第1885話 手がかりを求めて ――探求者達――
謎の現象により、出力の急激な増大という事態に見舞われた瞬。そんな彼の補佐を行いながら、カイトは迷宮の中を最下層目指して進んでいた。そうして、出発から少し。第一階を越えて第二階へとたどり着くスロープの所で、ついにシャヘルが動き出す。
「……なんだ? 蒼炎?」
「そろそろ動くか」
瞬の横。彼を補佐しながら道を切り開くカイトは、唐突に揺らめいた蒼炎を見て僅かにほくそ笑む。この場で蒼炎だ。誰の物かは、彼には一目瞭然だった。そうして、次の瞬間。死神を思わせる襤褸が踊る。
「……え?」
「あれ?」
「くっ……」
周囲の困惑の声を聞きながら、カイトが僅かに笑う。大凡誰にも何が起きたかはわかっていない。それこそ、出力の増大に伴い動体視力もまた大幅に底上げされた瞬も同様だった。
「当たり前だ。見れたら終わってる。それでも、戦士という概念を得ればこそ蒼炎が見えるだけだ」
「? どういう事だ?」
「見えちゃ、駄目なのさ。あれはな」
カイトは踊る蒼炎の中に宿るなにかを見て、それが見れる自分が可怪しいのだと自嘲する。あれは死という概念に近づけば近付くほど、はっきりと輪郭が露わになる。その意味では、彼の目には蒼炎の真なる姿がはっきりと見えていた。
「あれは幽鬼の炎。あの世の力だ……こんな状況だのに、手抜きか」
「……手抜き?」
何が起きているかさっぱりなんだが。カイトの言葉に、瞬は顔を顰める。あれで本気ではないというのだ。まったくもって理解が及ばなかった。
「ああ……あれはまぁ、見てわかるだろう? 単に炎が踊っているだけだ。当人を見てみろ。悠然と歩いているだけだ」
「……」
そういえば。言われるまで蒼炎に気を取られていて気付かなかったが、シャヘルはあくまでも悠然と歩いて進んでいるだけだ。ただその周囲の鬼火の様な蒼炎が舞い踊り、勝手に敵を討伐しているのである。その姿を見て、瞬もこれがなにかを理解した。
「言ってしまえば自動防御か……それでこのゴーレムを倒しているのか!?」
「ああ……すごいだろう? あれが、暗殺者の長。最強の暗殺者……と言っても、真正面からも強いがな」
「……」
おそらく不可思議な現象で強化されている自分よりも遥かに強いだろう。瞬はただ悠然と歩きながらも踊る蒼炎で敵を討伐するシャヘルを見て、僅かに呆気に取られる。そうして気がつけば、シャヘルが一同の前にまでたどり着いていた。
『少し代わろう。一旦、力を休めろ』
「助かる」
シャヘルの申し出を受けて、カイトは僅かに速度を緩めて前列を譲る。そうして、一拍。シャヘルが消えて、敵のど真ん中へと現れる。
『踊れ』
シャヘルの指示に合わせて、蒼炎が一気に火炎を増して先ほどより遥かに壮絶に暴れまわる。それは時にゴーレムの体躯を溶かし、時にゴーレムの体躯を凍らせ、時に貫き時に砕き、ゴーレムの群れを押し込んでいく。と、そんな光景を見ながら僅かに呼吸を整えるカイトと瞬の所に、ジュリウスの声が聞こえてきた。
「ほぉ……噂には聞いた事があったが。あれが伝説の暗殺者集団の長。大長老の地獄の蒼炎か。前に踊ったのは、確か伝説の勇者カイトの助力の為だったと聞く」
「……それを見にわざわざここまで?」
「それ以外に何がある……ジュリエット。観測機は?」
「もう展開済み。あ、それと三番機にはゴーレムの一体に貼り付けたけど」
「撃墜されそうか?」
「直撃を食らえば」
「ならば問題無いな」
身を乗り出してシャヘルの蒼炎を観察するジュリウスとジュリエットの親子に、瞬は思わず呆気に取られた。が、そんな彼は呆気に取られて僅かに立ち止まり、そのままぎょっとする事になった。
「……カイト。すまん。俺の目が可怪しいのか?」
「安心しろ。ここの連中はオールこれだ」
そこに居たのは、後方にて支援をしていた筈の<<知の探求者達>>の冒険者達だ。彼らもまた各々が興味深げにゴーレムやシャヘル――割合は若干シャヘルが多め――を観察していたのである。
