第1880話 手がかりを求めて ――会議――
ラエリア西部にあるユニオン本部にて開かれる総会に出席するべく、ラエリアへと訪れていたカイト。そんな彼は総会に合わせてラエリアへと訪れる事になっていたシャーナと共に、首都ラエリアへと降り立っていた。そうして、一日。カイトはシャーナの所で少しばかりの時間を潰すと、改めてシャリクを筆頭にした軍の高官達との会合に臨んでいた。
「ああ、来てくれたか。多くの者には改めて語る必要は無いだろうが……彼は天音カイト。先のラエリア内紛の立役者にして、中津国での騒乱から生還した者の一人だ」
会議室に入るなり自身を紹介したシャリクの言葉を受け、カイトは一つ頭を下げる。ここにはグリム――今回は仮面――を筆頭にカイトの正体を知らない者が何人か見受けられ、ここでの彼はあくまでも中津国の事件を知る者としての参加だった。
「さて……これで後来ていないのは」
「彼らだけです」
「彼ら、か。来てくれれば良いが……」
軍高官の言葉に、シャリクはカイトを席に案内し一つ頷く。が、その顔はどこか苦味が浮かんでおり、微妙な表情だった。これに、カイトは残るのがアルミナと暗殺者達の長だと理解する。と、そんな彼に、今回の会議に見知らぬ壮年の男性の横に腰掛けていたジュリエットが口を開く。
「……その必要は、無いみたいよ」
「うん?」
「死を呼ぶ黒き烏」
ジュリエットの言葉に、全員が窓の外を見る。そこには、暗殺者の長の使い魔が居た。それを見て、誰かが思わず喉を鳴らす。
「良く来てくれた……で良いのか?」
『それは御身の後ろを見て知ると良い』
『……』
「っ」
ゾクリ。シャリクは死の気配を感じ取り、思わず背筋を凍らせる。彼とて冒険者に当てはめればランクSにも匹敵する猛者だ。なのに、いとも簡単に背後を取られた。しかも、誰も――カイトを除くが――彼の背後に気付いていなかった。
『コードネーム<<黄昏>>。古き国の末裔の招きを受け、参上した。久方ぶりね、シャリク陛下』
「……君か。過日は世話になった。結局、礼も言えず仕舞いだったな」
『構わないわ。私達は礼も金も求めない。ただ自らの正しきを為すだけよ』
どうやら、これが挨拶代わりだとシャリクは認識したらしい。聞き覚えがあるアルミナの声に、僅かに安堵を滲ませる。なお、その一方のアルミナであるが、彼女が素顔を晒すのはカイトや極限られた面子の前だけだ。そういう意味で言えば、ソラが見たのは本当に稀な経験をしたと言える。なので彼女は今黒衣で顔を覆っており、素顔も声もわからない状況だった。
「それで、なるほど。君が助力してくれるのであれば、有り難い。君の腕は」
『……私が、ね』
シャリクの言葉に、アルミナは少しだけ苦笑する。当然だろう。彼女は言ってしまえば挨拶だ。なので本番は、これからだった。そうして、誰もが一瞬先の死を幻視する。
『……』
何かが居る。誰もがそれを認識しながらも、確かめる事を本能が忌避する。おそらく、見れば死ぬ。気付くな。そう本能が訴えかけていたのを、誰もが理解した。
そうして、一同の意識の中に鬼火の様な蒼い炎を纏う襤褸を纏う人影が現れる。その実体は誰にも掴めず、まるで死という概念そのものが実体化したかの様だった。
『古き王の末裔よ……我らを呼んだか』
「……」
まさか、存在していたとは。大凡伝説でしか聞かない人物の到来に、シャリクは思わず返す言葉を見失う。そうして少し。シャリクが気を取り直して問いかける。
「……失礼した。が、一応伺わせて貰いたい。貴殿こそ、伝説の暗殺者達の長か?」
『そう呼ぶ者も居る』
「そうか。来てくれて感謝する」
『……問題は無い。貴殿らが正しきを為すと判断した。ただそれだけの事だ』
シャリクの感謝に対して、暗殺者達の長は特に何も気にしていないらしい。ただそうあるべし、を体現するかの様にさらりと流していた。そうして、そんな暗殺者達の長にシャリクは席を勧める。
「ありがとう。この作戦がラエリア人民の為になる事であると改めて請け負わせて頂こう」
