第1871話 八岐大蛇討伐戦 ――支援――
『八岐大蛇』討伐戦。開始から二時間程度経過していたその戦いは、各地からの増援を加えながらも趨勢としては拮抗状態という所に落ち着いていた。
そうしてそんな拮抗状態の所に現れたのは、クオン率いる<<熾天の剣>>と先代のギルドマスターにして彼女らの父。闘鬼と呼ばれた豪傑だった。そんな彼らと合流したカイトは、戦力が整ったと判断して本格的な『八岐大蛇』討伐を開始する事にする。
「さて……この三人が居るなら、オレは後方支援の方が良いかな」
「えー」
「いや、この状況で文句言うなよ」
「だって私やることなくなるし」
合流した三人は揃いも揃って前線だ。しかも支援なぞ一切考えないワンマンアーミーである。なので後方支援に回る事にしたカイトに対して、ユリィは不満げだった。まぁ、無理もない。なにせカイトが支援役に回ると、彼女のする事が無くなってしまう。が、こう言えるという事は逆説的に言えばそれだけ余裕があるわけでもある。
「それに、まぁ……あんまりオレは前に出たくないしな」
「どして?」
「まだ居るだろ、誰かは」
誰かが自分を見ている。カイトは最初から自分だけに注がれていた何者かの視線に、さらなる横槍の可能性を感じていた。それが何時、どの様な形でなされるかはわからない。
が、せっかく討伐まで後少しとなった所で横槍が入られて手酷い被害を受けると面倒だ。なのでここでは後方支援に努めていて、その最後に備えておくべきだ、と判断したのである。
「さて……」
ここからは純粋な削り合いだ。これについてはクオン以下三人に任せれば良い。であれば、後は自分が為すべきは。カイトはそう考えて『八岐大蛇』へ向けて突撃する三人とは逆に後方に下がる事にする。そうして彼は後ろに下がって、全体の状況をまずは確認する。
「ティナ。状況の報告を」
『うむ……まずまぁ、言うまでもない事じゃが。旗艦艦隊は変わらず健在じゃな』
「当たり前だ。これはオレの船だ。これが落ちた時点でオレが落ちたも同然だ」
『お主は乗っとらんがのう』
カイトの返答に、ティナが少しだけ楽しげに笑う。とはいえ、カイトが言っている事もまた道理ではあった。旗艦というのはその文字が示す通り、旗振り役とも言える艦艇だ。それが落ちるという事は即ち、艦隊のリーダーが落ちたというに等しい。
それがマクダウェル家の旗艦となると、即ちカイトが乗っていると断じて良い。無論、ここでは誰もカイトがこの旗艦に乗るとも乗っているとも思わないだろう。だが、それでも旗としての役割は果たす。
マクダウェル家にとって最重要の艦艇で、マクダウェル家は勇者カイトの名を背負っている。その旗艦が落ちる、ということは人類の希望が潰える事に等しい。決して落とさせるわけにはいかないのだ。
「それに……まぁ、灯里さん乗ってるし。あれが落ちるとオレの飯が不味くなるじゃあ済まん。オレもどうなるかわからん」
『それな。お主がどうなるかわからん、というのは先の酒呑童子よりやばい』
これだけは、避けねばならない。笑うティナではあるが、かつて激怒したカイトを見知っていればこそ、決してその逆鱗に触れてはならないと知っていた。
あれは敢えて被害を無視する酒呑童子とは比較にならない天災だ。普段滅多なことでは激怒しない彼が我を忘れるという時点で相当な事態だが、それ故にこそ止めようがない。それを避けるには、そこに被害が出ない様に采配を振るうのが一番だった。
『まー、そんな事を言ってしまえば連れてこねば良い、遠ざけろ、というのが最適解なわけであるが。お主の家族はどーしてどいつもこいつも一芸に秀でておるのやら』
「そのトップナンバーワンがお前だろうに」
『まぁの』
カイトの返答に、ティナは再度笑う。そんな所に、オペレーターの一人が口を挟んだ。
『ご主人さまもユスティーナ様も、いい加減本題に戻してください』
『む……そうじゃな。そんな場合ではないのう。で、話を元に戻すと、周囲の被害はかなり酷い。それでも街に被害が出ぬのは、やはりお主らの頑張りの結果と言えよう』
