第1884話 手がかりを求めて ――異変――
シャリクの要請を受けて、以前に収穫祭の折りに起きた事件で手に入れたネックレスを手に入れる事になったカイト。そんな彼は同じくシャリクから雇われたグリム率いるギルド<<死翔の翼>>、ジュリウス率いる八大ギルドの一つ<<知の探求者達>>、自身で動くのが最適と判断したシャヘルとその補佐としてアルミナ、カイトが参謀として呼び寄せたレヴィと共に旧文明の遺産の中にある遺跡に足を踏み入れていた。そんな指導者達と共に他が最後のチェックを行う間に、彼らは作戦会議を行う事になる。そうして、およそ半時。ついに出発の時間がやってきた。
「さて……全員、わかっていると思うが。この作戦では一気に最下層まで駆け抜ける事を主眼としろ。倒す事を考えていてはきりが無い。体力も保たない……さらに有り難くない事に、ジュリウスさんより無限増援の可能性も指摘された。死にたくなければ兎に角走れ」
とんとん、とカイトはジャンプや屈伸して走る支度をしながら、ヘッドセットを通して各員へと通達を出す。基本的に戦闘を行うつもりはカイトをして無い。
ここからの相手は基本、雑魚だと言える。だが、最後に控えている相手がこの迷宮全ての戦力を合わせても上回る<<守護者>>だ。これを考えれば、いくらなんでも戦って進みたくはなかった。
「よし……総員、駆け足用意」
カイトの指示に合わせて、彼と同じ様に準備運動をしていた者たちが僅かに前傾姿勢を取ったり、高速移動を行う準備を開始する。そうして、カイトが号令を下した。
「総員、出発!」
「「「おぉおおおお!」」」
カイトの号令に合わせて、迷宮に潜入した全ての部隊が鬨の声を上げて一斉に外へと飛び出した。その最前線を行くのは、カイトとグリムの二人だ。ティナやジュリウスらは流石に最前線を進む二人の速度にはついて行けない。なので後方でカイト達が切り開いた道を閉じさせない様にし、その上で後方からの追撃を食い止めるのが役目だった。
「グリム。そちらは横を頼む」
「わかっている」
カイトの求めに、大鎧を解いた状態での参戦となるグリムが一つ頷いた。彼も他の団員達に合わせているので、軽めの黒衣だ。とはいえ、武器は大鎌のままである。そうして一直線に駆け抜けた彼は、一気に大鎌で目の前の建物を一薙する。
「行け」
「あいよ」
グリムの薙ぎ払った建物の先には、先の多脚型のゴーレムが一体。が、丁度こちらに側面を向けており、建物の倒壊でこちらに気付いた様な状態だった。そうして、カイトが一気に駆け抜ける。
「はぁ!」
ゴーレムの胴体に向けて、カイトが思いっきりスレッジハンマーを叩きつける。その一撃で、ゴーレムの胴体に巨大なヒビが入った。そうしてヒビを入れたカイトはそのまま反動で飛び上がり、空中で反転。その眼前にユリィが魔法陣を展開し、それに銃の形にした指先を向ける。
「ファイア!」
「どーん!」
カイトの指先から放たれた光の矢がユリィの生み出した魔法陣により増幅され、加速。身動きが取れなくなったゴーレムを貫通する。そうしてその魔術の反動で、カイトは更に後方へと加速。そのまま空中で姿勢を切り替え、更に先の建物の壁に着地する。
「ユリィ」
「あいさ」
一瞬壁に着地し、自由落下が始まる直前。阿吽の呼吸で全てを理解していたユリィが左右に向けて魔術の球を無数に解き放つ。そうして解き放たれた魔術はカイトに気付いて方向転換を行おうとしていたゴーレム達への浮遊機雷となり、その牽制を行う事となる。
その一方、地面に着地したカイトはカイトで回し蹴りを放ち、自身が着地していた建物を倒壊させ、先へと続く道を作り出した。が、流石にその頃には周囲のゴーレム達もこちらに気付いて待ち構えており、その二つ先の通路ぐらいで完全に乱戦状態に陥る事になった。
「ちぃ! 流石にここまで来るとカイト達でも無理か!」
「仕方がない! 数が多すぎる!」
