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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第九章 冒険部強化編

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第175話 造られし者

 *連絡*

 昨日はご心配をお掛けして申し訳ありません。なんとか体調は回復しました。ただ、本日は少々出かけるので、返事が遅れる可能性があります。重ねてご了承下さい。

 カイトの捜索を続ける桜達だが、カイトが一向に見つからないまま、昼時を迎えてしまった。


「一度集まりましょう。」


 自身は動けない為、司令塔となっているクズハからの通信で、全員が一度公爵邸の大広間で集まって食事を取りつつ、情報交換を行うこととなった。集まった面子から、簡易的な女子会となっていた。ちなみに、カイトに女が増える事に慣れた弥生やそもそも増やし続けるティナはこの場には居ない。


「西町の酒場や武器屋にはいませんでした。」

「北町の博物館と美術館もいませんでしたわ。」

「南町も同じく。」

「中央区は装飾品店で目撃情報があったわ……なんか私達用にお土産買ってたみたい。」


 その言葉に、全員が少しだけ光悦の笑みを浮かべる。まめかつ美術品のセンスはあるカイトのことである。全員、そのお土産に期待できたからだ。だが、直ぐに気を取り直した。


「っと、そんなことをしている場合ではありませんね。では、昼以降には東町にも捜索範囲を広げましょう。」

「なら、お兄ちゃんを行かせてくださいなー。あそこの巡回の警吏達も部下ですから。魔術が使えないなら、人海戦術しかないですよねー。」


 魔術でカイトを捜索すれば、即座にバレて逃げられてしまうのだ。魔術を使用するわけにはいかなかったのだ。圧倒的に格上の相手を探す上での難点であった。


「そうですね。お願いできますね?」


 有無を言わせぬ迫力でコフルに命じたクズハ。主代理と妹の2人から睨まれたコフルは黙って頷くばかりである。そうして、昼食を食べ終わった一同は、再びカイトの捜索を開始するのであった。

 尚、この時点でストラの元からカイトが来ている旨が公爵邸に伝わっていたのだが、すでに雛菊が宛てがわれた後であったので、カイトが帰るまでは、意図的に上げられていないのであった。

 もし、この昼食中に伝われば、公爵邸の大広間の後片付けがとんでもなく大変になるのである。どうせ起きるのなら、なるべく被害が少ない方が良い、それが、この会合に関わりの無い全ての公爵家の従者達の思いであった。




 一方、その頃のカイトだが、最近の忙しさから雛菊の弾く綺麗な琴の音を聞きながら寝入ってしまった。そうして少し経ってカイトは目を覚ました。


「……ん?寝てたか。スマン。」


 雛菊に曲の演奏を頼みながら、寝入ってしまったのだ。さすがにカイトも悪いと思い、頬を赤らめてバツが悪そうに頬を掻いた。


「いえ、お疲れの様でしたから……」


 カイトの寝顔を眺めていたらしい雛菊が、そう言って微笑んだ。


「いや、それにしても凄い腕前だ。何故娼妓なんぞやってるんだ?」


 未だ寝ぼけているのか、カイトはうっかりと踏み込んだ事を聞いてしまう。雛菊は、カイトの問いかけに少しだけ沈痛な表情を浮かべた。


「……私は、出来損ないですから……」


 しまった、そう思った時には既に遅く、雛菊が悲しそうにしてしまった。そうして、雛菊は悲しそうに儚い笑みを浮かべる。


「……そうか。」


 カイトはそんな悲しげな雛菊の様子だけで、全てを悟る。この少女は、ある意味、カイトの犠牲者であった。カイトとその仲間達では無く、カイト個人の犠牲者と言えた。


(ミックス……この世界の暗部の一つか。そしてオレの犠牲者……)


 カイトは内心で彼女の出自に思い至る。ミックスとは混血の事なのだが、混血と呼んだのでは格式高くない、そういう一部の貴族が言い始めたのが始まりだ。それがいつしか、正式名称として定着したらしい。詳しいことは公爵であるカイトにもわからない。そう言われているだけであった。