「そうか……ソラ達は?」
『こちらについては甚大な被害は出ておらん。弥生を連れてきたのは正解じゃな』
やはりそこか。カイトはティナの采配を聞きながら、トリンと同じく彼女と共にやってきているという弥生の力を聞いて僅かな安堵を浮かべる。やはりこういった危機的状況において、<<布都御魂剣>>の効果は絶大だった。あれのバフのおかげでソラ達は今も全員なんとか命拾いをしている、と断じても良かった。
「それで、その弥生さんは?」
『街の中じゃ。下手に外に出てそちらに余力を使われても困るし、全体バフがある方が有益じゃからのう』
「ま、道理か」
ティナの言う事には道理しかない。なのでカイトとしても笑ってスルーするだけだ。とはいえ、これならなんとかなるだろう。特に今回は誰かが倒れた時点で陣形が壊滅する様な綱渡りだ。全体バフが何より重要だった。
「さってと……そろそろ次のお仕事……ですかね」
「艦隊持ってきたんだけどなー」
「陸上で相転移砲なぞぶっ放せんさ」
ユリィの言葉に、カイトが楽しげに笑う。彼の旗艦艦隊はというと、相変わらず魔物の群れに対して猛烈な火線を浴びせていた。あれは間違いなく要塞だ。しかも街も要塞じみた防衛機構を持っていると来た。結果、要塞が二つある様なものだった。並大抵の魔物では攻め滅ぼせるものではなく、遺憾なくその火力を発揮してくれていた。そんな自分の旗艦を見ながら、カイトは僅かにぐっと拳を握る。
「にしても、うん。良い」
『じゃぁろ?』
「ベストだ、ベスト。これぞジャパニメーションの極みだよなー!」
おそらく見えていたのならその豊満な胸を張っていただろうティナの返答に、カイトは諸手を挙げて賛同を示す。
「大艦巨砲主義はアウトはアウトだが、男のロマンだよなー」
『うむ! という事で乗っけてみました!』
「やっぱ戦艦に主砲は一個は乗っけとかないとな」
『うむ……とまぁ、そんな事は置いておいて。実用性も確保しておる。しかも!』
しかも。敢えてティナはそこで声を張り上げる。そうして、彼女はカイトの旗艦の前部に取り付けられた巨大な砲身をカイトの前に映像として拡大表示させる。
『これ、防御兵装にもなります。まず、この様に敵が撃ってきます』
というか、本当に撃ち込まれてるけど。ユリィは二人の会話を聞きながら、『八岐大蛇』の鮮緑色の光条を真正面から受けんとする旗艦を見る。すると、旗艦の前部に内蔵されている巨大な砲身が光を放ち、唐突に光条が弧を描いた。
「おぉー」
『ふははははは! どうじゃ! ついに完成した攻防一体型の主砲! 重力偏向を用いた歪曲フィールドの展開と重力場砲! 歪曲フィールドには飛空艇の防御シールドを重ねがけする事により、この様な急勾配も可能! 超兵器の完成じゃぁ!』
「やりたい放題やってるなー」
いつもの事だけど。ハイテンションなティナの言葉を聞きながら、ユリィは呆れ半分にそう思う。そしてその一方、乗っていたカイトも素面に戻っていた。というより、彼の場合ノリツッコミを入れる為に乗った感もあった。
「で、デメリットは?」
『……』
「何が問題あるんですかね?」
『……まぁ、コストはまず問題。他にも演算処理もぶっちゃけ今のエネフィアの技術では無理じゃな。量産は今後百年……いや、二百年は厳しいのう』
「だよなー。まー、旗艦に乗っけときゃ良いかなー、程度か」
『うむ。というか、この演算処理に関してだけはエネフィアの技術力は地球に遠く及ばぬ。こればかりはのう』
演算処理、というのは言うまでもなく高度な科学技術があればこそ出来る事だ。これについては魔術の絡まない純粋な科学の得意分野なのであるが、それ故にこそエネフィアではまだまだ発展途上だ。
一部では量子コンピュータじみた物も作れても、こういった単純計算の高速処理に関してはまだまだ地球が遥かに上だった。無論、地球の技術も保有するティナにとってすればさしたる問題もなく、旗艦にも試作機を平然と設けられたのである。
