第1872話 八岐大蛇討伐戦 ――勝負所――
カイト達が『八岐大蛇』討伐戦を開始して、およそ六時間。半日に渡る討伐戦は終わりを迎えつつあった。流石にそこまで戦えば両者疲労困憊という所で、カイトやクオンを筆頭にした人類最高峰の攻撃を受け続けた『八岐大蛇』の火力も最初に比べればかなり落ちており、同様にソラ達もまた疲労困憊に近かった。
「ぜぇ……はぁ……きっつ……」
「厄災種との戦いは持久戦……う、噂には聞いていたが……これほどとは……」
ソラの言葉にルーファウスもまた疲れ果てた様子で同意する。現状、この二人の身体スペックの内、魔力保有量に圧倒的な差はない。両者の差を分けるのは、経験値の差だけと言えるだろう。
そしてこの経験値であればルーファウスが圧倒的だ。となれば、その彼が疲労困憊な時点でソラの疲労度は察するにあまりある。そんなソラの所に、弥生から連絡が入った。
『ソラくん。そっち、まだ保つ?』
「あ、うっす……と、言いたい所なんっすけど……流石にキツイっす」
弥生の問いかけに、ソラは正直な所を報告する。とはいえ、これは彼以外にも言える事だ。本来、冒険部の冒険者達には地力がない。故に六時間も戦える道理はない。
とはいえ、これは他の戦士達にも言えた事で、いくら経験が豊富な戦士でも六時間戦い抜く事は不可能だ。それでも戦えているのには、やはりティナ達の策があった。それは全て、街に展開された大規模な仕掛けにあった。
「はぁ……」
「魔力回復を促進する大結界……訓練以外で展開されたのを見たのは初めてかな……」
深く息を吐いたソラに、アルが街を見ながら同じ様に疲れた様に座っていた。魔力回復の大結界。マクスウェルを筆頭にした避難民受け入れなどの最終的な拠点となる大規模な街にのみ設置されている物で、これが起動した場合は相当な状況にあると断じて良い状況だった。
とどのつまり最終防衛ラインを守る為の物、と考えれば良い。今回はその最終防衛ラインに最初から厄災種が攻め込んでいた為、最初から起動していたのである。
「で……あいつ、まだくたばんねぇのかよ……」
アルの横。そんな彼と背中合わせに座るソラは改めて『八岐大蛇』を見る。確かに当初の精細さこそ欠いているが、それでもまだまだ健在だ。数の利を活かして休み休み戦っているソラ達に対して、『八岐大蛇』は常時攻められている。それなのに、まだ倒れていなかった。そろそろ精神的にも肉体的にも限界が来ていた。
「……てか……」
疲労困憊に加えて一向に倒せる様子の見えない現状に精神的にも疲労していたソラであるが、六時間ぶっ続けで戦う五人を見て唖然となっていた。カイトら五人は一切休み無く、今の今まで戦い抜いていた。彼ら誰か一人でも倒れていれば、おそらく全滅していた。誰もがそれを理解するには十分過ぎた。
(……てーか……あの領域なわけかよ……そりゃ、勝てねぇわ……)
カイト達を見てソラが思ったのは、そんな事だ。厄災種を相手に六時間ぶっ続けで戦えて、ようやく<<死魔将>>と互角か食い下がれる程度に戦える。
それは人類が勝てないわけだ。この領域が四人居て、その上にティステニアまで居たのである。飛空艇無しで厄災種相手に勝ってみせろ、と言われている様な状況だ。軍略などを学んだソラからすれば、最初から勝負を放棄したくなる様な戦いだった。
「冒険部……死人出てないよな」
『出とらんぞ』
「ティナちゃん?」
『うむ。今衛生兵をそちらに向かわせた。回復薬をがぶ飲みして戦線に復帰せよ』
「むちゃくちゃだな……まだ五分ぐらいしか休んでないっての……」