 何故か。皇国では、カイトやウィルといったあまりに力を持つ有力者がかなり強引に奴隷制度を撤廃し、更には公娼制を開始した。その結果、奴隷商人等はカイトの手で瞬く間に根絶され、娼館の経営者達は貴族たちの望む商品――この場合は娼婦や男娼――を提供できなくなったのだ。

 そうして奴隷商人等とつるんで非合法の活動さえ含んで儲けていた娼館の経営者等は色々と考えた結果、元々他大陸に存在したある特殊な組織の傘下に下る事にしたのだった。その組織では様々な種族を意図的に掛け合わせ、貴族たちが望む娼婦や男娼を創り出していたのである。

 表向きは許嫁や見合い等による子供だ。その特質は様々な種族を掛けあわせ、魔術的に様々な調整していった結果、長寿且つ、容姿は若いまま、老いることも無く死んでいくという、不自然な物となってしまった。

 では、これを取り締まれるかというと、これは難しい。許嫁が存在している以上、そうだと言い張られてしまっては取り締まれないし、そもそもで根っ子は他大陸なのだ。皇国やカイト達の手が届かない範囲だったのである。如何にカイトといえど、他大陸にまで乗り込んで組織を壊滅させることは不可能だったのである。

 そうして、カイトは申し訳無さから、つい謝罪の言葉が口をついて出た。


「スマン。」

「……なぜ、謝られるのですか?事情については気にしないでください。もう……諦めていますから。」


 そう言って、雛菊は再び儚げに笑った。出来損ない、その烙印を押された被造物(ミックス)達の行く末は、どこかの娼館への払い下げであった。

 当たり前だった。彼女らに教育を施す者達の資金とて、無限では無い。そして、貴族達向けに生まれた時からワンオフで作り上げられる彼女らの教育には、かなりの金銭が掛けられている。この処置は、少しでも元を取ろうとする彼等に取って、当然の事であった。


「……そうか。」


 謝りはしたものの、カイトには、雛菊に何かしてやれる事は無かった。カイトには、この少女が幸多い人生を歩んでくれることを、祈ることしか、出来なかった。身勝手では無いだろうが、カイトとて全知全能の神では無いのだ。彼女のために出来る事は限られていた。


「はい……それで、まだお時間は有りますが、何か致しましょうか?」


 気を取り直して雛菊がカイトに問いかけた。見れば、カイトが曲を頼んでから、まだ三十分程度しか経過していなかった。眠っていたのはほんの僅かな時間であったらしい。


「……じゃあ、昼飯を頼めるか?」


 重くなった空気を振り払うように、カイトは敢えて普段の調子で笑いかけた。時間的には、既に昼飯を食べてもおかしくない時間となっていた。


「はい。では、少々お待ちください。お料理は何に致しましょうか?」

「そうだな……寝たからか、少し腹が減ったからな。ちょっとガッツリ目に。あ、ついでに雛菊も一緒に食べようぜ。」

「はい。」


 雛菊はカイトの要求に従い、肉料理を作り始めた。もう一品、野菜が多目なのは恐らく自分用だろう。そうして、二十分後、料理がカイトの前に運ばれてきた。カイトは雛菊の料理の手際を見つつ、分身体で机の用意をしていた。


「はい、できました。」

「おう、サンキュ。頂きます。」


 そうして2人で食事を食べる始めるのだが、カイトは料理の味に、今日何度目かの驚きを覚えた。


「美味い!」


 そう言ってカイトは雛菊の手料理に舌鼓を打った。そうして2人で会話しつつ、食事を進めたのだった。




「ごちそうさまでした。」


 2人でそう言って食事を終え、雛菊はカイトの許可で洗い物を開始する。


「……やっぱ疑問なんだよなー。なんでコレで出来損ないなんだか……」


 カイトとて、何度もミックスの少女とは会っている。それこそ、カイトに取り入ろうとした貴族から、雛菊と同じく払い下げられたミックスの少女が密かに提供されることもあった。その少女らと比べても、雛菊は遥かに上であった。考えられるとすればその性格であるが、カイトの所感では、問題があるようには思えなかった。


