第1879話 手がかりを求めて ――会合――
ラエリア西部にあるユニオン本部で開かれる総会に合わせて帰郷したシャーナ。そんな彼女と共にラエリアへと降り立ったカイトであるが、通された客間はかつて彼が使っていた従者用の部屋を改装した客間だった。
そうしてそんな部屋に入った彼を待っていたのは、暗殺者ギルドの長の使い魔だった。そんな長の使い魔から告げられたのは、長がカイトの出席する会合に出席するという事だった。そうして、彼がラエリアに戻ってきて少し。カイトは会合の前にひとまず、シアと共にシャリクと顔合わせを行う事になっていた。
「ああ、カイト。よく来てくれた。先の時には迷惑を掛けた」
「ありがとうございます……いえ、お気になさらず。ああいった事は良くある事ですので」
「皇女殿下。貴殿もよく来てくれた」
「いえ。お招きに預かり感謝致します」
シャリクの差し出した手を、カイトとシアが握る。そうして挨拶を交わした後、シャリクは一つ二人へと席を勧め、席に着いた所で軽い話を行う事になった。
「にしても……流石は勇者殿。よくある事か。伝説は伊達ではない、という所か」
「あははは……ええ、まぁ。有り難くない話です」
事ある毎に呼び出され、事ある毎に何か厄介事に巻き込まれるのがカイトの人生だ。それはこれまでも、そしてこれからも変わらないだろう。そんな未来が予見されたのか、彼の顔はどこか苦笑いにも近かった。
「さて……それで明日の会議に備えて、一通り中津国の現状を教えてはくれるか。まずは何を話すにしても、現状を把握せねば何も出来ないからな」
「はい」
シャリクの求めを受けて、カイトは中津国で見た事を語っていく。これについては今はもはや正体を知られている以上、隠す必要はほとんど無い事だった。なのでそれを聞いて、シャリクは一つ唸る。
「ふぅむ……やはり、厄災種か。一つ、問いたい」
「なんでしょう」
「その厄災種。勇者殿が戦われた時とは何か違う事は感じなかったか?」
「違う事、ですか……」
シャリクの問いかけに、カイトは一度目を閉じて記憶を手繰る。厄災種との交戦歴であれば、間違いなくカイトが一番だ。しかも一度は『八岐大蛇』とも交戦している。あの頃よりは大きくパワーアップしていたとはいえ、何かわかることがあるかもしれなかった。が、そんな彼は少し考えた後、首を振る。
「いえ……特に大した違いは無かったと思います。ですが……明らかに通常よりは沈静化していた様子はあった。操れた……いえ、もしくは操れる様にするには、若干の性質の弱体化……とでも言いましょうか。おとなしくする必要はあった、と考えるべきでしょう」
本来、厄災種とはあんな簡単に討伐出来るものではない。カイトは何十体と厄災種と戦い倒しているからこそ、あの『八岐大蛇』は若干だが弱い様な感じがしていた。
とはいえ、これは『八岐大蛇』そのものが弱いというより、意図的に弱くされている様な気がしたのであった。そんな彼の言葉に、シャリクもなるほど、と納得する。
「ふむ……確かに、道理か。あまりにデメリットが大きい。それで、その操った魔物使いは?」
「それは見受けられませんでした。遠くから操っていたのか、それとも何かの方法で遠隔で動かせるのか……それはまだ不明です」
「そうか……実質、ほとんど情報は無いに等しいか」
「ええ……操る事が出来る、程度でしょう」
ため息混じりのシャリクの言葉に対して、カイトもまたため息を吐いて頷いた。これについては他に言える事は無いだろう。
なお、あの当時の吉乃なのであるが、これはカイトが見ていない通り『八岐大蛇』の近辺には居なかった。が、中津国には居たりするのであるが、これはカイトの預かり知らぬ所であった。そうして一通りの情報共有を終えたシャリクは、ついでシアへと顔を向ける。
「それで、レイシア皇女。皇国は此度の事を受けて、どうするおつもりか」