まぁ、その無茶苦茶をしないと駄目な相手、というのは戦ったソラが一番身に沁みて理解できていた。六時間ぶっ続けで戦い続けてようやく精細さを欠いた程度の相手だ。一瞬でも諦めればその時点で死ぬし、国は滅ぶ。厄災種が出現した時点で、この世のどこにも逃げ場はないのだ。
「で、死人出てないってマジ? 俺、正直十人ぐらい死んだかなー、って思ってた」
『伊達に余とカイトがおらんよ。本気が出せぬ以上、それとなく手助けするぐらいはせんとな』
「うーわ……」
マジかよ。あれだけ戦って、それでなお仲間への支援が出来るぐらいには余裕が残っているらしい。そんなカイトとティナに、ソラは思わず笑うしか出来なかった。
「てか……本当に死屍累々だな」
『それでもまだ魔物の死体の方が多い。厄災種との戦いなぞ、カイトが現れる前まではこの逆じゃった。エネフィアにおいてあやつが神の様に崇められる理由と言ってよかろう』
「マジかよ……」
再度、ソラは笑うしかなくなる。やはりこれだけの激闘だ。戦士達にも少なくない死傷者が出ていた。先にもソラが言っていたが、死んだだろうな、と思って尚死ななかったのはカイトとティナの奮戦の結果と言える。カイトが前に立ち盾となり、ティナが命脈を繋いでいたのだ。
それがなければ、ソラが言う通りの結果になっていただろう。そして彼らが出来るのもその程度だ。全ては守り切れない。全てを守りたければ、勇者カイトと魔王ユスティーナとして立つしかない。
無論、いくら二人でも厄災種を相手にしてそれは不可能と言うしかないが。と、そんな事を話していると、この六時間で到着した皇国の衛生兵が乗った小型飛空艇が一同の所に着陸する。そうして、一同は急ぎで補給と応急処置を受ける事となった。
「いつっ」
「後は……これで応急処置は完了です」
「すんません。後、回復薬、ありがとうございます」
「いえ……では、我々はこれにて」
「はい」
ソラは皇国の衛生兵の言葉に一つ頷いて、彼らの出立を見送る。そうして彼らが去った後、ソラ達は改めて前を向いた。
「やるか」
「だね」
「やるしかないのだからな」
ソラの言葉に、アルとルーファウスは半ば笑いながら同意する。が、他も似たり寄ったりだ。もうここまでくれば逃げたい、とかいっそ楽に、とかそういう感情さえ無くなった。後はやるだけやるだけだ、という感情が全てを支配していた。
「つっても……そろそろ精神的にキツイか……カイト。聞こえるか?」
『ああ。どうした』
「そろそろ、精神的にキツイぞ」
『……わかってる。そろそろ決めに行かないとマズいのはな』
ソラに言われなくても、カイトは厄災種を何十体と相手にしてきているのだ。厄災種を相手に国が滅びないで済むのは、一両日中で戦いが終わる場合だけ。それ以上は守る戦士達の精神が保たない。それを嫌というほど彼は理解していた。
「……こっち。全力で行って良いか?」
『……しゃーない。少し稟議する。五分待て』
「あいよ」
もうこれ以上は精神的に保たない。現場で戦う普通の戦士であるソラは、指揮官としてそれを理解していた。故に次の休憩に入れば、その時点で肉体的な疲労と精神的な疲労の二重苦で立ち上がれない者が続出し、戦線は崩壊する。そして一つ戦線が崩壊すれば、後はなし崩しに全ての戦線が崩壊する。
そこまではソラでも読めていた。なら、ここが勝負所だった。そうしてそんな彼の提案を受けたカイトは即座にティナとの間で稟議を行っていた。
「……そろそろ、行くしかなさそうか」
『じゃのう。六時間……よくもまぁ、保ったもんじゃ』
「最長記録にゃ、まだ届かんぜ?」
『くっ……あれはお主という切り札がおればこその話じゃろうて。それも無しに六時間。賞賛しかあるまい』
「……」
ティナの言葉に、カイトもまた無言で同意する。ここまでよく頑張った。『八岐大蛇』もかなり消耗している。そろそろ、一気に攻め込める可能性はあった。何よりこちらも戦力は整っている。これ以上の摩耗が生じるぐらいなら、一気に攻め込むべきだった。