「終わりました。」


 そうしてカイトが再び考えている内に、雛菊の洗い物が終了し、再びカイトの前に座る。


「おっと、サンキュ……そういえば、雛菊は源氏名か?」

「あ、はい。本名は」

「ああ、いや、別に言う必要は無いよ。」


 雛菊が本名を言おうとして、カイトが止めた。しかし、雛菊の方は、微笑んで言葉を続けた。


「いえ、構いません。私の本名は、椿、と申します。」

「なっ!?」


 雛菊が告げた名前に今度こそ、カイトは心の底から驚いた。その名はかつて、カイトが奴隷制度の撤廃や公娼制の導入を決心させるに至った少女の名だ。そしてストラとカイトを巡りあわせた少女の名でもあった。そして同時に、カイトが救えなかった少女の名でもあった。


「なるほど……」


 カイトが小さく呟いた。ストラはこの名前を知らないとは思わない。ここに来て、カイトにはようやくストラの意図が掴めた。彼も感傷から、彼女をカイトにあてがったのであった。


「あの……どうされました?」


 いきなり驚き、そうして一人で納得したカイトに、雛菊が首を傾げた。まあ、当たり前だろう。それに、カイトが苦笑して首を振るう。


「いや、何でも無い。」


 そんな2人の感傷を、彼女に教える必要は無い。ましてや、悲運な運命を辿った同名の少女である。カイトには、これから娼婦として生きていくであろう雛菊に、教える事は出来なかった。


「そうですか。」

「ああ……なあ、雛菊は他に何が出来る?」


 これ以上追求される前に、カイトが話題を変えた。


「椿、とお呼びください。」


 そう言って椿が微笑む。カイトはそれに従い、言い直した。せっかく教えてくれたのだ。使わないのは無礼であった。


「オーケー。で、椿は何が出来るんだ?」

「はい?楽器類は一通り出来ますし、お料理も……あ、後は医療行為や護衛術も出来ます。えーと、後は……」


 椿は自分にできることを列挙していく。カイトは相変わらずの多才ぶりに唖然としつつ、ミックスならば納得か、と納得した。貴族達に供される以上、可憐なだけの単なる愛玩動物でも良いのだが、それでは普通の娼婦達と何ら変わりは無い。こういった多才さこそが、ミックスのミックスたる所以であった。

 とは言え、どこまで多才になるのかは依頼人の要望によって異なる。雛菊の多才さからふと興味を覚えたカイトが、彼女に尋ねてみた。


「ふーん……事務系とかも出来んの?」

「……そうですね。事務的な物でしたらスケジュール管理や書類整理、会計等も出来ます。」


 その瞬間、カイトは驚きとは別の意味で小さく反応する。


「……ちなみに、それはどの程度でしょうか?」


 カイトは何故か丁寧な言葉で椿に問いかける。その様子を訝しみつつも、椿は問われた事に答えた。


「はぁ……まあ、スケジュール管理なら王侯貴族の方が要する程度ならば、二、三人分同時には……」


 その言葉に、カイトがぴくりと動く。皇族の忙しさは、当然カイトも知り得る所である。少しでもウィルがサボった日には秘書官が数人カイトに泣きついてくるのだ。それが一日以上となると、その挽回に有能かつタフな秘書官達でさえ、何人かが疲労で倒れる程である。


「書類整理は?いや、ちょっと待ってくれ。」


 そう言ってカイトはガサゴソと異空間の中を探し始めた。そうして取り出したのは、幾つかの紙からなる小冊子だった。カイトが椿に渡したのは、公爵家で秘書系統の人材を採用する時に使用する採用試験の中でも、最も難しい物である。


「えっと……あった。これ、ちょっと解いてみて。」

「え?……あ、はい。」


 椿は客であるカイトに望まれた以上、断る事が出来なかった。そうして問題を解き始める椿だが、その手つきに迷いは無かった。そうして30分もすると、全ての問題を解き終わったらしく、試験用紙をカイトに差し出した。試験用紙を受け取ったカイトは解答を見つつ、大急ぎで採点を開始した。