「とはいえ、ここで使う分には問題はないし、誰もわからんだろう」
『うむ……っと、カイト。お主の出番になりそうじゃ』
「あいあいさー」
どうやら、話をしていると魔物の群れが接近してきたらしい。旗艦の主砲がそちらに先端を向けていた。そうして、重力場砲が放たれ魔物の大半が圧潰する。そんな光景を見ながら、カイトが両手を広げた。
「さてと……」
カイトの背後に、無数の武具が出現する。それは彼のスナップに合わせて一直線に魔物の群れへと突撃し、生き残った魔物達を飲み込んで、串刺しにして吹き飛んでいった。
「はい、終わり」
『うむ……さて。ここからが本番じゃぞ』
「あいあいさー」
ティナの言葉を聞きながら、カイトは改めて『八岐大蛇』を伺い見る。流石にクオン達もたった三人で全ての頭を引き付ける事なぞ不可能で、彼女ら三人で半分、残りの五つを先ほどと同じ様に戦士達の集団が引き受けていた。
「とりあえず、どうすれば良い?」
『うむ。ひとまずお主も頭を一つ持ってけ。それで削り削りやっていく』
「結局それか」
『基本中の基本じゃ、厄災種との戦いにおいては。ぶっちゃけ、余やお主の様に単騎で勝てる方が可怪しい』
面倒だな。そんな様子を見せるカイトに、ティナが僅かに苦笑する。歴史上、厄災種に単騎で挑んで勝てたのは二人だけだ。その二人が誰か、というと言うまでもなくカイトとティナだけである。
他にもクオンやら<<死魔将>>やら往年のティステニアやら出来そうな者達は居るものの、実際にやった事があるのはこの二人だけだった。そしてクオンは流石に出来ても被害などの関係で出来るわけではない。結局、カイトとティナが居ない今は普通にやるしかないのであった。
「となると……あれか」
カイトはソラ達が相対する頭の一つを見て、それが自分の担当と理解する。そうして、彼はその一つが丁度ソラ達の方を向いて大きく息を吸い込んだ瞬間を狙い定め、思いっきりその横っ面を殴りつけた。
「うらっ!」
轟音と共に頭が大きく仰け反って、鮮緑色の光が口から溢れる。そうして彼が拳を振りかぶったと同時に、ユリィが即座に飛び降りた。
「ほいよ!」
ユリィがやったのは、口の回りに魔糸を巻き付けて雁字搦めにしてしまう、という事だ。ということは即ち、である。口の中で迸っていた力は行き場を無くして爆発を起こし、頭は粉微塵に弾け飛んでいた。が、数秒後にはまるで時計が逆向きに進むかの様に再生し、元通りになっていた。
「「ですよねー」」
だから面倒なんだ。二人は即座に再生し自身に突進してくる頭を見ながら、深い溜息を吐いた。巨大な厄災種はそれに見合った出力を持ちそれに見合った速度しか出せないが、巨大だからこそ強大な再生力を有していた。これをなんとかしたければ一撃で吹き飛ばすか、再生力が鈍るまで徹底的に削るしかないのであった。そうして自分達を丸呑みにしようとする巨大な口腔に対して、カイトはユリィを引っ張って即座にその場を離れる。
「行け」
その場を離れると共に、カイトは再度無数の武具を生み出してそれを『八岐大蛇』の頭へと投ずる。威力はさほどではないが、それでも貫通力は十分だ。故にそれは『八岐大蛇』の顔に突き刺さり、『八岐大蛇』の頭の一つがのたうち回る。
「動くなよー……」
のたうち回る『八岐大蛇』の頭の一つに向けて、カイトは縮退砲の照準を合わせる。そうして放たれた漆黒の光条は『八岐大蛇』の頭を一撃で消滅させた。
「ま、すぐに再生するんですけどねー」
「ほんと、面倒だよねー」
「こういう時には、本気でさっさと復帰したいと思うわ」
一撃で消滅させたそばから、すぐに再生した頭を見てカイトはため息を吐いた。とはいえ、どれだけ嘆こうとやらねばならないのだ。というわけで、二人はそれから数時間に渡り、『八岐大蛇』の頭をただひたすらに消滅させて行く事になるのだった。
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