なお、これですごいと言えるのは、彼ら<<知の探求者達>>の研究者達は揃って戦いながら観察しているのである。流石にこれには<<死翔の翼>>の団員達も唖然となっている様子だった。
「……お互い、案外普通だったな」
「あれは例外だ。あれの行動は考えるな。生命より研究が優先される馬鹿だ。考えるだけ無駄だ」
グリムのどこか呆れる様な言葉に、カイトは深くため息を吐いた。流石にギルドマスターをして代々頭のネジが数本外れていると言われるギルドだ。こことだけは比較して欲しくなかった。
「ま、あそこはなにかをやる必要も無いだろう。研究馬鹿だが……それ故に腕も良い」
曲がりなりにも八大ギルドだ。そこに所属するギルドメンバー達も腕利き揃いで、今回は作戦もあってあんな行動をしていても問題が無い腕を持っている。最低でも以前までの瞬と同格という所だろう。
「ま……あそこが八大になった理由は有名だろう? 流石にオレでも知ってるレベルだからな」
「あ、ああ。そうだな」
「八大になった理由?」
カイトとグリムの会話を聞いていた瞬が、不思議そうに首を傾げる。基本的に八大ギルドというのは、ユニオンに対する功績を以ってそう呼ばれている。なのでカリンの所の<<粋の花園>>が創設者の一人のギルドでありながら八大ではないのは、そういう理由だ。
逆に設立からまだ三百年と少ししかない<<暁>>が八大に数えられるのも同じで、あそこは世界中で孤児の保護や依頼を受けている事から、ユニオンへの貢献度が高いと認識されていたのである。
「ウルカで聞いてないのか?」
「いや……八大の由来とか貢献度の高さが、とかはリジェやシフに聞いた。聞いたんだが……どうしてか、<<知の探求者達>>については口を閉ざした」
「あー……知り合いに<<知の探求者達>>の冒険者が居たか」
「そんな感じではぐらかしていたな」
「だろうな」
オレだって出来る事ならはぐらかすだろう。カイトは時の<<知の探求者達>>のギルドマスターを思い出して、リジェの言葉に内心で同意する。
「<<知の探求者達>>のユニオンへの貢献度は間違いなく高い。武で数多の強大な魔物を討伐した<<熾天の剣>>。数多の孤児の保護とその教育、奴隷解放など、人道面で数多の功績を残した<<暁>>。数多の大陸間での交易ルートの開拓や未知の踏破を成し遂げている<<天翔る冒険者>>……<<知の探求者達>>は数多の魔導具の開発や新魔術の開発、そういった物の量産などを成し遂げている」
「ああ、それは聞いた。が、それしか聞けていない」
カイトの八大ギルドの解説に、瞬は一つ頷きつつも訝しみを浮かべていた。ここまでは聞いている。というより、一般常識として知られている事だ。エネフィアで生きていれば誰だって知っていた。
「そうか……それは良い。事実だからな」
「なら何が問題なんだ?」
「何も? これについてはユニオンとしても諸手を挙げて賞賛を浮かべている。彼らの開発した魔術の数々のおかげで死傷者が減っているのは事実だからな」
ここで述べられているのは、あくまでも事実のみ。誰もが知っている事だけだ。そしてこれについてはカイトも何度となく世話になった経験がある。なので彼だって諸手を挙げて賞賛と感謝を述べたい所だし、述べている。が、それとこれとは話が別だった。
「なら、何が問題なんだ?」
「ああ、だからさっきも言ったろ? 問題はないって。ただ八大になったのはその地位を利用する為、と隠すこと無く公言しているからな。今回も未知の遺跡の興味があって受けたんだろうさ。無論、行って帰れる奴が優先されただろうしな」
「そ、そうか……こ、ここに興味本位で入れるのか……」
やはりなんだかんだ言っても、八大ギルドらしい。色々とぶっ飛んでいるのだろうな。瞬は色々と自分とは異なっている様子の<<知の探求者達>>の冒険者達に頬を引きつらせる。と、そんな雑談まがいの事をしていると、少しは休憩になったらしい。<<知の探求者達>>の話を一区切りして、カイトは再度刀に手を乗せる。
「さて……ユリィ」
