第1881話 手がかりを求めて ――光と闇の頂きに立つ者達――
冒険者ユニオンで開かれる総会に参加するべく、ラエリアへと訪れていたカイト。そんな彼であるが、以前の中津国での一件を受けてシャリクとの会合を経て翌日には軍高官達を交えた会議に参加する事になっていた。
そんな会議で出されたのは、以前に収穫祭で起きた十字架型の封印装置と同じ物がいくつか発見されている事、そして今後皇国に頼らずに調査をする為に調査隊を送る事だった。そうして、会議の後。カイトは改めて応諾の旨をシャリクに告げると共に会議場を後にして、自室となっていた部屋に戻ってきていた。が、戻って早々。彼は思わず苦笑する事になった。
「人の部屋に入る際には、一言申し出てほしいものだがな」
『入った』
『過去形です、主人……』
主人の言葉に、長の使い魔は深い溜息を吐いた。そこに居たのは、言うまでもないだろう。暗殺者達の長と、その使い魔だ。二人が平然と部屋に居たのである。
「あはは……変わらないな、そっちも」
『変わる者もあれば、変わらぬものもある。闇払いし者。汝いかなる時も変わらず、嬉しく思う』
「お前の言葉はシャルロットを思い出すな」
独特な物言いをするのが、暗殺者達の長の特徴。カイトはそこそこ長い付き合いであるが故に知る意外な事実を思い出し、僅かに笑った。とはいえ、何時までも笑ってはいられない。
「それで、どうした? 確かに今回の一件はお前が出ても不思議はない。が、ここに来るとは些か想定外だった」
『顔を見に来た』
「それならその大鎧は脱いでほしいんだがね」
『中は空だ』
またか。見に来たという割には偽物な暗殺者の長に、カイトは僅かに肩を震わせる。とはいえ、別に良い。何時もの事といえば何時もの事だ。
「それで、何の用だ? まさか顔を見に来た、ってわけじゃあないだろう。それなら自分で来るだろうしな」
『些か、急に仕事が入った。別口だ』
「別口ねぇ……」
別口。そういう時は決まって暗殺者としての仕事とは別だったか。カイトは三百年前に長の話を聞いた時の事を思い出し、僅かに安堵する。これが別口でないとなると、誰か一人死んだという事になる。
死ぬ、ではなく死んだ、なのはその死は確定しているからだ。長に狙われて生き残れる者は居ない。それが、真正面からであれば世界最強と言われる彼の言葉だった。とはいえ、それではない以上、カイトも気軽に構えられた。
「なんだ? 飲食店のバイトか? それとも道案内でもしてるか? またぞろ引き取った子のバイトの代役でも頼まれたか?」
『秘密だ』
少しだけ楽しげに、暗殺者の長は笑う。別口。そう言う時は決まって、大抵がアルミナの様に引き取った子供の自立を促す為の事だ。これは暗殺者ギルドに所属する長老達の中でもごく一部にしか知られてはいないが、孤児を見付けては拾って密かに育てているらしい。
で、正体が知られていない事を良いことに本来の姿でそういう者たちと関わり、時としてバイトを頼まれる事もあるとの事であった。なお、一応間違いの無い様に言うが別に暗殺対象の付近に居た者というわけではない。本当に正真正銘単なる孤児だそうだ。贖罪ではなく、慈善事業と言って良いだろう。と、そんな主人に使い魔が笑う。
『バイトに行く子の弟の子守です。その際に子の小便を背に引っ掛けられましてな。匂いが着いてしまって取れないのです』
『……』
「あっははははは! そりゃ、将来有望だ! 世界で最も恐れられる暗殺者におしっこ掛けるとか! あっはははは! そりゃ、しょうがないな! 暗殺者がおしっこの匂いさせてちゃ、かたねぇわ!」
恥ずかしげに口を閉ざした暗殺者の長に、カイトは大笑いする。と、そんな彼を見たからか、暗殺者の長が使い魔を消滅させた。
『うるさいぞ』
「あはは……ふぅ。ま、お互い何事もなく。なべて世は事もなし……だったが」