『知っている』
ガシャン。そんな音を立てて、暗殺者達の長がカイトの横にあった空席に腰掛ける。どうやら襤褸の中は鎧があるらしい。そうして腰掛けた暗殺者達の長に、カイトは魔糸を伸ばして密かに声を掛けた。
『久方ぶりか?』
『闇払いし者よ。息災、変わりなかったか?』
『ああ。そちらは……元気そうか』
『ああ』
カイトの言葉に、暗殺者の長は僅かに微笑んだ。そうして会議の準備が整えられる間、カイトは少しだけ会話に興ずる事にする。
『それで、わざわざその完全武装で来なくても。今日は会議だけだろう?』
『安心しろ……単なる容れ物としてこれが丁度良かったというだけだ』
『……』
わーい。全くわかんねぇよ。カイトは告げられた事実に、思わず愕然となる。そうして試しに襤褸の内側。襤褸で隠された漆黒のフルプレートアーマーの中に魔糸を伸ばしてみる。なお、伸ばそうとして伸ばせるのはカイトだからだ。それだけ信頼関係がある、と言って良い。
『……マジで居ないよ……』
笑うしか無いとはこのことだ。この場に実体があり、たしかに気配もあるのだ。なのに、中には誰も居ない。
『まぁ、良いか。どうせお前が居ないなんて良くある話といえば、良くある話だしな。で、それならなんでわざわざ来た?』
『……それは話を聞けばわかる』
『ふーん……』
どうやら、何か色々とあるらしい。カイトは暗殺者達の長の言葉にひとまずの納得を示す。そうしてそうこうしている内に時間が経過したらしく、会議が始まる事となった。
「……では<<知の探求者達>>。報告を」
「ああ」
軍高官の要請を受けて、ジュリエットの横に座っていた壮年の男性が立ち上がる。その顔を見て、カイトは彼が誰だかを理解した。
(あれが、<<知の探求者達>>の現代。ジュリウス・ゲニウスか。なるほど、確かに似てるな)
似ている。それはカイトが見知っていた当時の<<知の探求者達>>のギルドマスターだ。以前にレヴィから聞いた話では、彼はもう百歳を超えているという。とはいえ様々な『改良』を施しているからか、まだ年老いたという様子はなくどこか彫刻の様に均整の取れた美しさが見て取れた。そんな彼が立ち上がると同時にプロジェクターが降りてきて、一枚の写真が浮かび上がった。
「さて……大凡すべての者が知っているとは思うが、一応改めて。これは先のマクダウェル領で起きた事件で回収された旧文明の遺産だ」
どうやら今回の一件では、あの収穫祭の事件で見つかったネックレスに関する事が話し合われるらしい。カイトはジュリウスの話を聞きながら、そう思う。そうしてしばらくは収穫祭での事件についての概要が説明され、更にこのネックレスについての解析結果が語られる事になる。
が、大凡カイトはティナから聞いていた話で、特に気にする必要も無かった。と、そんなわけでただ聞くに徹していた彼であったが、ジュリウスによるひとまずのおさらいが終わった所で思わず僅かに目を見開く事になった。
「以上が、このネックレスの概要だ。これで良いか?」
「ああ……陛下」
「ああ。続けてくれ」
軍高官の一人の確認を受けて、シャリクが一つ頷いた。そうして、ジュリウスに代わって軍の高官が立ち上がる。
「さて……以上の結論を受けて、軍と冒険者ユニオンが中心となり、ラエリア及び関係各国による調査を開始。結果、いくつかの同様と思われる封印装置を見付けるに至りました」
「ふむ……」
なるほど。興味深い。カイトは僅かに前のめりになり、一つ唸る。元々ティナの提言により、ラエリアでは捜索部隊が組まれる事になっていた。それ以外にも一旦は単なる遺物として収集された物も再調査が行われ、すでに数個見付かっていたという事なのだろう。そうして、そんな彼の見ている前でプロジェクターの写真が地図へと切り替わり、その見付かったという場所がピックアップされる。
「……これが、この封印装置が見付かった場所です。こちらについては学術的な面から大大老達も興味が無かったらしく、特段隠された様子はありません」