「んー? もう行くのー?」
「ああ……オレ達もそろそろ前に戻るか」
「「ああ」」
カイトの言葉に、瞬とグリムが頷いた。そうして彼らはその後も基本は三人が道を切り開いて、適時シャヘルとアルミナが三人と入れ替わり休憩を挟ませ、最下層を目指して進んでいく事になるのだった。
さて、一同が迷宮へと突入しておよそ三時間。一気に階層を駆け下りたカイト達は、なんとか最下層にたどり着いていた。
「ふぅ……」
「ほぉ……これが資料にあった封印の塔か」
「……なんでこの人こんな元気なんだろう……」
自分を押しのけてズカズカと前へと進んでいくジュリウスを前に、アルが小さく呟いた。改めて言うまでもない事なのだろうが、ジュリウスはこの迷宮の中では先のシャヘルの観察の様に、何度となく勝手に前に出てきては半ば無意識的に敵を殲滅していた。
その魔力の消費量は常に前線で戦っていたアル達よりも多いだろう。なのに、気力としては彼が一番十全だったかもしれなかった。そんな彼のつぶやきに、僅かに疲れた様に小休止を挟んでいたカイトが首を振る。
「やめろ。気にするな……」
「うん……にしても、瞬。やっぱり物凄く強くなってるね」
「あ、ああ……そうみたいだ」
「どうして不満なのさ」
ぐっ、ぐっ、と拳を握りしめ感覚を確かめる瞬は、アルの言葉にどこか不満げだった。そうして、不満げな顔に指摘を受けた彼は苦い顔で口を開く。
「自分が何もしていないのに勝手に強くなるのはあまり良い気分ではない。これが努力の結果や眠っていたなにかが目覚めただけなら、まだ納得も出来るが……原因もわからないのでは喜びや不安よりも釈然としない」
「そ、そう……」
これはやはり瞬とアルの性質というか、根っこの部分の差が出てきていたのかもしれない。アルはやはり騎士。その力は基本、誰かを守る為にある。なので強くなる事そのものにさほどの感慨は無い。
それに対して瞬はやはり戦士、武道家と言える。強くなる事が目的だ。結果、自分の努力などの結果によるレベルアップでもない事は不満らしかった。と、そんな会話を聞いていたのか、ジュリウスの後ろでその補佐をしていたジュリエットがこちらを見ていた事に二人が気が付いた。
「ふむ……」
「え、えーっと……どうしたんですか?」
「今、興味深い事を言わなかったかしら」
「? 何がですか?」
ジュリエットの問いかけに瞬が困惑気味に首を傾げる。これに、ジュリエットは先ほどの瞬の言葉を指摘する。
「何もしていないのに勝手に強くなった、って」
「え、ええ……原因は不明なんですが、そういう事が」
「……事実みたいね」
「は、はぁ……」
魔眼を起動して自身を見据えたジュリエットの言葉に、瞬は生返事をする。以前のラエリア内紛の折りにカイトに興味を持った――無論、男女の意味ではない――らしく、その流れで横に居た瞬の事も見た事があった。そこで見たよりあまりに強くなっている事を理解したらしかった。
「ふむ……よろしければ少しだけ血を貰える? 解析してあげるから」
「え、あ、えーっと……」
僅かに目を輝かせるジュリエットに対して、瞬は返答に窮する。どうすれば良いかわからなかった。そんな彼の視線に、カイトはため息を吐いた。
「はぁ……ジュリエット。悪いが、却下だ。流石に他ギルドのサブマスターの情報を得ようとしないでくれ」
「……それもそうね。筋は通すべきね。そうね、ちょっと考えてる事があるから、それからにするわ」
「……はぁ」
あぁ、これは面倒事を引き当てたな。カイトはジュリエットがあっさりと引いた事を受けて、がっくりと肩を落とす。<<知の探求者達>>の冒険者達が引く時は大抵、もっと面倒な状況を考え付いた場合だ。おそらくカイトを見てカイトも引き込む方法をこの一瞬で考え付いたという事なのだろう。そうしてカイトは面倒事は後に回す事にして、一旦は休息を取る為の野営地の設営を開始させる事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