『知っている……何時の世も悪の栄えた例なし。闇払いし者よ。光掲げし者よ。我らを何時か駆逐せし者よ』
「……」
相変わらず芝居がかったというか詩的な表現が好きな奴だ。カイトは長の正体を知っていればこそ、妙な共通点を見て僅かに苦笑する。そんな彼に対して、暗殺者の長が告げた。
『我ら、かつてと変わらず汝の短剣となろう。何時なりとも呼ぶが良い。我ら闇に生きる者。我ら常世の闇より淀みを喰らう者。光差す世界に』
「言ったはずだぜ? 全部終わった時には、お前らをそこから引っ張り出してやるってな」
三百年前に長が言った言葉を再度言おうとした長に、カイトはその言葉を遮ってはっきりと明言する。そこにははっきりとした並々ならぬ王の風格があり、地球での成長を実感させるには十分だった。
「オレは大切なものを救う為に、守る為にこの地位を手に入れた。オレのワガママを通す為にな。だが、それでも。すべては救えない。オレが救えぬ者を救う為に動く奴を切り捨てるのなら、オレはオレじゃねぇな。オレは何時だってワガママなガキだ。ガキのまま、ここに来た」
変わらない。暗殺者の長はかつてと同じ感情で、かつてと同じでしかしかつてとは違う説得力や地位、その他様々な力を得たカイトの言葉を聞いていた。
「だから、覚えておけ。何時かはお前を引っ張り出して、暗殺者ギルドを解体させる。で、お前にはそうだな……とりあえずアルミナさんと一緒にオレんちででも飯食ってもらうか。確か行く宛は無いだろ?」
『……そうか。期待していよう』
「そうしてくれ……って、そう言われたのは初めてだな」
気軽に応じたカイトであったが、長の言葉をふと思い出して笑う。今まで一度も受け入れてもらえた事はなかったが、初めて受け入れてもらえたのである。僅かな驚きを得ていた。
『変わるものもあれば、変わらぬものもある。逆もまた真なり。汝の内面が変わらぬのなら、今の言葉と汝の性質は大きく磨かれた。今の言葉には説得力があった。何があったかは定かではないが……良き研磨を遂げられたのだろう。王としての器を感じさせた』
「流石に貴族が王の器を出しちゃ駄目だろう」
『そうだな……が、おそらく良き王に指南を受けたのだろう。かつてとは違う、妙な力ではないはっきりとした力を感じさせた。だから、私もまたそれに応じただけだ』
おそらく貴族としての十数年に加え、地球での経験があるからだろう。長はかつてとは違いはっきりとした未来を見据える者としてのカイトの言葉を聞けばこそ、それに応ずるつもりになったようだ。
『闇払いし者よ。一時の語らい、良き時だった』
「そうか……ああ、そうだ。宵の王よ」
『うん?』
宵の王。そう呼ばれた長が足を止める。別にこれを言われる事に疑問は無い。以前に自分がそうだと語っている。が、常には名前で呼ぶか対外的な事を考え暗殺者達の長などで呼ぶカイトが、これで呼ぶのは珍しかったらしい。
「あっははは。悪い。が、まぁ……少し代理で告げる事があってな。これで誰からかは理解出来ただろ?」
『ああ。彼女か』
代理。そう言われ、暗殺者の長も何の事だか理解したらしい。これは言うまでもなくシャルロットの事だ。カイトを代理に出せる者で、なおかつ対外的にこの名で呼ぶのなら彼女しかいない。とある理由でカイトが神使である事を見抜いていた長にはそれが簡単に理解できた。
「ああ……久方ぶりに話がしたい、とのことだ。最後に会ったのは一千年前なんだって?」
『もうそんな経つか……』
カイトの言葉で、最後にシャルロットと会ったのがそれほど前なのか、とどこか感慨深げに長は感じ入る。とはいえ、シャルロット復活の報は聞き及んでいたからか、特段の驚きはなかった。そして同様に、それ故にこそ彼女の思惑も理解出来ていた。
『……そちらについては私個人が応じよう。あれは筋が違うからな』