「んぎゃ!全問正解!」


 その採点結果を見て、カイトは内心で歓声を上げた。今のカイトにとっては、女神に巡り会ったに等しかった。もしくは地獄で仏に会ったようである。


「あの、これは一体……」

「……なあ、椿。」


 一切の説明を省き、いきなり問題を解かされた椿が首を傾げている。そんな椿に対して、カイトは問い掛けを無視して真剣な眼で彼女を見つめる。


「はい?」

「オレの専属秘書になってください!お願いします!」


 カイト、渾身の土下座であった。カイトに土下座を決心させるほど、今のカイトの現状は忙しいのである。ちなみに、カイトの土下座率は感情の抑制を解いた方が高い。


「はい?」


 どんな重要な話題か、そう思って身構えた椿は、カイトが土下座をして頼み込んできたので、真紅の目を丸くしてきょとん、としていた。


「いえ、申し出は嬉しいのですが……あいにく私の身請けには、あの、その、かなりの金銭が必要ですから……」


 椿は苦笑しつつも、儚げに笑う。この金額も、又椿に現状を諦めさせる一因であった。


「おいくら?」


 取り敢えずは断られなかったので、カイトが値段を問いかけた。金で解決出来るなら、皇国でも有数の金持ちであるカイトにとって容易い事であった。カイトがかなりあけすけと聞いてくるので、椿は少しだけのけぞったが、苦笑しつつ答えた。


「……ミスリル銀貨2000枚です。」


 苦笑ながらに告げられたカイトだが、この金額はカイトのポケットマネーの範疇だった。というより、ティナの趣味の発明品に費やされる金額の方が多い。

 とは言え年収がミスリル銀貨十数枚の市民も少なくないこの公爵領において、普通に働けば数十年掛かりの金額であった。いくら高収入の娼妓と言え、かなりの年数が掛かる事は確実であった。

 だが、それは普通ならば、だ。なので、カイトはそろばんを弾いて即決する。


「その程度はどうとでもなるんで、マジでお願いします!」

「え?」


 椿はきょとん、と目を丸くする。ミスリル銀貨2000枚は日本円にして二億円である。此方の世界における身請けの金額の平均が一流の娼妓でミスリル銀貨100枚――日本円にして1000万――であることを考えれば、かなりの破格であった。どうやら、かなり高度な教育が施され、おまけに完成に近い段階で、公爵家に来たようであった。


「あの……銀貨じゃないです。ミスリル銀貨2000枚ですよ?」


 カイトがあまりにあっさりとその程度と言い放った物だから、椿はカイトが聞き間違えたと思い、苦笑してもう一度言った。だが、カイトはそれに平然と答えた。


「わかってる。お前ならその程度の価値は余裕であるだろ。」


 カイトが真顔でそう言う。その言葉に、椿は少しだけ、考え込んだ。


「……あなたは、私が必要ですか?捨てたりは致しませんか?」

「当たり前だろ。必要だから頼んでいるんだし、そもそも女を捨てる事は無い。ま、その結果増えるんだがな。」


 カイトは笑って告げる。そんなカイトに対して、椿は自らに秘められた力の一つを使ってカイトの言葉を真実と判断した。そして、それが決定打となった。

 ちなみに、この秘密の力についてはストラでさえ知らない。組織から払い下げられる際に秘す様に厳命されているのだった。まあ、それでもさすがに彼女らが組織の精神的な縛りから逃れられれば報告される事になるのだが、組織側にもそれは織り込み済みであった。一応は精神的な縛りを掛けておきたいだけなのだ。


「……あの、よろしくお願い致します。」


 そうして暫く考えこみ、椿はそう言って頭を下げる。


「そうか!ありがとう!」


 そう言ってカイトは椿の手を握り、頭を下げた。こうして、カイトの専属秘書として、椿が決定――公爵家でカイトに関わる事の半分はカイトの決定が全てなので内定ではない――したのである。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第176話『契約成立』

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