「見付かった場所に関連性は?」
「無い、と思われる。無論、見付かったのはほぼ遺跡ばかりではあったが……そこの関連性は今の所確認されていない」
カイトの確認に対して、軍高官ははっきりと頷いた。これにジュリウスが口を挟む。
「どこもかしこも廃墟。とどのつまり、戦闘で破壊されたのだろう。封印を補助する何かがあったとて、都市の基礎部分。そこまではまだ見切れていないが……活きてもいない。劣化が激しく、確認はまだ出来ていない」
「なるほど……ありがとうございます。すいません、腰を折りました」
「いや……さて、話を戻そう。それでこの見付かった封印装置。そのうちいくつかは、<<知の探求者達>>の協力により本物と判明しました」
カイトの言葉に首を振った軍高官は改めて話を進める。どうやらそれ故、<<知の探求者達>>のギルドマスターであるジュリウスとその娘であるジュリエットの二人が参加していたのだろう。とはいえ、ここまで解説されれば、カイトにも嫌でも何が目的かを理解できた。そうして、そんな彼を横目に軍高官が言葉を続ける。
「……それで、この発見を受け<<知の探求者達>>との協議の結果、我が国でも一度内部の調査を行うべき、との判断です」
「封印装置を触るべきではない、というのは我々も一致した考えだ……というより、我々<<知の探求者達>>から言わせれば守護者に手を出すなぞ愚挙も甚だしいのだがな」
どこか呆れた様に、軍高官の言葉にジュリウスはため息を吐いた。案外間違われやすい彼らだが、マッド・サイエンティストとはいえ見境なしというわけではない。
というより、物の理を探る彼らにとって危険とわかっている物に近付くのは愚挙と映る。なので抗いようのない脅威と言える『守護者』を操ろうとした旧文明の者たちに対しては、心底何故この様な事を、と思考回路が理解出来ない様な顔をしていた。そんなジュリウスの愚痴をスルーして、シャリクが告げる。
「……今後皇国に頼らずとも内部の調査を行える様に、我が国が中心となり一つ遺跡を攻略するべきと判断した。が、相手は『守護者』。皇国では剣姫クオンを筆頭に、猛者達が中心となりようやく討伐が可能となったと聞いている。天音くん。君の所感として、どう感じた?」
「……あの時の戦いを私も遠目に見ましたが……あれは生半可な戦闘では無かった。挑むのであれば、間違いなく有数の冒険者を揃えるべきでしょう。例えば、今回この場に居る様な」
軍高官の問いかけを受けたカイトは、一度ジュリエットやグリムを見る。これに加えてカイトと共にラエリアへと来たソレイユやらを加えれば、再度『守護者』を討伐する事は不可能ではない。それがカイトの考えだった。
何より、暗殺者達の長。彼なのか彼女なのかはわからぬものの彼なら、単独で撃破も可能というのがカイトの所感だった。そして向こうも同様なのだろう。シャリクの要望を察していた暗殺者達の長が口を開いた。
『行くのであれば、我らも助力しよう』
「……貴方が来たのは、それ故?」
『我らは我らの正しきと信ずる道を行う。無辜の民が暮らす上にあれがある可能性を排除するには、この場での協力が必要と判断した』
ジュリエットの問いかけに、暗殺者達の長は一つ頷いた。どうやらこの事を聞いていたが故、暗殺者達の中でも純粋な戦闘力も高い暗殺者達の長が来たのだろう。ここまで聞けば、カイトも納得が出来た。そしてそれ故、彼もまた申し出た。
「必要とあらば、私も同行しましょう」
「ありがとう。とどのつまり、そういう事だ。結論を今すぐに出してくれ、というわけではない。他に何か必要と思われる事があれば、聞いてくれ」
カイトの応諾に感謝を述べたシャリクが、改めて一同へと意見を募る。そうして、この後は挑むに当たってどの様な事が必要になってくるか、などが話し合われる事になるのだった。
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