「……行くか」
『ま、存分にやれ。万が一の場合に余が控えておるが故にな』
「あいよ」
そうと決まれば、後は一気に攻め込むしかない。カイトはそう判断し僅かに双腕に込める力を強くする。
「双龍紋……完全開放。真龍……覚醒」
カイトの口決に合わせて、彼の瞳孔が縦に割れる。龍眼が発現したのだ。そうして漂った圧倒的な存在感に、『八岐大蛇』が気が付いた。
『『『!?』』』
「……はっ」
ゆっくりと手を挙げたカイトの指先から、強烈な衝撃波が迸る。それは『八岐大蛇』へと直撃すると、頭のいくつかを拘束する。それを受けて、クオンが地面を蹴った。
「はぁ!」
息を吐くと共に放たれた斬撃は次元を断ち、動きの縫い留められた『八岐大蛇』の頭をどこかへと切り飛ばす。が、それでも『八岐大蛇』はまだ再生力を失ってはいなかった。とはいえ、それは最初から織り込み済みだ。故に、アイシャが上空から槍の先端を向けた。
「……照準、合わせ」
『照準合わせ良し』
「行きますよ」
アイシャと美月が同時に、上空から特大の光条を放った。それは再生した『八岐大蛇』の頭をも問答無用で消し飛ばし、胴体に大きな風穴を空ける。この連撃は、流石に『八岐大蛇』も僅かにだが行動不能になるに十分だった。故にゆっくり倒れ込む残る頭と胴体部であるが、それが再起動を果たす前にクランが胴体の残りの部分を引っ掴んだ。
「お゛ぉぉおおおおおお!」
「「「……は?」」」
雄叫びと共に『八岐大蛇』の山よりも巨大な胴体を持ち上げたクランに、その場全ての者たちが思わず呆気に取られる。間違いなくこんなもの、数百キロでは足りないだろう。
それを、持ち上げる。どれだけの膂力があれば出来る事かわからなかった。そして『八岐大蛇』を持ち上げたクランは、それを数度回転して勢いを付けると、円盤投げの様に思いっきり投げ飛ばした。
「合わせよ」
『あいよぅ!』
クランにより吹き飛ばされた所に走ったのは、レイナードとラカムの二人。彼らは真紅と黄金の閃光となると、一直線に音の壁を超えて飛ばされる『八岐大蛇』へと肉薄。同時に拳を叩き込んだ。
そうして更に加速する『八岐大蛇』であるが、流石にこの程度でやられる様な魔物ではなかった。二人に向けて鮮緑色の光条を放ちながら、残るいくつかの頭を地面に突き立てて強引な減速を行った。が、その背後に。クオンが立っていた。
「……甘い」
『『『GYAAAAAAAAAAAA!』』』
地面に突き立てた頭が全て消し飛ばされ、『八岐大蛇』が苦悶の声を上げて減速しきれず地面をバウンドする。
「クソ親父」
「おぅ!」
どんどんどん、と地響きを上げて、クランが疾走する。そうしてバウンドする『八岐大蛇』の真下に入り込んだ彼が、おもむろに天を衝く様な勢いで拳を振り上げた。
「<<昇竜撃・極>>!」
振り上げられた拳に、龍にも似た力が宿り『八岐大蛇』へと絡みつき、正しく昇竜というに相応しい様相で一気に上空へと加速させる。
「良し! 灯里どの!」
『あいあいさー! 演算処理は全部終了! 思いっきりチート兵装だけんども! やっちまいますか!』
ティナの合図を受けて、旗艦にて演算処理を担っていた灯里がオッケーを返す。そんな彼女の前には主砲に通じるスイッチというか引き金があり、その照準は『八岐大蛇』に合わせられていた。後は引き金を引くだけで、全て完了だ。
『撃て! っていっても引くの私だけど!』
「おし! カイト!」
『あいさー』
旗艦が主砲を展開し、重力場砲を放つと同時。今まで控えていたカイトが虚空を蹴って一気に進軍する。が、重力場砲の一撃よりは遅い。そして重力場砲は別に倒す為に撃ったわけではなかった。
