第1886話 手がかりを求めて ――最深部へ――
<<知の探求者達>>、<<死翔の翼>>という二つの強大なギルド、バリーを筆頭にした軍の精鋭と共に、十字架によって生み出された迷宮へと突入していたカイト。そんな彼は総司令官として突入部隊を率いて、最下層まで到達していた。
そうしてジュリエットに瞬が絡まれるという一幕があったもののなんとか野営地の設営を終えて、三つのギルドの幹部達が一度集まって明日の<<守護者>>討伐に関する打ち合わせを行っていた。とはいえ、この打ち合わせを仕切っているのは参謀として参加したレヴィだった。
「さて……まずは被害状況の報告を」
「ウチは損耗率は皆無に近い。重傷者は二名。程度は骨折。医療班の言葉によると、明日には復帰出来るとの事だ。無論、復帰しても戦闘はしないが」
「こちらも、程度としては同じだ。私を筆頭に怪我をしていない者も多い」
カイトの言葉に続けて、グリムが報告を行う。やはり事前情報があったからだろう。元々どこへ向かうべきで、敵がどういう相手なのかがわかっていたという点が大きかった。結果、どのギルドでも長期戦による疲労こそあるものの、怪我については重い者は皆無と言って良い状況だった。
「そうか……ジュリウス。貴様は」
「こちらは些かけが人が多い。怪我には気をつけろ、とは言っておいたのだがな」
「貴様らが怪我を気にしないのは何時もの事だ。もとよりそれについては考慮に入れている」
やはり片やユニオンの中でも最高幹部の一人で、片や八大ギルドの長だろう。お互いに見知っているからかあけすけな言葉でやり取りを行っていた。
「まぁ、貴様とジュリエットが無事なら問題はない。明日の戦闘は基本、貴様とジュリエットだけだ。他は正直に言うが、邪魔にしかならんぞ」
「流石に<<守護者>>討伐でまで、好き勝手はウチもせん。<<知の探求者達>>の団則には、過去を知り過去を活かせという言葉がある。過去を学ばず迂闊に<<守護者>>に触れようとする者は<<知の探求者達>>に不要だ。もし私の許可無く近づこうものなら、死んでくれて構わん」
「そうさせてもらう」
「構わん。<<知の探求者達>>はユニオン最大の頭脳集団だ。頭の無い者には<<知の探求者達>>の探求者たる資格無しというしか無い」
レヴィのある種冷酷な発言に対して、ジュリウスははっきりと同意の意思を示す。ここら、彼らはドライといえばドライだった。例えば<<熾天の剣>>にランクS以上という入団条件がある様に、<<知の探求者達>>にも<<知の探求者達>>の所属条件がある。
それが、愚者たり得ない事だった。その点で言えば<<守護者>>に迂闊に触れるというのは、愚挙としか言い得ない。もし触れたければ、ジュリウスを納得させる論理を展開しなければならなかった。が、今回の一件ではジュリエット以外誰一人として、彼を納得させられる根拠を提示出来た者はいなかったそうだ。
「よろしい……さて。グリム。一応の事聞いておくが、そちらの感覚はどうだ。必要とあらば、明日の戦いでは何時もの鎧を着て構わん」
「考えよう。が、相手が相手だ。臨機応変に対応するつもりだ」
「それで良いだろう」
レヴィはグリムの言葉に一つ頷いて、許可を下す。すでに迷宮の奥深く。そしてここから向かうのは、軍もほとんど入らない場所だ。彼が鎧を着ても問題無く隠蔽出来る状況だった。
「で……軍はどうだ?」
「酷い状況だ。幸い、死傷者は居ないが……半数程度がこのままでの戦闘は不可能だ。無論、ここから先に進ませるつもりは無いが」
レヴィの問いに対して、バリーは一つ首を振る。今回、あくまでもカイト達は軍の道案内役だ。そしてその軍もバリーを筆頭にした一部の戦士をここまで送り届ける事が役目だ。なので、レヴィはそこを無視する。
「それはどうでも良い。中央に突入する者達が無事なら、本作戦の目標は達成出来る。知っての通り、先に居るのは<<守護者>>。十分に武装したランクS冒険者が集団で挑んで、たった一体に負けるだろう化け物だ。ここで怪我をするような戦闘力では足手まといにさえならん」
「わかっている。その彼らのおかげで、私以下突入する者達は万全の状態だと断言しよう」
レヴィの発言は尤もで、反論が出来るものではなかった。故に一切反論はせずバリーは自分達の状態を明言する。
「それで良い。で……あちらは問題無いな」
『ええ。長老様も私も、一切の問題無く。ただわかっているとは思うのだけれど』
「承知の上だ。暗殺者に真っ正面からの戦闘力なぞ期待はしていない。可能な範囲で結構だ」
『なら、問題ないわ』
レヴィの明言に、アルミナがどこかドライに返答する。今回はあくまでもこの一件が全ての人民の為と判断されればこそ、彼女らも動いている。が、彼女らはあくまでも暗殺者。真正面からの戦いに期待出来るわけではない。
「さて……それで。カイト」
「オーライオーライ。明日は全力で、ね」
「ああ。使える戦力は全て供出して貰うぞ。貴様の所はどういうわけか、ランクSに届き得る奴が多い」
「と言っても両手の指も無いがな」
「数が居た所で無駄だ。貴様の所のあいつらも今回は外だしな」
貴様の所のあいつら。それはホタルや三人娘の事だ。彼女らは揃って特殊な出自だ。特にホタルは魔石を魂の入れ物にしている。精霊種に近しい存在だ。しかも、三人娘とは違い肉の器ではなく機械の器だ。精霊よりの存在としてシステム側の存在には攻撃が出来なかったり、果ては操られる可能性が高かった。