最前線を進むカイトの少し後ろ。カイトとグリムの二人と共に最前線を進む瞬とルーファウスはこちらに向けてレーザにも似た光条を放つゴーレムの攻撃を槍と盾で防ぎながら、その多さに若干の辟易を得てた。確かにこれでは倒さないで良いという指示が素直に正しいと理解出来たようだ。それ故、瞬は倒すではなく距離を取らせる事を決め、力を込めた。
「はっ!」
元々瞬も今回の作戦は頭に叩き込んでいる。最下層にたどり着けるまでは休めないが、逆に最下層にまでたどり着ければある程度の休息は得られるのだ。
長丁場なのである程度は温存する必要はあるものの、それを含めて動けた。故に彼は今の自分の能力などを鑑みて、鬼の力を使うだけに留める事にしたようだ。そうして、そんな彼が鬼の力を完全に解放し、それと共に槍を構え掬う様に胴体の下へと通す。
「おぉおおおお!」
雄叫びと共に、瞬は胴体の下に通した槍を使ってゴーレムの体躯を持ち上げる。そうして、彼はなるべく遠くへと吹き飛ぶ様に背負投げの様に思いっきり槍を振り上げる。
「よし!」
「……え?」
「なっ……」
瞬と共に最前列を構築するアルとルーファウスの困惑し絶句する声が、瞬の耳朶を打つ。無理もない。瞬から放たれた気迫は兎も角、その力は中津国までの彼とは桁違いに増大していたからだ。そんな彼らに、瞬が思わず目を丸くする。
「ど、どうした?」
「い、いや……どうしたじゃないよ。それ、こっちのセリフだよ」
「あ、ああ……」
「ん?」
何をそんなに驚いているんだろう。瞬は困惑と共に、驚愕の表情を浮かべるルーファウスの視線の先を辿る。そうしてそんな彼が見たのは、あまりに速い速度で叩きつけられたからか天井に深くめり込んで砕けたゴーレムだったものの残骸だった。
「……何?」
「……気付かなかったのか?」
「あ、ああ……これを、俺が?」
「ああ」
困惑気味な瞬に、ルーファウスは一つ頷いた。それは瞬も困惑もし、絶句もするだろう。このゴーレムはそもそも数ヶ月前とは言えアルも中々に歯ごたえを感じるレベルの存在だ。倒そうとすると瞬でも中々に苦戦する筈だった。だと言うのに、それを瞬は軽々撃破してしまったのである。と、そんなふうにして思わずとは言え立ち止まってしまったからだろう。瞬に向けて、光条が放たれた。
「っ」
放たれる瞬間。瞬はそれを目の端に捉えるや、意識が一気に加速する。そうして加速した意識で得たのは、困惑だった。
(遅い……? いや、何だ、これは!)
このゴーレムの動作は間違いなく本来の自分ならここまで遅く認識出来るわけがない。それ故に瞬は自身に起きている事態を正確に理解出来ず、困惑するしかなかった。が、攻撃されようとしているのだ。その時点で、どうするべきかは身体が理解していた。
「はぁ!」
光条が放たれるよりも先に、瞬が地面を蹴って槍を放つ。その一突きはゴーレムをいとも簡単に貫くと共に、勢い余って吹き飛ばした。そうして、彼の槍に貫かれたゴーレムがまるでボーリングの球の様に他のゴーレム達をなぎ倒して、遥か彼方にまで飛ばされていった。
「……」
「「「……」」」
起きた事態に瞬その人も唖然となり、それと共に周囲の者たちも思わず呆気に取られる。それは最前線の中でも最前線を進んでいたカイトとグリムも同じで、あまりの轟音と衝撃に思わず振り返ったほどだった。
「……あそこまで強くなったのか」
「い、いや……そんな筈は無い」
思わず驚愕を得ていたグリムの言葉に、カイトが困惑気味に首を振る。つい半月ほど前に中津国に居た時には、ここまでの戦闘力は瞬には無かった筈なのだ。何が起きたのか、彼にもさっぱりだった。
「いや、今はそんな場合じゃないな……全員、呆けるな! 一気に駆け抜けろ! 先輩! 何故そうなってるかはわからんが、今は良い! 最前線の攻撃に加わってくれ!」
「あ、ああ!」
瞬自身、自身の身に何が起きているかはさっぱりだ。さっぱりだが、今この力が有益である事には変わりがない。故に彼はカイトの指示に応じて、最前線の更に最前列にて道を切り開く役目に加わる事にする。
「で、俺は何をすれば良い」
「とりあえず前に出て敵を倒せ。それと同時に邪魔な建物を破壊して道を切り開いてくれ。オレとグリムがやっている事をそのままやれば良い。が、あまり突出し過ぎて囲まれない様に気をつけろ」