「はい……陛下は此度の事を受け、ひとまず防備を整える事に。ただ、やはり厄災種が相手では如何に我が国とは言え、単独での討伐は不可能と考えております」
「道理か」
それはそうだろう。シアの明言に、シャリクは特段驚きは得なかった。これは皇国だろうとラエリアだろうと、それどころかエネフィア最大の影響力を持つヴァルタードだろうと変わらない。一国で相手をするには厄災種というのは、あまりに強大すぎるのである。そうして、その納得を得たシアが更に話を進める。
「はい。それで此度の勝利は第一にマクダウェル公の尽力あっての事とはいえ、同時に五十年前とは違い飛空艇の艦隊が各国共に整っている、という事が最大の要因と我が国は捉えております」
「確かにな。五十年前に比べ、貴国も我が国も飛空艇の数は桁違いに増えた。戦闘艇に関しても種類はもとより、速度も段違いだろう」
このシャリクの言葉はこの場の者達にとって特段驚く事ではなかった。とはいえ、これは無理も無い事だ。そもそも飛空艇が黎明期を迎えたのが五十年前。そこで何があったかというと、厄災種の出現だ。
この際にもやはり物資や人員の高速輸送に飛空艇の有用性が実証され、それを受けて各国飛空艇の開発という名のティナの遺産の解析に本腰を入れる様になったのである。
「はい。それ故、各国の共同体制はより一層拡充出来るものと考えており、まずは大陸会議を開くべきと考え、それに向けて動いております」
「なるほどな……確かに、かつてに比べれば各国での兵力の融通も格段にしやすくなった。無論、他国を攻めやすくもなったわけであるが……今言っても詮無きことか」
「かと」
シャリクの言葉に、シアは適当に相槌を打っておく。というわけで、一つ気を取り直したシャリクは改めてシアへと確認する。
「では、ひとまず皇国は大陸会議の開催とそれを以って本格的に動くと?」
「そう捉えていただいて構いません……何より、今は冒険者ユニオンへの支援要請を確実に成し遂げる事が肝要。そのために私とマクダウェル公の支援に万全を期す事にしております」
「……確かに、そうだな。それについては我が国も一切の異論無く同意する。この旅の最中に何か困った事があれば、忌憚なく申し出ると良い」
「ありがとうございます」
シャリクの申し出に対して、シアは一つ礼を述べる。なお、ここでのカイトとシアは一応は公的なエンテシア皇国皇女とマクダウェル公カイトとして居る。なので内々の婚約者としてではなく、シアはマクダウェル公と呼んでいた。
「ああ……それで、我が国だが……」
シアの感謝に一つ頷いたシャリクは改めて自国の動きを二人へと伝達する。そうして一通りお互いの情報共有が終わった所で、ひとまずの事前の打ち合わせは終わる事になった。
「そうか……ああ、ありがとう。今日は移動で疲れているだろう。後は明日に回そう」
「はい」
「失礼致します」
シャリクの提言に、二人もまた同意して立ち上がる。そうして立ち上がって、カイトはふと思い出した様に問いかける。
「……ああ、そうだ。明日、対策会議を開かれるとの事でしたが……私とレイシア皇女以外にゲストは?」
「む? ああ、ゲストか。無論、招いている。おそらく数人は君が知っている相手ではあるだろうが……詳しくは実際に見てもらって、の方が良いだろう。名前は知っている者は多いだろうからな」
「そうですか。わかりました。では、その時を楽しみにしておきます」
どうやら今回の会議ではオブザーバーを複数人招いているらしい。無理もない。カイトはそう思う事にして、ひとまずは明日の会議に備えて、今日はそのまま眠りに就く事にするのだった。
さて、明けて翌日の朝。カイトは朝食を食べると、会議の前に一度シャーナの所に顔を出していた。
「シャーナ様。お加減は如何ですか?」
「ええ……久方ぶりにここからの景色を見ると、帰ってきた実感が湧きました」