「まぁな……ま、その分は出来る奴でカバーするしかないさ。幸い、当初の予定より一人増えた」
カイトは瞬を思い出し、わずかに笑う。彼の場合、元々才覚が高かったのにここに来て不可思議な現象により素の性能まで底上げされたのだ。流石にまだランクSには届かないものの、アルやルーファウス程度には追いついていた。今ならソラと良い勝負になるか下手をすると勝るだろう。それほどだった。それを使わない道理はどこにもなく、今回は突然だが<<守護者>>との戦いにも参戦する事になっていた。
「そうだな……ああ、そうだ。一応今回は私も出る。各員、あまり後ろに攻撃は通してくれるなよ。面倒だ」
カイトの返答に一つ頷いたレヴィであったが、そのままどこか面倒臭そうに一応の明言を行っておく。そもそも彼女もランクSに匹敵する戦闘力の持ち主だ。こちらも使わない道理は無かった。そうして、一同は打ち合わせを終えて明日に備える事になるのだった。
さて、一同が迷宮に突入して一夜。最深部へと潜入する面々は支度を整えて、<<守護者>>の眠る最深部へと突入する。というわけで、二重になっている扉が開くのを待つ間にカイトはグリムへと問いかける。
「結局、大鎧は身に纏わないのか」
「……あれは団長としての旗の様なものだ。団員も無く、見る者も居ない状況で使う必要は無い。それに、あれを使ってなんとかなる様な相手でもない」
「なるほど……本気か」
後にカイトがグリムに聞いた所によると、彼のあの鎧はあの時の立ち振舞いと合わせて初代団長から受け継がれていたものらしい。先代のギルドマスターも戦闘以外で見せる素は違う性格だったらしく、あくまでもあれは死神を思わせる為の演出と言って良かった。
「……そうだな。オレも本気でやるか」
「ああ……にしても」
「ん?」
「……いや、そちらはいつの間にか増えたと思ったが、良く思えば前の戦いの折りに見たのは彼だけだったか」
訝しむカイトに向けて、グリムは僅かに瞬を見た。前のラエリア内紛の折り、彼が見たのは瞬一人だ。後はアルにせよルーファウスにせよティナにせよ、あの戦いには参加していない。
他にもあの戦いに参加しつつ今回の作戦に参加している者は居るが、この最深部への突入に参加するのは瞬一人だ。そしてグリムもアルとルーファウスがあの戦いに参加していない理由はわかっている。なので可怪しくは思わなかったのだろう。と、そんな視線に瞬が気が付いた。
「……なんだ?」
「いや……あの時俺を唸らせたその腕と才覚。存分に期待させてもらおう」
「あ、え、ああ」
いきなり投げかけられた期待に、瞬が思わず呆気に取られ慌てて頷いた。やはりあの死神然とした態度から、普通のどこにでも居る様な人の性格で語りかけられては対応に困ったらしい。
とはいえ、彼も大凡カイトから聞いていたのかあれがギルドとしての体面などから来る演技だとはわかっていた。なので、気を取り直して一つ口を開いた。
「こちらも、期待させてもらう。あれだけの圧倒的だったんだ。本気ならもっと強いんだろう?」
「ああ」
「……」
確かに問いかけたのは自分だが。そうはっきり言わないで貰いたい。瞬は特に気負う事もなく同意したグリムの言葉に、思わず呆気に取られる。謙遜も何も無く、はっきりと頷いたのだ。再度反応に困ったらしかった。
「あはは……さて。全員、<<原初の魂>>の起動の支度だけは整えておけ。入ったら即座だ。一瞬でも躊躇えば死。そう思っておけ」
『一応支援はこちらでやるが、あまり期待はしてくれるな。相手は<<守護者>>。事前の情報では、敵の行動を阻害する魔術は一切通用しないという。攻撃支援や強力な支援以外は不可能と考えてくれ』
カイトの忠告に続けて、ジュリウスが少し離れた所――ジュリエットやティナと共に設備の調査を行っていた――から通信機を介して注意を促す。それを聞いて、カイトもまた更に続ける。
「そういうことだ。また、軍には基本的に初手での戦闘は避けてもらいたい。改めて言うまでもないが、相手は<<守護者>>。トドメはそちらに譲るが、それまでは全力での戦闘になる。決して手を出してくれるな」
今回、シャリクからの依頼は軍に最後の一撃を任せる事だ。これは先に<<守護者>>を討伐したよりも遥かに困難な事だ。が、同時に必要な事でもある。基本的に冒険者は旅をする事が多いし、依頼次第では連絡が取れなくなってしまう事は大いにあり得る。
そんな冒険者にカイトの持つゴーレムのコントローラーを預けておく事は出来ない。使いたい時に使えないかもしれないからだ。しかも彼はエンテシア皇国の公爵だ。どうしても、軍が一つは保有しておく必要があったのである。
『わかっている……気を付けてくれ』
「ええ……さて。全員、準備は大丈夫か?」
カイトはバリーの返答に一つうなずくと、最後に一つ問いかける。すでにジュリウスらも隊列に戻っており、後は封印の間とでも言うべき最深部へと突入するだけだった。そうして、誰からも異論が出ない事を受けて、カイトは扉の開閉を司るスイッチの前に立つティナへと一つ頷いた。
「……頼む」
「うむ……気をつけよ」
「あいよ」
ティナの言葉に、カイトは一つ頷いた。そうしてそんな彼の少し軽い返答を全ての開始の合図として、ティナは扉を開くのだった。
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