「わかった」
とどのつまり、目の前の全てを破壊して道を作れば良いわけか。瞬はカイトの指示をそう噛み砕いて理解する。そうして前列に出る事になった彼は、前を見据えて槍を構える。
「……」
ここからは気分を切り替えると同時に、謎に出力が上がった自身の調子を確認しなければ。瞬は自身に起きている謎の現象を念頭に置いて、ひとまず行動する事にする。そうして、彼は試しに何時もの半分を出すつもりで、僅かに気合を入れる。
「ふっ!」
どんっ。何時もと同じ調子で、何時もと同じ様に地面を蹴る。が、やはり瞬の力が増大していたからか、その勢いは何時もに比べ遥かに加速していた。
「っ」
一瞬で自分が思う以上の距離を移動して、瞬は僅かに慌てて停止する。何時もならこの半分も移動出来ていない筈の力なのに、何時もの全力にも匹敵するだろう勢いが出てしまっていた。
「先輩! 突出しすぎだ! ユリィ!」
「りょーかい! 回収班参ります!」
「す、すまん!」
一人大きく突出してしまった瞬の身体へと即座にユリィの魔糸が巻き付いて、その身を強引に引き戻す。あまりに強大すぎる力のコントロールが出来ていないのだ。
「思う以上に力が上がっている……か」
「先輩。<<雷炎武>>は使っていないんだな?」
「あ、ああ……使っていない。が、どういうわけか弐式にも匹敵するぐらいの出力になってしまっているみたいだ」
まだ何時もの全力には届いていないが、それでも何時もに比べれば飛躍的に増大する力に瞬は困惑を隠せないで居た。
「ふむ……おそらく、酒呑童子が目覚めた事が原因だろうな。詳しくはわからんし、今やるべき事でも無いだろうが……」
気になるとすれば、何故今になって発覚したかだが。カイトはそう思いながらも、瞬の言葉から大凡の推測を立てる。あの時の瞬と今の瞬の差が何か、と言われればこれしかない。
あの後瞬は怪我の治療や失った魔力の事などもあり、鬼の血を解放しての訓練や模擬戦などは控えた。実質的に言えば今回の任務が久方ぶりの戦闘らしい戦闘といえる。今まで露呈しなかっただけで、ずっとそうだったと考えて良いかもしれなかった。
「とりあえず、それなら常に<<雷炎武>>を使っている感覚で動けば良い。出力が跳ね上がるのは、先輩の特徴の一つ。得手だろう?」
「え、得手というわけでもないが……なるほど。確かにそう思えば、なんとかなるかもしれない……か?」
こればかりはやってみなければどうも言えない事なのだろう。瞬は若干は困惑気味ながらも、カイトの助言に従う事にする。
(基本今は<<雷炎武>>を使っている感覚で……となると、基本ベースは壱式。戦闘中には弐式で考えるべきか)
良い様に考えるのなら、あの出力をより消費無く使える様になった。もしくはより上に到れる様になった、と考えるべきだろう。瞬は今の自分を前向きに捉え、再度槍を構える。そうして、カイトの助言に従って<<雷炎武>>を展開している感覚で、地面を蹴った。
「っ」
地面を蹴った瞬であるが、今度は大凡思う距離に近い距離を移動し、思うに近い威力で槍を放てた。が、その顔に浮かんでいたのは僅かな苦味だ。
(感覚が違う……流石に全部がそのままとはいかんか)
当然か。瞬はそう思う。<<雷炎武>>とは違い今の瞬は完全に実体を持つ肉体であるが故に、体感するバランスのズレなどが感じられたようだ。とはいえ、それでも取っ掛かりは得られたらしい。故に、彼は自身の補佐をしてくれていたカイトへと報告する。
「なんとか、行けそうだ!」
「そうか! 感覚が慣れない間はこちらで支援する! 急ぎで悪いが、とりあえず慣らしてくれ!」
「ああ! 急いでやってみる!」
所詮これは慣れの問題だ。何時も出せる速度ではあるのだ。瞬にもそれは理解出来ていた。故にカイトの指示に頷いて、瞬は最下層にたどり着くまでの間になんとかこの状況に慣れる事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




