第1873話 八岐大蛇討伐戦 ――裏で動く者たち――
中津国に現れた、厄災種が一体『八岐大蛇』。それは戦場どころか遠く皇国の沿岸でも見れるほどの極光と共に、カイトの手によって成層圏付近にて消滅させられる事となった。そうしてそんな光を見て、道化師は戦いのひとまずの決着を理解する。
「ふむ……六時間。タイム、上がってますね。良い事です。が……はぁ。やれやれ。それに対して各国の動きの鈍い事鈍い事」
道化師は呆れる様に、深い溜息を吐いた。今回、先に言われていた通り彼の目的はカイト達が緊急発進にどれぐらいの時間を要するか、というのを測る事が目的だった。
それについては流石はカイト達と言う所で納得の出来る数値が出たわけであるが、その後は暇――枷付きのカイト達の戦闘時間になぞ興味がない為――なので各国の動きを見ていたらしい。
「まぁ、大国各国は良いでしょうし、中津国も良いでしょう。ここらは流石は、と言える。実際、皇国に至っては我が愛おしの仇敵達が教官として居たわけですしね」
実際、海を隔てた隣国で現れたとあって危機感もあっただろうし。道化師は今回の皇国の動きを考え、そう結論を下す。と、そんな彼の横に包帯を巻かれた石舟斎が現れた。
「いや、かたじけない。やはり新免殿は侮りがたし」
「あはははは。いえいえ……それで、どうでした? 間近で見た弟弟子さんの感想は」
「ふぅむ……」
道化師に問われて、石舟斎はカイトの事を思い出す。が、思い出して出たのは、血の滾りだった。
「あれは面白し。あそこまで剣士でない剣士もまた珍し」
思い出すだけで笑いが出る。剣士という括りにカイトは一切のこだわりが無い。彼当人は剣士として戦いたいと思っている様子だったが、先の討伐戦を見て殊更石舟斎は一人の戦士として、カイトと戦いたいと思っていた。
「道化師殿。次の舞台。存分に整えて頂きたく」
「……それで、貴方とはお別れですかね」
「はははは。いや、申し訳ない。おそらく儂が死ぬか、儂が囚われるかの末路になりましょう」
「……」
まったく変な人だ。道化師は自分の事を棚に上げて、朗らかに笑う石舟斎の言葉に微笑みにも似た苦笑いを浮かべる。これは別に石舟斎は負けると思っているというわけではない。が、個人としての勝利と戦略・戦術としての勝利が別物だという事を如実に示した言葉だった。
「おそらく、あの弟弟子との戦いは激闘になる。それこそ、帰還が出来ぬほどに。勝てたとて無数の敵と切り結ぶ事になるでしょう。生きて帰れるとはとても……それに、此度とは違い救いの手を期待する事も出来ますまい」
「それが、私達と貴方達の約束ですので」
「かかかか。いやさ面白き契約といいますか、悪辣な契約じゃ」
「……」
やはり石舟斎は全てに気が付いていたか。道化師は自身の言葉の裏にあった内容に彼が気付いて、それでいてこちらの誘いに乗っていた事を理解する。そう、実は道化師は好きにしろ、と言いながら契約を果たした最後の戦いで救助するつもりはなかった。
言うまでもなく、彼らは使い捨ての駒だ。故に最後の戦いが終われば好きにしろ、と言うは言ったが無事な所まで送り届けてやる、とは一言も言っていなかった。後は自分で好きにしろ。そういう事だった。
「それをわかりながら、貴方はそうも笑いますか」
「所詮、これは儂にとって一夜の夢。本来なら儂らはこの場にはおらぬ。ついぞ戦場で死ぬ事は叶わぬ夢と思うたが、それが叶う夢であれば叶えて死にたい」
「……」
石舟斎とはそういう人なのだろう。道化師はもはや別れが手に届く場所にあればこそ、どこか穏やかな気持ちがあった。そしてそれ故、彼はこの話題に生産性はもはや無いと理解し、他の事を問いかけた。
「……そういえば。ご子息に向けて宮本殿が行われている助命嘆願をご存知ですか?」
「うむ。それについては礼を述べておいた。あの愚息は賢い事は賢いのであるが……不器用は不器用じゃ。あれには生きてもらわねばならん……ま、こんな儂でも息子は可愛い。儂より先に死なれては寝覚めが悪い」
「ご子息の敗北は必定、と」
「なんじゃ。道化師殿。そこまで強くとも、宗矩がその実儂らの中で一番弱いとわからんのか」
これは意外だった。石舟斎はわかりきった話だろう、とばかりに道化師へと問いかける。これに、道化師は僅かに苦笑する。
「残念ながら、これでも私は武官ではございませんので……あれや貴殿らが言われてもなんとなく、でしかわからないのですよ」
「そうか……ま、これについてはそのままよ。あれは儂より弱い。が……収まる所に収まれば、間違いなく儂や武蔵殿より強い。それ故、武蔵殿も殺せぬ。いや、殺しとうない」
「はぁ……」
相変わらずよくわからないな。道化師は武芸者ではないからこそ、曖昧な生返事しか出来なかった。
「……ま、この説教は武蔵殿におまかせした。儂はもう関わらぬ。あれも良い年の大人じゃ。自ら道を過ち恥を晒しておるのであれば、親の出る幕ではあるまいて。それに、何より……今の儂は忙しい」
「……」
忙しい、か。石舟斎はすでにカイトとの戦いを見据え、動いていた。彼に余裕が無いというのは事実だった。誰しもが認める事だ。神陰流限定で言えば、カイトの才覚は彼らが師と崇める信綱にも匹敵する。