カイトの問いかけに、テラスで紅茶を飲むシャーナは外を眺める。そこから見えるのは城の中庭だ。この部屋のテラスは特殊な魔術が展開されており、マジックミラーの様にこちらから外は見えるが外からテラスの中は見えない仕組みになっている。なので籠の鳥時代から良く中庭を眺めていたらしい。そしてカイトも以前部屋に招かれた際にそれを聞いており、何度かここからの眺めを見た事があった。
「……良い光景ですね」
「ええ……」
なんだかんだ言っても、この国には一千年以上もの歴史がある。なので庭園一つにしても歴史や伝統が感じられ、この光景を眺めながら飲む紅茶は格別だった。そうして、彼は少しだけお茶を同席する事にする。
「ふぅ……そういえば、随分と板に付きましたか」
「そうですね……もうあれから六ヶ月以上。これなら、ハンナも認めてくれるでしょう」
「ありがとうございます」
カイトとシャーナの賞賛に、シェリアが腰を折る。そうして、カイトはそんな彼女の入れてくれた紅茶を一杯口にした。
「ふぅ……ああ、そうだ。そういえば……シェリア、シェルク」
「はい」
「はぁ……」
カイトの言葉に、二人が小首を傾げる。そんな二人に、カイトは少し前にシャリクの使者から聞いた話を語った。
「セルヴァ家。その後についてだが……聞いておくか?」
「「……」」
セルヴァ家。それは二人にとって因縁のある家だ。あの内紛から幾ばくの月日が流れている。先にバリーも言っていたが、大規模な反乱ももう殆ど起きていないとの事だ。
なのでかつて大大老達に与していたり、元々シャリクが捕らえていた腐敗した貴族達についても処罰される者はすでに処罰されていた。その中に、セルヴァ家やデンゼルのレゼルヴァ家も含まれていた。そうして一度顔を見合わせた二人であるが、シェルクが口を開く。
「……一応、その後の顛末だけ」
「そうか……まず一番の因縁があったレゼルヴァ家は結論としてはお家取り潰し。これは道理といえば道理だがな」
元々セルヴァ家はただでさえ腐敗が深刻だった当時のラエリア王国の中でも、特に悪名高い貴族だった。その中でも扱いかねた者たちを分家として外に出したレゼルヴァ家だ。その悪名は折り紙付きと言える。デンゼル以外にも歴代の当主の何人かは彼に勝らずとも劣らない、酸鼻を極める趣味を持つ者が居たらしい。
そういった事を鑑みた結果、ここはお家取り潰しが確定したそうだ。元々そこまで大きくはない分家だ。取り潰しの方が良かったらしかった。そうしてそんな事を語ったカイトへと、シェリアがついで問いかける。
「では、セルヴァ家は?」
「ここだが、やはりどうしても取り潰しとはいかなかったらしい。まぁ、警察機構にも軍にも伝手があるからな。南部軍をまとめる為にも、伝手を活用した方が良かったそうだ」
「妥当な所、という所ですか」
「そうだな……とはいえ、勿論そのままとはならんかったがな」
妥当な所といえば妥当な所。冷静に事実だけを淡々と受け入れていた様に見えるシェリアに対して、カイトは少しだけ笑う。これはあくまでも取り潰しにならなかった、というだけだ。元の権力を持っているか、と言われればそうではない。
「大幅に領地は減った上で残っただけだ。本家を継いだのも、到底継ぐ見込みもなかった様な末端の分家の少年だ。当分はシャリク陛下が選んだ後見人が世話をして、だな。残したのもその名の影響力が南部で使えるから、というだけの話だ」
「「……」」
どうやら、セルヴァ家は取り潰しこそ免れたものの実態としてはもはや有名無実と言っても過言は無い状況だそうだ。結論としては取り潰しとしても間違いではないらしく、単に名前が残っているだけというそうである。
その名前とて、状況から早急な立て直しを望んだシャリク達ラエリア上層部の打算の結果だった。そうして、セルヴァ家一族のその後を語ったカイトはその後もしばらくシャーナの所に逗留し、会議へと赴くのだった。
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