「であれば、その外にまで効果範囲を及ばせる意味は無いと判断した。その上で、この自壊のシステムについて考えると……自然答えは出る」
「この『封印の塔』の素材の影響でシステムに不具合が出ない様にすると、二重の防護壁の内側しか効果範囲は無い、と」
「そういうことだ」
ユリィの推測にジュリウスが一つ頷いた。ということになると、ユリィには一つ理解が及んだ事があった。
「ということは……今回は自壊はもう確定でやるわけ?」
「そうなる……まぁ、仕方がない。自壊させずに内部で使われている魔術を解析する事は不可能だ。それに、僅かぐらいなら解析されても良いと考えて居たんだろう」
「あれだけ怯えていながら?」
「ああ……普通に考えてもみたまえ。<<守護者>>と何度も戦える奴が居ると思うか? もし何度も戦って生還出来るのなら、喩えこの施設の全てを解析した所で問題になぞならない。なにせ何度戦おうと、必ず勝てるのだからな。それこそ、もしかしたら旧文明の者たちが求めてやまなかった救世主なのかもしれんぞ?」
「……なーんか、カイト。何時聞いてもぶっ飛んでるなー……」
再度になるが、<<守護者>>と戦って無事に帰還出来るのはカイトが居るからだ。そう何度も戦って生きて帰れる可能性はまず無い。なので自壊するまでの数秒解析されようとも問題無いと判断していたのだろう。
「そうだ……だから、我々は安心して解析を行える。彼なら勝てると踏めるからだ」
「そこまで買われると、あまり有り難くないがな」
どうやら、いつの間にかカイトがやってきていたらしい。どこか呆れた様な顔の彼がジュリウスの近くに立っていた。
「オレとて人だ。出来る事には限りがある。何より一人だ。強いだけのな……全てを守る事なぞ出来んよ」
「わかっているとも。だが、ここでの解析で君が少しは楽になるのなら、それは君の得になり、そしてそれは巡り巡って我々力なき者の得にもなる。違うか?」
「いや、違わないが……力の使い方さえ間違えなければ、だが」
「それは間違える事はない。我ら<<知の探求者達>>。愚者たり得ぬ事を所属条件とする者……滅びへ突き進む事は愚者の行いだ。滅びぬ様、力の使い方を学ぶ事もまた我らの役目だ」
カイトの苦言に対して、ジュリウスははっきりとそう請け負う。ここまでカイトが苦言を呈するのは珍しいが、やはり彼は<<守護者>>を良く知ればこそなのだろう。それだけ危険視していたのだ。
「それに……まぁ、何時か我らが君と共に戦う時、こういった知識が重要になる事はある。我らの知に君の力。それが合わされば、勝てぬ者なぞ何も無い。君は考える事が得意ではないのだろう? ならば、我らにそれを任せると良い」
「……そうだな」
一瞬、カイトはジュリウスの言葉に呆けてしまっていた。その理由は一つだ。かつて暦に語った、地球のとある学者の言葉に酷似していたからだ。こう言われては、カイトには何も言えなかった。
そうして、彼はジュリウスの言葉を聞いて少しだけ気楽に構える事にして、彼らの解析魔術の起動により『封印の塔』が自壊するのを見届けて、任務終了として迷宮を後にするのだった。
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