柳生新陰流だろうとタイ捨流だろうと、神陰流に端を発する武芸は全てがそのデッドコピー。なんとか各々が各々の使いこなせる程度に落とし込んだ粗悪な模造品だ。その本流にして真髄を極められると言われるカイトは正しく強敵だ。喩え年季で上回ろうと、余裕なぞあろう筈がなかった。
「まぁ、それは良いでしょう。そこらはお好きになさいませ。その後運良く生き延びれたのなら、またどこかで相見える事もあり得ましょう」
「かかかか。そうじゃのう。もしその時は、あの仮面の剣士殿にお伝えくだされ。次は御身と死力を尽くした戦いを行いたい、と」
「あははは。貴方は敵に回られると」
やれやれ、と苦笑する道化師であったが、それに対する石舟斎は楽しげだった。これは彼を知っているのなら、一切不思議の無い返答だったからだ。
「かかか……なにせすでに弟弟子と存分に戦った後。であれば、次に戦いたいのは貴殿や剣士殿に他ならりますまい」
「あはははは。なるほど。それは確かに」
石舟斎のその心情こそ理解は出来ないものの、道化師とて石舟斎の行動理念を考えればそう出るのが一切不思議の無い事だと思われた。であれば、彼としても只々笑うしか出来なかった。そんな彼に、石舟斎は告げた。
「まぁ、好きになさいませ。そういう契約ですからね」
「かたじけない。では、次の一戦を以って儂ら親子はお暇を頂きまする」
「はい。こちらこそ世話になりました。少し早いですが、ね」
色々と策略に利用したりしていた道化師であるが、実のところ七人衆を嫌ってはいなかった。それどころかアクの強い面々を見るのは楽しくもあったし、どこか懐かしいものを感じていたのも事実だった。それ故にか彼の顔には素の楽しげな笑みが浮かんでおり、本気で抜けたとて何かをしようと考えてはいなかった。そうして、石舟斎がその場を後にする。
「……懐かしい。昔、陛下と共にいくつもの戦場を駆け抜けた折りにはあんな奴がいっぱい居たな……」
「……なんだよ、珍しいな。お前が素に戻るのは」
「っ!? い、居たのか!?」
「あっははは。照れるな照れるな」
半分だけ見え隠れする素顔の頬が真っ赤に染まっているのを見て、巨漢は楽しげに笑う。どうやら感情が揺れ動いた結果、道化師も彼の来訪に気付かなかったらしい。
「ま、懐かしむのはわかる。あれから随分と遠い所まで来ちまったからな」
「……ここ以外にもいくつもの世界を巡りもしたからな」
どうやら道化師は見られてしまったものは仕方がない、と素で通す事にしたらしい。どこか遠い過去を思い出す様に、目を細めていた。そんな彼に、巨漢もまた懐かしげだった。
先に彼らが言っていたが、付き合いももう数千年を超えたのだ。単なる悪の組織ではない彼らだ。様々な出会いと別れがあったのだろう。
「ああ……くっ。今思えば、中々に楽しい旅だった」
「言うな。陛下が調子に乗る」
「良いじゃねぇか。ここ数百年。陛下はすげぇ楽しそうだぜ? 大昔。あのガキみたいな目をしてた時の事を思い出した」
「はぁ……陛下のわがままを叶えるのが我々の役目だが。それがなんとも面倒な役目になってしまったものだ」
「あっははははは! 違いねぇ!」
道化師のため息に対して、巨漢は楽しげに大笑いする。そんな彼に、道化師は再度ため息を吐いた。
「……はぁ。で、何の用事だ」
「ああ、それか。ほら」
「これは……」
道化師は投げ渡された一つの報告書に、僅かに目を瞬かせる。とはいえ、内容を読むまでもなく机の上に投げ捨てる。これについては読むまでもなく、想定された範囲を逸脱していないからだ。
「おい」
「構わん。読む必要もない……彼女なら、こちらの思惑通りに動いた事だろう。そして次も動く事だろう」
「うへぇ……お前、マジで容赦ねぇな」
「容赦なぞ出来んさ。陛下のご要望にお応えする為だからな」
どこか自嘲気味に、道化師は笑う。そうして一頻り笑った彼であるが、改めて現状を思い直す。
「さて……ここから先。何人が生き残り、何人が死ぬか」
「最低は?」
「三人死ぬ」
「最高は?」
「六人死ぬ」
「ほぼ壊滅かよ……」
「追加も含めれば、もっと死ぬがな。追加を含めれば最低数も更に増える」
七人衆の生き残るだろう見込みを語った道化師は、どこか冷酷に自身の見立てを語る。ここらはやはり策士特有の冷酷さと言えるだろう。
「そうか……ま、そこらはお前に任せる。俺達は敵をぶちのめしたり、道具を集めてきたりするのが役目だ」
「ああ……行くのか?」
「ああ。傷も癒えたからな」
道化師の問いかけに、巨漢は笑いながら後ろ手に手を振った。そうして彼が去った後、道化師は再び一人になって椅子に深く腰掛けた。
「……何人死ぬか、か」
道化師はそう呟いて、改めて机の上に投げ捨てた報告書の表紙を見る。そこには、一人の少女と一人の女性が写っていた。場所はマクスウェルの喫茶店。仲の良い二人らしく、どちらも親しげかつ楽しげだった。そうして、道化師はそれについてを考えながら、次の一手を考察するべく目と閉じるのだった。
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