「……なんだ?」
「『八岐大蛇』が……離れていく?」
起きた減少に、戦士達が困惑を示す。マクダウェル家の旗艦の主砲だ。どれだけの威力なのか、と思ったわけであるが、実際に起きた現象といえば『八岐大蛇』がゆっくりとだが加速するという事象だ。これには『八岐大蛇』も困惑気味で、更に言えば感覚が可怪しいのか変な動きをしている様子だった。
『重力場砲の使い方その2! 重力方向を偏向させて地面からバイバイ!』
「ま、そういうわけじゃな……カナン!」
『うん!』
ティナの指示と同時。クランが立っていた場所から、真紅の光が登っていく。言うまでもなく、<<月の子>>としての力を解き放ったカナンだ。しかも今回は抑えを全て解き放っている為、完全開放と言って良い。
「はぁ!」
<<月の子>>としての力を完全に解放し、超高速で虚空を蹴る事で圧縮した空気を踏み台にして『八岐大蛇』へと肉薄したカナンがその巨体を殴りつけて加速させる。そうして訪れた衝撃に、『八岐大蛇』が彼女へと気が付いて返礼とばかりに鮮緑色の光条を放った。
「ウチの娘に手出してんじゃねぇよぅ!」
放たれた鮮緑色の光条に、<<獣人転化>>を解き放ったラカムが割り込んで思いっきり引き裂いた。そうして割れた光条の合間を、真紅の閃光が一気に切り裂いて『八岐大蛇』へと激突する。
「さて」
仲間達の連撃を見上げながら、カイトはぐっぐっ、と拳を握りしめる。そんな彼の横、ユリィも同じ様に彼の肩で伸びをして準備運動に余念がなかった。
「うーん……そろそろ良いかな」
「オーライ……行くか」
「オッケー」
カイトの号令に、ユリィが一つ頷いた。そうして、彼の上に無数の魔法陣が生み出される。それはかつてのラエリアでの戦いを見た事がある者たちなら、わかっただろう。あの時に使った加速の魔法陣だった。そうして、カイトが虚空を蹴って加速。更に魔法陣を通って加速を重ねていく。
「やべっ」
「む」
「ひゃあ!」
真横を通り過ぎた蒼い閃光に、各々が驚きを浮かべる。そうして何人もの仲間達の横を通り過ぎて、十分に加速したカイトが『八岐大蛇』へと一撃を叩き込んだ。
「おらよ!」
「カイト!」
「オーライ!」
拳による一撃を叩き込むと同時。吹き飛ばされる『八岐大蛇』の進路上の更に直上に向けてユリィが空間の切れ目を生み出す。そうして移動した先では、すでにカナタが超巨大なライフル型の魔銃を構えて待ち構えていた。
「あら……面白い力を持っているのね」
「色々と男にも秘密があるもんさ」
「そう……何時か聞きたいわね」
ぺろり、とどこか妖艶にカナタが唇を舐める。そうして数瞬。彼女は真横へと飛来した『八岐大蛇』に向けて、魔銃の引き金を引いた。
「良し!」
魔銃の引き金が引き絞られると同時。カイトは虚空を蹴って僅かに下に下がり、『八岐大蛇』の真下へと入り込む。流石にこの距離になると旗艦の主砲も届かず、後は自由落下に従い落ちるだけだ。そして彼が真下に入り込むと同時。カナタのはなった魔弾が炸裂し、『八岐大蛇』の総身を取り込んだ。
「結界弾……強度は十分よ」
「……」
カナタのつぶやきを聞きながら、カイトは両腕に通す力を更に巨大化。その背に龍の幻影が現れる。そうして、彼はその幻影の龍を以って『八岐大蛇』が囚われる結界球へと手を添えた。
「あぁ……良いわね、その顔。神様みたい」
「うるせぇよ……はっ!」
どこか陶酔を滲ませるカナタの言葉に、カイトは笑いながら双腕の力を一気に巨大化させる。それを受けて結界が光り輝いて、内部へと極光が生み出され、それが途絶えた後には何も一切残らなかったのだった。
お読み頂きありがとうございました。