「そうか。まぁ、そこらは本人に告げてやってくれ。話がしたい、というのはそのままの意味もある」
『承った』
シャルロットとの付き合いであれば、カイトよりも長いのだ。暗殺者の長はそれ故にこそシャルロットの性格も理解しており、拒絶する理由も無かった。
「ああ、そうだ。それはそれとして……一応言っとかないと駄目な事が一つあった」
『?』
「白樺の家。お前が迂回して支援してる孤児院だろ?」
『ああ。それが?』
だからなんなのだ。先にも言っていたが、暗殺者の長は密かに孤児達を保護しては僅かばかりだが支援している。無論、カイトとは違うので支援の規模も彼に比べれば微々たるものだが、それでも支援しているというのは事実だ。
「まぁ、知ってるかもしれんが……連邦の一件でそこの一人をウチで雇っててな」
『別に構わん。そちらなら優良だろう』
「そりゃどうも、なんだが……それと一緒に、あそこをウチでも支援をする事になった。一応、お断りを、とな」
『……それは私にとって有り難い事でしかない。気にするほどの事でもない。あそこの老夫婦は昔からお人好しだった。悪い組織に捕まらないと良いが、とは思っていたが……』
そうもいかなかったな。暗殺者の長は僅かに苦笑する。ここら、どうしても暗殺者ギルドという体面がある。下手に暗殺者として動いてしまうと、それだけで厄介事を加速させる事に成りかねなかった。なので長としても手を出すに出せず、困っていた所だそうである。
「案の定、付け込まれた、と。それならウチに一声掛けてくれても、とも思わんでもなかったが……駄目か」
『我らは闇の者。光射す世界の住人の、それも光掲げし者に安易に接触は出来ん』
「それ、アルミナさんに言えよ。あの人、帰り道にウチがあるから、って理由で普通に来るぞ」
『あれの気ままは<<黄昏>>の二つ名に相応しい。気にしてやるな』
「あははは。気にしちゃいないさ。お前もそれぐらいの頻度で来て良いぞ、ってだけの話だ。何より、お前の本来の姿なら誰もわからんだろうからな。実際、オレも言われなきゃわからんだろう」
暗殺者の長の本来の姿。それはどうやら意外な正体らしい。そして何より、その正体は数人しか知らない――クズハ達さえ知らない――のだ。普通に来た所でカイトの知り合いで遇されるだけである。
『基本的に光と闇が交わるのは黄昏だけで良い』
「あとは引きずり出せね。あいさー」
『そういうことではない』
「あっははは……ま、何時かお前をこちらに引きずり出してドレスでも着せてやる、ってのがオレの密かな目標だ」
この男は相変わらず変わらんな。長はカイトに対してそう思う。そうして、程々に話した所で長が立ち上がった。
「行くのか?」
『明日に備える。明日は久方ぶりの重労働だ。ゆっくり休む……流石にそう何度もあれと戦いたいわけではない』
「お前が言うほど……ん? 待て。戦った事があるのか? お前の立場上、可能なのか?」
もし<<守護者>>と戦った事があるのなら驚きだ。そんな具合のカイトの問いかけに、長が笑う。
『可能だ。宵の王の名は伊達ではない。それ故の宵の王だ』
「そうか……ま、さっきも言ったが、暇になったら来いよ」
『気が向いたら、考えておこう……ではな、光掲げし者カイトよ』
「あいよ、宵の王シャヘル」
別れ際に自らの名を呼んだ長に対して、カイトもまた長の真の名の一つを呼んで別れを告げる。シャヘル。それが、長の名だった。と言っても本当はもっと長いのだが、カイトはクズハと同じ様に略してシャヘルと呼んでいるらしかった。そうして、光と闇の頂点に立つ者たちは誰に知られる事もなく会い、誰に知られる事もなく別れるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




